お客様のニーズに応えようとするのは農家もパティシエも同じ
とつぜんですが、茨城県を代表する果物といえば、何を思い浮かべますか?きっと、メロンやイチゴ、梨などが思い浮かぶのではないでしょうか。
じつは、これら代表的な果物以外にも茨城県では、たくさんの果物が育てられています。たとえば意外なところでは、リンゴ。青森県や長野県のイメージがあるリンゴも、茨城県北部の大子町や日立市等で育てられているんです。
さらに、山梨県や長野県といった甲信越地方が主要産地であるブドウも、同じく茨城県北部の常陸大宮市や常陸太田市などで栽培されています。
意外な果物の産地である茨城県北部を、秋からの新メニューで使える果物を探したいという都内のパティシエやシェフたち、5人とともにまわってきました。
100種類のリンゴのなかから
次のヒットを狙う|豊田りんご園
現在、茨城県には約76haのリンゴ畑があります。日本でもっとも栽培面積がある青森県の19,700haに比べると、ほんとうにわずかではありますが、大子町や日立市、常陸大宮市、水戸市、笠間市、石岡市、常陸太田市、城里町など、県北部から中部を中心に栽培されています。
なかでも福島県と栃木県の県境に接する県北部の大子町は、県内のリンゴの主産地で、1944年、茨城県で最初にリンゴの木が植えられた地でもあります。
大子町は、栃木県の那須岳を源流に、福島県と茨城県を流れ、日立市と東海村の境界から太平洋に注ぐ久慈川の上流に位置することから奥久慈とも呼ばれており、大子町産のリンゴは「奥久慈りんご」の愛称で親しまれています。
大子町のリンゴ園のなかでも、9haと最大の面積をもつのが「豊田りんご園」です。東京ドームおよそ2個分の畑には、なんと100種類のリンゴが栽培されているといいます。
「リンゴには、品種のトレンドがあるんです。たとえば近年なら、蜜がたっぷり入って香りがよく、希少性も高い『高徳』という品種が人気です。これが品種登録されたのは、1985年のこと。うちではすぐに導入したんですが、そのあと一時、世間的にはまったく姿を消してしまったんです。大きくならない小玉だから、収量で考えたら効率が悪いですから、農家も作りたがらなかったんですよ」と園主の豊田茂男さんは、歴史を振り返ります。
リンゴの品種の歴史を紐解くと、昭和50年代(1970~80年代)のヒット品種は「スターキングデリシャス」と呼ばれるアメリカ原産の赤いリンゴでした。しかし、温暖化によって日本での栽培が不向きになると、ふじや王林といった日本の品種が登場。昭和60年代(1980~90年代)にかけては、ジョナゴールドや陽光といった品種もヒットしています。
しかし、いくら人気品種といえども、消費者のライフスタイルや、栽培地の気候の変化によって、永遠にそのポジションに居続けられるわけではありません。品種のトレンドはおよそ15年周期で変わっていくというのが、豊田さんが実感していることです。
高徳も、そういった点では品種登録から35年以上の歳月をかけて、ようやくブレイクした品種といえます。
「100種類栽培しているといっても、主要な品種は10種類ほど。そのほかは試験的に栽培していたり、将来を見越して導入したりしています」と豊田さん。リンゴの産地としては、一般的にはそれほど知られておらず、収量を重視した大規模栽培を進める県には、量では太刀打ちできないからこそ、たくさんの品種を試して、時代のニーズにあったリンゴを先駆けて栽培していくのが、豊田さんの戦略です。
「奥久慈リンゴは、観光農園が主体なので、基本的に農園に来て買ってくださる方がほとんど。いわゆる一般の消費者の方々なわけですが、だからこそお客様の反応を見ると、人気になる品種というのはすごくわかるんです。それは、『おいしいです!』ではなく、『これを買って帰りたい!』と言わせる品種なんですよ」
最後に、次にくる人気品種は何かを、豊田さんに聞いてみました。
「そりゃありますよ。だけど、今は教えません(笑)」
秘境のブドウ畑で改めて感じた
皮剥きブドウのおいしさ|舟ヶ作ぶどう園
大子町南部に接する常陸大宮市は、市域のおよそ60%が森林原野面積という自然あふれる地域です。
常陸大宮市のなかでも北西部に位置する旧美和村は、北部に511.5mの尺丈山、西北に鷲子山があるなど、四方を山地に囲まれた農山村地区です。
舟ヶ作ぶどう園は、おおよそブドウ栽培には不向きといえるような山奥の斜面を切り拓いた畑でブドウを栽培しています。そのため園に続く山道は、乗用車1台が通るのがやっとの細道。ツアーバスでは乗り入れることができず、パティシエ・シェフたちは、山道を10分ほど歩いて登ります。
息を切らせて登った先で、園主の栗田尚武美さんが笑顔で出迎えてくれました。
「ここの標高は200mほど。旧美和村氷之沢地区であるこの地は、戦国時代に常陸国(現在のほぼ茨城県)を収めた大名の佐竹氏が峠の見張り番として館を設けた場所だったそうです」と栗田さん。先代で栗田さんの父が、この地で林業のかたわら果樹栽培をはじめたのがきっかけでブドウ栽培を始めました。
「はじめはリンゴやミカン、モモなども栽培していたそうですが、ブドウが一番おいしくできたみたいですね。ご存じの通り、林業が衰退してしまって。僕が引き継ぐときに『林業はやらないよ』といって、ブドウの専業農家になったんです」
まるでテレビ番組『ポツンと一軒家』で取材されそうな山奥の急斜面でブドウを育てる栗田さん。ブドウを育てるのが目的なら、もっと平野部に降りて栽培をするという選択はなかったのでしょうか。
「それはなかったですね。僕はここで生まれて育ちましたから。そのなかでできることをしたいと思いました」と当たり前のように答える粟田さんが印象的でした。
現在は、60aの畑で30種類ほどのブドウを栽培しているという栗田さん。今のトレンドに合わせてシャインマスカットなど、皮ごと食べられる人気の品種を栽培していますが、パティシエ・シェフたちに試食で渡した「ハニー・ブラック」や「ブラック・ビート」のような、皮を剥いて食べると複雑な味わいの黒系の品種に、再び流行が戻ってくるのではないかと感じているといいます。
「温暖化の影響もあって、黒系のブドウの色が出にくくもなってきています。大量に作れる土地柄でもないので、少量多品目の栽培にして、リスクを分散していくことも大事だと考えています」
ブルーベリーのパスタに舌鼓|
ブルーベリーフレンドファーム
ブルーベリーフレンドファームは、文字通りブルーベリーの農場で、常陸大宮市の山間部旧山方町地区にあります。
広さ1.2haの畑では、農薬や化学肥料、除草剤を使わずに約40種類、3000本のブルーベリーを栽培しています。
農園ではブルーベリーの青果の販売をするほか、併設するカフェで「ブルーベリータルト」や「ブルーベーリーパスタ」などを提供しています。
この日のランチは、カフェの人気メニュー「ブルーベーリーパスタ」です。ブルーベリー色をした冷製パスタは、デザートでも食事でもない、新感覚の料理ですが、おいしく仕上がっているのに驚かされます。
それもそのはず、代表の小口弘之さんは、「水戸京成ホテル」の元総支配人で地産地消事業を推めた人物でもあります。水戸京成ホテルのレストランで出していたブルベリーのパスタのレシピを譲り受けアレンジしたレストランシェフの味です。
「京成ホテルのシェフのオリジナルレシピでは、魚介類が入っていたのですが、ブルーベリー園のカフェで出すので、抜いてもらいました。ぜひオリジナリティある味を食べてみてください」
経営感覚と職人精神、3代目に見えた
次世代のファーマー像|武藤観光農園
常陸太田市瑞龍町地区は、カルシウムやミネラルが豊富で、水はけの良い丘陵地帯で、昼夜の寒暖差も大きくぶどう栽培に適した、茨城県内でも有数のブドウの産地です。地域には15軒以上のブドウ農家が集まっています。
この地域のブドウは市場流通はしておらず、産直販売や店頭購入ですべてが売切れてしまいます。そのため、9月の販売がスタートすると、お目当ての品種を目指して、県内外から直接購入にくる人が多くみられます。
古くからの主要なブドウ品種は「巨峰」ですが、常陸太田市の常陸太田ぶどう部会が開発したオリジナル品種「常陸青龍」や、欧州系ブドウで現在最も人気があるブドウの「シャインマスカット」など、さまざまな品種が栽培されているのも特徴です。
今回訪れた武藤観光農園は、瑞龍地区のなかでも畑の面積が1.9haと大規模なだけでなく、巨峰や常陸青龍、シャインマスカットなどの生食用ブドウのほか、マスカット・ベリーAなどのワイン用ブドウも栽培。東京・清澄白河の「フジマル醸造所」や茨城県牛久市のワイナリー「麦と葡萄 牛久醸造場」などに卸してワインやブドウジュースを製造し、六次化商品の開発にも取り組んでいます。
「生食用ブドウの畑が1.4haでワイン用ブドウの畑が0.5ha。今年冬には、2ha分を畑を新しく増やそうと思っています。そこはハウスの畑にして、シャインマスカットを育て、3年後の7月から収穫できるようにしたいんです。このエリアでその時期にシャインマスカットを出しているところはありませんから」と3代目園主の武藤翔平さんが、はつらつとしたまなざしで未来の展望を話してくれます。
ワイン用ブドウの栽培を始めたのは3年ほど前、初めは1t程度だった収量も、現在は10tほどになっているといいます。
「ワイン用に比べて生食用のブドウは20倍以上の値で売れるので、生食用ブドウに手をかけざるを得ないんですが、栽培自体はワイン用のブドウの方が、圧倒的に手がかからない。ですので、空いている畑をワイン用ブドウにしてたくさん育てるということを考えながら広げていっています。もう少しワイン用のブドウの価格を上げていきたいですね」と、経営目線で「儲ける農業」を目指す姿勢は現代的といえます。
一方で「たとえば、ブドウの糖度が18度になったら出荷できるといっても、最終的には食味で判断しないといけないと思っています。甘さだけではない、食感や風味を判断して、自分でおいしいと思った時に収穫するんです」と武藤さんは、職人的でアナログな感性も大事にしています。
観光農園としてブドウ狩りや販売をするだけでなく、若者らしい自由な発想で、ワイン用ブドウの育成に挑戦したり、加工品を開発したりするなど、前例にとらわれない柔軟な姿勢が、次世代のファーマーらしさなのかもしれません。
2022年に初めて自家醸造を
スタートさせる新ワイナリー|武龍ワイナリー
武藤観光農園のブドウ畑の隣に、青々と生い茂ったブドウ棚があります。ブドウの実はやや小さく、房の数が多い。生食用のブドウとやや異なるブドウにみえます。
それもそのはず。このブドウは、シャルドネやメルロと呼ばれるワイン用のブドウ品種。2022年に常陸太田市に新しく誕生した「武龍ワイナリー」の畑だからです。
武龍ワイナリーは、常陸太田市出身で酒屋の家業をもつ山口景司さんが設立した「常陸コミュニティデザイン」が運営するワイナリーです。ブドウ自体は2016年から栽培を始め、これまでは醸造を県内の牛久醸造場に委託していました。
しかし今年6月、ついに自社醸造所が完成し、2022年から自家栽培・自家醸造のワイナリーとして稼働することになりました。
「じつは明日から、初めての醸造が始まるんです。最初に造るのはシャルドネ。今はシャルドネの収穫の最後の追い込みの時間です」と、代表の山口さんは、夕日に汗を光らせながら充実した笑顔を見せながら説明してくれます。
山口さんは、「向こうの垣根仕立てのブドウも見に行きましょう!」とパティシエ・シェフたちを案内します。
垣根仕立てのブドウ畑には、シャルドネやソーヴィニヨン・ブランといった白ブドウ品種や、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ピノ・ノワールといった黒ブドウ品種など、ヨーロッパ系のワイン用ブドウが植えられています。
さらに完成したばかりの醸造所も案内してくれた山口さん。500~1500ℓの醸造タンクはあわせて14基。ほかにもプレス機やキャップを閉める機械などが並んでいます。
山口社長は「明日(9月5日)からいよいよ醸造が始まります」と、少年のように目を輝かせながらうれしそうに話す山口さんに、夢を追いかけて実現させることの尊さを、その場にいた全員が強く感じたのでした。
さまざまな品種を使いこなせたら
デザートの幅がきっと広がる|アフタートーク
茨城県の産地ははじめてで、とても楽しみにしていました。
茨城県といえば、デザートで使うイチゴやメロン、クリのイメージが強かったのですが、今回の訪問先リストにリンゴとブドウが入っていて、どんなものなんだろう? というのと、ちょうどブドウを使ったメニューを考えていたのでおいしいのが見つかればと思っていました。
じっさいにまわって印象的だったのは、舟ヶ作ぶどう園さんで食べたハニーブラック。すごくおいしかったですね。今は、皮ごと食べられるブドウが主流ですけど、栗田さんがおっしゃっていたように、皮を剥いて食べるブドウのおいしさは、また違った魅力があるように感じました。
皮を剥いて食べるブドウのおいしさを活かしたデザートを作ってみたいと思いました。
僕は、先々週くらいに別のブドウ農家さんの元を訪ねたんです。とうぜん地域が異なるので、今回うかがった栗田さんとも武藤さんとも育てている品種は違いましたし、たとえばクイーンセブンもだいぶ味が違いました。それが標高や土壌の差なのか、育て方の違いなのか。もちろんいろいろあるとは思うのですが、同じ品種でも産地の差がここまで出るのかと、あらためて実感させられました。
ブドウでいえば、これまで山梨の農家さんのものを使っていました。産地にもうかがったこともあって、吉原さんと同じように、気候や風土の差からか茨城県と育てている品種とは違う印象があります。シャインマスカットも、茨城県のみなさんは「これからが旬です」と言っていたので、今日の印象とは違うのかもしれないですが、茨城県のブドウは複雑味があるように感じました。
私は、豊田りんご園さんの種類の多さにとにかくおどろいた! ケーキやジャムなども作り観光のお客さんを迎える体制が整っていて、働くみなさんの表情も素敵でしたし、若々しくてすごくしっかりした生産者さんだと感じました。
いくつかリンゴも食べさせていただいて、酸味や苦味が品種によって違うのが、改めて実感しました。これだけ種類があるのであれば、自分たちが作りたい味やイメージに合わせたリンゴを見つけ出すことができたらいいですよね。
たとえば、アップルパイでも、紅玉だけを考えていたけど、違うリンゴなら、仕上がりのイメージが変わりますし、レシピもかわる。いろいろなリンゴの種類を使いこなせたら幅が広がると思いました。
それにリンゴにも、流行りがあったり、リンゴを育てる名人がいることも、考えると当たり前のことですけど、意外に思いました。
私自身もパティスリーの経験がなかったときに、いろいろなパティスリーで研修に入って教えてもらったことを活かして今があるということは、リンゴを育てることも、お菓子を作ることも、技術職ということでは同じなんだと思いました。
豊田さんや栗田さん、武藤さんも、みなさんお客様のニーズをよく考えていらっしゃる。お客様が酸味のあるリンゴを欲しがっているなと思えば、そういうリンゴをお勧めする。 僕たち飲食業も同じくお客様のニーズというのは常に考えている部分はありますよね。
気候や風土に合わせて、品種改良が多くされているなかで、けっきょくは需要にそったものが生き残るということですよね。そんなことを考えながら食べていたら、リンゴそのものの味の違いをさらに感じられたように思います。
僕自身は、これまでリンゴのデザート作ったことなかったので、今後改めて挑戦してみたいと思いました。
あと、僕がすごく驚いたのは、ワイン用ブドウの味です。
フレンチレストランの料理人なので、ワインについてはある程度の知識はあって、ブドウ品種も知っていたのですが、今日初めてワイン用ブドウそのものを食べました。
このブドウをどう発酵させると、ワインになるというのがまったく想像できなかったんです。一応、ソーヴィニヨン・ブランは、どことなくワインに着地しそうな風味を感じることができたのですが、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロは、まったくワインになる想像がつかない。あの渋みを、どう発酵させたらあのワインになるのがわからないんです。
ぜひ、途中経過を飲んでみたいと思いました。
僕もワイン用のブドウには興味をもちました。1つ1つ皮を剥くのはたいへんなので種だけとって、ソルベやグラニテにしたりして、皮ごと食べられるようにデザートで使えないかと思いました。
それにしても武龍ワイナリーの山口さん、楽しそうだったよね。あれだけの施設を作るには自己投資をかなりしているはず。そのうえで、必ずうまくいくというわけではなくて。不安な気持ちもあるとは思うのですが、あの前向きな笑顔の原動力は自分自身の夢だったりすると思うんです。
私自身も、将来は自分の店をもちたいと思っているから、山口さんのキラキラとした笑顔を見て「私も頑張ろう」と、すごく気持ちを新たにさせてもらった気がします。
パティシエたちも産地に目を向け始めている
僕は、今、自分のお店を恵比寿にオープンさせる準備をしています。僕自身パティスリーからレストラン、ホテル、ひと通りの業態で働いてみて、パティスリーや洋菓子専門店を出すことも考えたのですが、いろいろ考えた末に、僕自身がカウンターにたって目の前で皿盛りのデザートを作る店にしたんです。
パティスリーは人とあまり接しない職業というか、ケーキ屋さんに行って「このケーキは、こんな食材を使っていて」というような説明を受けることって少ないのではないでしょうか。
もちろん聞けば答えてくれると思うのですが、レストランのように背景やストーリーの説明が前提に含まれていないように思うんです。僕はどちらかというと、目の前で作ったデザートを、なぜこうしたのか、とかどういう人が作った食材なのかを説明できた方がいいと思っています。その点で、アシェット・デセールの専門店は、デザートの背景を伝えやすいように思います。
じつは自分が生まれた病院が茨城県古河市にあったこともあって、茨城県はゆかりのある土地なんです。そういう土地の食材を使えることができたら、お客様にもいろいろとお話をすることができるなと思っています。
そういう意味では、カウンターだけの大きな店ではないので、生産者さんごとに旬の短い果物でも、どんどん使っていけるし、僕ひとりだから、天候によって食材の収穫が早く終わったとしても調整しやすいのもあります。それは、パティスリーや大きなカフェなどではやりづらいことでもあり、生産者さんの食材を中心に使いたいと思うと、アシェット・デセールの専門店はやりやすいかなと思っています。
私が勤めている「WILL WORKS」の店舗のなかに、「Riverside Cafe Cielo y Rio」(東京・蔵前)という300席の店があります。そこではメニューを変更するとなると、メニュー表やサイトの変更、オペレーションの再構築など、産地や生産者さんを指定したメニュー展開はなかなか難しいんです。もしそれが手に入らなかったときに出せなくなりますから。
ただ、私はポップアップでデザートコースをやってもいるので、そういうときは、お付き合いのある農家さんの食材を思いっきり使ってコースを組み立てています。
僕が勤めている「ONIBUS COFFEE」は、サスティナビリティとトレーサビリティへの意識を大事にしていることもあって、生産者の顔が見える食材を扱うことを大事にしています。なので、お世話になっている生産者さんの食材がなくなければそのデザートのシーズンは終了。 季節ごとに提供できるメニューで生産者からの旬の食材を扱っています。
「シンシアブルー」では、生産者さんのフルーツが終わればそこで終了。それは、魚や野菜も同じで、その日、その日で食材が変わるから、食材が届いて食べてみてどうするかを考えるのが毎日のことですし、生産者ベースで考えているので、「今は出せない無理」といわれたら、「はい」と答えて何とかするしかないって感じです。
「薫 HIROO」も、素材の旬が終われば、デザートも終わり。今回まわらせていただいた栗田さんと武藤さんのブドウを使ったデザートをさっそく作ろうと思っていますが、お二人のブドウが終わったら、次は豊田さんのリンゴを使ったデザートなどを作ろうと思っています。
まれに次の旬のものがでてくるまで間ができたりしますが、そういう時はチョコレートのデザートとか自分が持っているデザートメニューを挟んだりしています。
そういう意味では、そもそもパティスリーの仕事は、出来上がったフルーツピュレなどの一次加工品を、二次加工してお菓子に仕上げるのが主な仕事ですからね。それを、旬の果物からすべてのピュレを作っていくとしたら、時間も人もすごくかかってしまいます。消費者の方々の理解もあって、すこしずつケーキの価格も上がってきていますが、急激に価格を上げることはまだ難しいと思います。今のお菓子屋さんで出しているような価格を大きく離れない価格のなかで、素材から加工して販売することは、なかなかできないと思うんです。
パティスリーの仕事は決まったレシピを製造するので、いつもと違う食材、たとえばいつもより酸味が強いリンゴが入ってくるといった変化が起きると、シェフや味を再現できる人が常に居ないと途端に作業が止まってしまう。安定した食材を使うことが前提ということもありますよね。
だから、同じ果物でも、レストランは産地から買って、パティスリーは八百屋さんから買う、なんていわれることになっているのかなと思います。
でもここ4、5年で、パティシエがシェフたちのように産地にいくことがメジャーになってきたように思います。自分自身も、独立をしようと考えるようになったことから産地に目を向けるようになりました。そこには、自分が成長してまわりを見渡せる心の余裕ができてきたというのもあるかもしれません。
そういう風潮のなかで、パティシエやパティシエールの人たちが、今まで以上に産地に目を向けるようになるのではないでしょうか。
産地に来てみて、茨城県といえば今までメロンやクリのイメージだったんですけど、ブドウとリンゴが増えました。これからリンゴかブドウを使おうと思ったら、引き出しに茨城県産があるというのが心強いですよね。
東京からも近いので、食材が豊富だとわかっただけでもうれしいです。
初夏に続いて2回目の産地ツアーに参加させてもらってありがとうございます。まさか、リンゴもブドウもあるなんて茨城県、やっぱりすごいと思いました。
前回も感じたことなのですが、毎回どこの産地に伺っても歓迎をしてくれて、まるで親戚の家にきたような、温かさがとてもうれしい。あとは、「こんなのどうだ!おいしいだろ!」とようなことはなくて、謙虚な人が多いというのも感じています。そういう県民性なのかな。
茨城県はブランド力がないとおっしゃる方もいるんですけど、そんなことないと思っています。たとえばメロンなどは北海道がいいように皆さん思っているけど、薫 HIROOで「茨城県のメロンです」とお出ししたら、食通のみなさんがおいしいといってくださるんです。私一人では、細々としたアピール活動しかできないですけども、新しい価値観を私たちもお伝えしていきたいと思っています。
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次回の更新は、10月12日(水)。若手料理人が集まるオンラインサロン「料理人2.0」に参加する料理人たちが、産地をまわり、出会った生産者の食材で1日限りのレストランを開くポップアップイベントを茨城県で開催。その様子を密着レポートする予定です。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae