ツアー|シェフの”引き出し“には、今まで出会ったたくさんの食材が大事に収められている
「シェフと茨城」では、シェフと産地、生産者の新しいつながり方の提案として、持続的な交流を目指した生産地ツアーの実現を模索しています。
2021年4月10日に白金高輪から白金台に移転するフレンチレストランの「アルシミスト」が、移転準備期間を利用して茨城県内を1日かけて回る生産地ツアーに帯同。一緒に産地を巡りながら、シェフが求める生産地・生産者との理想的な関係について聞きました。
ツアーに参加したのはオーナーシェフの山本健一さんをあわせて6名。白金高輪時代のスタッフと、移転にともない新しくチームに加わったスタッフが一緒に茨城県内の生産地をまわりました。
(写真左から)
松原邦宗さん(新メンバー、サービス)
深谷康平さん(サービス)
山本健一さん(オーナーシェフ)
山本麻希子さん(マダム、マネージャー兼ソムリエ)
佐藤 淳さん(スーシェフ)
親富租 愛理さん(ペストリー)
大阪府出身の山本シェフですが、妻の麻希子さんが茨城県下妻市出身ということで実現したツアー。訪れた生産地と生産者さんを紹介し、後半には山本シェフに「シェフと産地」についてお話いただいていますので、お見逃しなく!
筑西市|クイーンズ・オーストリッチつくば牧場
朝8時、JR水戸駅に集合した山本さん率いるアルシミストチームが最初に向かったのは、筑波山の西側、筑西市にある「クイーンズ・オーストリッチつくば牧場」。食用のダチョウを飼育しています。
ダチョウは、古代エジプトの頃から家畜として人間とともに暮らす鳥類です(ただし飛べない)。現生する鳥類では最大といわれています。古代ローマの料理人、マルクス・ガビウス・アピシウスのレシピにもダチョウ肉が使われていることから、早い時期から食用になっていました。
「クイーンズ・オーストリッチつくば牧場」の加藤貴之さんは、ダチョウ肉は、人口増加を続け地球環境に負荷をかけ続けている人類が直面する課題を解決する可能性があるといいます。
「アフリカ原産のダチョウは、暑いところでも育つのはもちろん、寒い環境にもつ強く、ロシアでも飼われているそうです。幅広い気候に順応できるため、今日本でも、沖縄や埼玉、伊豆など、飼育農家さんが増えてきています。それは、牛や豚に比べて食べる量が少なかったり(体重1㎏あたりの餌を食べる量は、牛の1/4程度)、二酸化炭素排出量も低いなど、環境負荷の少ないサステナブルな食肉として注目を集めているんです」
さらに、ダチョウの腸は長く、主食の牧草を体内でしっかり吸収してから排出するため、糞や尿の匂いも少ないのも特徴。都市型畜産にも向きます。孵化から1年で100㎏まで成長するため、人口増加による食糧不足を解決する食材としても期待されています。さらに、ダチョウは、病気に強い性質もあって、抗生物質などの投与もありません。
「クイーンズ・オーストリッチつくば牧場」では、海外では生後7カ月程度で出荷するところを9カ月間かけてじっくりと育てることで、味わい深い肉質を目指しているといいます。
アルシミストチームは、初めて訪れるダチョウ牧場の環境を見ながら、鳥類ながらジビエのように脂身のすくない赤身肉を試食しました。
試食中には、「ご自宅ではどうやって召し上がっていますか?」と山本シェフは加藤さんに質問。「表面を炙ってタタキのようにして食べるのが一番」と、生産者が知るもっともおいしい食べ方を聞き出していました。こうしたやりとりの中から、料理人のアイディアが生まれてくるのです。
つくば市|石田農園
「石田農園」の石田真也さんは、土壌医の資格を持ち県内でも有数の「土づくりの匠」として知られています。有機栽培によってベビーリーフ(野菜の幼葉)や野菜、ハーブを育てています。
以前は車のディーラーだった石田さんは、2003年に就農すると、その3年後に亡くなった父・静男さんが始めた有機栽培を引き継ぐことになります。「土が野菜を作る」という先代の哲学を変えることなく、牛フン堆肥やボカシ肥料(有機肥料を合わせた混合肥料)を自分たちで作りながら、土づくりを続けているといいます。
「『悪い土』というものは、本来ないんです。土の特性を知ったうえで、肥料をたくさん溜めることができる土をつくる。『土の胃袋を大きくする』ことを目指すのが土づくりの基本です」
1.7haの農園では、路地にはタマネギやニンジンが、ハウスにはレッドマスタードやルッコラ、カラシナなどのハーブが栽培されています。
「いくらでも食べていいよ」という石田さん。さっそくスタッフは、摘んだばかりのハーブを口に運びます。「一つひとつのハーブの味の違いがしっかりわかる。決して珍しい品種のハーブではないんですが、ここまでしっかり味があると、それだけで印象に残りますよね」と山本シェフは驚きを隠せません。
さらに、採れたばかりのニンジンをミキサーにかけたニンジンジュースが用意されていました。「本当にニンジンだけですか?」と驚くマダム麻希子さん。甘く香りの良い、まるでデザートのようなジュースに魅了されます。
実は、ニンジンアレルギーだという山本シェフも飲めたのは、無農薬だったから。「通常ニンジンを洗う時に薬品を使ったりするのですが、それに反応してしまうんです。だけど石田さんのニンジンは、土自体が無農薬なので水洗いするだけで良いんですよね。アレルギーを気にせず、おいしくいただけました」。
「土が味付けをしてくれるからね。それだけでおいしいんですよ」と、石田さん。「野菜は土づくり」ということを、実際の野菜をもってアルシミストチームに伝えてくれたのです。
かすみがうら市|西崎ファーム
「西崎ファーム」の清水司さんは、30年の歴史をもつ西崎ファームを先代の西崎敏和さんから、2020年5月に引き継いだばかり。28歳の若きオーナーファーマーです。
筑波山の東麓で、なだらかな傾斜をいかした土地にある西崎ファームの養鴨場には、およそ4,000羽の鴨が放し飼いされています。3ha(サッカーコート約2面分)の農場の中は、大きなゲージで区分けされていて、その中で鴨たちは元気に走り回ったり、のんびり水浴びをしたりと、自由きままに暮らしているのが特徴です。
2020年12月から国内で鳥インフルエンザが確認されたことで、今回は放し飼いの農場を見学することができず、西崎ファームの事務所で清水さんから、西崎ファームが育てている「かすみ鴨」についての話を聞きます。
「鴨がいかにストレスなく、健康に育っていけるか。狭い部屋に閉じ込められて自由に食事もできないような環境で育てば、その影響が肉の味に出てしまうのです」と、清水さんはいいます。
そのため西崎ファームでは、鴨の孵化してから一度も外に出ずに育ち窓のない「ウィンドウレス鶏舎」ではなく、放し飼いを採用。健康に育てることで病気になりづらくなった鴨は、無投薬で育つことになります。「鴨肉の味は、育った環境で決まる」と先代の西崎敏和さんが大切にする西崎ファームの哲学を、清水さんは引き続き大切に守っているのです。
「鴨のお肉を探していました。ぜひ使ってみたいです」と山本シェフは、移転して新しくなるキッチンでどうやって料理するかを考えていました。
鉾田市|大洋まほろ馬農場
筑波山の麓から東へ、メロンやイチゴの産地として知られる鉾田市にアルシミストチームは向かいます。
ハーブ農家の「大洋まほろ馬農場」の農地は、提携農家を含めると22ha。飲食店向けに50種類以上のハーブやベビーリーフを安定供給していく中でも、「土作りと自家製肥料作りに力を入れ、自生するハーブに近い土壌での栽培したい」と代表の円谷俊介さん。野生の状態を目指すためには、水をあげずに追い込んでいくことだともいいます。
アルシミストでは、これまで8~10種類のハーブを使っていたといいます。生で使うだけでなく、タイムやローズマリーは乾燥させたり、ペパーミントはオイル漬けにして香りを移すようなこともしてきたといいます。
「新しいキッチンは、前よりも広くなりますので、今までできなかったハーブの使い方ができそうなので、大洋まほろ馬農場さんで見させていただいたハーブをよく記憶しておいて、季節ごとに使わせていただこうと思います」と山本シェフ。
稲敷市|新利根チーズ工房
山本シェフが、ツアーの行程にどうしても入れたかったのが「発酵食品」だったといいます。とくにチーズは、フランスを代表する食材であることもあり、茨城県にチーズ工房があるのであれば、ぜひ訪ねてみたいと思っていました。
茨城県には、県北部の常陸太田市にある「ひたちおおたチーズ工房」、中部の石岡市にある「石岡鈴木牧場」、県南部の稲敷市にある「新利根チーズ工房」があります。
今回訪れたのは、千葉県との県境に近い新利根チーズ工房です。
新利根チーズ工房は、西山厚志さんが2017年に開いた工房です。もともと千葉県の畜産試験場で働く研究員だった西山さんは、仕事として畜産に関わる中で、ヨーロッパでは古代から続くチーズ職人に憧れるようになったといいます。
「チーズは、牛や羊、ヤギの乳と塩という2つの材料しか使わないのに、世界に1万以上の種類があるといわれています。そこにすごくファンタジーを感じるんですけど、実はチーズ作りはとことんサイエンス。そういうハイブリッド感にとても惹かれてしまったんです」と、チーズ職人になろうとしたきっかけを西山さんは笑顔で話します。
試験場を辞め、一念発起して北海道新得町にある日本チーズのパイオニア的存在「共働学舎新得農場」で1年半チーズ作りの研修に励みます。
その後、関東に戻ってくると、チーズ工房を開く準備を始めます。しかし、場所がなかなか決まらずにいる中で、茨城県で唯一の放牧酪農家、「新利根協同農学塾農場」の上野裕さんに出会うと、上野さんの牛乳に惚れ込んで、農場内にチーズ工房を建設してしまうのです。
「上野さんの放牧牛の牛乳は、熟成チーズこそ本領を発揮すると思っています。白酵母と醸造酵母によるさわやかでミルキーな『白霞』や、去年できあがったウォッシュタイプの『月利根』など商品数を徐々に増やしていけるようになりました。これからはブルーチーズにも挑戦したいですね。しっかりといいものを作って、それが噂になって、上野さんの牧場に来てもらって僕のチーズを買ってもらう。わざわざ来ていただけるようなチーズを作りたいです」と、西山さんの想いを話してくれました。
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ツアーの終了後、山本シェフに感想をお聞きしました。
僕たち料理人は、そこまで万能じゃない
1日では、すべてをわかったとはいえませんが、茨城県の生産者の方は、おもしろい人が多かったように思います。ここでできることをやりながら、やりたいことをやるというような、そういう方々なのかなと思います。
こうやってお会いして話してみると、みなさんそれぞれに考えていることがある。それを聞けたのがおもしろかったんだと思います。そのうえで食材ともいい出会いができて、お互いに使いたい、使って欲しいとなったら、ストーリーもあってすごくいいことですよね。
僕は、新利根チーズ工房の西山さんの考えと同じように、なんでもかんでも発信して知ってもらうというのはあまり好きじゃないんです。いいものは勝手に広がると思っています。自分が発信するようなタイプではないということもあるとは思うんですけどね(笑)。
生産者さんの方でも、みんながみんな「作ったものを広めたい」と思っているわけじゃないと思うんです。
だから、僕たちシェフはおいしい食材を勝手に見つけて、それを使っておいしいって騒いでいる。それが、本当は正しい姿なのではないかとも思ったりもします。おいしいものを使わせてもらうということだけだと思うんです。
茨城県稲敷市に「江戸崎かぼちゃ」というブランドカボチャがあります。妻の実家の下妻から江戸崎かぼちゃの季節になると送られてくるんですね。それを合図に、僕はトラックで東京から下妻のスーパーに行ってトラックに積めるだけ江戸崎かぼちゃを買ってくるんです。茨城で買うと1個500円とかで、東京の半分くらいの値段で買えるんです。
江戸崎かぼちゃで冷たいスープを作ると、とてもおいしいんですよ。
東京だったら高く売っても買ってくれる人は多いと思うんですけどね。地元の人が江戸崎かぼちゃのおいしさを知らないというのは、あるんじゃないかと思います。
ただ、6、7月に出荷されるので、世の中的にはカボチャの旬よりもちょっと早いんですよ。だからブランド化しにくいのかもしれないです。
そういうことを世間に気付かせることもシェフの役目だという声もあると思います。だけど、実際アルシミストで4、5年使っていても、世間では知られていないわけですから、料理人ができること、レストランができることってそんなものだと思うんですよ。
だから、「もっと高く売った方がいい」とかシェフが「指導してやる」みたいに言わなくてもいいんじゃないかなと思うんです。「よしよし、いい食材を手に入れたからおいしいものを作ってやろう」ってことが料理人の限界なんだと思っています。
それに、僕たちが「江戸崎かぼちゃがおいしいから、もっと作って東京で売りましょう」と言っても、その先に何があるのか僕たちにはわからないので、無責任なことはいえないと思うんです。だから、ある分だけいただくということでいい。それに広めてしまったから、自分たちのお店で使えなくなったりすることもあるので、料理人としたら、それは残念だったりもしますからね。
僕はあくまで料理人なので、料理を作りたい。そのために食材をたくさん知っていたい。
今回、茨城県内をまわらせてもらって、出会った食材がたくさんあるんですが、そのすべての食材を使うことはできません。たとえば、僕たちはコース料理をお客様にお出ししているので、豚肉と牛肉のステーキをコースでどちらも出すことはできないわけです。だけど、また1年だったら、どちらかをコースのに入れられるかもしれないわけです。
僕たち料理人は出会った食材をずっと引き出しの中に入れて記憶しているので、ある時ふと、あの日出会った食材を思い出すんです。
本当は、出会った生産者さんの食材をすぐに使いわせてもらいたいのですよ。わざわざ時間を作って会ってくださったのに、発注できず申し訳ないと思うこともあります。だけど、残念だけど、そこまで僕たち料理人は万能じゃないです。
ただ、いつか使わせてもらうために、引き出しをたくさん用意しておきたいと思って、生産地をまわらせてもらっているのだと思います。
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次回の更新は、4/14(水)。新年度のスタートということで、これまでの約半年の「シェフと茨城」を振り返りながら、2021年の構想をお話ししたいと思います。どうぞお楽しみに!
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Edit & Text by Ichiro Erokumae
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