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ツアー|茨城県の日本酒に統一感はいらないかもしれない【後編】

若い世代の蔵元や蔵人にスポットを当てた酒蔵ツアーに参加したのは、昆虫食レストラン「ANTCICADA」でドリンクを担当し、「Forbes JAPAN」の「30 UNDER 30 JAPAN 2021」にも選出された山口歩夢さんと、日本酒専門のWEBメディア「SAKETIMES」の副編集長・内記朋冶さんはともに20代。ともに未来の飲食業界やメディアを担う若い2人です。

茨城県内の3つの酒蔵をまわった(前編を参照)山口さんと内記さんは、帰路の車中でも興奮がなかなか冷めない様子。東京までの90分間、1日を振り返りながら即席の日本酒座談会の始まりです。

蔵元と杜氏が生み出す「未来の酒」にワクワク

前日に訪問先の変更があると聞いて、「どこに行くことになったんだろう?」と思ったら、大洗町の「月の井酒造店」と聞いて驚いたよね。

僕らの業界からするとレジェンド、「あの石川達也杜氏」がいらっしゃる月の井酒造店なので。しかも、あんなにじっくり話を聞くことができて良かったなぁ。

内記の高校時代からの同級生で、僕も東京農業大学で出会った共通の親友がいるんです。彼は今、秋田県の酒蔵で働いているんですが、そいつが憧れて目指してたのが石川杜氏で、彼からずっと話を聞いてきたからなおさらだよね。

月の井酒造店の杜氏、石川達也さん。

ワインでいう自然派というか、石川杜氏もおっしゃってましたけど、酵母が持てる力を発揮できる環境を用意することでお酒を造っていったり、酒質でも完全発酵に近い「お酒の味」をしっかり出したりというのも、よく聞いていたよね。

僕は僕で、石川杜氏の酒造りに対する姿勢、哲学は書籍などで読んではいたけど、じっさいに造りの現場の中で具体的な話をうかがえたのはよかった。

月の井酒造店が立春の朝に搾ってその日のうちに出荷・発売する「月の井 立春朝搾り」が好きで、ここ3年ほど買って飲んでいたんです。

そんななかで2020年に石川杜氏が入られて、ガラッと味わいが変わったタイミングがあり、こんなに変わるのかという驚きと、好きだからこそ「どうなるんだろう」という思いがあり、どんな信念を抱いているのか聞きたかったんだよね。

蔵元の坂本直彦さんのお話のなかで、前杜氏の菊池正悦氏が引退されて、月の井酒造店としての個性をしっかりと出していこうという意識を強くもっていたからこそ、石川杜氏がいらしてもその場の環境を大事にした酒造りを取り入れられたし、根本にある「蔵独自の味わいを目指す」という強い意志をお話しいただけて、自分のなかにモヤモヤしていたことがすんなり腹落ちしたなぁ。

今まで飲んでたファンのなかには、もしかしたら「ちょっと違うかも」ってなる人もいるかもしれないし、一方で味は変わっても新しい月の井酒造店のファンを含めて、その挑戦を支持する人もいると思うんです。僕は後者に近くて、新しい月の井酒造店のファンだったり、ここから坂本さんと石川杜氏が去ったあとに残る100年、200年続いていくような「月の井の味」を、むしろ今構築している、そんな貴重な瞬間に立ち会っている感じ。さらにファンになりました。

月の井酒造店の蔵元、坂本直彦さん。

そうだよね、坂本さんもそれを今楽しんでる状況、なんだかグッときたよね。ケンカしてほしいとかそういう意味ではなく、お酒のファン、お酒好きとして、蔵元と杜氏がバシバシに議論して生まれたお酒を飲んでみたいよね。

僕は、石川杜氏色が一番強そうな「和の月 酵母無添加生酛 純米吟醸原酒60」と、坂本さん色が一番強いであろう「彦市 純米」を買ったんです。坂本さんは「竹鶴をつくりたいわけではない」とおっしゃっていたのが印象的で、石川杜氏の造りでこれまでの「和の月」とは違った酒になると思うし、「彦市」は坂本さんが今までやってきたことを全力でぶつけてる酒だと思うんです。

その2つの銘柄を飲み比べることで、お二人がつくろうとしている月の井酒造店の未来が見えたらなぁと。

蔵を見学させていただいて印象的だったのは、石川杜氏が今は珍しくなった蓋麹法を、坂本さんを含めた蔵人に教えているという話。「頭で考えても人間はその通りには動けない。右手と左手を別々に動かそうとしても、簡単にはできないでしょ。何度も繰り返してようやく体が覚える。そこまでいかないとだめなんです」というようなことをおっしゃっていたよね。無意識下で身体の一部のように扱える。職人のすごさを感じました。

僕は、生酛の酛場だなぁ。とても清潔な環境で、かつ酵母が自由に活動できる環境がこういう空間なんだなぁと思いました。

(右から)「和の月 酵母無添加 生酛純米吟醸原酒」「月の井 純米無濾過生原酒」「彦市 純米」
麹室では珍しい蓋麹法で麹を育てる。
酛場の全景。
酛場で、香りをかぐ山口さんと内記さん。

年齢が近いからこそ「すごい人だ」と感じる

浦里酒造店」の浦里知可良さんには、蔵の代名詞である「小川酵母」を、なぜ使い続けるのかということが聞きけてよかったなぁ。

浦里酒造の浦里知可良さん。

トレンドを追う酒造りもあると思うんですが、それをすると毎年酒質を変えなければいけなくなってしまう。それは、蔵の味、蔵の軸を変えることになるので、どんな時代でも先々代から使っている小川酵母を変えずに造りたい。それは、祖父の代から同じことですし、自分もそれは変えないようにしています」と、知可良さんはおっしゃっていて。「トレンドを追わない」は、月の井酒造店の坂本さんも同じようなことをおっしゃっていたのも、興味深い共通点だったよね。

バナナ系の香りで、酸が少なくまろやかな印象で派手さがなく、ひと昔前のトレンドといえる小川酵母を使うだけでも大変なのに、さらにそれまで使っていた酒米としてはトップクラスの山田錦ではなく、茨城県の酒米「ひたち錦」をあえて使ってオール茨城県産で「全国新酒鑑評会」に挑もうとする職人的な姿勢を感じた一方で、純粋に技術力を競う「南部杜氏自醸清酒鑑評会」には、M-310を使用するなど柔軟性もおもちで、知可良さんのこれからの挑戦が楽しみでならないです。

浦里さんは、今回まわった蔵の杜氏のなかでぶっちぎりの若さの30歳。年齢が近いからこそ、「すごい人だ」というひと言に尽きますね。

出羽桜酒造」という生産量も多いなかでもクオリティの高い酒を造りつづける蔵で基本をみっちりやったうえで、旭興きょくこうの醸造元である「渡邉酒造」という、僕らでもいい意味で難解な酒造りをしている蔵で応用を学んできて今がある。強い芯があるからこそ応用と挑戦ができるということで、結局はどんな人が酒を造っているのかということなのだなと、改めて強く感じさせてもらいました。

そうだよね。出羽桜酒造から渡邉酒造に行ったのは今の知可良さんをつくっているもののように感じたよね。

渡邉酒造は、僕が日本酒にハマったきっかけの蔵でもあって、たとえば「旭興 百 貴醸酒」は、仕込み水を酒に変えて造ったりしたお酒で、正統派とは外れる造りをしているような個性的な蔵。

そうそう、一本の銘柄に対して原料のお米って、1種類のお酒に対して1種類か2種類しか使わないんですよ。しかし渡邉酒造では、5種類くらい使っている銘柄もあるんです。しかも数パーセントしか使っていないこともあって、僕らではその真意を想像することすらできないような造りをしているのに、飲むとうまいんです。

渡邉酒造の個性的な造りのなかから、自分が表現したい造りを得て、今ご自身がやられている造りに落とし込んでいるのは、知可良さんの強みなんだろうと思います。

(右から)筑波山の絵が印象的な「特別純米 霧筑波」 「大吟醸 知可良」


「蔵癖」をポジティブに捉えていいと思う

青木酒造」は、“からくり屋敷”が……すごかったよね。衝撃的な蔵だったよね。

僕も友人から「絶対面白いから見に行ったほうがいい」といわれていて、すごくワクワクしていた。蔵が今まで見たこともない構造で、とてもおもしろかったです。

青木酒造 青木善延さん
青木酒造の蔵は、珍しい5階建の縦型醸造ラインを採用されている。


縦型の導線だから起こる蒸気や水滴の問題に苦労されていて、それが造りに対してネガティブな影響を与える要素が多いかもと見た時は思いました。

だけど、試飲をさせてもらったら、それぞれの銘柄で目指している味わいがしっかりと見える酒質で驚きました。その上で、すべての銘柄に共通する個性も発見し、山口くんと盛り上がりましたね。

今の酒造りの方向性としてはどんどん個性を出していく時代で、その蔵ならではの味わいが必要だと思ってます。青木酒造さんの特殊な構造が、良い「蔵癖」として個性につながっているのかもしれません。

背後にあるビニールカーテンは、蒸気を遮断するための設置されている。

青木酒造の青木善延さんにたくさん試飲をさせてもらって、最初は「SYS」という茨城県独自の酵母の香りかなと思っていたものが、じつは違う酵母でも同じニュアンスがあったから、あれが「蔵癖」だったのかもしれないよね。

リンゴみたいなフレッシュな香りがありながら、カラメルのような要素もあって「りんご飴」みたいな印象が僕には感じられたなぁ。一瞬ふっとエッセンスとして感じたあとにすっとキレていくから杯がすすむ。箭内和広杜氏によるのか、それとも蔵の癖なのか、もう少し飲み見比べないとわからないですが、共通する「」が感じられたのはおもしろかったです。

あれだけ並行して飲ましてもらったから気づいたっていうのはあるよね。「御慶事 大吟醸」は、寿司に合うんじゃないかなってちょっと思いましたね。

そうだね、赤酢の酢飯に合いそうだなって思った。なんだろうね、焦げ感かな?

うん、メイラード反応した褐色感のような雰囲気もあったよね。ただ熟成してるわけじゃないから、あれが何者だったのかはわからないんだけど。

火入れの感じかな? でも火入れでそのニュアンスが出ると、正統な製法ではネガティブに要素になってしまうんだよね。でも僕が感じた焦げ感は、あくまでポジティブ。

そうそう、こういう話しが、酒業界でネガティブになっちゃうのは、僕はあんまり好きじゃない。

うん、それすごくわかる。

左端が「御慶事 大吟醸」。

今回飲んで思ったのが、癖があったほうが料理とのペアリングもしやすいっていうこと。鑑評会で100点を取るようなお酒って、きれいすぎて鉤爪かぎづめみたいなものがないんですよ。スルッといけるみたいな。昔はそれが良かったんでしょうけどね。

現代のペアリングには、食事の邪魔をしない同調タイプと、あえて衝突させる対比タイプがあって、どちらかというと今も食べ物とお酒が横並びになってともに歩いていくペアリングが今でも主流なんですが、僕は衝突させるタイプ。

日本全国には、ものすごい癖のあるお酒があるんですよ。千葉県の寺田本家とか、福井県の「舞美人」を造る美川酒造場とか。「舞美人」は、スタンダードな銘柄を飲んでも奈良漬けみたいな香りがするんですよ。

そういったそれまで良しとされてこなかったような味や香りですから、ネガティブに捉えられる場面は多いのですが、じつはそれがめちゃめちゃ肉料理とかに合うこともあるんです。

先日、ある和食のお店にいって、すごくおいしかったですけど、横並びで一緒に歩いてく感じのペアリングだったんですよね。ただ僕らを見ていた大将が「お兄ちゃんたちよく日本酒飲むから、つぎの料理はこれ合わせてみてよ」といって樽酒を出してくださったんです。それがバチバチに合っていて。「合いますね」って答えたら、「そうでしょう、でも俺この酒くそまずいと思うんだよね」って(笑)。

僕は、バチバチに合わせたり、喧嘩させたりっていうペアリングを求めているし、店でやりたいんですけど、和食とかだと合わせる意味合いが違うんだよなと。だからどんなお酒がペアリングとして“正義”なのか、今でもずっと問い続けていたりします。

小川酵母を代表に茨城県は酵母が強い

茨城県が奨励している茨城県で生まれた酒米「ひたち錦」(茨城県産)と茨城県で開発された酵母を使って造った酒「ピュア茨城」は、浦里酒造店や青木酒造でもみかけましたね。

中央の 「御慶事 純米吟醸 ひたち錦」はピュア茨城の日本酒だ。

県産の酒米や酵母を使った酒造りは、GI(地理的表示認証)などの認証も進んで、全国的に見かけるようになりました。茨城県の「ひたち錦」と同じように、山形県の「出羽燦々でわさんさん」や島根県の「佐香錦」、北海道には「吟風」「彗星」「きたしずく」などの地域ごとに酒米があったりしますよね。

県内に使いやすい米があるかどうかはこれから大事になってくるように思うな。青木善延さんは、「ひたち錦」の使用量を増やしたい一方で、不作の年も多かったりして安定供給ができていないという課題もある米だともおっしゃっていましたね。安定して供給するためにも生産者さんの数も増やしていかないといけない。それに茨城県は、「米にこだわってます」というほうがストーリーも繋がって売りやすいですしね。

変わらず山田錦は、確実に酒米のトップ・オブ・トップだと思うけど、現代では、造りの技術力も上がってきているし、山田錦じゃないと表現できないなんてことはない。地元のちょっと癖のある酒米を使うことで独自の味わいみたいのが出てくるっていうのは全然あると思います。

そういう意味では、今回まわってみて、茨城県は酵母が強いなって思いました。小川酵母をはじめ、K10、SYSなど。県独自の酵母は小川知可良氏が頑張った成果だと思うんですけど、秋田なら6号推してたり、長野なら7号とか自治体として1つの酵母を推している例が多いなかで、ここまで県独自の酵母を蔵の表現にあわせて使いわけている地域はそんなにないと思うんです。

浦里さんのように小川酵母について突き詰める人ってもこれから増えてくと思うんですけど、小川酵母自体がバナナ系の香りが特徴で、わかりやすい強みがある。だからレストランでも使いやすいかなと思います。

とはいえ、今回のまわらせてもらった蔵は、どこも個性的で、「茨城県の蔵に通じる統一性」を見分けるのは難しいよね。ある意味で統計解析上の「外れ値」みたいに個性的な蔵だから。

それよりむしろ、茨城県の統一性ってなくてもいいんじゃないかとすら思いますよ。

確かに県って単位は、広すぎるからくくれないってのはあるよね。取り組みについて県単位で進めてはいけるけど、統一性の味わいは酒に関しては出せないと思うから、そういうのは別軸で語る感じになると思う。

茨城県のお酒は茨城県のこの郷土料理に」っていっても、郷土料理も地域ごとにいろいろとあるので、どう合うかっていうのは個別にしていく必要がある気がする。

それは、どこの都道府県でも同じことがいえるんじゃないかな。統一性があるかといわれたら、ほとんどない。あえてあるとすれば、宮城県などは統一感はあるかもね。

宮城県の蔵元さんから聞いたことあるけど、宮城県は酒米が育ちにくかったことから、飯米を使ったやわらかくて甘い酒が多かったそうで、今でもそのイメージがあるね。

高知県は、みんなたくさんお酒を飲むので、キレが良くてどんどん飲める辛口の酒にポテンシャルがある感じはするけど、それは県民性が関わってきてますよね。

じゃあ茨城県の県民性ってなんだろう?ってなると、どうなのかな。茨城県で暮らしたこともないし、通い詰めているわけでもないから勉強不足ではあるけど、都市に近く農村にも近い、いろいろな文化が混じりあっているからよけいに足並み揃えてっていうのがなかったんじゃないのかなって思ったりもします。

そもそも今でも40以上も蔵があるわけだし、そこから統一性を導き出すのは難しいよね。僕も知ってる蔵は10くらいなので、今日1日だけではまだ何もわからないかも。

茨城イズムというか。今後引っ張っていく存在になりそうだなと感じたのは、知可良さんだったなぁ。まだ若いというのもあるんだけど、自分だけじゃなくて、他の蔵への感謝とか敬意とかそういうところも垣間見れたので。かっこいいな、と思いました!

僕も、まだまだ見学したい酒蔵がたくさんあるから、また茨城県の酒蔵をまわりたい! 内記さん、また行きましょうね!

もちろん! おつかれさまでした。

山口歩夢●やまぐち・あゆむ
昆虫食レストラン「ANTCICADA」のドリンク担当で発酵家/醸造家/蒸留家。 1995年生まれ。東京農業大学大学院卒業。醸造学修士。在学中は味覚の研究を行う。発酵や食に ついての豊富な知見をもち、ANTCICADAでは製品開発やドリンクの選定を行う。 フルーツブラ ンデー蒸溜所 「Mitosaya薬草園蒸留所」や日本酒べンチャー「WAKAZE」、酒粕のリユースによ る循環型蒸留プラットフォーム「Ethical Spirits」の商品開発にも携わる

内記朋冶●ないき・ともや
日本酒専門webメディア「SAKETIMES」副編集長。1994年生まれ。「SAKETIMES」を運営する日本酒スタートアップ「株式会社Clear」勤務。人と食と自然とITとアートを愛する。それらを内包する”日本酒”に出会い、若者への魅力の普及に努める。そのほか、デジタルハリウッド大学院に所属しながら、昆虫食レストラン「ANTCICADA」のサポートや、異業種と共創するARハッカソン「withARハッカソン」の運営を行う。noteアカウント(https://note.com/nikekin)。

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熱い話はまだまだ続きそうでしたが、車は東京駅に到着。山口さんと内記さんは、各蔵で買った酒瓶を抱えて帰路に向かいました。

充実の内容だった1日。今回は41の酒蔵のうちのわずか3つです。今後も「シェフと茨城」では、茨城県の多様な土地性・文化性を活かした酒造りをする蔵を紹介していきます。

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次回の更新は、3月16日(水)。東京・外苑前のレストラン「JULIA」の茨城県産地ツアーに同行し、食のプロたちがみた産地・茨城をレポートします。

ぜひ、アカウントのフォローもお願いいたします!

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

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