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栃木県の地産地消の名店は、あえて茨城県の魚介を使っている

この記事に登場する人
音羽 元さん|栃木県宇都宮市「オトワ レストラン
前田賢一さん|北茨城市「海鮮問屋やま七

栃木県宇都宮市にある「オトワ レストラン」は、日本中からフランス料理を愛する人たちが集う名店です。レストランを創業した音羽和紀さんは、1974年から、当時ミシュランガイドの三つ星を獲得したばかりの「アラン・シャペル」で働いた最初の日本人料理人で、「料理界のダ・ヴィンチ」と呼ばれるアラン・シャペル氏のもとで3年間、研鑽を積みました。

帰国後は、3年ほど都内の企業でマネジメントなどを学んだのち、故郷の宇都宮に、オトワ レストランの前身といえる「オーべルジュ」を1981年に開きます。「地産地消」や「ローカル・ガストロノミー」といった言葉すらなかった時代に、華々しい経歴を持つ料理人が地方都市でフレンチレストランを開く。そこには「栃木県の食文化を引き上げたい」という思いがあったといいます。

それから41年。現在オトワ レストランは、和紀さんの息子、音羽 はじめさんが料理長を務め、父・和紀さんとともに変わらず栃木県の食の魅力を伝え続けています。

地産地消のレストランの名店として知られるオトワ レストランで、じつは茨城県の食材が使われていることは、意外と知られていないことかもしれません。

宇都宮駅から車で10分ほどの場所にある「オトワ レストラン」。

LINEを使って茨城県の魚の情報をやりとり

オトワ レストランのキッチンに、ある荷物が届きました。差出人は、宇都宮市から100㎞ほど離れた、茨城県北茨城市の魚屋「海鮮問屋やま七」。さっそく音羽さんが開封し、中の食材を確認すると、茨城県の海で獲れたシラスや岩ガキ、伊勢海老が入っています。

このシラスは、すこし水っぽそう。どんな処理をすればいいんだろう」と音羽さんは、スマートフォンを手にしてLINEのアプリを開き、なにやらメッセージを送っています。メッセージの相手は、海鮮問屋やま七の前田賢一さん。音羽さんがシラスの扱い方を聞くと、「ボウルに入れた氷水で水を流しながら洗うと、匂いがとれるよ」すぐに返事が返ってきました。

海鮮問屋やま七の前田賢一さんは、北茨城市の大津漁港や平潟漁港にあがる魚を地元の飲食店や都内のレストランに卸す魚屋で、さらに和食屋「食彩 太信」も営む魚のプロフェッショナルです。

前田さんから届いた、伊勢海老に岩ガキ。
冷凍解凍で届いたシラス。水っぽさがでていたことが気になった音羽さんは、さっそく前田さんに処理の方法を聞いていた。
普段はLINEで連絡をとるが、取材ということもあり、パソコンの画面越しにシラスの処理方法を教えてもらうことに。
「氷を張ったボウルで流水で洗いすることで匂いがとれる」という前田さんのアドバイスをさっそく実践。

前田さんは、LINEを使って直接、シェフや料理人と繋がり、発注を受けるとともにその日の漁の成果や魚の扱い方などを丁寧に伝えています。1つのLINEグループには30~40名ほどの料理人が入っており、グループ自体も複数あるといいます。

今回のようにLINEのメッセージでやりとりすることもあれば、通話やビデオ通話も駆使してコミュニケーションをとっているのはとても現代的です。

漁港でその日に揚がった魚を撮影した動画が、『この魚いる人いますか?』というメッセージとともに送られてくるんです。『いります!』とグループ内の人たちから反応があると、前田さんが競り落としてくださるんです

前田さんと取り引きを始めたのは、2020年頃。当初は、電話で「どんなものがあがりますか?」という聞き方だったのが、今は「今の茨城県の魚の推しはなんですか?」といって、良いものを送ってもらい、そこからメニューを考えるようになったと音羽さんはいいます。

前田さんは、僕たち料理人に『届いた魚どうだった?』といろいろと聞いてくださるんです。話していても聞きやすさがある。送ったら送りっぱなしという生産者さんもいるなかで、わざわざメッセージや電話をしてくれるので、最初から普通とは違う方だと思いました。聞いてくださると、僕たちからも聞きやすいし、コミュケーションがとりやすくてありがたいんです

シラスの洗い方が合っているかどうかを、LINEを使って前田さんに画像を送って聞く音羽さん。

北関東同士、情報を交換しながら成長していく

前田さんとのつながりは、茨城県常陸大宮市にあるレストラン「雪村庵」のシェフ、藤良樹さんの紹介から始まりました。

函館で開催された世界料理学会に登壇した際に、会場の駐車場で藤シェフからお声をかけていただいたんです。同じ北関東だから最初から親近感がありましたよね

北関東の栃木県や茨城県、群馬県は、首都圏に近いのに、フレンチレストランが少ないことを、音羽さんは、かねてから心配をしていました。

ただでさえ栃木県と茨城県は、都道府県魅力度ランキング(地域ブランド調査2021)で最下位を争う県同士。お互いに魅力がないのではなく、発信ができていないだけだと音羽さん。それなら、自分たちだけで発信をするのではなく、県を越えて、いろいろな情報交換や交流をしながら成長し、北関東の仲間としていっしょに魅力を伝えていくこともできるのではないか。そんなことを藤シェフとの出会いで感じたと、音羽さんは当時を振り返ります。

藤シェフは、オトワ レストランにも何度かきていただきましたし、僕たちも雪村庵に食べに行って、交流を深めました。とくに藤シェフは、バスクから帰られてから地元の食材を掘り下げた料理を作られるようになりましたよね。茨城県の生産者さんとのつながりが強くなっていったなかで、海なし県でレストランをしている僕たちに『いい魚介類を扱っている』と、前田さんに紹介していただいたんです

栃木県食材のPR大使ともいえるオトワ レストランでは、ほぼ地元の食材だけでコースを作っていました。魚介類は、フランス産のオマール海老や、栃木県のブランド・ニジマスで、和紀さんが生産者との共創によって誕生した「プレミアムヤシオマス」や、ヤマメなどの川魚を使っていました。

ときおり和歌山や北海道から魚介類をとることもありましたが、せっかくなら近県の魚介類にしたいとは思っていたものの、近県の生産者を知る術がありませんでした。そんななか、信頼する仲間が「いいよと」言って紹介してくれたことは、とてもうれしかったといいます。

近いところで魅力的な食材を集めるのがもっともすばらしいことですよね。もともとオトワレストラン自体が栃木の食材色が強かったですし、それがお客様のお望みでもありました

しかし、80席に個室が2部屋もある大きなオトワ レストランには、県外だけでなく、県内のゲストも多い。県外の食材を使った料理が食べたい人もいる。ゲストごとにレストランの楽しみ方があるなかで、地元の食材だけでなく、魅力的な近県の食材を伝えていくのも大切だと音羽さんはいいます。

どのようにお客様にお伝えするのがベストなのか。たとえば前田さんの魚であれば、『宇都宮から100㎞くらい北東で、茨城県と福島県の県境近くにある大津漁港で揚がったお魚なんです』というような伝え方もあると思います。オトワ レストランというフィルターを通した伝え方が必要だと思っています

洗ったシラスは、キュウリのすりおろしやケッパー、伊達鶏のコンソメ、貝のジュレなどを加えたものに、全粒粉のそば粉パスタを和える。
仕上げに花穂紫蘇とオリーブオイルをまわしかけた。シラスによるほのかな磯の香りが、夏野菜のパスタソースによくあう。

良いときも悪いときも、変わらず話ができる関係

栃木県内だけでなく、今では茨城県のほか、北海道や和歌山県といった地域の生産者とつながりをもっている音羽さんにとって、長く続く付き合いができるかどうかは、食材のクオリティが絶対条件だといいます。

魚に対してのクオリティとは、どんなことかというと、シンプルに食べて僕がどう感じるのかを大事にしています。身質、香り、食感などを感じています。いろいろな用途がありますが、その魚がどんな特徴をもっているのか。それが伝わってくる食材だと良いと感じます

クオリティに次いで音羽さんが大切にしているのが、コミュニケーションです。その点、前田さんは、コミュニケーションもスムーズで、リアルタイムで情報が送られてくるため、わかりやすいと音羽さんはいいます。

前田さんご自身が料理屋さんをされているからこそ、料理人が欲しい情報を伝えてくださるんだと思います。お付き合いはまだ2年ほどですが、ずっと前から取り引きをしているように感じるほどです。一方で、季節を通じて食材のクオリティが良いときもあれば、悪いときもあります。前田さんとは、それを言い合える関係性であるのも良いことだと思っています

料理人と生産者は、肩を組んで対等な存在であった方がいいと音羽さん。たとえば、生産者から「僕たちの食材を使ってください」というような売込みはありがたいと思いつつも、そこに上下関係が生まれ、料理人が「使ってあげている」という驕った気持ちにならないように気をつけているといいます。

それが生産者さんへの想いに対して僕たちができることは、食材に高い付加価値をつけて売ること。そのためにも、生産者と料理人のコミュニケーションは、改めて大事になると思います

たとえば、食材に付加価値をつけるにしても、その食材の価値を知る必要があります。その価値を一番よく知っているのは、毎日使っている地元の人たち。今回でいえば、前田さんのような存在です。食材をよく知る人からきちんと話をきいて理解すること。その先に料理人が食材に付加価値をつけていくことが可能になると、音羽さんは考えています。

前田さんから届いた鮑は、昆布と日本酒を加えて真空包装し、80℃で1時間と100℃で1時間蒸してやわらかくしてから、焼きのりでホタテのムースとともに包んでから、パイ包みに仕上げた。
パイ包みのソースは、バターと昆布だし。円周のグリーンのソースは、鮑の肝に伊達鶏のコンソメを加えたもの。鮑のうま味を存分に味わえるひと皿。
牡蠣は、70℃の薄い塩水でさっとゆでてから、ソース・ブールブラン(バターソース)に、トロフィエとよばれるショートパスタをあわせた。
前田さんとは日ごろから電話やメッセージをしており、些細なことも質問すれば気持ちよく答えてくれるのが前田さんの魅力だという。「人によっては、聞きづらい雰囲気があったり、忙しさもあって対応してくださらないこともあるので、前田さんの対応はすごく信頼感があります」と音羽さん。

生産者と料理人がコラボして行政を振り向かせる

オトワ レストランで扱う代表的な栃木県食材のひとつ「プレミアムヤシオマス」は、オトワ レストランに生産者の山越祐二さんが自らもってきたことが出会いのきっかけでした。

当時の開発段階のプレミアムヤシオマスは、レストランで使う食材としては、まだ物足りなさを感じました。山越さんは、日光のきれいな水で育てるようにして、よりよいものにしたいという熱意を話してくださいました。それに対して、『僕たちだったら、身質がしっとりしているほうがいい』といった好みについてはもちろん、『直に氷にあてず、新聞紙で包んで保管した方が良い状態がキープできる』といった一つひとつの作業を丁寧に扱うことが重要なことをお話ししたんです。開発に時間がかかりましたが、地域の身近な食材だったからこそできたことで、それが今に至っていると思っています

食材については、地域が支えながら少しずつ時間をかけて育んで成長させていくもの。そういった思いは、父・和紀さんが、宇都宮でレストランを始めた頃から言い続けていることでもあり、音羽さんは子どもの頃からその話を聞き、料理人になってからもその考えを変えずにいます。

今は、北茨城市で、前田さんお一人で活動されて、前田さんだけしかできないことをされています。茨城の生産者の目標にもなるような取り組みで、すばらしいことだと思います。一方で、こういった取り組み自体が、地域でできるようになると、産地としてすごく注目されるのではないでしょうか。地域の産業は、地元は愛着をもった地元の人たちが支えるのが重要。そこに住んで暮らす人たちは、人生をかけて取り組みをされますから

仮に、地域が取り組みを理解をしてもらえなくても、自分たちが評価を受けることで、行政に振り向いてもらうこともできる。「音羽さんたちが使っているなら間違いない」といわれるようなレストランになることで、おのずと地域の理解も得られるようになるのではないかと、音羽さんはいいます。

前田さんのようなキーパーソンと、藤シェフや僕たち北関東の料理人たちがコラボレーションして、行政に振り向いてもらうということもできますよね。今回の取材も、ひとつのアピールになると思います。そうすることで生産者と料理人が一緒に高め合って、成長しあえる関係になっていくのではないでしょうか

音羽さんは、オトワ レストランの2代目。すでに息子は10歳になり、もし料理人になりたいといえば、10年後には3代目候補が誕生することになります。フランスでは地方に2代、3代と続く家族経営の老舗レストランが多くあります。音羽さんも、そうしたフランスの文化を宇都宮にもという思いが強く、3世代続くレストランとして繋いでいくことは、一つの夢だといいます。

そのためには、変化を恐れずに進化すること。それが変わらずあり続ける大きな力になるはずです。栃木県の食材だけでなく、行政区分を飛び越えて北関東という広いエリアで捉え直すことで、さらに魅力あふれる料理が生まれる。音羽さんと前田さんの交流は、オトワ レストランを未来につなげる進化の第一歩なのかもしれません。

音羽さんと、弟の創さん(右)。創さんは、オトワ レストランのグループ店で、白金台にあった「シエル エ ソル」(現在は閉店)で、ミシュランガイド一つ星を獲得したこともある料理人だが、現在は料理人だからこそゲストに直接伝えられることがあると、ゼネラルマネージャーとして日々ダイニングに立ってサービスをしている。

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次回の更新は、9月28日(水)。茨城県の秋の果物農園を、都内で活躍するパティシエや料理人たちとともにまわりました。秋の果物ツアーの様子をレポートします。

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

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