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浦里知可良さん|つくばのテロワールを活かした日本酒をシェフと一緒に作っていきたい

5月25日、茨城県の酒造業界にとってうれしいニュースが飛び込んできました。「令和2酒造年度南部杜氏自醸清酒鑑評会」の吟醸酒部門でつくば市の浦里酒造店の「霧筑波」が首席(1位)、常陸大宮市の根本酒造の「久慈の山」が2位で、ワン・ツー・フィニッシュを達成したのです(さらに、10位に愛友酒造の「愛友」が入賞しています)。

日本最大の杜氏集団である南部杜氏協会が主催し、明治44(1911)年から続く「南部杜氏自醸清酒鑑評会」は、「全国新酒鑑評会」(酒類総合研究所と日本酒造組合中央会の共催)とともに歴史ある日本酒の鑑評会で茨城県内の酒蔵が首席になるのは、記録が残る1975年以降で初めてとのことです。

鑑評会は、酒造技術の進歩・発展や品質向上を目指すために開かれるコンクールで、料理との食べ合わせや、飲酒する場面に合わせて評価する他の日本酒コンクールとは異なります。一般発売を度外視した造りの酒を鑑評会に出品することもあることから「日本酒におけるF1レース」と称されることもあります。

見事に首席を獲得した浦里酒造店は、つくば市吉沼で明治10(1877)年に創業した酒蔵。非公式ながらも“最年少首席杜氏”といわれ、今年30歳になる6代目の蔵元の浦里知可良(ちから)さんに受賞の喜びと、茨城県の酒蔵として目指す未来を聞きました。

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先代が目指した「吟醸蔵」として
個性を活かす

浦里酒造店は、関東でもっとも多い36の酒蔵をもつ茨城県にあり、筑波山水系を仕込み水にした酒造りを行っています。代表銘柄は、芳醇でキレのある味わいの「霧筑波」。浦里酒造店は、製造量の95%が県内に出荷されているといいます。

全国的に見ても地元でこれだけ消費されているのは珍しいことです」と浦里さん。「地元に愛される酒」を目指す浦里酒造店の姿勢は、浦里さんの父で5代目蔵元、浩司さんによるところが大きいといいます。

代表銘柄「霧筑波」は、浦里さんの父、浩司さんが5代目蔵元として1987年に本格的にスタートさせました。それまで、茨城県のみならず全国的にみても普通酒(純米酒や吟醸酒以外の醸造酒)が大きな市場を持っていた時代に、吟醸酒を主体にした「高級酒」に路線変更したのは大きな決断でした。

折しも、1980年代のつくば市は、1985年のつくば万博を機に、市内の商業施設や交通機関が整備・新設されたことで人の往来が盛んになり始めた頃。つくばの街が変化していくなかで、地元が誇る、個性的で品質が優れた酒を造ることを浩司さんは目指すのです。そして蔵の個性を「小川酵母」という茨城県で生まれた酵母に託すのです。

小川酵母とは、水戸市の酒蔵、明利酒類で分離・培養された酵母で、同蔵に勤務していた小川知可良氏が選抜したとされています。小川酵母は、バナナやメロンのような香りが特徴で、酸味が少なく、また低温でもよく発酵する吟醸酒に適した酵母です。

浩司さんは、茨城県由来の小川酵母の特性を生かした低温での醸造を霧筑波で進める一方で、小川氏の名を冠した「知可良」では、瓶詰後-5℃の蔵で3年間熟成させた古酒を醸すなど、浦里酒造店は、小川酵母をベースにした酒造りを続けています。

なかでも「知可良」は、2016年のG7伊勢志摩サミットとG7茨城・つくば科学技術大臣会合や、2020年のG20茨城つくば貿易・デジタル経済大臣会合をはじめとする国際的なレセプションで、茨城を代表する日本酒として採用されています。

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「個性とは何か」を考えさせられた
山形での研修生活

高校時代は先生になりたかったんです。一方で、浦里酒造店は代々長男が蔵を継いできていたことは知っていたので、漠然と『いつかは継ぐことになるのかな』くらいに思っていました」という浦里さんは、「いつかやるなら、回り道せずに早くから酒造りの道に入った方がいい」と、東京農業大学の醸造科学科に入学し、6代目蔵元への道を歩み始めます。

大学では、日本酒のほか、味噌や醤油、焼酎といった日本各地の醸造所の跡継ぎが集まる醸造科ですが、当時は塩麹などが注目されるなどの発酵ブームの時代。微生物の見えない世界に興味を持つような人たちも集う刺激的な学生生活だったといいます。

豊能梅」で知られる高知県の高木酒造の6代目蔵元で杜氏の高木一歩さんや、岩手県の赤武酒造の6代目蔵元で杜氏の古舘龍之介さんは、東京農大の同期で、今でも切磋琢磨する存在です。

卒業後は、山形県の酒蔵「出羽桜酒造」で2014年から2年半、研修に入りました。

出羽桜酒造の仲野益美社長は、じつは父の恩人でもあるんです。父が国税庁醸造試験所の醸造講習を受けていたときの同期が仲野社長で、そのご縁で父も出羽桜さんで研修させていただいていたんです。1980年代といえば、まだまだ吟醸酒の市場が確立していないなかで、市場の変化をいち早く見越して”吟醸酒山形”を掲げて、高級酒造りを県全体で進めていました。浦里酒造店が小川酵母を使った吟醸酒や熟成古酒の可能性は、仲野社長をはじめ、山形の方々から学んだことでもあります」

親子2代にわたる出羽桜の研修では、「テロワール」(土地の気候風土に由来する個性)をより意識することができたと浦里さんは振り返ります。

山形県工業技術センター所長で、山形県を吟醸王国に導いた小関(敏彦)先生(現・山形県酒造組合特別顧問)に『個性を活かした酒造りをしなさい、そしてお前が引っ張っていくような存在になりなさい』と言ってもらったんです。浦里酒造店にとって『個性』ってなんだろうと考えたときに、やはり茨城県で生まれた小川酵母を活かした酒造りというのが思い浮かんだんです。ましてや、小川先生のお名前『知可良』を僕はいただいているわけですからね

山形を出たあとは、「旭興」の銘柄で知られる栃木県の渡邉酒造で1シーズン研修に入ったのち、広島県の酒類総合研究所に1年半在籍し、酵母菌の研究や科学的な観点で酒造りを学びました。

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南部杜氏で首席、小川酵母でも金賞

浦里さんが実家に帰ってきたのは、2018年10月、新酒の仕込みの時期でした。

25年にわたり浦里酒造店の「霧筑波」を造ってきた南部杜氏の佐々木圭八杜氏が引退することが決まっていた中で、蔵の製造責任者を浦里さんが引き継ぐことが決まっていました。

1年間、佐々木杜氏と共同で酒造りをしたのち、浦里さんは2019年に製造責任者に就任。28歳になる年のことでした。

それからわずか2年、しかも南部杜氏の鑑評会で首席を受賞するのです。

佐々木親方から杜氏を受け継いでから2シーズン目で首席をいただけたのは、とてもうれしかったです。南部杜氏が今、日本最大の杜氏集団であるのは、技術を広く外に伝えていたからなのではないか、と私は思っています。というのも実は、昔は南部杜氏の地元である岩手県民しか南部杜氏組合に所属できなかったそうです。それが県外からも所属できるよう変えていったように、時代に合わせて変化し続けているからだと思うのです

さらに2020年に仕込んだ浦里酒造店の酒では、全国新酒鑑評会でも金賞を受賞します。

南部杜氏自醸清酒鑑評会では、醸造技術を競う鑑評会用に小川酵母から開発されたM310と呼ばれる酵母を使いましたが、全国新酒鑑評会では小川酵母を使っての受賞でした。

鑑評会にも時代の流れがあって、今はリンゴのような華やかな香りをもつM310酵母が入賞しやすい傾向があります。特に順位がつく鑑評会では、そういった酵母を使わなければ上位は狙えません。酸が少なくまろやかな印象で派手さがない小川酵母は、一昔前のトレンド。そんななかでも、小川酵母にこだわって挑戦した結果、金賞をいただけたことがとても自信になります」と浦里さんは静かながらはっきりと喜びを語ってくれました。

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6代目としての挑戦「浦里」

霧筑波」は、佐々木前杜氏と父・浩司さんが育てた「地元つくばの酒」です。だからこそ丁寧にきちんと引き継いだ酒造りを続けたいと浦里さんはいいます。

一方で自分が学んできた酒造りにも挑戦したい、という思いもあります。たとえば和食だけでなく洋食にもあう日本酒で、都市部でも浦里酒造店の酒を飲んでもらいたい。そんな6代目としての未来像を、浦里さんは少しずつ形にし始めています。

ひとつは、浦里さんが新しく立ち上げた県外向けのブランドが「浦里」です。このブランドで浦里さんは、自分たちの「個性」である小川酵母をこれまで以上に極めた酒造りをしていきたいと考えています。

茨城県が銘醸地に数えられるようになるためには、県外でも知られていく必要があると思っています。酒造りとしての技術を深めながらも、自分と同じ20代から40代の若い世代の方の日常酒として日本酒を飲んでもらえるようなお酒を造りたいんです」と抱負を語ります。

小川酵母の使用は当然ながら、酒米も現在は茨城県産の五百万石を中心に使い、さらに将来的には県産かつ茨城県が開発した酒造米の使用を視野に入れています。つくばのテロワールをより意識した酒造りをしていくことで、ワイン文化に触れた都市部のアルコールファンにアピールしていこうというのです。

浦里ブランドは2ラインあるんです。漢字表記の『浦里』では小川酵母を活かした日本酒造り、そして欧文表記の『URAZATO』ではイタリアンやフレンチと飲んでこそ本領発揮するような全く新しい日本酒も試験的に造り始めています

浦里」が日本料理のように「引き算の酒」だとすれば、「URAZATO」では酸味をあえて引き出したり、小川酵母だけに頼らずほかの酵母も併用していく、西洋料理でいわれるような「足し算の酒」にしていきたいといいます。

まだまだ試作段階ですので、近隣の飲食店さんに意見をいただきながら一緒に造り上げていきたい」と浦里さんがいうように、つくば市のイタリアン「AMICI」、「faro」や稲敷市の「鮨小野」など、県外にもファンが多い飲食店から意見を受けているといいます。

『URAZATO』は、浦里酒造店にとっては初めての試みです。料理人の方が求める味を知りながらより良いお酒を造っていきたいと思っています

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次回の更新は、7/28(水)。元ワインインポーターから転職・就農し、つくば市でアスパラガスを中心に野菜をつくられている「谷口農園」の谷口能彦さんに、新規就農ならではの農業の楽しさ、苦労などをお聞きしました。どうぞお楽しみに!

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Edit & Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

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