小林幸司さん|料理人と生産者は、大きなジグソーパズルを完成させる小さなピース
長野・軽井沢に1日わずか1テーブル(最大4席、コロナ禍では席数を減らして営業)しか予約を取らないプレミアムなレストランがあります。イタリア料理のレジェンドシェフ、小林幸司さんが腕をふるう「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」です。
1991年にイタリアから帰国して以来小林シェフは、一貫して日本流にアレンジしない現地イタリアの料理を作り続けてきました。さらに「一度作った料理を二度と作らず新しい料理を生み出し続ける」という常人離れしたスタイルで、ときに「鬼才」とも呼ばれることもあります。
そんなレジェンドと呼ぶにふさわしい小林シェフが、30年近く使い続けている食材に、茨城県かすみがうら市にある「ジャフラ農場」(ジャフラトレーディング)のホロホロ鳥があります。
使うのは、ホロホロ鳥の肉だけでなく内臓や卵まで。「僕にとってはこれ以上のホロホロ鳥はない」というほど、小林シェフが信頼を寄せるジャフラ農場のホロホロ鳥との出会いから、長年にわたり生産者との信頼関係の築き方について話を聞きました。
イタリア最高峰のレストランで学んだ「自然の摂理」
30歳でイタリアに渡った小林シェフは、3年間、ウンブリア州のレストラン「リストラン・ヴィッサーニ」でイタリア料理の真髄を学びました。「ヴィッサーニ」は、当時フランスで「ミシュラン・ガイド」に並ぶイタリアのレストラン・ガイド『ガンベロ・ロッソ』でイタリア全土で最高点をもつレストランでした。
1991年に帰国した小林シェフは、さっそく千葉県野田市でレストランのシェフを務めることになります。
小林シェフには、イタリアで学んできた料理を表現するためにもどうしても作りたかった料理がありました。ヴィッサーニでも学んだ料理で、羊や山羊やなどの内臓を使って作る「コラテッラ」という煮込み料理です。
「ヴィッサーニでは、自分たちで育てていた豚の内臓で作っていました。オーナーシェフのジャンフランコが『どこの誰が育てたのかわからない内臓は使えない』といって、他の場所で育てていた豚を使うことはしなかった。だから僕も、日本で同じようにコラテッラを作るなら、きちんとした育て方をしているところの内臓を使いたいと思ったんです」
家畜や家禽の内臓を探していた中で、当時の知人の繋がりでホロホロ鳥を育てているジャフラ農場に訪れることになったといいます。
「料理人といっても、どこの馬の骨ともわからない若造がいきなり来て、ホロホロ鳥の肉ではなくて内臓が欲しいっていうんだから、びっくりしたと思いますよ。今の代表の(二宮)淳さんの先代にお会いしたんです。そこでいろいろな話をさせてもらって、どうにか使わせてもらうことができたんです」
いったいどんな話をして口説き落としたのかと聞くと、「イタリアで学んできたことや感じたこととか、自分が考えていることでしたかね」と小林シェフは当時を振り返ります。
「ヴィッサーニでは、もちろんイタリアの料理を学んできましたが、それよりも『自然の摂理』を学んできたと思っています」という小林シェフの言葉は、すこし難解に聞こえるかもしれません。料理人としてイタリアに渡ったにもかかわらず料理の技術や知識ではない「自然の摂理」を学んできたというに言葉の背景には、ヴィッサーニのジャンフランコ氏だけでなく、ジャンフランコの父・マリオ氏と母・エレオノーラ氏から学んだことも多かったといいます。
「ジャンフランコのお父さんのマリオは、たとえば『畑からルーコラを採ってこい』っていわれて摘んで持っていくと『お前はバカか。そこのルーコラは、残しておかなければいけないところのもので、隣のところから採ってこないといけないんだよ』というんです。詳しく聞くと、その場所のルーコラは、これから花が咲いて種が落ちて、来年の分になるから採ってはいけないんだというんです」
ほかにも成長が遅いウサギに、ゴム手袋の指先に穴をあけてミルクを飲ませていたことも。その時は、「こいつは、弱って死にそうなウサギだ。だけど、こいつを俺たちは食わないきゃいけないから死なせてはいけない。だからミルクをやるんだ」と話していたといいます。
生き物を殺すことに対する意識の違いから、小林シェフは、ヴィッサーニ家の人々に恐怖を感じたといいますが、一方で「自分たちが死なずに生きていく」ため、生き物を育てて食べている彼らの生き方はいたってシンプルだとも感じたといいます。そして彼らにとって生きる術のひとつとして、一頭の家畜の内臓まですべてを食べ切る「コラテッラ」という料理がある。それが「自然の摂理」をもった料理であるということです。
「それに内臓は育った環境が直にでる食材。だからこそ育て方が大事で、ちゃんと育てていることがとにかく大事なのです。二宮さんの農場にも行ってみて、申し分ない環境でしたので、なんとか使いたいなと思いましたよ。だからといって、二宮さんの前で僕は、決して『どうして欲しい、こうして欲しい』という話はしなかった。ヴィッサーニでの話をして、イタリアの料理を作りたいという自分が考えていることを話していました」
そして「じゃあ、内臓だけ売ってあげるよ」という一声から、ジャフラ農場との関係が始まったのです。
インゲン豆のスフォルマート
スフォルマートはさまざまな野菜と卵で作った甘くないプリンのようなイタリアの料理。食べた瞬間にインゲン豆の独特の香りがふわっと広がるのは、ホロホロ鳥の卵ならではのうま味と香りが下支えになっているから。
ホロホロ鳥のサルミ
小林シェフが修業したウンブリア州の郷土料理で、炒めた鳥の内臓とタマネギをソースのなかで水分が飛ぶまで煮込んだもの。ホロホロ鳥の内臓を使って仕立てた。
会社ではなく人から食材を買っている
ジャフラ農場のホロホロ鳥の卵は、上の写真のようなインゲン豆のスフォルマートといった前菜料理だけでなく、卵が必要な手打ちパスタにも使うなど、鶏卵では出せない小林シェフの料理に必要不可欠な食材だといます。
「ホロホロ鳥の卵の味は、日本人の”味覚のDNA”にはない味なので、それだけでお客様に新鮮な驚きを生みだすことができます。僕自身は、鶏卵の飼料の匂いがどうしても食材を邪魔してしまうと思っていて、ジャフラ農場のホロホロ鳥にはその匂いがないので、僕が好む主食材を活かす料理の中で重要な役割を担ってくれています」
じつは「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」は、夏の期間だけ「アルベリーニ」というトラットリア(カジュアルな食堂スタイル)に変わり、その期間は地元・長野、軽井沢の食材をふんだんに使うようになります。
しかしその時期以外は、小林シェフが使う国産の食材はとても少なく、9割以上の食材は、ヨーロッパからの輸入品を使っています。
それは「イタリア料理人だからイタリアの食材を」という理由よりも、ジャフラ農場の二宮さんのように、信頼する人から買っていった結果といった方がより伝わりやすいかもしれません。
というのも、現在取り引きがあるのは、ジャフラ農場の二宮さんと同じように小林シェフがイタリアから帰ってすぐ、1990年代に出会った人たちです。
たとえば、オリーブオイルやオリーブ、ワインなどのイタリア食材については「稲垣商店」の稲垣陽一さん、野菜や肉は「ノーザン・エクスプレス」の宮崎正豊さんといった長年にわたって付き合い続けた恩人たちが扱う食材を使い続けています。
それを小林シェフは「産地」や「会社」ではなく「人」と付き合い続けているといいます。
「実際に、気に入って使って取り引きしていても、担当者が変わってしまうと『ちょっと違うな』と感じて連絡をしなくなることもある。だから、僕は会社ではなくてその人だから食材を買っていると思っている。実際に、二宮さんや稲垣さんが、『こんな食材があるから使ってみなよ』とか『この食材はこうやって使うといいよ』というように主観で物事をいう人だったらこんなに長くは続かなかったと思う。二人とも、『この食材はこういう環境で育っていて、こういうものだ』ということしかいわない。僕の場合は、そういう相手の方が合っていたんです」
二宮さんや稲垣さんは、小林シェフが次の料理を考えようとしたときに、何の連絡もせずファックスでそのときの食材リストを送ってきたり、気に入っている食材を1年間途切れなく使えるように確保しておいたりするような関係で、「僕以上に、僕のことを理解してくれている存在が大きい」といいます。
お互いは生産者であり、卸業者であり、料理人という加工業者である。それぞれの立場で相手の仕事に敬意を持ちながら、あくまで食材を通して語り合う。料理人と生産者や卸業者との理想的ともいえる持続性のある関係には、そうした自分たちの役割に徹していることが大きいようです。
そしてその信頼する人と人との繋がりが、次の新しい出会いを生む。「だって、僕のことをよく知っている淳さんや稲垣さんの紹介なんだから、合わないはずないよね」。それが、長く続く小林シェフ流の生産者との付き合い方なのです。
食材の9割は輸入食材。日本の食材を無視しているわけではない
国産志向が強い高級価格帯のレストランが多い中、海外に旗艦店を置くレストランならまだしも、日本人がシェフを務める店で国産食材をあまり使わない小林シェフのスタイルは、現在のレストランシーンでは異色に映ります。
「『日本の生産者を守ろう』というのは、僕にはわからない。それだと、日本は日本料理人を守ろうということと同じで、それはイタリア料理人よりも日本料理人の方が偉いって論理にもなっていきますよね。それは、僕はおかしいと思うんです。僕は、たまたま日本に生まれたけど、日本人という意識はなくてイタリア料理人だと思うし、イタリア人よりもイタリア料理を作れていると思っているんです。どこの国籍であるかではなくて、その人が何をやっているかの方が大事。だから僕にとっての生産者は、日本以外にも世界中にいっぱいいます。僕は僕の料理のために食材を作ってくれている生産者を、場所は関係なく大事にするんです。それが僕の仕事だと思っています」
人間は、ジグソーパズルのピースのような存在だと小林シェフはいいます。完成する絵は、小林シェフの場合「未来の料理業界」なのか「イタリア料理」なのかは今はわかりませんが、その絵を完成させる一つのピースとして、まわらいの他のピースとしっかりとははまり合うことをしていればいい。小林シェフの”周りのピース”が、ジャフラ農場の二宮さんであり、稲垣商店の稲垣さんなのです。
「僕には僕にしか助けられない人がいるわけです。今回、茨城県の食材の取材を受けているけど、長野の生産者からは『小林さん、県外のことではなくて長野のことを見てくださいよ』といわれるかもしれない。だけど、良いものを作っていれば長野県の食材を愛してくれる人がいるわけです。それは、僕が牛フィレや豚ロースを使わないことと同じようなことでもあります。稀少で高価な食材は、誰かが使ってくれるわけです。それなら、内臓とか使いずらい部位を僕がやるよ、ってことでいい。いい食材をこだわって作っているけど日が当たらない生産者のものを使っていくのが僕の役目だと思う」
新型コロナウイルスのパンデミックで世界中の人が同じように苦しむ状況で、おそらく多くの人が気付いたことの一つに小林シェフは、”いざ”となったときに助けられるのはわずかであるということだったのではないかといいます。いろいろなところで”いい顔”をしてきた人類に与えられた試練であり、これを機に最後まで面倒を見るという覚悟が再び必要になってくるはずだともいいます。
「隣の芝が青いのは、見る角度が青く見せているだけ。実際には同じ色の芝生ですよ」と小林シェフはいいます。大事なことは、小林シェフのように変わらない自分を常に持ち続けることです。
しかし、注意しなければいけないのは、「変わらない」とは変化をせずにただ辛抱強く続けることだけではないということです。
実際、小林シェフは、2002年に中目黒で「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」をオープンして以来、店名を変え、場所を変え、営業方法も変えてきた「変化のシェフ」でもあります。
しかし、一貫して変わらないことは、イタリアの自然の摂理を理解して、イタリア料理人としてイタリア料理を作り続けていることです。
小林シェフは、「料理人は加工業者だ、10円の食材に何万円の価値も付けられる」ということをたびたび口にします。
そこには、100種類の料理を作るのに、100種類の食材を探すのではなく、1つの食材から100種類の料理を作るのが料理人の本来の仕事であり、それを続けてきた自負があります。外的な要因で料理を変えるのではなく、自分自身のなかにある意味や理由をもとに料理を作るべきだということを小林シェフは伝えようとしているのです。
「たとえば、茨城県の生産者の人が、レストランに『食べてみてください』と食材を持っていくんだったら、『どんな食材が欲しいですか?』ではなく『今はこんな食材がありますよ』と、自分のことを伝えるべきだと思うんです。そのなかで、ジグソーパズルの話のように、バチっと決まる相手を見つける。そういうことが大事なのではないかと思います」
小林シェフにとっての二宮さんや稲垣さんのような存在に出会う場所が茨城県になるように、シェフと生産者の出会いを後押ししていきたいと思っています。
フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ
長野県北佐久郡軽井沢町長倉2147-689
☎️ 0267-41-0612
完全予約制
1日1組4名様まで、12時から21時時の間で開始
※長野県の要請によって営業時間や席数が変更になる場合があります
おまかせコース40,000円
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茨城県公式note「シェフと茨城」では、飲食関係者や食のプロに向けた産地ツアーのサポートを無償で行っています。ツアー行程のご提案や、ご希望に合わせた生産者の紹介などを行っておりますので、ご興味のある方は、下記の記事の問い合わせフォームからご連絡ください。
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次回の更新は、9/29(水)。筑波山麓にブドウ畑をもち、2019年には専用の醸造所を建てて、ワイン産地つくばを牽引する「つくばワイナリー」を紹介します。
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Edit & Text by Ichiro Erokumae
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