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バスクに開く僕のレストランでは、笠間の器で揃えたい

この記事に登場する人
前田哲郎さん|料理人(元エチェバリ)、スペイン・バスク地方在住
Keicondoさん|陶芸作家、笠間市在住

スペイン・バスク地方の山中の村にある「アサドール・エチェバリ(Asador Etxebarri)」は、イギリス発祥のレストランアワード「世界のベストレストラン50」の2021年版で3位にランクインしただけでなく、オーナーシェフ、ヴィクトル・アルギンソニス氏が料理界に多大な影響を与えたシェフに与えられる「シェフズチョイス賞」を受賞するなど、世界中の食通やFoodieたちが注目する名店です。

アルギンソニス氏のもとで10年働き、スーシェフ(副料理長)という”シェフの右腕”としてレストランを支えてきた前田哲郎さんは、2022年3月末で店を離れ、自身の店をエチェバリの近くに開くため、開業準備に奔走しています。

日本には、4月に帰国。昨年11月に誕生した第一子となる娘を連れて夫妻の実家を訪れる傍ら、新店の店舗デザインを担当する設計士との打ち合わせなど、日本全国を移動していた前田さんが、出国間際の4月29日に訪れたのが、笠間市の最大の陶芸イベント「陶炎祭ひまつり(笠間のひまつり)」でした。

目的は、笠間市の陶芸作家、Keicondoさんに会い新店舗に使う器を探すためでした。

笠間の作家が一堂に会する陶炎祭に

新しいレストランは、夏から秋にかけてオープンを目指しています。そのなかでお皿や器は、日本の作家の作品で揃えたいと思っています」と前田さん。インターネットで知って"ひと目ぼれ"していたKeicondoさんに、昨年会うことができて以来、「縁を大切にしたい」と新店の皿や器を笠間の作家の作品に揃えたいと考えるようになったといいます。

前回、Keiさんにお会いした際に、自宅で使うように器を購入してスペインに帰ったんです。実際に使ってみて、やっぱりいいなと思いました。また、笠間は産地として様式がそれほど強くないこともあって、作家さんごとの個性というか、多様性があるように感じました。それなら、すべて笠間の作家さんのお皿や器にしたいと思うようになりました

今回、陶炎祭を訪れたのは、Keicondoさんに会って具体的に皿や器のことを聞こうとしたのと、笠間の作家の器を実際に見てみたいという思いがあったからです。

そこでKeicondoさんは、前田さんとともに陶炎祭をまわり友人の笠間の作家を紹介してまわることにしたのです。

Keicondoさんの店で再会を果たしたあと、陶炎祭をまわった。

ひと言で言い表せない笠間の魅力

浜中明子さん

青と白を基調にし、まるで今も青の釉薬が動き出しそうな活き活きとした印象の器は、Keicondoさんに師事した浜中明子さんの作品です。

2018年に独立したばかりの気鋭の作家で、大胆な染付もあれば、抽象絵画のように色の面と線を組み合わせたデザインが描かれた皿など、「日常に少しおもしろいうつわの提案」を目指していると、浜中さんはいいます。

猫が好きということで、猫のモチーフの小物も多数(猫のマトリョーシカなども!)あって、「やりたいことをどんどんやってしまうんです」という浜中さんの好奇心旺盛さが、作品にしっかりと現れていました。

今、料理の皿は青がはやっているんですよ」と前田さんも興味を示していました。

浜中明子さん
白と青とは作風のことなる浜中さんの作品も。

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桑原哲夫さん、桑原典子さん

桑原哲夫さん、桑原典子さんの夫妻は、笠間のなかでも特に人気で、陶炎祭の開催直後から購入のための長蛇の列が続いていました。

前田さんは、桑原哲夫さんの蓋付きの急須に目が留まったようです。

哲夫さんの急須は、そとから見てももちろん素晴らしいのですが、中の茶こしの部分を見てほしいんですよ。既製品の茶こしを当てずに、一つひとつ丁寧に彫っているんです。すごいですよ。スペインの方、みんな驚くとおもいますよ!」とKeicondoさん。

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酒井敦志之さん

酒井敦志之としゆきさんは、塩釉えんゆうという、陶器に施す釉に食塩を用いることで、ガラスのようにキラキラとした艶のある特有の光沢が特徴の器を中心に作陶しています。

塩釉の技法自体は、酒井さんの父で同じく陶芸作家の一臣氏から受け継いだもの。2018年に工房にある穴窯の一部を塩釉のために仕立て直したことから始めたといいます。

土や草木が新店のイメージにあるので、緑の器を探していた」という前田さんは、興味深く作品を眺めながら、片口のような形の平皿に見入っています。

それは、轆轤を回していたときに、失敗してしまったのを、『それもおもしろいかも』とヒュっとくっつけて焼いたんですよ。だからこの1枚しかないんです」と酒井さん。一期一会の縁に出会った前田さんは、「買います」と、迷わずに購入していました。

酒井敦志之さん
前田さんが購入した片口風の平皿。

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小林哲也さん

小林哲也さんは、おもに磁器土を使った器を制作しています。形、色、装飾などにこだわり、見ても楽しむことができる器を目指した陶器の器「鉄十草シリーズ」は、日本で古くから親しまれてきた模様のひとつである十草模様をアレンジした縦縞の模様で、ひとつ一つ絵付けをしています。

目に留まったのは、透かし彫りが入った白磁の器たち。

この器、穴が開いているわけではないんですよ。蛍手といって、くり貫いて透かし彫りしたところに釉薬した釉薬が溶けてガラス質になっているんです」と、Keicondoさんが解説してくれます。たしかに、光をかざすと透き通って見えます。

実際に透かしてみる前田さん。

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庄司 健さん

何色もの色をポンポンとやさしく叩いて色付けしたような、淡く優しい色が重なり合った色絵で知られる庄司健さんの作品は、家庭で普段使いしやすいと人気になっています。

一方でKeicondoさんが見つけたのは、色絵の鉢。黒に赤が窯で焼いたときに現れる質感のように表現されています。

色絵の鉢

庄司さんは、使いやすいお皿を作るのとともに、こうやって作家性のある、ドキッとさせる作品も作るんです」とKeicondoさん。前田さんも「すごく気になっていました。黒なんだけど、渋みというか、落ち着きがあって好きな器です」と、一目で気に入ったようです。

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新店では、牡蠣を使った料理を予定しているという前田さん。漆塗りの器に盛りたいと決めていたところ、柳陶房で陶器に塗り師の柳詩郎さんが漆塗りの加工をした器を見つけ、興味深くみていた。
大野佳典さん、香織さん夫妻の店では、上の蓋つきの物入れを購入するか何度も迷っていた。「レストランでは使えないものなので必要ないのですが……」と悩んでいたが、会場を2週めに回った際に、迷いを断ち切って購入していた。魅力的な出会いだったようだ。
Keicondoさんの工房の隣に工房をもち、二人展をするなど交友が深い陶芸作家の船串篤司さんが、Keicondoさんの店を偶然訪ねてきた。陶炎祭に出店していない船串さんだったので、偶然の出会いだったが、意気投合していた。

「煌めき」を意味するレストランを開くために

新しいレストランは、エチェバリのすぐ近くに見つけた200年前に建てられたという農家をリノベーションして開こうと思っています。リノベーションといっても、できるだけ元の雰囲気を残していきたいと思っているんです」と前田さん。笠間に来るにあたって、器を具体的に探すためにも「もし今の時期に料理を出すなら」という仮定で新しい店の料理の構成を考えてきたといいます。

新店舗になる予定の築約200年という農家。

(新店のコースの例)
1.グリンピースと生ハムのコンソメ
2.はんぺんとキャビア
3.牡蠣 ヤギのバター 米
4.仔ヤギのチョリソー
5.エビ
6.タラのアゴ 白アスパラ
7.ナミダマメ
8.魚
9.肉
10.デザート(ミルクのアイスやわらび餅)

どれくらいの器が必要なのかというと、同じコースで同じ器は使えないので、最低でも10種類。さらに食材の仕入れによってコースの内容が変わることもあるので、それによって器の変更もあります。

1枚変更すれば、その前後の流れで、さらに前後も変えていくというようなこともありますから、15~20種類はないと安心してスタートは切れません。客席は26席前後の予定だといいます。

15種類×26セット=390枚

このように、レストランを新しく開くためには、相当な数の器が必要になることになります。

僕が考えるコースは10品もあって多いように思われるかもしれませんが、1皿のポーション(量)は少ないので、大きなお皿は数種類でいいのです。それでも日本からスペインに運ぶだけでも大変なことになりそうです。そんななかでもKeiさんやKeiさんとのご縁で出会えた笠間の作家さんの器にしたいのは、レストランは文化の集合体だと考えるからです

レストランには、シェフを中心に料理人とサービススタッフが働いていますが、そこには食材を育てる農家がいて、カトラリーを作る工房もある、調度品や絵、内装を手掛ける人もいれば、スタッフのユニフォームを作る服飾師もいます。他にもたくさんの専門家が分業でそれぞれの強みを活かしていく、それが文化の集合体としてのレストランの姿だといいます。

コース料理には強弱やバランスが必要なように、コースのお皿も強弱やバランスが必要で、それは料理を作っている人が考えるよりも、器を作っている人の方が、よりいいのではないかと思うんです。たとえば、Keiさんの器とひと口にいっても、代表的な黄金色のほか、白や黒、金といった色もありますし、それぞれ違った質感があります。そのなかで、Keiさんが『青は自分じゃできないから、あの人にしよう』とか、『色絵はあの人に』というようなことで、Keiさんから始まった縁をもとに広がっていったら、僕にはまるっきり想像できない未知数の器の流れが生まれるのではないかと感じるんです

当然、そこまで突き詰めたことをするためには、自分の料理をもっとKeicondoさんやまわりの関係者に理解してもらう必要があると前田さんはいいます。

新しい店は『煌めき』や『誘発』という意味をもつスペインの言葉をつけようと思っています。僕一人ではなく、さまざまな人の力が触発・誘発して煌めきを起こす。その煌めきの場所としてレストランがあるようにしたいですね

前田さんは、Keicondoさんや関係者とオンラインで情報交換をしながら、再度の再会を約束し、スペインに帰国していきました。オープンまであと数カ月、前田さんの新しいレストランのオープニングにどんな器が並ぶのか。引き続き「シェフと茨城」で追いかけていきます。

【追記】
バスクに帰った前田さんから、「新店舗をイメージした料理を持ち帰ったkeicondoさんの器に盛りつけてみました」と、写真が送られてきました。どんなお店になるのかワクワクする料理の数々。一部を本邦公開いたします!

Xixa(日本名:ユキワリ)とそら豆の熾火焼き、そのお出汁
器:W 小鉢
枝で熟したトマトのマリネとマグロ,おろし玉葱
器:G 浅鉢
焼きナスと生ハム(出汁)
器:bowl5寸
ヒメジの松笠を熾火で インゲン豆と頭のソース
器:W 渦皿8寸
スズキと野生の牛蒡のマリネ レモンのエムルシオン
器:八角皿(上)、G 角皿(下)
Kokotxa とホワイトアスパラガスの熾火焼き、そのサルサベルデ
器:渦皿8寸
keicondoさんなど、前田さんが持ち帰った笠間の作家さんの器たち。

前田さんからのメッセージ
keiさんのどのお皿もそうなのですが、とくに黒のお皿に盛った時の食材のコントラストが、何の食材をのせても映えるんですよね。とくに「G 浅鉢」は、エッジの薄さが緊張感を与えてくれます。それに、イージーに頼ってしまってはいけないな、とも思いました。

人の意志を持って作り出されたもの。そこには作った人の、つまりkeiさんの精神性が宿っていると思うので、それを汲み取るという作業をもっとしていったら、さらにいい盛り付けができるだろうと思っています。これからが、とても楽しみです!

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次回の更新は、6月1日(水)。東京・白金高輪のフレンチレストラン「ラ・クレリエール」の柴田秀之シェフが、つくば市のごきげんファームでそれまで廃鶏にしていた卵を産み終えた親鳥を使ったレストランのひと皿を作ろうとしています。柴田シェフの思いや生み出された料理を紹介します。

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Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

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