見出し画像

ツアー|茨城県の酒ではなく、一つひとつの蔵に出会う旅【前編】

茨城県には、41の酒蔵があり、その数は関東一。県内には、久慈川水系や那珂川水系、筑波山水系、鬼怒川水系、利根川水系と豊かで特徴ある5つの水系があり、「茨城の酒」とひとくくりにできないほど多様な味わいの酒が造られています。歴史的にも江戸時代に‟関東の灘”と呼ばれて栄えた石岡があるなど、日本酒ファンには酒造りの盛んな県として知られています。

さらに近年は酒造りの技術の向上が目覚ましく、2021年に発表された令和2酒造年度の「全国新酒鑑評会」では、茨城県から14蔵が入賞し、そのうち9蔵が金賞を受賞。茨城県の入賞数は全国で8位の成績を残すなど、品質でも高い評価を得ています。

加えて、茨城県が開発した酒米「ひたち錦」や県産酵母の開発も進んでおり、蔵の個性をより発揮できる県産の原料も増えてきました。

気候風土や歴史だけでなく、そこに生きる蔵人やそれを支える人たちのたゆまぬ努力。「酒どころ茨城」は、日本を代表する銘醸地になるのに十分な条件を兼ね備えているのですが、都心の消費地から近すぎることもあってか、残念なことにまだまだその魅力が広く伝わっていないのが現状です。

そこで今回「シェフと茨城」では、若い世代の蔵元や蔵人にスポットを当てた酒蔵ツアーを企画しました。

蔵をまわるのは昆虫食レストラン「ANTCICADA」でドリンクを担当し、「Forbes JAPAN」の「30 UNDER 30 JAPAN 2021」にも選出された山口歩夢さん、日本酒専門のWEBメディア「SAKETIMES」の副編集長・内記朋冶さんという、今回まわる3つの蔵の蔵元や蔵人に近い、20代の2人です。

茨城県の3つの酒蔵への旅を通じて得た新しい視点で「酒どころ茨城」を捉えなおしてみようという企画です。

ANTCICADA 発酵家/醸造家/蒸留家 山口歩夢さん
SAKETIMES 副編集長 内記朋冶さん

山口さんと内記さんは、茨城県内の3つの蔵をまわりました。
大洗町|月の井酒造店
つくば市|浦里酒造店
古河市|青木酒造

ーーーーーー

大洗町|月の井酒造店

2020年8月、月の井酒造店の発表に日本酒ファンは大いに驚かされました。2020年7月末で広島・竹鶴酒造を退社した石川達也さんが、月の井酒造店の杜氏に就任することになったのです。

石川さんは、1996年に竹鶴酒造の杜氏に就任すると、昔ながらの生酛を現代に蘇らせるなど独自の酒造りで人気を博し、2020年には杜氏として初の文化庁長官表彰を受彰した日本酒界のスーパースターです。

山口さんと内記さんは、もちろんこのニュースを知っており、月の井酒造店が石川さんを招聘したことで、どんな酒造りを目指そうとしているのかを聞けるのが楽しみだったといいます。

8代目蔵元、坂本直彦さん

月の井酒造店は、海水浴やアンコウ料理で知られる大洗町に1865年(慶応元年)に創業しました。現当主は、34歳の8代目蔵元、坂本直彦さんです。「石川杜氏に声をかけたのは、母(敬子さん)なんです」と、経緯を話し始めます。

じつは月の井酒造店では、2018年まで南部杜氏を招いていたんです。しかし前杜氏の菊池正悦さんが引退されたことをきっかけに、自分たちだけで酒造りをするようになったんです

新しい体制で酒造りに取り組み始めた矢先、新型コロナウィルスのパンデミックで、売り上げが激減する危機に直面します。自分たちではどうしようもない外的要因のなかでも、坂本さんは「さまざまな制限はかけられましたが、お酒を飲む機会がゼロになったわけではありませんから、月の井がお客さまにとっての必需品ではなかっただけだと思ったんです。つまり、自分たちにはみなさんに手に取ってもらえる個性が足りなかったということなんです」と、月の井酒造店に内在する課題に改めて向き合うきっかけだったといいます。

そういったなかで、母が独断で石川杜氏に声をかけたんです。もう驚きましたよ、『なにやってくれているんだ』って(笑)。だって、竹鶴酒造さんと月の井の酒質はまったく違いますからね

しかし一方で、坂本さんは月の井酒造店が進む方向性に迷いがあったといいます。

前杜氏の菊池氏が引退されたあと、それまでの造りを忠実に再現することはできたし、はやりの酒を造ることもできると感じましたが、「自分たちらしい造りが出来ているのか?」と考えることもありました。トレンドを追っていくことはできるが、トレンドは変わるものでもある。そう考えると「時代に左右されない、もっと月の井酒造店にしか出来ない酒造りをする必要があるのではないか」、そんなことを考えるようになります。

母が声をかけてから3カ月ほど経った後に、『いちから酒造りを学びたい』と思い、そこから石川さんとの話し合いが始まりました。いろいろな話をしていくなかで、私からもじつは、『月の井で竹鶴さんのような酒を造りたいわけではないんです』と、失礼にも思いましたが、直接伝えたんです。石川さんも『その通りですよ、水も米も環境も違うのだから、月の井らしい個性のある酒を造れるはずです』というような話をしてくれまして。石川さんの哲学と月の井の環境が合わされば、ほかには無い唯一無二の酒ができるんじゃないかなと思ったんです

月の井酒造店杜氏、石川達也さん

一方、広島県から半年間の季節雇用で月の井酒造店に入った石川さんは、「初めて尽くしでした」と、入蔵当初を振り返ります。

広島の水は軟水でしたが、大洗ではややミネラル感がある中硬水。これで発酵はかなりかわります。米も触ったことがない品種ばかりでした。出羽燦々や美山錦、越神楽、チヨニシキ、亀の尾といったもので、広島に比べて硬い傾向があるので、浸漬(米を水に漬けて水を吸わせる)時間が長いんです。予備知識がなかったからこそ真っ白な状態で米に向き合うのが楽しかったですよ

石川さんは、自らの酒造りを「放し飼いの酒造り」といいます。じつは坂本さんは、数年前にこの「放し飼い」というワードのみを耳にしましたが理解できず、「なんて無責任なことをいっているんだ」と感じていたといいます。放し飼いが「ほったらかし」のような意味に感じてしまったと振り返ります。

実際に一緒に酒造りをしてみて、放し飼いに至るまでの準備がとても大切だということがわかったんです。人の成長に『しつけ』が必要なように、お酒も健全な発酵が出来るような『しつけ』が必要で、それが麹や酛造りの工程なんです。しっかりと酵素を生成する麹、どんな環境下でもへこたれない酵母、この二つが揃ってはじめて温度管理をしない自然な環境(大洗町の気候)で放し飼いができるんです。現代流の酒造りでは温度コントロールをして味や香りを設計していますが、それは自然なことではなく蔵のある環境を活かせていないと思うんです。そんな石川杜氏の哲学を今はとても理解できるようになりました」(坂本さん)

石川さんが蔵に入ってまずやったことは、酒造りの動線を見直すことでした。そのなかでも最初にしたことは、洗い場の拡張と蛇管(湯沸器)の設置でした。そこには「酒造りの大半は洗い仕事である」という石川さんの考えが色濃くでています。使わなくなっていた建物の一部を撤去して洗い場を広げ、使わなくなっていた蛇管を再利用することで常時80℃以上の湯が使える環境にしました。

元々は休憩室だった出麹室。
麹室から出てきたばかりの麹。

また、麹室から出てきた麹を枯らす部屋も以前はなく、蔵の2階へ麹を持って上って広げて枯らし、仕込みの前に持って降りていたのを、それは非効率だと、麹室の近くにあった従業員の休憩室を出麹室にしました。

麹の製法も、以前は温度管理ができる天幕式自動製麹機と、箱に麹を入れて管理する箱麹法を併用していましたが、石川さんは機械製麹をやめ、さらには、蓋麹法という月の井酒造店ではしばらくやっていなかった伝統的な製麹法を採用しました。

量の多いものはこれまでの箱麹に、少ないものは蓋麹にしてわけています。麹蓋は、古いのを引っ張り出してきて昨年度は使い、今年度は新調もしてもらいました。蓋仕事は、今の酒造りでは、もっとも訓練が必要な作業です。しかし、昔の酒造りは蓋麹でした。なぜ蓋麹で昔の人はやり続けたのでしょうか。蓋を大きくする知恵がなかったわけではないので、何百年もの間、あえてしなかったということです。それについて訓練を積みながら考え続けると、『麹とはなにか』ということもおのずとわかってきます

石川さんが蔵に入って始めた蓋麹法。

蓋麹法と箱麹法の違いは、米の入る量の違いです。箱の方が蓋よりも入る量が多い、つまり一度に多くの作業ができるわけですが、米の量に対して表面積が蓋よりも小さくなるので、中に水分や熱がこもりやすくなります。麹造りを担う麹菌は、水分が多く温度が高い場所では楽に繁殖する。つまり、麹菌に楽をさせていると石川さんはいいます。

麹造りでは、麹菌を繁殖させることではなくて、麹菌に酵素を作らせることが目的です。麹菌は、楽できるときには酵素をあまり作らないんです。環境が厳しく、必死になって米の成分を分解しようとするときに酵素を作るので、麹菌に楽をさせると、力のない麹になりやすい。しかし、この蓋がもっと小さければ自力で温度や水分を維持するのが難しくなる。ギリギリの大きさが蓋麹の大きさなんです。究極の寸法ですから、こういうのは変えようがない。つまり、伝統とはアレンジしようのないものなのです

月の井酒造店で蓋麹法ができるのは、石川さん一人。いまは坂本さんを含めた蔵人たちは蓋麹法のやり方を石川さんから学んでいるところだといいます。


石川さんが広島時代に歌っていた酛摺り唄を
大洗の言葉に変えた「大洗流酛摺り唄」の歌詞が壁に掲示されていた。

僕たちにとっては、石川さんはレジェンドです。今回お会いしてお話を聞けたのは光栄だったのと、竹鶴さんでの石川さんのイメージから石川さんが杜氏をされた月の井さんのお酒がどうなるのか想像がつかなかったのですが、すごく楽しみに感じました」と、内記さん。実際にお酒を購入して味わってみたいといいます。

(右から)「和の月 酵母無添加 生酛純米吟醸原酒」
「月の井 純米無濾過生原酒」「彦市 純米」

ーーーーーー

つくば市|浦里酒造店

月の井酒造店に石川杜氏が就任したというニュースが入った1年後の2021年5月、もうひとつ茨城県の酒造業界にとってうれしいニュースがありました。「令和2酒造年度南部杜氏自醸清酒鑑評会」の吟醸酒部門でつくば市の浦里酒造店の「霧筑波」が首席(1位)を獲得したのです。

令和2酒造年度南部杜氏自醸清酒鑑評会」は、日本最大の杜氏集団である南部杜氏協会が主催し、明治44(1911)年から続く鑑評会で、「全国新酒鑑評会」(酒類総合研究所と日本酒造組合中央会の共催)とともに歴史ある日本酒の鑑評会でもあります。この歴史ある鑑評会で茨城県内の酒蔵が首席になるのは、記録が残る1975年以降で初めという快挙でした。

浦里知可良さん

見事に首席を獲得した浦里酒造店は、つくば市吉沼で明治10(1877)年に創業した酒蔵。非公式ながらも“最年少首席杜氏”といわれ、当時29歳だった浦里知可良ちからさんは、先代とともに蔵を守る6代目でもあります。

山口さんは、同じ東京農業大学の出身で世代も近い(浦里さん30歳、山口さん26歳)浦里さんとの対面を楽しみにしていたといいます。

実は、大学時代に『農大生OBが作っている日本酒』ということで飲んだ時にとてもおいしかったのを、風景画の印象的なラベルとともによく覚えていて、日本酒が好きになったきっかけが浦里酒造店さんの『霧筑波』なんです」と思い出を話してくれました。

浦里酒造店は、1995年(平成7)に、内部からタンクに至るまで当時の最先端ともいえるオールステンレス製の蔵に建て替えました。温度管理がしやすく、蔵は年間を通して6度に管理していて、まるで蔵全体が巨大な冷蔵庫といえそうな点は、月の井酒造店とはある意味で真逆の蔵であるといえます。県内でも両極端に振り切った個性的な酒蔵があるのも茨城県の特徴の一つと言えるかもしれません。

(右から)筑波山の絵が印象的な「特別純米 霧筑波」
「大吟醸 知可良」

山口さんと内記さんは、ともに聞きたかったという浦里さんとのゆかり深く茨城県生まれの「小川酵母」について、さっそく浦里さんに質問していきます。

南部杜氏自醸清酒鑑評会は醸造技術を競う鑑評会ですので、小川酵母をパワーアップさせたM310と呼ばれる酵母を使いました。鑑評会にも時代の流れがあって、今はリンゴのような華やかな香りをもつM310酵母が入賞しやすい傾向があります。特に順位がつく鑑評会では、そういった酵母を使わなければ上位は狙えません。バナナ系の香りで、酸が少なくまろやかな印象の小川酵母は派手さがなく、一昔前のトレンドといえます。そんななかでも昨年の全国新酒鑑評会では、小川酵母を使った「霧筑波 純米大吟醸」で金賞をいただけたのは自信になりました」と浦里さん。

酒米は山田錦、酵母は小川酵母の純米大吟醸で金賞をとりましたが、さらに2022年度の全国新酒鑑評会では、小川酵母を使い、米を県産の酒米品種「ひたち錦」を使って金賞を目指しています。

山田錦に比べてひたち錦は米が溶けにくく甘味がのりずらい品種といえます。鑑評会では、甘い酒が多く出品されるので、そのなかでそのまま戦おうとすると『薄い』と感じられてしまうんです。そこを技術でカバーしていくわけです。今回も純米大吟醸で出品しようと思っていますので、前年以上に難しい挑戦になると思っています

祖父の代から浦里酒造店が取り組んできた小川酵母を使った酒造りに加えて、茨城県産の酒米や県で開発された酒米などを使って、すべての材料を茨城県産の日本酒造りを、鑑評会だけででなく通常の販売分でも目指しているという浦里さん。さらには、瓶詰めした日本酒を氷温で数年間熟成させる古酒にも取り組み、日本酒にワインのようなヴィンテージの付加価値をつけていきたいともいいます。

今茨城県では、県の産業技術イノベーションセンター・フード・ケミカルグループ長の武田文宣先生が中心になって、『常陸杜氏プロジェクト』を仕掛けたり、勉強会を開いたりと横の交流が活発になっています。これからもっといろいろな挑戦をしていけると思います

(右から)「URAZATO 純米吟醸原酒 PROTOTYPE」「純米大吟醸 浦里」「純米酒 浦里」

ーーーーーー

古河市|青木酒造

茨城県西端、栃木県と埼玉県に隣接する古河市は、近世には日光道中の宿駅、また渡良瀬川の河岸場として繁栄した交通・物流の要衝でした。

1831年(天保2)年に創業した青木酒造は、古河市で現存する唯一の酒蔵です。通りに面し酒の店頭販売もしている母屋の壁には、1957年(昭和32)の写真が飾ってある写真は、正月一日の初荷の際に撮影されたもの。たくさんの蔵人が詰めあうように集まって写真に収まる様子は、往時の賑わいを感じさえます。

この中央の子どもが1歳の社長です」と教えてくれるのは青木善延さん。写真に映っている滋延さんは、善延さんの父で7代目蔵元。現在は、善延さんの姉で長女の知佐さんが、善延さんが蔵を継ぐまでの"7.5代目"の蔵元として青木酒造を引っ張っています。杜氏は、創業時から南部杜氏を招いており、現在は箭内和弘さんが杜氏を務め、8年目になります。

青木酒造 青木善延さん

青木酒造では、それまでも15種類ほどの日本酒を作っていましたが、ニーズが強い純米吟醸は茨城県の酒米「ひたち錦」と「ふくまる」を使った2種類しかありませんでした。そこでさらなる商品バリエーションをと、7代目蔵元の滋延さんと箭内さんが関西の酒米「雄町」を使った純米吟醸を開発。2017年に製造をスタートさせると、2019年には日本酒の品評会「SAKE COMPETITION」で約2000種類の出品酒のなかから唯一選ばれる「JAL空飛ぶSAKE賞」に選出され、純米吟醸部門の上位10位に与えられる「ゴールドメダル」も獲得しています。

さらに2018年には、20代の若者だけで造る純米吟醸「二才にさいかもし」の3代目蔵としてプロジェクトに参加。茨城県産の米、酵母を使った酒造りだけではなく、田植えなどの農作業を手伝う有志を募るなどの若い世代の日本酒ファンを育もうとする“新しい青木酒造”の姿勢が印象的です。

姉・知佐さんの活躍を見ながら東京農業大学で学んだ善延さんは、2021年4月に大学を卒業後、家業に入ったばかりの25歳の若き蔵人です。祖母の和子さんに「お前は蔵に入るんだよ」と言われ続けたこともあり、迷うことなく入蔵したといいます。

善延さんに「ごぶさたしています」と声をかけたのは内記さんです。善延さんが東京農業大学に在籍中にあった日本酒が好きな若い世代のファンコミュニティイベントで、善延さんに会って以来交流を続けています。

青木酒造は、代々杜氏さんに来ていただいて造りをしてきました。だからといって蔵の人間が酒造りのことを知らなくていいわけではないと思うし、今は蔵元杜氏も多くなっていることを見ても、造りを知らないと酒を売れないということでもあると思います。外の蔵で修業してから帰ってくるという選択もあるのですが、コロナ禍という事情も考えると、今は自分のところの蔵をみて勉強をしようと思っています

さっそく善延さんの案内で、蔵を見学します。

青木酒造の蔵は、珍しい5階建の縦型醸造ラインを採用しているのが特徴です。1968年(昭和43)に、善延さんの祖父で6代目蔵元の達延さんが考案して建てたもの。一般的に蔵は1階建で、地面に水平方向に醸造ラインが進んでいく横型の蔵がほとんどです。縦型ラインというのは、地面に対して垂直に醸造ラインが進んでいくのです。

珍しい5階建の縦型醸造ラインの蔵。

具体的には酒米と仕込み水を最上階にポンプで汲みあげた後、各階ごとに作業を行っていきます。

5階|洗米と浸漬した後、米と水を浸漬タンクから下の階に落とす。
4階|米と水を分別し、米だけを下の階に落とす。
3階|蒸米。
2階|米を放冷し酒造りを行う。
1階|タンク投入。タンクの数は16本あり半分程度稼働している。

建物の1階から5階まで水を運ぶ。
5階では洗米と浸漬をする。
4階では米と水を分別する。
3階では蒸米。
2階では米を放冷し、酒造りも行う。
2階の麹室は電子制御されている。
1階にタンクが設置されている。

米を運ぶ作業が横型に比べて極端に少ないので作業は楽だと思います」と善延さん。一方で、建物内の温度や湿度管理が難しく、いたるところで結露して水が溜まってしまうため掃除はこまめにしないといけない苦労もあるといいます。

御慶事 純米吟醸 超低温貯蔵(令和元年醸造)
御慶事 純米吟醸 ひたち錦

蔵のご厚意で代表銘柄の試飲をすることができました。

御慶事 純米吟醸 生酒
御慶事 純米吟醸 超低温貯蔵(令和元年醸造)
御慶事 本醸造 原酒
御慶事 純米吟醸 ふくまる
御慶事 純米吟醸 ひたち錦
御慶事 純米吟醸 辛口
御慶事 大吟醸

青木酒造は、茨城県唯一の酒造米『ひたち錦』と、茨城県が開発した酵母の『SYS』を使うことで、蔵の個性が出てると思います。茨城県が推奨しているピュア茨城の規格で作っているものが多いですね。加水しているのは、純米酒と本醸造だけ、基本的にはしっかり味のある酒で、かつ後味がすっきりしているような酒を目指しています」と青木さん。

『ひたち錦』や『ふくまる』といった茨城米と、こちらも茨城県が開発したSYS酵母を使っているだけでなく、酒蔵の中が特殊な動線を組んでいること自体が青木酒造らしい味わいとして出てきているように思いました。至るところに工夫が見られて非常に面白かったです」と内記さんは、蔵の個性を大いに感じていました。

(右から)「御慶事 純米吟醸 ふくまる」
「御慶事 純米吟醸 ひたち錦」「御慶事 純米吟醸 辛口」

ツアーを終えて|山口歩夢さん

1日に3蔵の訪問はなかなかできない密度で、とても楽しかった。1日でこれだけ回れると、蔵のこだわりや設備が並行して見ることができるのでとても勉強になりました。

茨城県は関東最多の酒蔵数を誇り、最近注目されている蔵も多く、これからとても注目される県なのではないかと個人的には思っています。

酒どころとしての茨城県のイメージに変わりはなかったです。そもそもおいしく興味深い日本酒の多い県だと思っています。

ツアーを終えて|内記朋冶さん

最高の体験ができて、心の底から参加してよかったと思えるツアーでした。

特に今回の3蔵は、雇われ杜氏、蔵元杜氏、創業家だけど蔵人という三者三様の立場だったり、手放しの造り、酵母をコントロールする造り、システマチックな造りというような造りの哲学が明確に異なっていたので、日本酒の多様さを感じることができました。

茨城県の酒蔵については、個人主義的なことがあるのかなと思っていたのですが、実は武田先生という立役者がいて、非常に高いレベルでそれぞれが独自の挑戦を行っているのだと気づきました。

また、40蔵以上あることに驚いたので、もっと色々な蔵のお酒を飲み比べてみたいです。

ーーーーーー

茨城県の酒蔵とは何か? そんな答えを見つける旅が、日本酒の多様性を改めて知らされ、個々の酒蔵の魅力に気付かされることになりました。

茨城県の酒は、こうした多様性にこそ価値があるのかもしれません。

ーーーーーー

次回の更新は、3月2日(水)。酒蔵見学ツアーを終えた山口さんと内記さんの車中対談をお届けします。

ぜひ、アカウントのフォローもお願いいたします!

ーーーーーー

Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

【問い合わせ先】
茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チーム
Tel:03-5492-5411(担当:澤幡・大町)

最後までお読みいただきありがとうございます!次回もお楽しみに!