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米澤文雄さん|食べる人を、強く濃く描くこと

東京・青山一丁目の「The Burn」は、誰もが分け隔てなくおいしく食事を楽しめるレストランです。この「誰もが分け隔てなくおいしく食事を楽しめる」というのは、当たり前のことのように感じますが、グローバルな世界で見ると、意外と難しいことだったりします。

たとえば、育った国や地域、宗教による食生活の違いや、アレルギー、また病気による食事制限など、食べられない食材や料理がある場合もあります。

さらに近年では、肉や魚を食べない菜食主義(ベジタリアン)であったり、倫理的な面から肉・魚・卵・乳製品・ハチミツなどを食べないヴィーガンを選択する人など、さまざまな立場の人たちが存在します。

そういった現代社会において、The Burnのシェフ、米澤文雄さんは、「できるだけ多くの人が楽しく食卓を囲めるような店になれば」という想いから、炭火焼の肉がメインの店ながら、ベジタリアン向け、ヴィーガン向けの料理をメニューに入れています。

ベジタリアンの方はベジタリアンの料理、ヴィーガンの方はヴィーガンの料理ということではなく、どんな方も同じ料理を食べておいしいと思っていただける料理を出したいんです」と米澤さんはいいます。

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生産者とシェフに共通するシンプルな価値観

The Burnの夏のメニューに「トウモロコシのスープ」があります。通常のレシピなら、トウモロコシに牛乳や生クリームなどを加えて攪拌してスープにしますが、The Burnでは水にレモングラスを加えただけでスープにします。

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冬になると「ニンジンのグリル」もメニューに加わります。茹でてからオーブンでグリルにすることで野菜の甘味を引き出し、自家製の中東のスパイス「デュカ」とヴィーガンヨーグルトでボリュームをもたせた食べ応えのあるメニューです。

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これらは、ベジタリアンやヴィーガンの人も食べられるメニューです。むしろ、ベジタリアンでもヴィーガンでもない人が食べても「え、野菜ってこんなにおいしかったの!」と感じるほど。

野菜がもつ味を最大限に引き出しながら、オイルやスパイス、ナッツを多用することでボリュームと奥行きを持たせた米澤さんの野菜の料理には、さまざまな立場を超えた感動を味わうことができます。

ちなみに、The Burnの季節のメニューである「トウモロコシのスープ」や「ニンジンのグリル」は、茨城県土浦市(旧新治村)で有機農業をしている久松農園のもの。久松農園の代表の久松達央さんとは、米澤さんが2007年にニューヨークから帰国後、2014年頃交流が始まったといいます。

東京・蔵前『Goloso』のオーナーシェフをしている、友人の(木村)良平に久松さんを紹介してもらったのがきっかけでした。まだ久松さんがお一人で農園をやっていた頃じゃないかな。ニンジンやタマネギ、ジャガイモといった野菜がとてもおいしかったのを記憶しています。そういえば、まだ1歳くらいだった娘を久松さんの畑に連れて行ったら、むしゃむしゃとトウモロコシをほおばっていたのは、家族としてもいい思い出です

久松さんは普通の野菜しか作らない上で、それがおいしいんです」と、米澤さん。ジャガイモをマッシュポテトにしたら、他のジャガイモのとはくらべものにならないほどおいしくできるといいます。他にも菜の花やホウレンソウ、オクラ、空豆といった久松さんの野菜は、季節になると必ずThe Burnで使っているといいます。

久松さんは、セオリーに逆らわない野菜作りをされます。その季節にあった季節の野菜を育てる。だから変わった野菜とかは少ないですよね。”普通の野菜をおいしく作る”ことのために有機農法をされているのではないでしょうか

目的がしっかりしているからこそ、ブレずに作り続けられる。考え方がとてもシンプルだ。「レストランの価値をどこに置くかは、いろいろな考え方がありますが、僕の場合もシンプル。少ないおこづかいの僕が行ける店です(笑)」と米澤さんはよく言います。高級で稀少な食材ではなく、ある意味でありふれた食材を使ってシンプルにおいしい料理を作るというThe Burnのスタイルにもよくあう。そういった物事をシンプルにとらようとする価値観が久松農園とThe Burnをつなぎ続けているのかもしれません。

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毎朝採れた野菜をレストランに届けてまわってもいい

The Burnでの活躍以外にも、たとえばコロナ禍では持続的な水産資源の実現を目指すシェフたちのグループ「Chefs for the Blue」の一員として医療従事者への食の支援「Smile Food project」への参加をした米澤さん。コロナ以前から病気の子どもや発達がゆっくりな子どもを育てる母親を応援する「キープ・ママ・スマイリング」でのボランティア活動をするなど、米澤さんのキッチン外での活躍は、料理人・シェフの社会との関わり方に新しい可能性を感じさせます。

さらに、InstagramなどのSNSを使い、料理業界の内外との交流を活発にし、活動の幅を広げるなど、「新しいシェフ像」が米澤さんの取り組みによって生まれようとしています。

奇しくもコロナ禍によって社会が大きく変わっていくなかで料理人が変化していかざるを得なくなった今、レストランと関わりを持とうとする産地はどのように変わっていくべきなのでしょうか。

たくさんの自治体が食をテーマに発信をしています。僕のところにもお話をいくつかいただいていますが、各地域の実情とともにお話をお聞きしていて思うのは、『何をメインにしてどういう構想で進めるのか』ということを明確に描けているかそうでないかということ。それをもっていたとしても、まだ薄いように感じます。想いをできるだけ色濃く描くことが大事だと思います

想いを言葉にすると責任と覚悟が生まれます。さらに、その言葉が言霊のようにまわりに伝わることで、その想いを助けよう、実現させようという人が自然と集まってくる。そうすると、結果的に目的が達成できるようになる。もちろん、その想いや目標を、色濃く強く描くことが重要で、薄くぼやけたものでは、共感は生まれにくい。

何かをしたいと思っているだけで、具体的に言葉にして発しないうちは、何も変わらないというのが米澤さんの意見だ。

そういう意味では、きちんと出口を見ていることが大事だと思います。とくに食の場合は、『食べてもらう』ということがゴールにあります。これをみなさん、忘れがちです。もちろん、僕自身も忘れないようにしています

The Burnの「誰もが分け隔てなくおいしく食事を楽しめる」ことであったり、久松農園が「ふだん家庭で使う野菜こそおいしく」というように、食べる場面が思い描けているか。ベジタリアンやビーガン、有機栽培なのか減農薬なのかという手法の違いはあれ、最後の目的・出口を明確に、しかも色濃く描けているのかに価値が生まれてくると米澤さんは考えています。

ありがたいことに『試食してみてください』と野菜をお送りいただくこともあります。さまざまな生産者さんがいらっしゃるなかで、できるだけ良い状態で届くように梱包を工夫されていたり、『何度で何分加熱してから食べてください』というようにメモをいれてくださる方もいらっしゃいます。一方で、本当に確認して送ってくださったのかな? というものを送ってくる方もいます。そこの違いは、何なんだろうと考えると『食べてもらう』という意識があるかないかだと僕は思うんです

情報が溢れ価値観が多様化する世界で、どうやってブランディングをしていくような場面でも「出口を強く描く」ことで解決ができるようにもなりそうです。地域ごと、一人ひとりに合わせて丁寧にブランディングをしていく。そうするとおのずとアプローチしていく場所も方法も変わってくるのではないかと米澤さんはいいます。

大きな花火をドーンと打ち上げる時代は終わってしまった。ひとつひとつのニーズを丁寧に掘り起こしていくことが重要なのではないでしょうか

それは茨城県の県としてのブランディングにも同じことがいえますし、さらには個人個人の生産者にもいえることでもあります。

おいしい野菜の条件として『鮮度』は大きいと思っています。もし茨城県の野菜農家さんの中で都内のレストランに使って欲しいと真剣に考えていたら、産地から近い土地の利を活かして、毎朝採れた野菜をその日のうちに自分で届けにくることをしたっていいと思います。毎日お店に行くことで、料理人の感想ももらえるでしょう。お店でどうやって自分たちの野菜が使われているかを知ることは、出口を描く上でもとても大事です。僕たち料理人にとっても、今ある野菜を知れることはありがたいことでもあります

誰に食べてもらうか」という出口の解像度を高くもって見据えていくことが、これからの産地だけでなく、生産者個人にも求められることなのかもしれません。

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The Burn
東京都港区北青山1-2-3 青山ビルヂングB1F
☎03-6812-9390
営業時間:LUNCH 11:30~15:00(14:00L.O.)
     DINNER 17:30~23:00(22:00L.O.)
※都の要請により営業時間が変更になる可能性があります。
定休日:月曜日・祝日

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次回の更新は、3月17日。「自分のいちごを食べた人に、喜んでもらいたい」と実直にいちご栽培に取り組む、茨城県鉾田市のいちご農家「風早いちご園」の風早総一郎さんにインタビューしてきました。どうぞお楽しみに!

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Edit & Text by Ichiro Erokumae
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