Ăn Đi|茨城県産だと気づいていない食材が、実はたくさんある
友人のシェフで茨城県出身の大井(健司)さんと一緒に、茨城県の生産者さんの元を回ってきました。特にその時は、食材を買わせていただいていても会いに行くことがあまりない、お肉の生産者さんを中心に、茨城県の食材に詳しいフードディレクターの藤田愛さんに紹介してもらったんです。
東京・外苑前、青山熊野神社の近くにあるモダンベトナム料理の人気店「Ăn Đi」(アンディ)のシェフ内藤千博さんと西麻布「ahill azabu」のシェフ大井さんは、2020年7月に茨城県内の生産地を回る日帰り旅をしました。
朝9時につくば市を出発して、鴨農家の西崎ファーム(かすみがうら市)から、石岡市の薪窯焼きイタリアンパンのパネッツァでランチをとって、マンゴーを育てるやすだ園(小美玉市)へ。さらに茨城の北端・大子町まで移動して奥久慈しゃも生産組合を訪ねてから、常陸大宮市に戻ってレストラン「雪村庵」で、茨城食材をふんだんに使ったディナーを食べる。とても盛りだくさんな旅だったといいます。
思い描いていた鴨は「かすみ鴨」だった
現在は、モダンベトナム料理として、東南アジアの調味料やハーブを使って新しい感覚の料理を出している内藤さんですが、料理のルーツにあるのはフランス料理。コースのメインとしてフランスでもよく使われる鴨を、モダンベトナム料理としてĂn Điでも出したいと考えていましたが、品質だけでなく価格の面でも使ってみたいと思える鴨に出会えずにいました。
筑波山の麓で、放し飼い・無投薬で鴨を育てる西崎ファームが生産地ツアーの訪問先に決まると、「良かったら使わせてもらいたい」と、特に楽しみにしていたといいます。
実際にファームに行ってみて、放し飼いにされた鴨たちが元気に走り回っている姿を見て、すごくいいと思いました。以前、岩手県の短角牛の牧場で放牧された牛が動き回っていたのを思い出しました。動き回ることで身が締まって、肉として食べたときに味が強くなるんです。西崎ファームさんの鴨も同じだな、と感じたんです。
訪問した後、早速取り寄せて、焼いて塩をしただけの「かすみ鴨」を試食。鴨独特の旨味や香りはしっかりしているのに「後味がきれいな味の鴨」だと、内藤さんは感じたといいます。
フランス料理の鴨はエトフェ(窒息死させて血抜きしない)で血の香りを肉にまとわせたものを好んで食べるくらい、”血の味”を大事にします。だけど、日本ではそれは好みが分かれる。その点、かすみ鴨は、血のニュアンスはありますが、味がきれいなので、誰が食べても『おいしい鴨』と感じるんじゃないかなと思います。
内藤さんは、鴨料理の時期になる11月を待って、コースのメイン料理にかすみ鴨を加えることにします。
かすみ鴨のきれいな味を活かして炭火焼に
内藤さんが使うのは、かすみ鴨のムネ肉。捌いてフィレの状態にしたものをキッチンで扱いやすいように真空パックにしてもらっています。
今回は、肉汁をしっかり閉じ込めるように火を入れたいと思っているので、あえてムネ肉についているササミの部分を残して真空パックしてもらっています。飼育だけでなく、精肉加工の施設をもつ西崎ファームならではですね。
脂身に切り込みを入れてからフライパンで、脂を落とすようにまわりを焼き固めたあと、オーブンへ。中にゆっくりと火を入れることで、肉汁が出ないようにしています。ここまでで、ほぼ火入れを済ましておきます。
提供をする前に、ササミを外すとしっとりとした身が見えてきます。まわりの脂身や筋を落としたところで、皮面を重点的に炭火で表面だけを高温で焼き、ごく表面の水分を飛ばしていきます。
炭の上を転がしながら、火にかけては離し、火にかけては離しを繰り返していきます。
大胆に厚めにカットして、クルミのペーストにカルダモンの利いた山葡萄のソース、台湾のスパイスのマーガオ、塩麹漬けにしたダイコンのグリルを添えます。付け合わせの葉物は、レッドソレイユやセルバチコ。鮮やかなグリーンと鴨肉の赤身が美しいひと皿です。
かすみ鴨の炭火焼き 山葡萄のソースとクルミのペースト
ひと切れ噛みしめると中から鴨の肉汁があふれ出てきます。それを酸味がしっかりした山葡萄のソースと、コク深いクルミのペースト、きれいな鴨の味が口の中で重なり合いながら一つになる。「かすみ鴨ならではの料理になりました」と内藤さんも手ごたえを感じるひと皿です。
野菜をメインにした料理を作りたい
かすみ鴨の炭火焼きで使っているレッドソレイユは、茨城県坂東市の『やまきぬ ぷち のうえん』さん、セルバチコは茨城県取手市の『シモタファーム』さんのものを使わせていただいていました。あまり意識していなかったんですが、改めて茨城県を意識してみたら、茨城県の生産者さんの食材をけっこう多く使っていました。
「シモタファーム」とはĂn Điのオープン以前から、「やまきぬ ぷち のうえん」とは、内藤さんが毎週末通っている青山ファーマーズマーケットで出会い、ベトナム料理にかかせないパクチーなどの野菜を送ってもらうようになりました。他にも、石岡市の高木さんからはハーブを送ってもらっているそうです。
茨城県に食材を見に行くのは去年の7月が初めてでした。正直な話、茨城県には「コレ」という食材が思い浮かばなかったこともあって、意識をしたことがなかったんです。東京にいる料理人は、どこからでも食材を取り寄せられる環境にあるから、どうしても九州とか北海道といった遠い産地に目が行きがち。こんなにも近くに畑があって、海があって、山があるという凝縮したエリアがあることに気づきました。
「やまきぬ ぷち のうえん」の山口さんから、大きな白菜が送られてきていました。茨城県は白菜の生産量が全国第1位。 特に、冬場の白菜の生産量が多く、11月から1月にかけて、東京都中央卸売市場に並ぶ白菜の9割近くは茨城県産です。
この山口さんの白菜をメインに使った「野菜が主役」の料理に、今内藤さんは挑戦しているといいます。
和歌山県岩出市のイタリアンレストラン「ヴィラ・アイーダ」に行って食事をしました。それまで野菜は、肉や魚の付け合わせという主従関係が一般的なのですが、それが見事に逆転していたんです。つまり野菜がメインで、肉や魚が付け合わせになる。この野菜が主役の料理に衝撃を受けたんです。
畜産の農家さんも、海に出る漁師さんも、野菜農家さんも、内藤さんにとっては同じ大切な生産者。どの食材も主役として食べてもらいたい。そんな内藤さんの想いが、白菜を主役にしたひと皿を生みます。
香ばしく焼いた白子 発酵白菜とココナッツミルク
「白子はどこ?」。テーブルに料理が置かれた瞬間、多くの人はそう思うかもしれません。鮮やかな白が印象的な白菜の横、シュンギクの下に白子は隠れています。
白菜の中心部分をココナッツクリーム煮にしたものと、外側の葉の塩漬をお皿の真ん中に堂々と盛り付けてあるのは「まずは、白菜を食べてください」という内藤さんからのメッセージ。ホッコりとしたココナッツクリーム煮に、発酵によって独特の塩味が生まれた塩漬けを合わせることで、味に奥行きが生まれ「メイン料理」としての存在感が現れてきます。
さらにねっとりとした白子を崩しながら食べて合わせていくことで、白菜だけとはまた異なるの表情が皿のなかに生まれてきます。
白菜が中心になって一皿の物語が完結する。内藤さんがイメージする「野菜が主役」の料理が、見事に具現化されているのです。
コロナ過で、飲食店は厳しい状況が続いています。Ăn Điも例外ではありません。しかし、内藤さんたちは食材の卸先を失った生産者さんも大変な状況を理解し、少しでも役に立てないかと、生産者さんの野菜をマルシェのようにしてĂn Điの店内で販売をしたそうです。「それによって、生産者さんとの繋がりが深くなった」と内藤さん。産地と密に関わりながら、お客様にその魅力を伝えていくことをやっていきたいといいます。
茨城県は東京から近いので、お店の定休日を利用して生産地を回ることができるのでいいですよね。今度は、海の方にも行ってみたいですし、ハーブやお茶などもいい食材があると聞いています。また時間を見つけて回りたいと思っています。
Ăn Đi(アンディ)
東京都渋谷区神宮前3-42-12 1F
☎03-6447-5447
営業時間:【火~金】17:00~21:00L.O.
【土・日】12:00~13:30L.O.、18:00~21:00L.O.
※都の要請により営業時間が変更になる可能性があります。
定休日:月曜日
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次回の更新は、2月3日(水)。モダンチャイニーズ「O2」の大津光太郎シェフに、笠間焼の作家keicondoさんとの交流を通して茨城県の魅力を語っていただきます。どうぞお楽しみに!
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Edit & Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae, Naoto Shimoda
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