ワインも食もまとめて旅できる、つくばのワイナリーめぐりの魅力
茨城県つくば市をご存じでしょうか? 県南地域に位置する市で、都内なら秋葉原駅や北千住駅からつくばエクスプレスに乗ると、60分もあれば中心地にある「つくば駅」に到着します。
古代から名峰として信仰を集めた筑波山の麓に広がる田園地帯は、豊かな古の人々の生活を想起させる一方で、駅周辺は機能的に街が作られ、さながら近未来都市のような趣があります。さらに、つくば市が目指す未来型教育も注目され、移住者も増加。人口減少が問題視されている日本にあって、30年以上人口が増え続けている自治体でもあります。
また、住むだけでなく、旅やビジネスの目的地になっているのも、つくば市の特徴です。筑波山周辺で登山やキャンプなどのアウトドアを目的にくる人もいれば、JAXAをはじめ先端技術の研究・開発のために訪れる研究者や技術者がいる街は、日本でも珍しいのではないでしょうか。
住む人、訪れる人、さまざまな人が行き交う街、つくば。この街に、また新しい目的をもった人たちが集まり始めています。
近年、筑波山周辺につぎつぎに開園しているワイナリーをまわる人たちです。現在は、ワイナリーやヴィンヤード(ワイン用ブドウ園)が5つあり、これらを中心にした食の旅「ワイン・ツーリズム」に期待が寄せられているのです。
今回、つくば市のワイナリーやヴィンヤードを訪れたのはフランス料理の老舗「銀座レカン」の元シェフソムリエで、現在はJALのワインディレクターとして活躍するソムリエの大越基裕さんと、人気酒販店「いまでや」に勤務しながらさまざまな活躍を展開する白土暁子さん、やまなし大使として山梨ワインの魅力を発信する料理家の真藤舞衣子さんです。
ワイナリーやヴィンヤードだけでなく、市内の野菜の直売所やパン屋やチーズ屋などをめぐってワインに合うフードも購入しながら、テイスティングをしました。1日でめぐるつくばのワイン・ツーリズムの可能性を探っていきます。
霊峰・筑波山を仰ぎ見る
ブドウ栽培に適した場所
つくばエクスプレスの「つくば駅」から旅をスタートさせた3人は、筑波山を目指して車で北上します。はじめにたどり着いたのは、2013年からワイン用ブドウを育て、市内ではもっとも古いワイナリーである「つくばワイナリー」です。
筑波山麓の風光明媚な地、北条地区に開かれた圃場は、新年度のブドウ栽培の最初の仕事である剪定が終わったばかり。病気に強く筑波山麓の気候風土や土壌にも合うと、11年前に植えたヨーロッパ品種と日本の山葡萄品種をかけ合わせたハイブリッド品種である北天の雫(白ワイン用、行者の水×リースリング)や富士の夢(赤ワイン用、行者の水×メルロー)、ヨーロッパで注目を集めている黒ブドウ(赤ワイン用)のマルスランの樹が並んでいます。
圃場を案内するのは、岡崎洋司さん。その後の試飲で3人が選んだのは北天の雫100%の「TSUKUBA BLANC プレミアム 2020」と富士の夢100%の「TSUKUBA ROUGE プレミアム 2020」でした。
「『TSUKUBA BLANC プレミアム 2020』は、フルーティでリースリングの遺伝子を感じるよね。野菜とか葉っぱもの、ハーブの感じと相性がいいかもね」と大越さん。「もう1本の『TSUKUBA ROUGE プレミアム 2020』は、山葡萄特有の野性味とグレーピー(ブドウジュースのよう)な風味が特徴的。酸がしっかりとあり、濃い割りにはタンニンが少ないことがポイントになるので、油脂分はそこそこで、テクスチャー(質感)の柔らかな煮込み系の料理などが相性が良さそう。豚を角煮にしたり、プルーンを使って一緒に煮込んだりとかかな」と感じたようです。
真藤さんも「スモークチキンとか燻製したものとかにもあいそうだから、ターキーとクランベリーのソースとか良いかもしれないよね」と料理家の目線で家庭料理の提案もしてくれます。
続いて3人が向かったのは、同じく筑波山麓の沼田地区と臼井(六所)地区に圃場をもつ「ビーズニーズヴィンヤーズ」です。今村ことよさんは、守谷市出身でもともとは製薬会社の研究員でした。40歳を期に脱サラし、筑波山周辺は、日本では珍しい花崗岩質の土壌だったこともありワイン造りをつくばで始めました。
ビーズニーズヴィンヤーズでは、2カ所の圃場を見学後、今村さんが用意したテント内で試飲を行った。快晴で汗ばむほどに晴れたこの日、筑波山から吹き降ろす風が心地よい、ヴィンヤード(ワイン用ブドウ園)ならではのロケーションです。
ティスティングはまず、「Episode 0 (zero) 2019」から。黒ブドウのシラーを3割、残りはシャルドネとセミヨンから造ったスパークリングワインです。そして栽培している白品種をすべて混醸して造った「Spiral 2020」と、シラーとヴィオニエを混醸した「Purple Peaks 2020」と続けて試飲していきます。Purple Peaksは、筑波山の山肌が斜陽で紫に染まることから「紫峰」と呼ばれているところからつけた名前だそうです。
そんな中、大越さんが気に入ったのはティスティングの最後に出された「Overdrive Oak 2018」、シラー、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、タナなどのヨーロッパ品種を2タンクに分けて発酵後、樫材のチップ(オークチップ)で樽の風味付けをしたものです。
「口のなかでアルコールやタンニンを総合的に感じたときのテクスチャー(質感)が好きです。凝縮感もあります。この年のようなスタイルが、ある程度コンスタントにできればいいですね」と、本格的なアドバイスを今村さんに送っていました。
この小さなエリアにこれだけの
良い食のプロダクトが揃っているのは珍しい
3つ目の訪問地「つくばヴィンヤード」は、筑波山から12㎞ほど南にある栗原地区にあります。すこしだけ筑波山から遠くなりましたが、まだしっかりと山容を確認することができます。いつも旅人を筑波山が見守ってくれる、それもまたつくばを旅する特別な楽しみ方といえます。
つくばヴィンヤードでは、旅の合間に買ったワインに合うフードを食べながらの試飲会にしようと髙橋 学さんが炭火を起こして待っていてくれました。
髙橋さんが勧める白ブドウ品種、プティ・マンサン100%の「Tsukuba Series プティマンサン」やつくばワイナリーでも栽培している富士の夢100%の「Tsukuba Series Kurihara」などとともに、即席の“ダイニング・アウト”(野外レストラン)です。
3人が購入してきたのは、レンコンや原木椎茸、ハーブといったつくば市産の野菜に「手づくり工房ぴあらハム」と「筑波ハム」のハムやソーセージといった加工食品。さらに県外の人もわざわざ買いにくる人気のベーカリー「ベッカライ・ブロートツァイト」とチーズショップ「チーズ専門店 ラ・マリニエール」では、パンとチーズです。
「筑波ハムは、社会的な食のニーズや地元の声を聴く中で無添加のハムを作り始めたとおっしゃっていました。腐敗防止発色のために使われる硝酸不使用なので、時間をかけてていねいに作るのでまだ肉本来の風味や食感が残ってとてもおいしい。製造量は少ないそうですが、こういった取り組みが根付いていってほしいですね」というのは、白土さん。
「プティ・マンサンがきれいでおとなしい印象があるので、無添加で味が決まりきっていない肉本来のやさしい味わいのハムが、風味と味わいの強さとしても一緒に飲んでもおいしくいただけるよね」と大越さんもワインとの相性の良さを感じていました。
「ラ・マリニエールで買ってきた12カ月熟成のコンテや羊乳のシェーブルと食べてもいいですよね。とくにコンテを食べた後に飲むと、コンテにつられて、ワインのうま味も出てくるように感じます」(白土さん)
「いろいろな地域でワイン・ツーリズムだったり、地域おこしをしていますが、これだけいい食のプロダクトが小さなエリアのなかに揃っているのは、珍しいですよね」(真藤さん)と、筑波山を遠望する気持ちのいい空間で、ざっくばらんにつくばワインと、つくばの食についての会話が続いていました。
突出した生産者の存在が
産地全体のレベルアップにつながる
「ワイン・ツーリズム」という言葉は、1996年に初めて使われるようになった比較的新しい言葉であり概念です。
ワインのティスティングやワイン産地の気候風土を体験することが最大の動機になるような旅のことをいい、その訪問先は今回のようにワイナリーやヴィンヤードのほか、ワインフェスティバルやワイン展示会なども含まれます。日本では、2000年代になって使われるようになりました。
もちろん、ヨーロッパには、ワイン・ツーリズムという言葉で呼ばれなくとも、ワインを目的にした旅の楽しみは以前からありました。日本でも日本酒の銘醸地への旅や、旅先で地酒と地域の食を楽しむ旅のスタイルは昔からあり、ワイン・ツーリズムに近いものといえます。
ヨーロッパのワイン文化にどっぷりと浸かってきた大越さんにとってワイン・ツーリズムは、そもそもの「旅」の本質でもある「地域体験」にあると考えています。
「ワインは、『どこで作られているか』ということが最も大事です。この地に合っているから、このブドウを使っていますっていうのが本来のワインの姿。だからこそ地域のこともよく知る必要があり、総合的に土地の個性を打ち出すことができる存在になるのです」(大越さん)
つくばのワイン生産者をまわり、それぞれが個性的で意欲的なワインを造っていることを感じとったという大越さん。なかでも土地の個性をより強くワインで表現していたのは、最後に訪れた「ル・ボワ・ダジュール」の青木 誠さんだったといいます。
「試飲させてもらったシャルドネは、ビーズニーズヴィンヤーズの今村さんから買い取ったブドウで青木さんが醸造したもの。もう1つのヒムロットも、借りている圃場に昔からあった樹齢50年という生食用のブドウ品種だといいます。その中でしっかり味わいののったワインを目指して補酸や補糖もせず、ナチュラルな味わいのバランスをアルコール度数に頼らず作り上げている。多くの人が『何のブドウ品種を使っているか』から話を始めるなか、根本的な考え方があると思いました」(大越さん)
この意見に、白土さんも「一番『こういうワインを造りたい』というのが伝わってきたよね」と賛同します。
日本におけるワイン・ツーリズム発祥の地・山梨県でやまなし大使としてワイン・ツーリズムの取り組みを見つめてきた真藤さんは、「突出した生産者の存在が、産地全体のレベルをアップさせるのをみてきました。海外でしっかりとワイン醸造を学ばれてきた青木さんは、その生産者になる可能性がある」とも話してくれました。
つくばがワインの銘醸地と
世界から認められるために必要なこととは
そして最後に3人が指摘したのは、ワイン生産者だけでない横のつながりを作っていくことだといいます。
「つくばのワイン・ツーリズムの可能性を探るということでまわりましたが、熱意あるワイナリーの方々とともに、ベッカライ・ブロートツァイトやチーズ専門店ラ・マリニエール、筑波ハムといった素晴らしい食べ物を作っている人たちがいるわけですから、そういう人たちともどんどんつながって意見交換をしていった方がいいと思うんです」(大越さん)
「ワイン・ツーリズムにこだわりすぎないことも考えていいかもしれないですよね。つくばにワインを買いにくる人たちは、完璧なマリアージュとかペアリングを、必ずしも求めてないんじゃないですかね。今回私たちも、できるだけつくば市のものを食べたいって思ったし、別にそれは手の混んだ料理とかじゃなくて、地元の味噌とか郷土料理とか、今回でいえばレンコンやトマトといった普通の野菜だったりするんです」(白土さん)
「都心から60分ちょっとで着く、近いのもいいですよね。どこからでも筑波山が見渡せるようなロケーションがすごくいいですよね。ワイン・ツーリズムとしてまわったときに楽しくできそうな気がする。収穫時期とか新酒の時期とかでもいいので、イベント化してワイン・ツーリズム用の巡回バスなんかがあると、都心からでも参加しやすいですよね」(真藤さん)
今回はまわれませんでしたが、意識ある野菜や畜産の農家もつくばにはたくさんいます。そうした食にまつわるすべての人たちを、ワインという線で繋いでいくことがつくばらしいワイン・ツーリズムの姿かもしれません。
つくばのワイン・ツーリズムはまだまだ始まったんばかり。最適なルートも立ち寄りスポットもまだまだ確立されていませんが、今回紹介したワイナリーやフードショップで気になった"推しスポット"を2、3カ所まわってみてください。旅のガイドブックをたどるのとはひと味違う「地域体験」ができるはずです。
つくばでお待ちしています。
旅の提案|今回まわったコース
旅で訪れたつくばのフードショップ|Food Shop List
旅で訪れたワイナリーと試飲したワイン|Wine list
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Jiro Otani
Assistant Editor by Daichi Yoshikawa