シェフたちの声援を受けて茨城県産天然マガモプロジェクトが最初の一歩を踏み出した
グェッ、グェッと鳴くカモたちは、霞ケ浦や涸沼などの湖沼のほか河川などでも見かけることができる茨城県の秋から冬にかけての風物詩です。
しかし、このカモたちによる農作物への被害は多く、霞ケ浦周辺では名産品のレンコンを食べてしまいます。これは茨城県内の鳥獣による農作物被害額全体の約半分を占めており、約2億円にものぼります(2021年、茨城県調べ)。
また、茨城県は生息数の多い他県と比べ捕獲数が少なく、さらに捕獲したカモは、自家消費されることが多いため、飲食店向けに販売されるのは、ごく一部。これを鳥獣被害対策と併せて、地域資源として有効活用し、県の新しい名産品として販売を目指す取り組みが、2022年度にスタートしました。
日本産マガモは訪日外国人客の琴線に触れる
天然カモの利活用プロジェクトで対象になるのは、渡り鳥として10月頃から飛来してくるマガモです。
マガモは、北緯30度(鹿児島県口之島付近)から60度(ロシア・カムチャッカ半島付近)の北半球の中緯度地方で繁殖します。とくに寒冷地のものは冬になると南へ渡っていきます。茨城県はその飛来地の一つでもあります。
このマガモのうち茨城県内で、網猟で捕獲した天然マガモを県内外のフランス料理店や日本料理店にサンプルとして提供し、食材としての可能性を相互の意見交換のなかで見出し、将来的にブランド化をしていこうというのが狙いです。
プロジェクトを担当する茨城県農村計画課の田所直樹係長が相談に向かったのは、東京・表参道で室田拓人さんがオーナーシェフを務めるフレンチレストラン「ラチュレ」です。
ミシュランガイドで一つ星を獲り続けるラチュレは、2021年版から導入された持続可能なガストロノミー(食をとりまくすべての環境と文化)を目指して取り組みを続けるレストランとして「グリーンスター」に初年度から認定され続ける店でもあります。
国産食材を積極的に使い、キッチンのなかだけでなく、自らハンターとして狩猟地に出かけ食材を捕獲するなど、独創的なメニューを生み出す室田さんは、実際に茨城県内でもマガモを捕獲しています。マガモのブランド化を理想論ではなく、現地の実情をふまえたリアリティのある意見をもらいたいと、真っ先にサンプルの提供を依頼しました。
事前に室田さんに渡していたマガモは、12月初旬に捕獲したもの。捕獲後、すぐに血抜きし、食肉処理施設で精肉、急速冷凍したものを届けています。
「マガモは渡り鳥なので、最初に来たときは痩せているものです。日本にきて天然のエサを食べることで太っていきます。一番いい時期は、12月上旬から下旬にかけてですので、時期はよかったですね。これまでさまざまな地域のマガモを使ってきた経験からいうと100点満点中70点くらいです」
厳しい採点ながらも、可能性は十分あるという室田さん。とくにインバウンド(訪日外国人)にとっては、日本で天然カモが食べられることはあまり知られておらず、鮎やシカ、猪といった来日しないと食べられない食材と同じように、高級レストラン向けに販売するのもおもしろいといいます。
天然ならではの野性味を強く押しだしてみる
しかし、一方でもっとも気になったというのが、捕獲後の血抜きです。
「フランス料理ではマガモはコルヴェール(colver、青い首)と呼ばれる高級食材です。濃厚なソースに合わせるため、身にしっかりと味がある方がよく、血抜きをせずに屠鳥するエトフェ(etouffer)の処理をするんです」
エトフェによって、マガモの体内に血が溜まり肉に血特有の鉄分を含んだ風味が生まれます。この処理をした方が、とくにフランスなどの西洋料理をするシェフたちは評価を高くするのではないかというのが室田さんの意見です。
室田さんは、銃猟だけでなく、網猟の免許も所持するハンターでもあります。茨城県でも利根川沿いの稲敷市周辺の猟師とともにハンティングをすることもあります。
「地元の猟師さんからは、エトフェのやり方も教わっています。いろいろやり方があるそうですが、僕の場合はアイスピックで脳を打つ方法です。そもそも血抜きすると衛生的ではないですし、周辺の田んぼなども汚れてしまいます。日本料理の料理人さんは、血抜きをしたクセの少ないカモを希望されると思うのですが、僕たちフレンチのシェフは野性味のあるエトフェの方が断然いいと思っています」
血抜きをしたクセのないカモを使いたいなら、茨城県でも生産している飼育されたカモを選ぶこともできます。すべてのニーズに応えようと中途半端に商品開発をするのではなく、天然でなければ生まれない野性味を商品として強く押し出した方が、「使いたい!」と熱望するシェフが増えるのではないかと室田さんはいいます。
捕獲地と処理施設はできる限り近い方がいい
マガモの網猟は、むそう網での捕獲が一般的です。マガモは、おもに日中は霞ケ浦の湖面などで過ごし、夜間に水田や湿地へエサを求めて飛び立ちます。そのため、谷津田の休耕田などを捕獲池として、網を仕掛け、見張り小屋で飛来するのを待ち、池に降り立ったマガモを生け捕りにします。
茨城県内で網猟をする猟師は30人ほど。そのなかで、自家消費ではなく販売を行っているのはごくわずかです。
「網でとるのはすごく大変です。撒き餌を毎日する必要もあり、銃猟のようにその日に行ってすぐにできるものでもないんです。そのため最近は猟師さんの高齢化もあって辞めてしまう人が多い。茨城県でも網猟でカモを獲るのは知っていましたが流通はしていませんでしたから、こうやって県の政策として販路を作っていくことをどんどんやって行いけば、次の世代にもつながっていくのではないかと思います。実際に網猟のお手伝いもできるならしてみたいです」
また、捕獲後の流通経路もできる限り迅速にする方法を考えるべきだとも。室田さんは、夕方に獲ったマガモは、次の日に処理施設に送ってほしいといいます。
「県南に処理施設があったらいいですよね。その方が首都圏にも近く獲ってから届くまでの時間を短くすることができます。まずは始めてみて、需要があれば県南の方の施設を検討するのもよいのではないでしょうか。もし実現するようなら、僕もそこに出資してラチュレ専用の処理施設をつくってもいいぐらいに考えています」
現在、県内で捕獲されたマガモは、県北部の高萩市にある処理施設まで運ばれて処理されている。県南部で獲れたものだと、運ぶだけで時間がかかってしまいます。
「その国や地域の文化を次の世代につなげていくのがシェフの役目だと思っています。今いる僕たちやお客様だけでは、文化は発展していきません。日本の食文化をつないでいくことなら自分ができることは可能な限りやっていきたい。そして、食を通じてみんながハッピーになればいいと思っています」
ヒアリングを終えて
室田さんのお話を聞いて、エトフェの天然マガモの価値を理解することができました。食品衛生の観点もしっかり確認しながら可能性を探っていきたいと思います。
また、使っていただくレストランも、室田さんのようにジビエに精通するシェフたちからまずはお願いしていくのも一つの方法だと思いました。
今回の天然マガモの商品化以外にも、カルガモや、カモ以外の野鳥なども商品化されれば積極的に使っていきたいという室田さんのご意見をいただいたこともあり可能性を感じています。
取り組みに協力してくれたシェフの声
室田さん以外にも、日ごろから茨城の食材を仕入れているほか、「シェフと茨城」主催の食材ツアーに参加したことで、茨城県の生産者と深い関係を構築しているシェフたちにもサンプルを送りました。日本や海外のクオリティの高いマガモを扱った経験のあるシェフたちから、厳しくも温かい意見をもらいました。
今後の開発に取り入れながら、茨城県産天然マガモのブランド化をしっかりと進めていきます。シェフのみなさん、ありがとうございました。
内藤千博さん|An-Di(東京・外苑前)
野趣溢れる香りは十分ありましたが、個体差があるのか、味の濃さは今ひとつに感じました。
マガモは使いたいと考えておりましたが、安定して供給可能なのかという点はとても気になります。
好みの分かれる食材である天然のカモが、食べ慣れていないお客様もいらっしゃる私たちの店のお客様の層に受け入れてもらえるかも不透明な部分であり、その点がクリアになれば、しっかり検討したいと思いました。
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赤井顕治さん|AKAI(広島・廿日市市)
おいしいとは思いましたが、今使っているマガモに比べるとうま味が少し弱く、肉質が硬いのが気になりました。
脂のノリはいい個体だったのですが、脂の余韻が短く感じました。
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吉原誠人さん|元シンシアブルー(新店準備中)
今まで使っていた天然マガモと比べると脂が薄いのと味の濃さも弱く感じました。個体も小さかったと感じます。冷凍しているからだとは思いますが、肉質に水っぽさも感じられ、火を入れた後の肉の発色も弱かったように感じました。
内臓とガラをオーブンで焼いてソースとして出汁をとってみましたが、香りが弱かったです。
とはいえ、あくまで新潟県や宮城県などのかなり高品質なカモと比べた感想です。単体で食べて十分においしいマガモだと思います。
今回中抜きでいただいたのですが、心臓や砂肝は入ったまま冷凍されていました。臓器類も全て外してもらい別で梱包してもらうと良いかもしれません。羽つきで熟成したいシェフもいるので、選択肢としてあるといいかもしれません。
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次回の更新は、3月15日(水)。スペイン・バスクの名店「エチェバリ」でスーシェフを務めていた前田哲郎さんが、バスクにオープンする新店「Txispa(チスパ)」では、陶芸作家、Keicondoさんをはじめ笠間市の作家の作品が採用されることになりました。
Keicondoさんとともに、オープン直前の前田さんのもとを訪問。笠間の器を使ったTxispaの料理を、世界初公開します。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae