家庭に一番近い出張料理人だからこそ産地の想いを伝えられる
コロナ禍の行動制限で外食需要が減ったなか、人気店の料理を自宅で食べられるデリバリーや持ち帰りのほか、冷凍食品の取り寄せにレシピと食材が届くミールキットなど、さまざまな代替サービスが注目されました。
なかでも出張料理サービスは、コロナ禍で注目を集めたサービスです。
もともと、忙しい世帯の家事代行から富裕層向けの高級料理まで、多岐にわたるニーズがありました。そこにコロナ禍で所属店舗を失ったり、働き方の多様化を目指した料理人の副業として、外食店舗で活躍してきたシェフたちが参入し活躍しはじめています。
また店舗を持たずにはじめられ、自分のペースで仕事が受けられることなどから、若い料理人が独立する手段の選択肢の一つとしても重要視されています。
株式会社Chef's Roomは、「新しい飲食業を創造する」をテーマに、料理人の新しい働き方を提唱するオンラインサロン「料理人2.0」や、飲食店の経営及び各種コーチングなどを行うほか、2022年6月には、出張シェフ予約サイト「ボナペティ」をリリースしました。
「出張料理には、グループと個人、低価格と高価格という二軸があり、たとえばグループの低価格帯なら、ビュッフェスタイルになったりと、大きく4つの層があるといえます。そのなかで、僕たちレストラン出身の料理人が提供できるのは、個人の高価格帯のお客様だと考えています」というのは、Chef's Room代表の竹矢匠吾さんです。
外食が好きだったけど、体を悪くしてしまったり、小さな子どもがいたり、さらには持病の食事制限が必要など外出できない人のため、個人のオーダーに細かく対応した「オートクチュールのフルコース」を作れるのがレストラン出身の出張料理人の強みだといいます。
9月末には、竹矢さんを中心に「料理人2.0」のサロンのメンバーの若林佳太さんと高柳絵音さん、三矢健登さん、「ボナペティ」の登録出張料理人でもある福崎義範さんが、産地見学と食材との出会いを求めて、比較的年代が近い、茨城県の若手生産者の元を訪ねました。
日々変化していく料理人のニーズに
応えようと挑戦を続ける|西崎ファーム
最初に訪れたのは、筑波山の東麓で放し飼い・無投薬で鴨を育てている「西崎ファーム」です。先代の西崎敏和さんから事業継承した、2代目代表の清水司さんが案内をしてくれます。
養鴨場には、独特の匂いもなく、鴨たちの叫ぶような鳴き声は聞こえません。鴨たちがストレスなく過ごしていることが伝わってきます。
マガモをルーツに改良されたイギリスの品種チェリバレーの「かすみ鴨」を中心に、フォアグラ用の鴨としても使われるバルバリー品種の「つくば鴨」の2種類をおもに育てています。
さらに2022年からは、マガモとカーキーキャンベルを掛け合せたクロワゼ鴨に、さらにチェリバレーを掛けあわせた「志筑鴨」の飼育を開始。清水さんは「かすみ鴨よりも、野生のマガモのような鴨らしい強さがあって、洋食のシェフの方にはおすすめしています」といいます。
黒い風貌は、放し飼い施設のなかでも目立つ存在です。
さらに、以前はやっていなかった卵からのふ化もはじめた清水さん。これまでヒナは、輸入業者から購入してきましたが、病原菌や世界情勢の影響で輸入自体がストップすることが多く、リスクを分散するためにも自分たちでふ化させることに挑戦しはじめたといいます。
鴨は、生まれてから3週間ほど鶏舎で育てた後、約50日間放し飼いで成長させます。その間鴨たちは、大豆や落花生、トウモロコシなどを自家配合した飼料を自由に食べて育っていきます。「最近は、乳酸発酵したワイン用ブドウの搾りかすを飼料に混ぜてみているんです」と清水さん。試行錯誤をしながら、料理人のニーズに対応していこうとする姿勢に、竹矢さんや福崎さんも感銘を受けていました。
西崎ファームでは、自社のと殺場と加工場を持っていることもあり、注文はムネ肉1枚から。用途にあわせた処理をして真空包装などで送ることも可能ということで、竹矢さんは「ストレスなくノビノビと鴨を育てていることはもちろん、注文の面でも食材のストックに限りがある出張料理人にとってありがたいです」と話してくれた。
銀寄や利平、大峰など、大正時代から続くクリ畑で学んだクリの品種|ショコロンファーム
茨城県は、生産量・栽培面積ともに日本一のクリの産地です。「茨城県といえばクリ」と思い浮かぶ人も多いでしょう。
笠間市などの産地が知られるなかで、かすみがうら市の旧千代田町地区は、クリ栽培に適した環境で、県内でも歴史がある地域の一つです。
同地区にあるショコロンファームは、明治大正期にクリ栽培をはじめ、100年以上クリ栽培を続けています。さっそく圃場を案内してくれたのは、園主の市ノ澤創さんです。
栽培品種は、当時から変わらない銀寄のほか、利平や大峰、丹沢などを主に栽培し、土壌は、農薬や肥料などを使わずに育てています。さらに、クリの木と木の間を広くとって、日光をしっかり当てることでしっかり糖度がのったクリになると市ノ澤さんはいいます。
「祖父の代でクリ栽培をやめるということになったのですが、生まれた時から見てきた風景ですし、なによりクリのおいしさを知っていましたから、荒らしてしまうのはもったいないと思い、受け継いだんです」
26歳で引き継ぎ17年目になるというクリ栽培で、市ノ澤さんはおいしいクリを育てるための労力は惜しみません。
たとえば、新緑の季節にはクスサンという蛾の幼虫(毛虫)が葉を食べて、クリの木を枯らしてしまいます。それを防ぐために冬場に、枝についた卵をそぎ落として焼却処分するか、幼虫になってしまったら1匹ずつ手で獲るなどして処分するのです。この気の遠くなるような作業を続けられるのは、クリへの深い愛情があるからこそでしょう。
「一番忙しいのは収穫期ですね。1日20時間くらいやっていると思います。友人たちが集まって手伝ってくれるんですよ。収穫は大変だけど楽しい。普段会えない、みなさんのようなお若い料理人さんともお会いできたりしますしね。収穫はお祭りだと思います」
また、クリの実の中に入るクリシギゾウムシを防除するために行われる燻蒸消毒も行っていないといいます。
「クリシギゾウムシは、成虫が栗のなかに卵を産みつけるんです。そして実のなかでふ化した幼虫が中身を食べてしまうんです。気温が上がるとふ化することから、収穫後はすぐに0度の冷蔵庫で保管してふ化させないようにしています。お客様にも、必ず冷蔵庫で保存していただくようにお願いしています」
生産量がわずかであり、保管・管理にも独自のルールがあることから、農協などを通じての出荷はしておらず、ファームの店頭か、東京・渋谷の「青山ファーマーズマーケット」などのイベントでのみ購入することができます。
元パティシエだった高柳さんは、当時クリの品種まで考えたことはなかったといいます。「ケーキ屋で使っていたのは『京都産の和栗』で一体何の品種を混ぜていたのかとふと気になってきました。クリの品種は知らないことばかりでしたので、食べ比べ企画をサロン内でしてみたいですね」と、市ノ澤さんから学んだことを仲間に伝える方法を考え始めていました。
地域に密着した野菜作りでは
少量多品目がピッタリ|ごきげんファーム
つくば市で有機野菜の栽培や、米作り、養鶏などを行う「ごきげんファーム」は、さまざまな障がいのある人たちが一緒に働く農場です。
代表の伊藤文弥さんが2011年に、当時の市議会議員で、現在のつくば市長である五十嵐立青氏とともに設立したNPO法人つくばアグリチャレンジが運営しており、つくば市内の3つの事業所で、障がいのある方々を含め、およそ100人のスタッフが働いています。
この日は、有機野菜を栽培するつくば事業所を訪ねました。案内をしてくれたのは、副代表理事で、社会福祉士の国家資格ももつ高野智史さんと、広報担当の中嶋友里さんです。
ごきげんファームのつくば事業所では、東京ドーム2個分にあたる8haの畑で1つの品種に特化するのではなく、季節にあわせてさまざまな種類の野菜を育てる少量多品目の栽培を進めています。
ごきげんファームの野菜づくりでは、農薬を使用せず有機栽培を行うことはもちろん、「収穫からお届けまでの時間を短く新鮮」「旬を守ること」「食味重視の品種選び」を大切にして、おいしい野菜を届けることを目指しています。
「育てた野菜は、周辺のつくば市のみなさま向けに『野菜セット』として販売をしています。8品目入りの野菜セットを通年でお届けしており、一年を通してお楽しみいただけるように、年間で100品種ほどの野菜を作っています」
一方で、多品目になっていくと、専門農家と比べて、一つひとつの野菜のクオリティを個別にあげていくことが、どうしても難しくなっていくというジレンマもあります。「その課題をできるだけ解決し、お客様に喜んでいただけるおいしい野菜を作ることを目指していきます」と高野さんはいいます。
畑を見学した後、数日後に行う出張料理で使いたいと、さっそく数種類の野菜を購入していたのは、福崎さんです。
「お店のように大量に仕入れて仕込んでおくことができない出張料理人にとっては、少量多品種で届けていただく方がありがたいです。今回見学させていただいて、高野さんや中嶋さんの想いも知ることができましたし、障がいを持つ方が一生懸命働かれている姿もみて、考えることも多かったです。出張料理では、訪問先のお客様と近い関係であるのが特徴ですので、今回得たことをお伝えしていきたいですし、ご家庭向けにごきげんファームさんのお野菜セットもおすすめしてみたいと思います」と福崎さん。
大きなシイタケに感動し継ごうと決めた。
その感動を多くの人に伝える|田村きのこ園
笠間市福原の山里にある田村きのこ園の「福王しいたけ」は、直径10㎝、厚さ3㎝もの大きさで、とにかく肉厚。形だけでなくジューシーで風味もよく、焼くだけでメインの料理になるような“王”の名にふさわしいジャンボシイタケです。
この大きなシイタケを育てるのは、田村きのこ園に入り3シーズン目、2022年にシイタケ栽培歴60年の大ベテランで、茸匠たけしょうの田村仁久郎さんから園を事業継承した川島拓さんです。
茨城県小美玉市出身の川島さんは、「笠間市地域おこし協力隊」として笠間市の農家をまわっていたなかで、田村さんのシイタケに出会いました。
「親方(田村さん)のジャンボ椎茸が、ステーキみたいにおいしかったんです。協力隊として東京のマルシェで販売していても、たくさんの人が気に入ってくれる。すごくうれしかった一方で、親方が『跡を継ぐ人がいないからなぁ』といって、椎茸栽培を辞めるつもりでいました。『こんなにおいしい椎茸がなくなってしまっていいのか』と考えた末、自分が親方の跡を継ぎたいと考えるようになりました」
訪れたのはシイタケの収穫がはじまった時期。ナラやクヌギのおがくずに米ぬか、ふすま(小麦の外皮)などを混ぜて圧縮した20㎝四方ほどのブロックにシイタケの菌を植え付けてある菌床から、大きなシイタケがニョキっと現れています。
椎茸が出てくるのは、最低気温が18℃を下回るようになってから。これから3月頃まで収穫が続きます。11月以降さらに気温が下がってくれば、ハウス内を温かくして風通しを良くしながら菌が発育しやすい環境を整えていきます。
一つの菌床からは、菌床の重さの1/3程の椎茸が採れるといいます。3棟のハウスを合わせて1万3000個の菌床から椎茸を収穫していきます。
田村きのこ園では、この菌床を自家製造しています。菌床のおがくずや栄養の配合、菌床自体の目の粗さによって椎茸の育ち方は変わってくるため、特徴あるジャンボシイタケ「福王しいたけ」には、この菌床づくりが欠かせないといいます。
菌床づくりでは、雑菌が大敵。雑菌が入ると菌床の椎茸菌がきちんと育たなくなるため、密閉・除菌された無菌室の中で配合をしていきます。
菌床づくりは1月から3月頃まで続くといい、ちょうど収穫の最後の時期と重なり、「その時期が一番忙しいですね」と川島さんは教えてくれました。
「今まで見たしいたけでいちばん大きく分厚くて、素晴らしいものを作っていらっしゃるなと感じました。椎茸の中に種類がある事や、菌床と原木のメリットデメリット、菌床の事情。初めて聞く話ばかりでとても勉強になりました」と、若林さん。元料理人のフォトグラファーとして参加している三矢さんも「福王しいたけが今まで見たしいたけのなかで一番おいしそうでした。菌床しいたけの栽培環境も見れてとても勉強になりした」と目を輝かせていた。
出張料理人は生産者の思いを伝える翻訳者
茨城県の産地をまわった翌々日、福崎さんは、常連のお客様の出張料理で産地巡りで出会った生産者の食材を使ったフルコースを作りました。
この日のお客様は、久しぶりにお会いする友人と2人分の食事を福崎さんにオーダー。7皿(パン付き)で、1名様1万円の料理を福崎さんは用意しました。準備から片付けまで3時間ほどだったそうです。
福崎さんが作った料理のなかでも、茨城県の食材を使ったものを紹介します。
「出張料理は、リラックスした雰囲気で進むので、僕自身もいろいろ話しながらお料理をお出ししています。今回は茨城県に行ったばかりだったこともあり、自分でも気づかなかったのですが、お会いした生産者さんのことをいつもよりも熱心に話していたみたいです」と福崎さん。出張料理先のお客様に、指摘されたといいます。
「お子様がまだ小さく(0歳)母乳で育てていらっしゃり、無農薬の野菜を採りたいと考えてもいらっしゃる方でしたので、とくに興味深く聞いていただきました。出張料理のあとにお客様がごきげんファームさんの野菜セットを購入してくださったそうで。そういった家庭と産地を繋げる役目になれたのはうれしかったですね」と福崎さんはいいます。
家庭と産地を繋ぐ役目として出張料理人はピッタリの役目なのではないかと、竹矢さんもいいます。
「お客様にとってレストランは、料理人の元にいくとう意味でアウェー。出張料理はその逆で、お客様のホームで、リラックスして過ごしていただけます。お客様にとっての専属料理人のような、一番近い存在の料理人として見ていただけるからこそ、産地のお話なども熱心に耳を傾けてくださる。産地のことを伝えるのは、レストランでもできることですが、より近くでダイレクトに伝えられるのは、出張料理人だからできることだと思います」
おいしい料理を作るだけでなく、家庭における食材の伝道師、産地と家庭を繋ぐ翻訳者として、出張料理人の役割や需要が、これから広がっていきそうです。
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次回の更新は、11月2日(水)。Restaurant TOYOの大澤康二さんのポップアップブランド「Soufflé KOJI OHSAWA」と、UN GRAINの昆布智成さんがコラボレーションしたイベントでは、茨城県出身の大澤さん、福井県出身の昆布さんそれぞれの故郷の食材をコラボさせた一皿を。故郷の食材に馳せる思いを話してもらいました。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae