「風早いちご園」風早総一郎さん|一番ではなく”自分らしいイチゴ”を目指したい
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「風早いちご園」風早総一郎さん|一番ではなく”自分らしいイチゴ”を目指したい

茨城県のイチゴの出荷量は8,850tで、栃木県、福岡県、熊本県、長崎県、静岡県、愛知県に次いで全国7位に入る”隠れた”イチゴ県です。県内では、鉾田市や行方市、筑西市などが栽培の中心。なかでも水はけが良く温暖な気候にも恵まれた鉾田市は、県内でも特にイチゴの栽培に適した地域です。

料理人から農家に”転職”したイチゴ農家「風早いちご園」の風早総一郎さんは、自分らしいイチゴを育てて、「多くの人に食べて喜んでもらいたいんです」といいます。2021年で35歳になる若き生産者の農業に対する想いに迫ります。

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料理人時代に感じていた”半端者”のコンプレックス

20代は、東京・両国の「シェイクツリー」や人形町の「ブラザーズ」といった、グルメバーガーという新しいフード・カルチャーをけん引する人気店で料理人として働き、料理長も経験した風早さんは、その頃に料理人として食材に向き合う時間が増えたといいます。

国産の野菜だったり、新鮮な野菜はやっぱりおいしいんですよね。料理を続けていくとそんなことにも気づくようになって。表に出てこないけど、いいものを作り続けている農家の方に興味が生まれて。農家になりたいと思うようになったんです

ハンバーガーで使っていたメキシコ産のアボカドの輸入が止まった時期があり、国内産のアボガドを調べて、愛媛県の産地にまで見学に行ったこともありました。そういった経験が風早さんの興味を農業に向かわせるきっかけになったともいいます。

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グルメバーガーの料理人になる以前は、高級フランス料理店でも働いた経験がある風早さん。しかし、フランス語が飛び交うなか独立志望や海外志向など向上心が強い同僚に囲まれながらの仕事になじめず、すぐに転職してしまった経験があります。転職後の「シェイクツリー」ではメニュー開発など責任のある仕事をしながらも、その最初のレストランでの苦い経験から「飲食業では半端者」という自分の存在に悩みを抱えていました。

もともと独立志向があった風早さんでしたが、そんな”半端者”の自分がお店をもてるのか、という不安にかられるなかで農業に出会ったことが、思い切った転身を後押ししたともいえます。

いろいろと考えていくなかで、自分は、『食べて喜んでもらう』を大事にしていることに気付いたんですね。そういう点では、料理も喜んでもらうためにしていた。そう考えると、農業もやろうとしていることは同じなんじゃないかと思ったんです

将来は農家として独立したい。そんな未来を思い描く風早さんにとって、イチゴはぴったりな農作物でした。

農業をするなら、作って出荷して終わりということはしたくなかったんです。作って出荷した先に買って食べてくださる方がいる。その点でイチゴは、作った側も食べてくださった方の顔が見えるし、食べた方も作った人の顔が見えやすい食材だと思ったんです

シェイクツリー」のオーナーで、「ブラザーズ」時代の先輩でもある木村雄太さんに農家への転身を相談すると、もともと風早さんの独立志向は理解していたこともあって「農業、いいじゃん!」と送り出してもらうこともできました。

イチゴ農家になるために、まずはイチゴについて調べようと考えた風早さんは、全国各地のイチゴ農家からイチゴを取り寄せては、どれがおいしいのかを食べて観察を続けたといいます。そんななか、テレビで「銀座千疋屋」にイチゴを卸している「村田農園」のことを知ります。風早さんはすぐさま鉾田市へ。村田農園を尋ねます。

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「食べた人に喜んでもらいたい」という共通の想い

鉾田市生まれでイチゴ専門農家である「村田農園」の村田和寿さん(下写真)は、風早さんが尋ねて来たときのことを思い返して「イチゴを買いに来たそうで、その時対応をしたスタッフによると『イチゴを買いに来ていたお客様とは明らかに違う目的で来てるな』と感じていたみたいです」と、笑って振り返ります。

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きれいに整頓された農園、いきいきと働くスタッフの姿、そしてなにより香りと食感が他とは全く異なり、食べた瞬間に村田農園のイチゴであることがわかる村田さんのイチゴに、風早さんは惚れ込んでしまいます。

そして農園内に貼ってあった「パート募集」の案内を見て「パートでもいいからイチゴ作りを学びたい」と決めると、すぐさま近くにアパートを借り、まさに”退路を断って”村田農園を再び訪れます。

『イチゴ農家になりたい』というイチロウ(総一郎さんの愛称)が面接にやってきてたときは、話を聞いて決めようと思ったんです。そうしたら『おいしいイチゴで人に喜んでもらいたい』って言ったんですよね。もしそのときに、『イチゴを作って儲けたい』みたいなことを話すんだったら、断ろうと思っていました(笑)

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村田農園のイチゴは、品種としては「とちおとめ」ですが、「村田さん家のいちご」という名称で販売されています。それは、村田農園のイチゴが大好きで利用するお客様たちが自然と「村田さん家のいちご」と呼ぶようになったことがきっかけだそうです。

村田さんは、たくさんのお客様から送られてきたメッセージカードを大切にファイリングして保管しては、読み返し、お客様に支えられてイチゴを作り続けていられることを忘れないようにしているといいます。

村田農園では、なんのためにイチゴを作るかが、一番大事なんです。そこが同じ方向を向けないと一緒にやれない。その点で、イチロウならやっていけるなと感じましたね

風早さんは、「2年で独立する」とあえて期限を設けて、村田さんの元でイチゴ作りを学び始めます。

イチロウには、ハウス内の管理や土づくりのこととか、基本的にこと以外は細かくは伝えませんでしたよ。その代わり、よく伝えたのは『数字に踊らされるな』ということ。この温度になったら何度下げるとかありますが、その数字だけを見ないで、きちんと実際のイチゴを見なさいということは、何度も伝えたと思います

2年間の修業を終えて村田農園を卒業。2018年に風早さんは、村田さんの紹介もあり鉾田市内に2.2ha、6800坪の農地を買うことができました。そして、「風早いちご園」を開業。念願のイチゴ農家として独立します。

イチロウが、村田農園を卒業してイチゴ農家に就農した初めての存在になりました。料理人出身ということもあって、味覚や嗅覚は鋭い。今は、鉾田で一緒に農業をする仲間として応援をしています」

村田さんのコピーから離れ、自家たい肥に挑戦

イチゴ作りは、温度管理がとても大切で、一日に何度もハウスに入って温度を見ては、高ければ窓を開けて下げたり、湿度にも気を配らないといけません。味については、やっぱり土づくりですよね。それぞれの仕事を『なぜするのか』ということを村田さんに教えてもらえたのは、本当にありがたいことです」と、イチゴ農家としての2年を振り返ります。

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開業にあたり、村田さんからは「銀座千疋屋」を紹介してもらい当初から取り引きが始まるなど多くのサポートを受けて、風早さんは、2021年に3シーズン目を終えようとしています。

必ず村田さんに、きちんと恩返しをしたい」と、風早さんは師である村田さんへの想いを語ります。

村田さんたちとは、今でもいろいろな話をさせてもらっています。日本は食料自給率があまりに低くて、食材を海外からの輸入に頼っている。そんななかで、輸入がストップしたときに日本はどうなってしまうのか。日本人の農家を増やしていくためにも、農家の地位をあげていくこと。おいしいものを作る職業であるという姿を見せることは大事なのではないかと思っています。また僕の子どもたちにも日本の農業のすばらしさを伝えていかないといけない。そんなことを話していると、たくさんやることがある

無我夢中だった2年間を経て、少しずつ自分らしいイチゴを作りたいと思うようになったといいます。

今までは、村田さんのイチゴよりもおいしいイチゴを作るにはどうしたらいいんだろうと、考えていました。僕にとっては村田さんのイチゴが理想で、それを超えることなんできないと思っているので、どうしたらいいんだろうと悩んでいました。そんなときに同じ茨城でかすみがうら市の『菅谷いちご園』さんのイチゴを食べさせていただき、村田さんのイチゴとは違ったおいしいイチゴに出会えたんです

村田さんと菅谷利男さんが作るイチゴは、まったく違うイチゴなのに、どちらもおいしい。「どちらがよりおいしいか」をこれまで意識していた風早さんにとっては、この「どちらもおいしい」というイチゴに出会えたのは、誇らしい価値観に出会えた瞬間だったようです。

村田さんのイチゴがここにあったら、菅谷さんのイチゴはまた別のところにある。そのイチゴのどちらがおいしいかということではないんですよね。とてもおこがましいのですが、僕は村田さんのイチゴを超えることばかりを考えていた。でも菅谷さんのイチゴをいただいて、そうじゃなくていいんだということに気付かせていただきました

何事もイチゴを作り続けなければわからない」、そう考えるようになった風早さんは、それまで村田さんから分けてもらっていたたい肥を自分で作ってみることを始めます。まずは、村田さんと同じ材料でたい肥を作ることから始めて、その上で村田さんのたい肥と違ってどのように出来上がるのか、それがイチゴにどう影響を与えるかを、予想してから実際に試し、さらに食べて答え合わせをしてみる。そういった毎年の挑戦を続けていくことに決めたといいます。

イチゴ農家を始めて、どこかモヤモヤとしていたものが晴れた気持ちです。村田さんをコピーして、同じ場所、同じ育て方、同じたい肥で作っても違うイチゴが出来上がるわけですから。自分ちのイチゴを目指して作っていきたいです。そうすることが、師匠である村田さんにも恩返しになるのではないかなと思っています

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次回の更新は、3月24日。“茨城ガストロノミー”を牽引する茨城県大宮市のフレンチレストラン「雪村庵」の藤シェフにインタビューしてきました。どうぞお楽しみに!

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Edit & Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

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茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チーム
Tel:03-5492-5411(担当:澤幡・佐野)
ありがとうございます🙌茨城もあなたがスキです❣️
実は“食材の宝庫“である茨城県。「シェフと茨城」では、茨城の食材とその作り手を、食材の目利き役であるシェフの皆さんとの取り組みを通してお伝えしていきます。シェフにとって本当の意味の“身近な生産地”に、茨城はなりたい。