「べにはるか」がブームなのはなぜ?食べ比べてわかったサツマイモの品種の違い
「サツマイモの旬は実は、1月末から2月にかけて。まさに今なんです」というのは、鉾田市で地元の農作物の製造加工、卸販売業を行う「小太郎物産」代表の小沼広太さんです。
「サツマイモ勉強会」で講師を務めた小沼さんは、都内の人気店でパティシエを務める10名の参加者に、栽培方法や品種の特徴のほか、茨城県産サツマイモの特徴といえるキュアリング処理や熟成について、持ち前の茨城弁を駆使して伝えてくれました。
キュアリング処理によって長期保存が可能になる
サツマイモは、茨城県内では5月から6月にかけて差し木によって苗が植えられ、10月から11月にかけて収穫されます。それなのになぜ1月から2月が旬なのでしょうか。その秘密は、「キュアリング処理」と長期保存による熟成によって、掘り起こした直後よりも、より糖度が高まって甘いサツマイモになるからです。
「キュアリング処理を低温処理や、それ自体が熟成処理をしていると思われがちですが、サツマイモの傷を治すための処理と考えてもらうといいと思います」と小沼さんはいいます。
皮が薄いサツマイモは、掘り起こす際にどうしても傷がついてしまいます。傷をそのままにしていると、そこから腐敗が始まりますが、キュアリング処理をすると、なんとサツマイモの傷が治ってしまうのです。
「治す・治療」の意味をもつ「cure」が語源になっているキュアリング処理は、土のついたままのサツマイモを30℃から35℃の蒸気を与えて約3日間、亜熱帯地方のような状態を擬似的に作り出し、さつまいもの自己防衛機能を最大限に引き出します。そうすることで、サツマイモの表面についた傷が修復されるだけでなく、内側にコルク状の膜ができるため傷みにくくなり、長期保存が可能になります。
「キュアリング処理をした後、室温12℃湿度90%の倉庫で長期保存をすることでサツマイモのデンプンが糖に変わり甘味が増していきます。たとえば、小太郎物産で扱っている『べにはるか』なら、掘りたてを焼き芋にすると糖度20度くらいですが、長期保存をしてきちんと焼けば糖度60度くらいまで上がるんです」
ちなみにキュアリング処理自体は、サツマイモのほか、ジャガイモやカボチャに対しても行われる処理です。サツマイモに対してのキュアリング処理は他県でも行われていますが、茨城県のようにほとんどの農家がしているわけでなくあくまで一部。農家単体でキュアリング処理をして保存・熟成を行っている農家が多いのは、茨城県の特徴と言えます。
「キュアリング処理をどの県もやればいいじゃないかと思うかもしれませんが、キュアリング処理の倉庫を導入するのに2000万円ぐらいかかるだけでなく、光熱費などの保存コストもかかります。昨今のエネルギー代の高騰の影響をもろに受けることになります。さらに非常に手間がかかるのと、色味、おもに赤みが落ちてしまうことがあります。そのため、一昔前の農家では、食紅をつけて出荷していた時期もあったそうです。今は、そこまで色で判断されることはなくなったので、ほとんど見かけません」と小沼さんは、客観的なデメリットも教えてくれました。
サツマイモブームを引っ張る品種「べにはるか」
サツマイモ栽培の概要やキュアリング処理と長期保存について説明を受けたあとは、いよいよサツマイモの食べ比べです。小沼さんが6種類を用意してくれました。
べにはるか(紅はるか)
茨城県でもっとも生産量が多いサツマイモ品種が「べにはるか」です。熱を加えたあとの食感はかなりネットリしており、甘味も強いのが特徴。焼き芋や、干し芋、天ぷらなどに調理・加工できる汎用性の高さもウリです。
「また『べにはるか』は、細ければ細いほど繊維質になるお芋です。パカって割ってもらうと、断面が繊維質によってケバケバするんです」
「ネットリで甘いサツマイモ」が現代のニーズであることを考えると、「べにはるか」がサツマイモブームをけん引している品種といえます。
しかも農家から見ても「べにはるか」を推したくなる理由があります。東日本で長らく主流品種として収量を飛躍的に向上させた人気品種「べにあずま」に比べて栽培がしやすく、1畝あたりの収量も多いのです。
市場のニーズにもマッチし、サツマイモ農家も利益を上げやすい「べにはるか」は、まだまだサツマイモブームを引っ張る品種として人気を博しそうです。
シルクスイート
「シルクスイート」は、「べにはるか」と同じようにネットリとした食感で、甘味が強いですが、繊維質がほとんどないのが特徴です。食感が絹のように滑らかなことから「シルク」の名がついています。
「『べにはるか』と比べてみると『シルクスイート』の方がすっきりした甘味が感じられます。サツマイモのおもな甘味成分は、ブドウ糖、果糖、ショ糖、麦芽糖で、なかでも麦芽糖がサツマイモの甘さに影響しています。『シルクスイート』ももちろん麦芽糖が主体ですが、果物由来の果糖もあるのですっきりした甘味に感じられるのではと思っています。また、繊維質がない分、ペーストに向いているともいえますね」
一方で、ネットリとした食感は「べにはるか」の方が高いので、パティシエや料理人が使いわけるならば、食感がポイントになりそうだと小沼さんはいいます。
ベニアズマ(紅あずま)
小沼さんが「ホクホク感のあるサツマイモの王様」と呼ぶのが「ベニアズマ」です。天ぷらにするのがぴったりの品種です。
「焼きたてで一番美味しいと思うのが『ベニアズマ』です。『べにはるか』や『シルクスイート』にも勝てるんじゃないですかね。ちなみに『べにはるか』や『シルクスイート』は、僕は冷めてから食べたほうがおいしいと思います。このホクホク食感の『ベニアズマ』は、焼きたてを食べてほしいです」
べにまさり(紅まさり)
「鉾田市で『べにまさり』はあまりつくられていませんが、お隣の大洗町ではよくつくられています。系統としてはベニアズマに似ていてホクホク系です。『べにまさり』のほうがややホクホク感が強いかな。甘味はベニアズマの方が強いです」と小沼さん。
ひめあやか(姫あやか)
2011年に品種登録された比較的新しい品種の「ひめあやか」は、食感はネットリ系、すっきりした甘味が特徴です。全体的に大きさが小ぶりで、家族の人数が少なく、一人暮らしも多い都市部のライフスタイルにあった品種といえます。
ふくむらさき
2021年に品種登録されたばかりの「ふくむらさき」は、紫イモ系の色味が特徴的です。
「一般的な紫イモは、甘味が少なくホクホクよりもパサパサになる系統なのですが『ふくむらさき』は違います。焼き芋にすると『べにはるか』のようにねっとり感も強くて甘味もあるので、今後注目の品種ですね」
品種の個性はさまざま。だからこそつくりたいデザートからサツマイモを探していく
試食にはありませんでしたが、小沼さんが注目している品種として「ハロウィンスイート」と「黄金千貫」の紹介もありました。
ハロウィンスイート
黄金千貫《こがねせんがん》
「『ハロウィンスイート』は、カボチャ由来のオレンジ色が強いので『ハロウィン』の名前がついています。あまりつくってる人がいないんですよね。また、卸で買おうとすると高くついてしまってスーパーなどで買った方が安くなったりします。使ってみたいという方でもしスーパーで見つけたら『ラッキー』と思って買っておいた方がいいですよ」
一方の「黄金千貫」は、焼酎などの原料に使われる品種で、甘味がないのが特徴です。焼き芋にして食べるには甘味が足りませんが、芋けんぴや芋チップス、大学芋にするにはぴったりだといいます。というのも、糖度が高い「べにはるか」や「ベニアズマ」を高温加工すると焦げてしまうからです。その点、糖度が低い「黄金千貫」であれば加工しやすいわけです。
「あと名前が超かっこいいですよね。今度スーパーで芋けんぴがあったら見てみてほしいんですが、パッケージに『黄金千貫使用』って金色の文字で書いてあったりするんですよ。俺らからすると『黄金千貫』でそんなに高級感出せるの?って思っちゃうんですけど(笑)。ネーミングの妙ですよね」
ネーミングについてはもうひとつ注意が必要で、「べにはるか」を地域ごとに別の名前をつけて販売している場合もあると小沼さんはいいます。
たとえば茨城県内の、JA茨城旭村では「べにはるか」と「シルクスイート」のうち選定し熟成保存したものを「旭甘十郎」としたり、JAなめがたの甘藷(サツマイモ)部会が生産した「べにはるか」を「 |紅優甘《べにゆうか》」ど、各地域でユニークな名前をつけブランド化している例もあります。
そういったことを理解したうえで、JA茨城旭村の「べにはるか」を使いたいなら「旭甘十郎」を使うといいですが、味だけなら他の産地の「べにはるか」を検討してみてもいいと、小沼さんはいいます。
「よく『べにはるか』と『シルクスイート』はどちらがいいですか?と聞かれます。でも『どちらがいいか』と聞かれても答えられないんです。食べ比べていただいておわかりいただけたと思うのですが、それぞれの品種ごとに食感と甘味、そして甘味の質が違います。だから『何をつくりたいか』によって変わってくると思いますので、つくりたいイメージから考えていただき、そのなかから『べにはるか』を使いたいのか『シルクスイート』使いたいのか、それともネーミングが使いたいのかということを、戦略としてしっかり考えてからご発注いただくのが一番いいと思います」
製品加工を主に行う小沼さんならではの、栽培から流通まで網羅した知見を学んだだけでなく、6種類の品種の食べ比べを行ったサツマイモの勉強会は、2時間があっという間に終了。これまでにそれぞれの品種を食べたり使ったことがあっても食べ比べることはなかったという参加者がほとんどで、違いがより明確になる体験になったといいます。さらに、新しいデザートや料理のインスピレーションが刺激されたという参加者もいました。
茨城県はサツマイモの農業産出額が全国第1位(農林水産省「生産農業所得統計」2022年度)、栽培面積・生産量でも、全国第2位(農林水産省「作物統計」2023年度)とサツマイモの一大産地です。
日本を代表する産地だからこそ蓄積されてきた知見や経験、高い意識をもった生産者を通して、食のプロであるシェフや料理人、パティシエのみなさんに量だけでなく質にも目を向けてもらえるような、双方にとって有益な勉強会になりました。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Photos by Masami Ohira
Text by Ichiro Erokumae