魚の県・茨城の漁港とおすすめしたい4人の個性的な魚屋さん
茨城県は、およそ190kmもの長い海岸線をもち、那珂川が注ぐ中央部を境に北は岩礁域、南は砂浜域に分かれ、異なる景観を生み出しています。茨城県沖には、親潮(寒流)と黒潮(暖流)がぶつかることなどから、寒暖両方の魚介類が棲む好漁場が形成されています。
2020年の県内の漁獲量は302,213tで、全国第2位。今回は、県内の4つの漁港で、実際に港で競りおとした魚を、加工・卸・販売をする魚屋のみなさんに話を聞いて、シェフ・料理人目線で各港の特徴をまとめました。これを見れば、どこで誰から魚を仕入れたらいいかがわかる「魚の県・茨城」の魚ガイドです!
高級小売店や市場に供給
発送方法もニーズに合わせる|カクダイ水産
茨城県には、全国に109ある一級水系(国土保全上又は国民経済上特に重要な水系のこと)のうち3本が流れ込んでいます。北から久慈川、那珂川、利根川。なかでも栃木県の那須岳を源流に、県中央部を流れ、太平洋に注ぐ那珂川は、茨城県の海岸の特徴を南北にわける分水嶺になっています。
この那珂川河口の北岸にある漁港が、那珂湊漁港です。
底びき網漁や建網漁(刺し網)、船びき網漁、ひき釣りが主な漁法で、「県のさかな」に選定されているヒラメも多く水揚げされています。ほかにも夏は、イセエビにアワビ、秋から冬は、ヤリイカやホウボウなど。冬には、アンコウのほか、タコも揚がります。春から初夏にかけては、スズキやタイなどもみかけます。
茨城県で7月と8月は、水産資源保護の観点から県内全域で底びき漁船の操業を禁止しており、取材した日は、建網漁とひき釣りのみ。それでも、イセエビやヒラメ、カサゴやマダイ、ハナダイなどさまざまな魚種をみることができました。
「釣りで揚がったヒラメは、血がきれい。ストレスがない証拠だよね」と独自の視点でヒラメの目利をするのは、カクダイ水産の専務取締役の櫻井貞伸さんです。9時30分から始まった那珂湊漁港での競りで買った魚を、漁港から車で5分ほどのところにある加工場に運んで、すぐさま処理をしていきます。
「この時期に最初にやるのは、ヒラメとイセエビを酸素ポンプを設置した水槽に移して酸素を与えること。とくにヒラメは締める前に、酸素を与えることで、血がきれいになって身もきれいになるんです」と櫻井さん。活魚になるべく負担をかけないように、できるだけ魚体にさわらないようにするというのも徹底しているといいます。
カクダイ水産では、県内の高級スーパーに卸すほか、県内外の飲食店にも発送しています。神経締めはしていませんが、魚種や取引先での扱い方によって血抜きの有無を分けるなど、ニーズにあわせて処理を変えているといいます。
「12時に集荷がきちゃうから急がないと。これに間に合わないと、県内のスーパーの棚に今日の夕方に並ばないんですよ」と、取材陣に説明をしながらも素早く正確、丁寧な包丁さばきで魚を次々に処理していきます。さらに、櫻井さんの動きに連動するようにまわりの従業員も無駄のない丁寧な動きで箱詰めしていきます。
予定通り12時前に発送準備を済ませた櫻井さんは、那珂川の対岸にある大洗町の大洗港の午後競りに参加するため車に飛び乗って加工場をあとにしました。
鮮度の良さを最大のウリに|魚忠
川の北岸にある那珂湊漁港に対して、大洗町の大洗港は那珂川の南岸にある港。船びき網漁や、底びき網漁法の一種である貝けた網漁が盛んです。
大洗港の特徴は、9時30分からの朝競りと、13時30分からの午後競りと、1日に2度競りがあることです。そのため、カクダイ水産の櫻井さんのように、大洗と那珂湊、2つの漁港で魚を買うこともできます。
大洗港に揚がるのは、ヒラメやカレイ、タイなどのほか、シラス(カタクチイワシ)が有名で、ほかにもハマグリなどが港に揚がります。
大洗町の商店街にある「魚忠」の今関雅好さんは、地元の大洗港や対岸の那珂湊漁港から良い魚を高くても仕入れ、それをきちんと売ることができる(売り先を持つ)力強い魚屋です。さらに、魚屋の裏には、直営の和食店「ちゅう心」も経営。隠れ家的な落ち着きのある店内は、大洗町を訪れる魚好きたちが集まり、新鮮な茨城の魚に舌鼓を打っています。
「良い漁港は森が近いっていわれるでしょ。山の栄養が海に流れ込むからよい漁場になるというのだけど、それなら茨城の海の近くには森がないから、よくないんですか?って聞かれるんですよ。茨城には、北から久慈川、那珂川、利根川が注ぎ込んでいます。これが森の代わりに海に養分を運んできてくれるんです」と今関さん。スズキやマコガレイなどは、どこに出しても恥ずかしくないものだと胸を張ります。
「茨城は、魚種が豊富だからね。前もってほしい魚があれば言っておいてくれたら、買っておくよ」と今関さん。都内まで宅急便で発送も可能で、送料を安くするなら豊洲の市場止めもできると今関さん。活魚は神経抜きをしてから発送しているそうです。
LINEを使ってシェフたちと
リアルタイムで情報交換|海鮮問屋やま七
茨城県北端、福島県との県境に接する北茨城市にあるのは大津漁港です。アンコウや、シラス、ヒラメなどが揚がります。
漁法は、底びき網漁のほか、船びき網漁、ひき釣り、まき網もあり第3種漁港に分類される大きな港です。
ちなみに第3種漁港とは、漁船の利用範囲が全国的な漁港のうち、水産業の振興のためには特に重要であるとして指定された港で、全国に101カ所あります。そのうち茨城県には、関東で千葉県に次いで2番目に多い5港で、大津漁港のほか、同じ北茨城市の平潟漁港、久慈漁港(日立市)、那珂湊漁港(ひたちなか市)、波崎漁港(神栖市)があります。
北茨城市には、とくにこの地方の郷土料理の一つである「アンコウ鍋」を求めて全国から多くの観光客が訪れます。
大津漁港の近くで和食屋「食彩 太信」を営むのは、前田賢一さんです。アンコウ鍋のなかでも、水を使わず、アンコウと野菜の水分だけで煮込む地元の漁師スタイルの「どぶ汁」が人気です。
前田さんは、和食店のほか魚屋「海鮮問屋やま七」も経営しており、県内だけでなく都内のレストランや、隣県栃木県の名店「オトワ レストラン」などにも魚を卸しています。
まえけんさんの愛称で、シェフからも親しまれる前田さんは、シェフたちとLINEのグループを作って仕入れと受注をしています。しかもそのLINEグループの数は複数あるといいます。
「シェフたちからは、『こんな魚が欲しい!』というリクエストを事前にもらうこともありますし、大津漁港は14時30分からの午後競りなので、競りの直前に揚がっている写真や動画をグループにアップして、『今日こんな魚が揚がっているけどいる人いますか?』というように、LINEならではのリアルタイム情報を紹介しています」
「おまかせでお魚を1ケース送ってくださいということにも対応します」という前田さん。シェフたちからは、届いた魚の感想や、扱い方の質問もLINEで送られてくるそう。前田さんはそれに、動画や画像を使って返答。時には画像通話で実演することもあるといいます。
顧客ニーズにあわせて細かく
カスタマイズして送れるのが強み|あかつ水産
茨城県に3本流れている一級水系のなかで、もっとも北にあるのが久慈川です。那珂川と同じ栃木県の那須岳を源流に、福島県と茨城県を流れ、日立市と東海村の境界から太平洋に注ぎます。
久慈川の北岸にあるのが久慈漁港です。那珂湊、大津とともに第3種漁港に指定されている大きな漁港です。
久慈漁港の競りは、イセエビなどを獲る建網は11時30分からですが、主要な底びき網漁は15時からのほか、シラスなどが揚がる船びき網漁は13時から、サヨリなどが揚がるひき釣り漁は14時30分からと午後競りが多いのが特徴です。
久慈漁港の近くの魚屋「あかつ水産 本店」の店長、根本拓さんは、旅館や民宿が多い久慈や日立市内の宿泊施設向けに、競り落とした魚を持って帰ってきたらすぐに捌き、夕方には発送。その日の夜の献立にのぼるといいます。
都内の飲食店には、夕方に発送すれば翌日午前中に届くのもメリットで、豊洲などの市場を経由するよりも1日早く、鮮度の良いまま届けることができます。
「ヒラメやカレイ、アンコウ。それにボタンエビやタコ、深海魚のメヒカリなどのいわゆる『底もの』は、鮮度がいいですよ」と根本さん。ほかにも久慈は、漁にでるのが明け方で、夜のうちに出る他の漁港よりも半日くらい遅く出港します。そのため、時化がひけてから漁に出られることもあるので、他の漁港で魚が少ない時でも、久慈には揚がっているなんてこともあるそうです。
さらにあかつ水産では、顧客ニーズにあった処理をして配送することも強みだといいます。
「活けで漁港から買ってきた魚を神経締めして、1匹まるごとお届けすることもできますし、捌いてフィレにして送ることもできます。近隣のホテルや旅館さんには、お造りにして届けてもいます。地方の宿泊施設は、いまとても経営が難しい状況で料理人さんを増やしにくいですから、私たちが宿の外で料理人の代わりになってお魚をさばいて届けているんです」と、顧客の細かい注文を聞くのが自分たちの強みだと、根本さんはいいます。
シェフと漁港、魚屋との出会いは
意外と「相性」が強いのかもしれない
県内の主な漁港を取材してみるとそれぞれの漁港ごとに漁法や競りの時間も含めて個性があることでした。以下に、ポイントをまとめておきます。
そして、近隣の魚屋ごとにこれまた個性がありました。
4つの漁港とそこで商売をしている魚屋をまわってみて感じたことは、「どこが一番か」ということは決められないということです。
魚屋を見ても、「安定してたくさん欲しい」なのか「良いものが獲れたときだけ欲しい」という顧客の価格帯や店のスタイルによって異なる要望だけでなく、それを扱うシェフや料理人の好みに合わせた魚のセレクトなどは、今回取材したどこの魚屋もしていましたので、これまた一番を決めることはなかなかできません。
そうなると大事なのは、意外と「相性」の部分が大きいのではないでしょうか。そこには、シェフと魚屋の人間同士の相性もあるでしょうし、たとえば夜中まで営業しているお店なら午後競りで発注できる方がやりやすかったりするような、店の営業スタイルや1日のライフサイクルにも関係するかもしれません。
茨城の海には、今回紹介した4つの漁港以外にも大小さまざまな漁港があります。もちろん、それぞれに特徴があります。今後もシェフと茨城では、店やシェフのスタイルにあった漁港に出会いをできるだけ多く生みだすべく、引き続き漁港と魚屋の情報を発信していきたいと思います。
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次回の更新は、9月21日(水)。今回の記事でも少しだけ触れている北茨城市の「海鮮問屋やま七」の前田賢一さんが魚を卸す、栃木県宇都宮市の「オトワ レストラン」の音羽元さんを取材しました。茨城を飛び出し魚を通じた越境交流の様子を紹介する予定です。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae