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根性で負けない!朝採れトウモロコシの当日配達にこだわる

この記事に登場する人
本田武士さん|茨城町「水戸ミライアグリ 本田農園
神保佳永さん|東京・南青山「JINBO MINAMI AOYAMA」シェフ

水戸市の南部を東西に横断する県道40号線沿いに、ポップな顔のイラストが印象的な野菜の直売所があります。茨城町常井の「水戸ミライアグリ 本田農園」(以下、本田農園)の直売所で、周辺の畑で栽培された採れたての野菜を販売しています。

6月からは、本田農園自慢の有機肥料だけで育てたトウモロコシが並び、朝採れならではのシャキッとした歯ごたえと、しっかりと糖度がのった味わいで人気を博しています。

「水戸ミライアグリ 本田農園」の直売所。
印象的なイラストそのまま、本田農園代表の本田武士さん。
本田農園では、茨城町に5haのトウモロコシ畑をもつ。
トウモロコシの収穫は夜明けから。朝7時頃には終わり発送作業をする。

2日で糖度は半分に低下
一番おいしい朝採れトウモロコシにこだわる

イネ科の1年草であるトウモロコシは、雌雄異花といって、1本の株に雄花と雌花が咲く植物です。茎の先端にあるススキの穂のようなものが、雄花(雄穂)で、茎と葉の根元に咲く雌花に花粉を落とすことで受粉をさせます。

1株から2~3本の実をつけますが、多くの場合、収穫するのは最初にできた1本のみ。それ以外の実は、つけっぱなしにするか早期に摘果してヤングコーンとして出荷されています。

種を蒔いてからおよそ90日で収穫。6月上旬のこの日、本田農園で収穫されていたのは、3月上旬に種まきをしたトウモロコシたちです。本田農園代表の本田武士さんは、「実から出ている髭が、黒くなってきたらそろそろ収穫です。実の先端を触ってみて丸っこくなっていれば、先までしっかり生ったおいしいトウモロコシになった証しです」と、屈託のない笑顔を見せながら収穫のタイミングを教えてくれました。

しかしなぜ、トウモロコシは朝採れの方が甘く感じるのでしょうか。

トウモロコシは、サトウキビやアワ、キビなどとともに数少ないC₄型と呼ばれる植物で、光合成効率が高いのが特徴です。日射量が多いほどよく育ちますが、一方で、太陽が出ている間は、その植物自体のエネルギー=糖分を使って光合成を行なうため、どんどん糖分がなくなっていきます。

しかし夜になると、光合成で得たエネルギーを今度は糖分に変えて実に溜めこみます。つまり、陽が昇って光合成を始める直前、もっとも糖分を蓄えた夜明けがもっとも甘いトウモロコシを収穫することができるわけです。

収穫しても、トウモロコシ自体は生きているので、どんどんエネルギーを使っていきます。そのため収穫から2日もしたら糖度は半分になるといわれているんです

本田さんは、朝採れトウモロコシのおいしさにこだわり、直売所を設けたほか、県内外に向け宅配便のクロネコヤマトの当日便を利用し、その日の夕方に届けることで、産地で採れたおいしさをできるだけそのままで味わってもらおうとしています。

鶏糞100%の有機肥料を使ったり、土づくりにこだわったり、農薬も規定よりも大幅に少なくしたりしていますが、もっと上手な先輩方に比べたらまだまだです。だからと言って勝負しないわけではなくて、朝採れにこだわったり、それを売るために販売にも力を入れて、起業や卸先に営業したり、直売所やインターネット通販をしたりしています

2022年で就業して5期目。少しずつですが、知ってもらえるようになり、水戸市を中心に周辺の飲食店には当日配達便でトウモロコシを届けるようにしています。「実は都内にも、その日の夕方には届くので、これからは県外の方にも使っていただきたいと思っています」と、朝採れトウモロコシの可能性に挑戦しています。

トウモロコシの収穫を行う本田さん。
トウモロコシの雄花。ここから花粉が落ちて、茎と葉の間にある雌花に受粉する。
髭が黒くなってきたころが収穫のサイン。
先端までしっかりと実が詰まったトウモロコシ。朝採れなら生でそのまま食べられる。水分がたっぷりでかじるとシュっとトウモロコシのジュースが弾ける。もちろん糖度もしっかり。写真のトウモロコシは果汁がとくに多く「飲むトウモロコシ」ともいわれるドルチェドリームという品種。ほかにも、ゴールドラッシュやプレミアム味来、ピュアホワイトといった品種も育てている。

26歳ながら農作業歴10年
農業で勝つためにトウモロコシ農家になった

現在26歳の本田さんは、中学卒業後に始めた水戸市の農家のアルバイトがきっかけで、農業に興味を持つようになりました。

仕事を探していたときに、実家が農家だった先輩に『バイトしたい』と相談したら『うちの実家が忙しそうだから仕事あるかもよ』といって紹介してもらったのが始まりです。もともとは3日間だけのアルバイトのつもりでしたが、気が付けばその農園で5年。サツマイモやニンジン、トウモロコシなどの栽培を手伝っていました

独立したのは22歳の年、結婚して子どもが生まれた時期でもあります。ひと通りの仕事を経験したなかで農家の収益性の低さに疑問を感じ、経営にも興味があったこともあり、このままアルバイトでいるよりも、独立して収益が見込める事業展開をしたいと考えるようになりました。

創業の資金は15万円(笑)。お金もコネもないなかで独立です。なぜトウモロコシを選んだかというと、まずは収益性が高いこと。そして、大規模な農家でも、有名な産地でも、基本は手で作業をするところです。お金のかかる機械や設備がなくても、人が少なくても、僕一人の根性で勝負できます。さらに、家庭菜園では、絶対に育てられないことも大きかったです。トマトやキュウリなどのように家庭菜園でできる野菜は、高く買ってもらいにくいからです

とはいえ、たった15万円の起業でしたから、農地を借りることもできません。本田さんは、町内を見てまわって耕作放棄地を見つけては、近隣の家の呼び鈴を押してアポなしで「目の前の土地の所有されている方を教えてください。農業を始めたいんです」と懇願してまわり、土地を貸してもらったといいます。

独立時のコンセプトは「根性で負けない」。そのコンセプト通り、建設現場でアルバイトをしながら、休日や仕事終わりに畑に行って作業をする日々。最初の1年はヘッドライトをつけて夜遅くまで畑にいて、夏場の繁忙期には、1日20時間も働いていたといいます。

当時は、すごく大変でしたよ。でも僕が根性でやっているのを見てくれていた建設現場の仲間たちが仕事終わりや休日に、畑仕事を手伝ってくれたり、地域の方がトラクターを貸してくれたり。まわりの人たちに助けられながら、なんとかトウモロコシを育て続けていました

学校給食の採用や企業との契約をきっかけに経営が安定するのは、起業から3年目のことでした。

本田農園は少しずつスタッフが増え、今では8名の従業員を抱えるまでになった。
トウモロコシの品質を見極める本田さん。
「どんな野菜でも、畑に生った姿のまま保存していた方が鮮度が損なわれにくいんです」と本田さん。朝採れ便で発送するケースも縦に入るように設計されている。
本田さんは、2020年から自社のトウモロコシに、「水戸で採れる」「みとれる」「実採れる」というトリプルミーニングから「MITORELU(ミトレル)」というブランド名をつけて販売を始めた。特製ボックスと本田さんをモチーフにした一目で印象に残る顔のイラストもこの時に制作。デザインしたのは、水戸のデザイン事務所「design3(でざいんさん)」。他の農園のトウモロコシとの差別化を強く打ち出している。

料理人が大事にする「食材の安心感」は
品質とレスポンスの積み重ねから生まれる

2018年に惜しまれつつも閉店した名店「HATAKE AOYAMA」から4年。神保佳永さんが2022年4月に南青山に自身の名を冠したイタリアンレストラン「JINBO MINAMI AOYAMA」をオープンさせました。新宿や日本橋の「HATAKE CAFE」の運営をしていたものの、「ようやく神保シェフ100%のコース料理が食べられる」と、多くのファンが復活を喜んでいます。

神保さんは、頻繁に産地に出向いて、気候や風土を感じ、生産者の声を聞くことを繰り返しながら、食材の旬から料理を発想していく独創的な料理人です。茨城県日立市の出身で、2014年から「いばらき食のアンバサダー」を務め、茨城県の食材をたくさん使っている一方で、同じくらいの想いをもって日本全国の食材と生産者とも向き合っています。

生産者さんの育て方やバックストーリーといったことが食材を通じて語りかけてくる。そんな食材を使いたいですし、お客様にもそのストーリーをお伝えしたいと思っています」と神保さんは食材に対する思いを話します。

7月に、会員制のレストランのゲストシェフとして「朝採れトウモロコシ尽くしのコース」を作ることになり、朝採れトウモロコシを探していたときに本田農園のトウモロコシに出会いました。

朝採れをその日のうちに届けてもらうとなると、関東近郊の農家でなくてはいけません。それなら、食材はほぼなんでも揃うし、必ず品質・味に応えてくれる『困ったときの茨城県』がピッタリだと思い、茨城県営業戦略部の澤幡(博子)さんに相談したんです。そうしたら、『若手の生産者で、とても頑張っている人がいるのですよ』と紹介してくださったのが本田さんでした

ヤングコーンから始まり、旬を迎えたトウモロコシまでを使ったなかで、イベント限定で使うのではなく、日々の営業でも使うようになったのは、本田さんの「レスポンスの良さ」だと神保シェフはいいます。

僕が考えるレスポンスの良さとは、レストランとして求めるクオリティに対してきちんと返答してもらえること。それがものすごく大事なことだと思っていて、長らくいろいろな生産者さんとやりとりしているなかでも、私たちが求める品質に対して、つねによい品質で応えてくださる方と長くお付き合いが続いています。そこから相手に対する安心感が生まれるのだと思います

交流が始まって1カ月半ほど。これから本田さんの元を訪ねたりしながらさらに関係を深めていきたいと神保さん。「ぜひ青山にも来ていただきたいです。本田さんが育てたトウモロコシが、レストランでどう扱われて、どんな料理になっているのかを食べて知ってもらうと、僕たち料理人が何を大切にしているのかも知ってもらえる。それがまた信頼関係を生むのではないでしょうか」と、本田さんにメッセージを送ります。

神保さんのもとに届いた本田さんのトウモロコシ。張りがあってつややか。
新鮮なトウモロコシを手に思わず笑顔になる神保さん。
当日便指定で、朝採ったトウモロコシが、その日の夕方までに東京・南青山の「JINBO MINAMI AOYAMA」に届く。
トウモロコシを直火で焼いていく。白っぽかったトウモロコシがみるみるうちに、黄色く色づく。しっかりと焦げ色を付けるのがポイントだ。
香りがしっかりたってきたことを確認してから調理に入る。
トウモロコシの髭まで余さず料理に使う。食材を大切にする神保さんならではのスタイルだ。
真鯛の低温焼き 本田さんのトウモロコシ尽くしの付け合わせ 焼きトウモロコシソース
低温で火を入れた真鯛に、焼きトウモロコシに真鯛のすり身、茨城県奥久慈の卵、パルミジャーノなどを加えて作ったイタリアの茶碗蒸しともいえるスフォルマートのほか、焼いたトウモロコシ、トウモロコシの髭、国産のムール貝などを、鮮やかなハーブとともに美しく盛り付けた。最後に焼きトウモロコシと真鯛の出汁、生クリームがベースのソースをたっぷりとまわしかけていただく。トウモロコシの甘さが、さまざまに調理されることで異なって感じられるだけでなく、液体から実そのまままで幅広いテクスチャー(食感)があることで、素材としてのトウモロコシの可能性を感じさせる。まさにトウモロコシ尽くしのひと皿だ。
オープンしたばかりのJINBO MINAMI AOYAMAで、本田さんのトウモロコシを使ったひと皿は8月中旬までコースの魚料理として提供される予定だ。

夢は「畑スーパー」。会社帰りに畑から
野菜を採って帰る直売所を作りたい

東京のレストランとの取引は、神保シェフが初めてだったという本田さん。農業は人の胃袋を支えるのが一つの役目で、そのためには安くて高品質なものを大量に生産してこそ、その役目が果たせると考えています。そのためにはたくさんの人に知ってもらうことが大事であり、東京の人たちに知ってもらうことは、その大きな一歩になるとも考えています。

神保さん以外にも、水戸市内のレストランのイイジマさんやコルクさん、地元・茨城町のフェリチタさんなどでも使っていただいています。シェフのみなさんは、味わいや品質の差、朝採れの価値に反応していただけるので、うれしいですよね。それにシェフの料理によって、自分たちが育てたトウモロコシがさらにおいしくなるというのは、すごく価値があるとも思っています

現在は、4hrの畑でトウモロコシを育てているほか、3hrの畑でサツマイモを、5hrの畑にビニールハウスを建ててコマツナやホウレンソウを育てるだけでなく、養鶏も行っています。さらに2021年6月にオープンした直売所では、近隣の地域の生産者の野菜などを販売し、地元の農業を盛り上げようと奮闘しています。

昨年できた直売所のコンセプトは『ヤバすぎるくらい産直』。将来的には、たとえばお客様が直接畑に入って野菜を収穫して買って帰る畑スーパーみたいなのができたらと思っています。『今日は畑スーパーに寄って野菜を買って帰ろう』みたいになるといいなと。農業をやっていて流通のコストがすごく大きい。畑スーパーなら、農家が袋詰めすることもないですから。それがうまくいったら、都心でもやってみたいですし、たとえばビルの屋上でもできると思うんです。農業が野菜でお客様を幸せにして、農業で街を変えたいと本気で思っています

はじめは3日のつもりで始めた農業が、いつのまにか好きになり、今では年間10万本のトウモロコシを販売する農家になりました。しかし、ただトウモロコシを作っているだけではなく、将来を考えるようになり、本田さんならではの農業の未来像を考えるようになりました。

大きな夢を持ったトウモロコシ農家の本田さん。持ち前の根性と誠実さ、ときに無茶なこともするその挑戦心は、まわりの人を巻き込み、応援したくさせる。「人が力を貸したくなる」のも本田さんの魅力の一つ。明るい未来を感じさせる本田さんの人柄が、朝採れでいきいきとしてみずみずしいトウモロコシからも伝わってきます。

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次回の更新は、8月3日(水)。東京・池尻大橋のピッツェリア「パーレンテッシ」の岡井巳里さんは6月、自店で扱う小麦粉の収穫を手伝いに牛久の「安部農園」を訪れました。5年以上毎年収穫の時期に手伝うという岡井さん。収穫作業から何を感じているのか、密着取材をしました。

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

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茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チーム
Tel:03-5492-5411(担当:澤幡・大町)

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