お互いのモチベーションを高めるキッチンと産地のコミュニケーション
茨城県つくば市は、東京都小平市と山梨県北杜市とともに三大ブルーベリーの産地ともいわれるほど、栽培が盛んな地です。
1977年に筑波大学農林技術センターにブルーベリーの苗20本が定植されたことで、つくば市で栽培の研究が始まりました。つくば市の気候と日光のよく当たる平らな土地がブルーベリーの栽培に適していることがわかると、市の主要品目だった芝栽培の需要の低迷もあって、1990年代末から転作としてブルーベリーが推奨されるようになり、栽培が広がりました。
つくば市北地区の百塚で1.5haの畑に、1500本50種類のブルーベリーを育てる「つくばブルーベリー ゆうファーム」は、栽培中に農薬を使わず、有機原料を主体にした肥料を使ってできるだけ自然な農法でブルーベリーを育てる専門農家です。
8月初旬には、東京・銀座のイタリアンでミシュランガイド一つ星レストラン「FARO(ファロ)」の副調理長、浜本拓晃さんを中心としたスタッフチームが、収穫後半の最盛期を迎えたゆうファームを訪れました。
ブルーベリーを畑とゆっくり育てていく
ゆうファームの園長、大年久美子さんは、2013年に先代の園長から農園を引き継いで就農し、ブルーベリー栽培を始めました。東京都葛飾区で暮らしていたときに週末農業体験をつくば市でするようになったことがきっかけで先代と知り合い、「ブルーベリーの栽培やってみない?」という提案に、「おもしろそう」と二つ返事で引き受けたといいます。
「週末農業を始めたのは13年前で、ちょうど子どもの手が離れたころでした。夫と『何かおもしろいこと始めたいね』という理由でした(笑)。最初は野菜を育てていました。それまでは、夫婦ともに農業とは縁のない仕事でしたが、農業が楽しかったこともあって、移住してブルーベリーを栽培し始めました」
ブルーの網目のシートで覆われた畑には、高低さまざまな高さのブルーベリーの樹があり、その数は50種類にもなるそう。ブルーベリーの品種は6月から7月の早生品種と、7月から8月の晩生品種に大きくわけられています。1本の樹になる実は、10日から2週間程度で収穫期が過ぎるので、品種ごとに少しずつ収穫期をずらしながら3カ月間収穫を行います。
就農して9年。肥沃な酸性の土壌を作り、有機原料を主体にした肥料だけでなく、太陽光を行き渡らせ、風通しをよくするために剪定に手間をかけ、ブルーベリーを自然の力で育てようとする大年さん。その栽培方法には、すぐに辿り着いたわけではありませんでした。
「最初は雑草を根絶し、草や虫などがいない畑が理想だと思い、自然を力でねじ伏せようと奮闘していたんですが、どうもうまくいかなかったんです。そんななか、ようやくたどりついたのが草生栽培という方法です。根粒菌と共生し窒素分を固定し、さらに土の力を上げて植物の成長を手伝うマメ科のクローバーを園内に敷き詰め、ブルーベリーと一緒に育てることにしました。自然とともにゆっくりと育っていくことにしたのです」
「晩生品種で今が旬なのはラビット(ラビットアイブルーベリー)という比較的高木の品種です」と大年さん。「どうぞ摘んでそのまま食べてください」という大年さんにすすめられると、浜本さんは実を摘んで口へ。甘味と酸味のバランスのよいおいしさで、自然と笑みがこぼれます。さらにほかの品種の説明を受けながら、摘んでは食べ摘んでは食べて園内を歩いていきます。
「品種ごとに違うのはもちろんですが、同じ樹のなかでも一粒一粒味が違いますよね。やっぱり楽しいな」と浜本さん。なかには樹齢30年になる樹もあると聞くと、ソムリエとして同行した桑原克也さんは、「ワイン用のブドウのように樹齢によって味が変わるのですか?」という質問を大年さんに投げかけます。
「ええっ⁉ ワイン用のブドウだと、樹齢によって味が変わるんですか? ブルーベリーは、樹齢によってそれほど味に差はでないと思います。むしろ実が成る量が減りますね」と、異業種ならではの視点は驚きも多かったようです。
不安と責任で自分たちの気分をのせていく
これまでに5回ほどブルーベリーを注文している浜本さんは、そのたびに風味や食感が異なることが「楽しかった」といいます。料理でもその粒ごとの違いを感じてもらえるような仕立てをしています。
「商品として出荷される生産者のみなさんは、毎回同じものを送るようにされていると思うのですが、FAROとしては、均一化されすぎていることに強い価値を感じていません。食材はあえて指定せず生産者さまに産地から直接送っていただいています。毎回甘味や酸味が違うゆうファームさんのブルーベリーに対してもポジティブな印象で、『品種の違いなのだろうか、どうして一粒一粒変わっているんだろう?』と産地に興味をもったんです」と浜本さん。
「じつは、これまで送っていたブルーベリーは、品種の違いもあってそのたびに味が違うことを、浜本さんたちはどう思っていらっしゃるか、不安だったんです」と大年さんは、これまであった不安を打ち明けます。
しかし今回大年さんは、実際に浜本さんから味の違いを「おもしろい」といって興味をもってもらえたことに安堵したといいます。そして、浜本さんにとっても、今回の産地訪問は、不安を解消するものでもありました。
「僕たちも、銀座のど真ん中のレストランにいて感じるのですが、全国各地、さらには世界各地から毎日食材が届くんです。それが、あまりに当たり前に感じるようになったときに、何か大事なことが見えなくなっているのではないかと不安になります。こうやって産地にお招きくださって、摘みたてのブルーベリーの味を知れたことはもちろん、栽培する大年さんのご苦労など、実際に来たことで本当のことを知れましたし、普段のことが当たり前ではないことに改めて気づかせてもらいました」
さらに浜本さんは、生産者の想いをきちんと料理で伝えられているか、その食材をきちんと扱えているのかということに不安を感じるといいます。「俺の料理だ!といって出せたらいいですが、まだまだですね」と、名店の料理人ながら、おごらず謙虚な姿勢を崩しません。
「私も1年間試行錯誤しながら、付きっきりでブルーベリーを育てていますが、結果が出るのは1年で1度だけ。6月の実が出るまで気が気じゃないですよ。今年は、どうなるんだろう、大丈夫かなと不安が一杯なんです」と大年さん。また普段、納品先に納めたあとのことを知ることは少なかったため、料理した感想などを聞けたことはうれしかったといいます。
「人間は、ほっておくと手を抜いてラクをするものだと思うんです。僕も同じで、ただ毎日キッチンにいるだけでは、手を抜いてしまうと思います。それをこうやって産地で育てている方にお会いすることで、『おいしくしないといけない』という責任を改めて感じ、さらに真剣になるんです。それに、その方が、自分たちの気分ものっていくと思うんです」
届いた食材で判断するという料理人もいるなかで、便利な社会にいるからこそ食材だけでは伝わりきらない相互の想いや不安は、多分に存在するといえるでしょう。キッチンと産地のコミュニケーションは、お互いのモチベーションを高め、よりよい日々の仕事を生む意味でも重要であることが、浜本さんと大年さんの出会いのなかから感じとることができました。
鴨農場でみたブルーベリーをつつく鴨の姿
東京銀座の目抜き通りである銀座通りに面し、東京銀座資生堂ビルの10階にあるFAROは、日本各地から良質で安心・安全な旬の食材を集めて日本でしかできないイタリア料理を生み出しています。さらに、肉や魚、卵や乳製品など動物性の食材を使わずに作りあげたクオリティの高いヴィーガン料理でも知られている、東京を代表するレストランの一つです。
イタリアで日本人として初めてミシュランの星をもたらした、FAROのエグゼクティブシェフを務める能田耕太郎さんとともに浜本さんは副調理長として、FAROの料理を考案し作りあげます。
食材を大切にし、生産者との関わりを大切にするFAROで浜本さんは、シェフの能田さんとともに全国の生産者のもとを訪れては、新しい料理を生み出しているといいます。
「茨城県かすみがうら市で『かすみ鴨』という鴨を放し飼いで育てている西崎ファームさんのもとに、6月に伺ったんです。そのときに、ブルーベリーの樹があるのを見つけたら、鴨もブルーベリーの実を食べているということを聞きました。それなら鴨の料理にブルーベリーを合わせたらいいのではないかと思ったんです」
さっそくそのことを相談された西崎ファームは、茨城県営業戦略部の県産品販売促進チームにコンタクト。浜本さんからは、オーガニックな栽培をしていることも条件にあり、チームからいくつかの農園が候補にあったなかで、ゆうファームを紹介することになりました。
すぐさま大年さんに連絡を取ると浜本さんは、すぐにかすみ鴨とゆうファームのブルーベリーを使ったメイン料理「かすみ鴨のロースト ゆうファームのブルベリーソース ハーブの香りを添えて」を考案し、FAROのコースで提供を始めました。
発酵させたブルーベリーで香りを強めただけでなく、届くたびに微妙に変わる風味や食感を料理のなかでも感じてもらおうと、フレッシュなブルーベリーも使うなどの工夫もしています。
産地にいると料理が自然と浮かんでくる
月に2、3回、定休日を利用して産地を巡るという浜本さん。茨城訪問の前には京都府や千葉県などをまわってきたといいます。
さらに今回のゆうファームの訪問の前には、茨城県北部の高萩市でフルーツほおずきを栽培する「結農実WORKS」を訪ねたり、石岡市にある木内酒造の「八郷蒸留所」で蒸留施設を見学し、ウィスキーの試飲をするなど、産地を訪れることを大事にしています。
「産地にうかがうようになったのは、FAROに入ってからです。シェフの(能田)耕太郎さんと一緒に行くことが多いですね。耕太郎さんは、畑に行ったら野菜だけでなく、まわりに生えている草まで食べてしまうんです。あとは、自分の子どもたちも一緒に産地に連れていって、作物がどう作られているのかという風景を見せようとしています。そういう姿勢は見習いたいと思っています」
自分でも積極的に産地とのつながりを持とうとしており、勉強のために料理人の先輩の店に食べに行っては、感銘を受けた食材を育てる生産者を紹介してもらって実際に産地を見にいくことも多いといいます。
「FAROでは、実際に産地に行ってお会いしたことのある生産者さまの食材しか使用していません」
それは、会わなければ使わないということではなく、産地の風景や気候、香りなどのなかで会って話を聞いた方が、インスピレーションが湧き、今回の鴨とブルーベリーのひと皿のように料理のイメージが膨らむからだといいます。
「新しい料理を考えるときに、キッチンのなかにいて食材だけを見ていてもなかなか料理が浮かんでこない。それにどうしても、どこかで見たことのあるようなものになってしまう。それが産地に行って、周りの風景を見たり、食べている飼料や近くで栽培している農作物のことを聞くと、料理がポンポンと浮かんでくるし、たとえそれが王道の組み合わせであっても意味があることは、大切だと思っています」
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次回の更新は、8月31日(水)。茨城県の主な漁港とその港を代表する魚屋を取材。レストランで茨城県の魚介類を使いたいという方向けに情報をまとめたガイドを紹介する予定です。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae