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前田哲郎さん|エチェバリのある山にあった「美しいと感じる心」を重ね合わせにいく

世界中の食通やFoodieたちが注目するレストランアワード「世界のベストレストラン50」の2019年版では3位にランクインし、世界屈指の名店と呼ばれるレストランが、スペイン・バスク地方の山中の村にあります。「焼く(Asado)」という意味をもつ「アサドール・エチェバリ(Asador Etxebarri)」です。

エチェバリのオーナーシェフ、ヴィクトル・アルギンソニス氏のもとで10年、現在はスーシェフ(副料理長)として働き、料理開発からオペレーション管理など文字通り”シェフの右腕”としてレストランを支えてきたのが日本人料理人の前田哲郎さんです。

世界で活躍するスーパーシェフ前田さんが、実は8月に茨城県を訪れていました。行き先は、笠間市の陶芸作家、Keicondoさんのアトリエです。

前田さんは、石川県金沢市出身。金沢で食器屋を営む父の買い付けに連れられて、幼い頃に茨城県に訪れたことがあったといいますが、それも今はほとんど記憶にないそう。大人になってからは茨城県に来るのは初めて。

スペインのバスクの山の中で世界中の食通に向けて料理をする前田さんと茨城県にいるKeicondoさんが初対面。遠く離れた地で活動する2人は、どんなきっかけで出会うことになったのでしょうか。

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美しい」と感じた瞬間から料理を始める

スペイン北西部、フランスとの国境付近のバスク地方は、海と山が近い地勢から生まれる食材、フランスともスペインとも言い切れない独特な文化背景から、世界に類をみない食文化が育まれました。現在では、世界の人々がこのユニークな食に惹かれて訪れるようになり、「美食の街」として広くしられています。

ビルバオとサンセバスチャンの真ん中にあるアチョンドの中でもアシュペと呼ばれる山村にあるエチェバリは、デジタル調理機器の要塞と化した現在のレストランの厨房に逆行するように、熱源は薪の熾火だけ。前菜からデザートまですべての料理を火だけで仕上げます。「お店が停電になっても、いつも通りのフルコースを出した」という伝説すらエチェバリの個性になる、プリミティブなレストランです。

実は前田さんは現在、アシュペ村で自分の店を持つ準備を進めています。今年中にはエチェバリから離れる予定で、今回の一時帰国ではオープンにむけて今一度、世界で料理する日本人であることを意識しながら「日本料理を食べる」ことが主たる目的。そのなかでたった1件、食事ではない予定を入れたのが「Keicondoさんのアトリエ訪問」でした。

偶然なんですがKeiさんを紹介しているインターネットの記事を読んだんです。その中で南米のボリビアの土の色がモチーフになっているということや、野菜だけを盛りつけても映えるような器にしたいということが書いてありました。僕は、お皿ももちろんそうなのですが、そういったことを『美しい』と感じるKeiさんに興味をもって、お会いしてみたいと思ったんです」(前田さん)

前田さんが暮らすアシペ村は、360度見渡す限り岩山に囲まれ、牛や馬が放牧される山間の秘境と呼ぶにふさわしい場所。この村にある山小屋を自宅に作り変えて移り住み、山羊や豚や鶏を飼い、野菜を育てる暮らしをする前田さんにとっても「土の色」の美しさに惹かれる瞬間があったといいます。

毎日2時間くらいエチェバリの畑で農作業をして、そこで採った野菜を料理に使います。畑に実った野菜を見ていて、僕は『美しいな』と思うんです。それは、毎日、毎年、トマトの赤、ナスの紫、キャベツの緑を見ていて、それぞれの色の美しさに惹かれると同時に、『土の色』がそれを引き立てているんじゃないかと思っています。もちろん、土の色のトーンにも赤から茶色、黒、黄とたくさんあります。Keiさんが見たボリビアの土の色と、僕がアシぺ村で見た土の色は違うはずなのですが、土の色を『美しい』と思えるKeiさんを『いいなぁ』と感じたんです」(前田さん)

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その記事をきっかけに「会いたいと思ったらすぐに会いに行く」ことをモットーにする前田さんは、知り合いを通じてコンタクトを取り、帰国のタイミングでアトリエを訪れることになったのです。

器を買いに来たり、お皿を何枚お願いしますというような発注をしに行ったり、という感覚とも違っていて、僕がKeiさんの記事から感じた『美しいと感じること』とは何かを確認しにきたという方があっているかもしれません」(前田さん)

料理にしても陶芸にしても、そのほかの創作物にしても「伝えたい美しさ」があるのではないかと前田さんはいいます。前田さんにとっては、その伝えたい美しさとは、アシペ村の風景であり、そこで育つ動物や植物、畑の野菜の光景です。

たとえば、畑で見たトマトの美しさをお客様にどう伝えようかと考えていくと、トマトを半分に切ってお皿に盛り付けるだけで料理になることもある。もちろんレストランなので、仕事をしますよ。トマトに余計な水分を加えたくないので、皮は茹でるのではなく焼いて剥いたり、トマトを攪拌してトマトウォーターを作ってそれをビナグレット(酢で和えたドレッシング)にしてかけることとか。どうしてその作業をするかというと、僕が見た『トマトの美しさ』をお客様に伝えたいと思うからです」(前田さん)

前田さん自身が「美しい」と感じた瞬間から料理が始まる。「畑がないと料理ができない」や「僕は農家になりたい」と前田さんがいうのは、そのためです。

料理は野菜を売るためのツールです」とまでいう前田さんは、牛が育った山の気候、魚が獲れた海の広さ、そういったことまで伝えたいというのは、おいしい料理を食べさせる料理人というよりも、「美しさ」というものを伝えようとするアーティストの姿勢そのものです。

ボリビアの原色の民族衣装と
バスクの畑に実る野菜の色

笠間焼の陶芸家で東部アフリカのエチオピアで生まれた父に、同じく茨城県の伝統工芸・結城紬を学ぶ日本生まれの母を持つKeicondoさんは、23歳でサラリーマンを辞めて、茨城県窯業指導所(現・茨城県立笠間陶芸大学校)に入学して作陶の道に入りました。

卒業後は、かねてから希望していた海外での作陶活動を目指して、JICA(国際協力機構)の海外派遣員として2年間、陶器の技術指導のため南米ボリビアに滞在します。

Keicondoさんの代名詞ともいえる黄金色の器は、このときのボリビアの土の色がイメージにあるといいます。

ボリビアから帰ってきて、よしボリビアの土の色を意識して黄色の器を作ろう、と考えたわけではないんです。焼く時間や釉薬の配合などの組み合わせを何百、何千と試していく中で、当然自分の感覚で『この色がいいな』と感じた色をいくつか集めていったら、今のような色にたどり着いたんです

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自分の好きな色が、作陶を続けていく中で見えてきたときにようやく「これはボリビアの土の色じゃないか」と気づいたとKeicondoさんは言います。

南半球にあるボリビアでは、秋にあたる2月にカーニバル(カルニバル、謝肉祭)が盛大に行われます。100近い民族が原色のあざやかな衣装を着て躍り続けます。前田シェフの話を聞いて同じようなこととして思い出したんですが、その原色の民族衣装自体の美しさとともに、そこで踊る人たちが立つボリビアの土の色の美しさにも惹かれていたんだと思うんです」(Keicondoさん)

Keicondoさんは、「器で料理を支えたい」ということをよく口にします。作家でありながら自分の個性が出過ぎることを嫌い、器に盛ることで料理がよく見える、素材がよく見えるような器を目指しています。だからこそ「ゆでただけの野菜や焼き魚でも、素材が映えるような器を作りたい」とKeicondoさんはいいます。

料理人としては、どんなお皿でも、同じ料理を盛り付けることはできるんです」と前田さんはいいます。たしかに深さのある皿に盛り付けていた料理であっても、ソースの粘度を変えたり、ソースそのものを食材のなかに入れ込んだりすれば、フラットな板のような皿にも盛りつけられる。

お皿に合わせていけちゃうんです。そうすると、どんな作家さんのお皿でも使えちゃう。でも僕には、『なぜこのお皿を使うか』の必然性が必要なのです。だから、本当は今日もKeiさんのアトリエで料理をしながら、こんな料理ができたんで、Keiさんこんなお皿ありますか? というようにコミュニケーションをとっていけたらよかったですよね(笑)。それは、作家さんとの器を作るというすごく意味のある、僕が使う必然性があると思うんです。ただお皿を揃えるだけなら、食器屋さんで買えばいい話ですから」(前田さん)

お互いが何に「美しい」と感じ、どうやってそれを「愛で」、どんな美しさを「探す」日々を送っているのか。

美しい」という人それぞれがもつ”あいまいな価値観”だからこそ、器の作り方やサイズ、値段といったことではなく、Keicondoさんの「美しいと感じる心」に自分を重ね合わせてみたい。そんな思いが、前田さんがアトリエを訪問する目的でした。

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究極は料理人と生産者さんは会う必要はない

シェフと茨城」のテーマである「シェフと生産地、生産者との関係」について、産地に近いというよりむしろ「産地の中」で料理している前田さんは、どんな考えをもっているのか聞いてみました。

僕自身は、究極は料理人と生産者さんは会う必要はないんじゃないかと思っています」と前田さんから意外な言葉が出てきました。料理人は料理を作って、生産者は食材を作っている。モノを生み出している者同士、そのモノで会話ができたらそれでいいというのが前田さんの考え方です。

「たとえば、お寿司屋さんって素晴らしいなと思うんです。なぜかというと、海からお店まで、1つのリレーでつながっているからです。いい魚を獲るのは漁師さんの役目、そしてその魚をお店まで届けるのは魚屋さんの役目、そしてそれをお寿司にしてお客様に届けるのはお寿司屋さんの役目。それぞれが同じ方向をみて、1本の道をバトンでつないでいるんですよね。それに毎月律儀に畑に確認しに行かなきゃ、食材のことをお客様に伝えられないわけではないですしね

前田さんにとっては、バスクに帰れば、素晴らしい食材と、日々の暮らしの中で表現したいと思わせる美しい瞬間があり、わざわざ遠くまで食材を探しにいく必要を感じないのは当然のことでしょう。むしろその場所で採れる食材への理解を深めていくことを前田さんは続けてきています。

すごく意地悪な言い方をするんですが『良い食材が地元にない』というのであれば、その場所でレストランをする必要はないと僕は思うんです。そういう場所に必要なのは、日々の生活のためにある食品販売店や食堂。その方が、よっぽど必然性があると思うんです」(前田さん)

一方で、良い食材が手元に届けば「いったい、どんな人が作ってるんだろう」と興味が湧いてくるのも人がもつ感情でもあるといいます。

僕の場合は、刺激が欲しいとか、自分の信念や考えを確かめるためというように、何かの解決のために産地に行くというわけではないんですね。今回のKeiさんの場合でも、単純に早く会いにいきたいってことだったので、それでいいかなと僕は思っています」(前田さん)

前田さんはアトリエでKeicondoさんと話をしている中で何度も「必然性」という言葉を使っていました。そうでなければならない理由をしっかり持つことが、前田さんの本質的な強みであり、世界で戦う条件であることを感じさせます。

しかし、前田さんがいう「必然性」は、前田さんの真似をすれば同じように得られるというわけではありません。それは単なる目的にすぎません。

さまざまな場所で働く料理人の数だけ、産地との関わり方があります。都市で仕事をしている料理人だからこそ、ふだん見られない産地の環境から料理を生むきっかけになることもあれば、生産者が抱えている問題を知ってそれを料理で解決しようとすることで生まれる価値もあるでしょう。

そうした一人ひとりにとっての代替できない出会いこそが真の意味での「必然性」です。茨城県という産地がシェフの人生にとって必然性のある土地になれば、そして「シェフと茨城」がその手伝いをすることができれば、それこそが私たちがテーマにしている「シェフと生産地、生産者との関係」の姿そのものなのかもしれません。

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Edit & Text by Ichiro Erokumae
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