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関澤波留人さん|「羊県茨城計画」を実現させて羊の普及と地域活性をつなげたい

麻布十番にあるジンギスカン専門店「羊SUNRISE」は、予約が取れない人気店として知られ、神楽坂や西麻布に系列店を持ちます。この店のオーナーの関澤波留人さんは、茨城県土浦市の出身。羊と茨城県を愛する飲食人です。

これまでのジンギスカンといえば、多くの人がイメージするようにラムやマトンといった硬い羊肉を焼いて濃いめのタレにつけて食べるものでした。しかし流通や保存方法が進んだ現代では、羊肉のクオリティが上がり、濃い味のタレでは羊本来の味わいを消してしまうことになり、ジンギスカン自体のアップデートが必要になってきていました。

そこに現れたのが、関澤さん率いる羊SUNRISEでした。

北海道を中心に生産者から取り寄せた国産の羊肉のほか、オーストラリアなどの外国産のプレミアムな羊肉を加え、さらに羊肉の産地や部位ごとに焼き方や食べ方を変えて提供する方法は、従来のジンギスカンの価値観を刷新する業態として食通を中心に支持を集めたのです。

昭和文化が香る旧態依然としたジンギスカンから現代が求めるジンギスカンへ。そのオルタナティブな価値変換は成功し、羊SUNRISEは食通に知られる人気店になります。

2000年代にジンギスカン・ブームが起きましたが、すぐに終わってしまいました。ブームに便乗して粗悪な羊肉を使った店が増えたことで『臭い・硬い』というマイナスのイメージだけが残ってしまったんです。2010年代になって再びラム肉が注目されてきていますが、前回のようにブームで終わらせたくない。羊肉を文化にしていくためにも、羊SUNRISEではお互いに理解しあった羊飼い(生産者)から肉を買って、丁寧に提供するスタイルで『羊肉の本当のおいしさ』を伝えたいと思っているんです

羊SUNRISEの神楽坂店でジンギスカン鍋に向かう関澤さん。

ジンギスカン店で成功しても
茨城県から通い続ける

そんな強い決意を胸に、羊肉普及のために全国を飛び回りながら店を展開してきた関澤さん。高級路線で都内でも高級店が多い街に店舗展開していることもあって一見「派手」な印象がありますが、じつはオープンから5年以上経ってもなお、茨城県の自宅から都内に通い、夜は深夜バスを使って帰宅をしながら日々店に立ち続けています。

最近、土浦からつくばに引っ越しまして。東京からは少し遠くなったんですが、子どもが大きくなったこともあって、これからの生活を見据えての転居でした」と地元・茨城から離れるつもりはなさそうです。

もともとは建築関係の会社員だった関澤さんは、会社員時代に茨城県の自宅近くにできたジンギスカン店を訪れたことがきっかけでジンギスカンに出会いました。ちょうど、前述の2000年代ジンギスカン・ブームの頃です。

ブームが終わってしまうと、ジンギスカン店はどんどんなくなっていって。自分でも行ってみたいという店がなくなってしまったんです。それなら自分で行ってみたいジンギスカン店を始めてみようと思ったんです」と、32歳の時に妻を説得して脱サラ。未経験ながら飲食業界に飛び込みました。

その後、ジンギスカンの名店「札幌成吉思汗 しろくま 札幌本店」などで修業し、国内の緬羊牧場やオーストラリアの牧場も視察した後、麻布十番に羊SUNRISEをオープンして独立したのです。

ジンギスカンに魅せられて、羊肉が大好きになりました。それにはいくつかの理由があります。もちろん『おいしい』というのは一番ですが、羊自体が紀元前8000から前6000年ごろに西アジアで家畜化され、肉だけでなく乳や毛、皮が利用され続けてきた‟世界最古の家畜”でもあるんです。さらに羊肉は宗教的な禁忌のない食肉ということもあって、世界中の人が食べるから羊料理は国の数だけあるといえるほど多い。そういった文化的な面でみても魅力的な生き物なんです。それが日本ではどうかと思うと、羊肉はほとんど食卓に上らないし、選択肢に入らない。日本人の年間のラム肉の個人消費量は200g。日本最大のラム肉輸入国の一つオーストラリアでは、年間およそ
8㎏のラム肉を食べていることを考えると、ほとんど食べられていないといっていいと思います

奥行きのある生き物である「」の魅力にどっぷりとつかった関澤さんは、人生を捧げるように普及のための活動を続けているのです。

月齢や産地、部位がことなる羊肉を食べ比べられるのが羊SUNRISEの魅力だ。
羊SUNRISEには、茨城の郷土料理も。土浦の老舗「柴沼醤油醸造」のあわ漬け。

羊SUNRISEだけでは限界がある
地元・茨城県と一緒になって盛り上げたい

公益社団法人畜産技術協会によると、茨城県の羊飼養は18戸169頭(2017年)とわずかです(参考:全国1位の北海道は202戸9354頭)。しかし、茨城県と羊の関係性には意外な歴史があったのです。

じつは、茨城県と羊の関係は深いんです。第一次世界大戦(1914~18年)の影響で羊毛の輸入が困難になって、軍事目的で国内生産を奨励する政策として日本政府が『綿羊百万頭計画』を打ち出しています。これによって5つの種羊場が大正7年(1918)に開設されました。北海道の滝川と月寒、熊本、兵庫の北条とともに、茨城県の友部に国立種羊場があったんですよ

現在の笠間市平町にある笠間中央公園から茨城県立こころの医療センター一帯が国立種羊場の跡地で、ここに大正11年(1922)には1200頭ほどが飼育されていました。しかし、第一次世界大戦後の長引く不況によって綿羊百万頭計画は縮小。国立友部種羊場は、茨城県に払い下げられ大正18年(1929)から茨城県種畜産場(後に茨城県畜産試験場と改称)として牧場は使われるようになります。

わずか数年でなくなってしまった国立友部種羊場ですが、茨城県と羊の関係を結ぶストーリーとしては十分。関澤さんは羊と茨城県をつないだ「羊県茨城計画」を自ら構想して、羊牧場の開場を含めて地元・茨城県を羊で盛り上げようと勢力的に活動をしています。

そのひとつが、つくば研究学園都市に2020年にオープンしたプロデュース店でラム肉を使った火鍋専門店「HOTPOT羊SUNRISE」です。

HOTPOT羊SUNRISE

都心からアクセスがよく、東京に職場を持つ食の感度の高い人たちが多いつくば市だからこそ、あえてラム肉の火鍋専門店を出店したという関澤さん。コロナ禍で生活様式が大きく変わることを実感したことや、より未来を見据えた羊普及のビジョンによるものだったといいます。

羊の普及を目指してオープンから店内外で活動をしてきました。それなりに貢献できていると思っているのですが、実際にラムの年間の消費量が増えているわけでもないのが実情です。さらにコロナ禍になって飲食店にとっては辛い状況になったなかで、羊の普及を麻布十番と神楽坂の羊SUNRISEだけでやっていくのは無理だと感じたんです。本当に羊の普及を目指すなら、羊業界以外を巻き込んでいかないといけない。そう考えたときに、僕の地元である茨城県の力をお借りしたいと思ったんです

羊と魚で「鮮」茨城県の酒や食材もふんだんに

2021年12月22日、に東京・渋谷のダイニング「D'sD」で開かれたポップアップイベント「SHEEP & SEA FOODS」も関澤さんが目指す羊県茨城計画の一つです

国内外の羊肉に、牡蠣や鰆、ハマグリなどの魚介を合わせた意外な料理に、茨城県大洗町の酒蔵「月の井酒造店」や、つくば市のワインインポーター「ヴィナイオータ」のお酒を合わせる意欲的な企画でした。

料理は、関澤波留人さんと東京・田町のラグジュアリーホテル「プルマン」総料理長の福田浩二さんが結成した食のユニット「SHEEP FREAKS」が担当。「牡蠣とマトンのユッケ」や「マダコと羊のハツのタルタル 柚子羊乳クリーム」など、意外な組み合わせの料理が次々に出されます。

北海道千歳産の月齢69カ月と高齢のテクセル種マトン(成羊)をユッケにし、
北海道の昆布森牡蠣と合わせた「牡蠣とマトンのユッケ」
北海道せたな町にある小野めん羊牧場の月齢9カ月のサフォーク種ラム(子羊)のハツを
宮城県気仙沼産のマダコに合わせた「マダコと羊のハツのタルタル 柚子羊乳クリーム」。
左からSHEEP FREAKSの福田さん、関澤さん、月の井酒造店の坂本さん。

『羊』の字は、いろいろな漢字に使われているんですよ。たとえば『美しい』は羊へんに大、つまり大きな羊からできた漢字だったり。羊がたくさんあつまっているから『群』だったり。そのなかでも生の意味をもつ『鮮』は魚と羊を合わせた漢字であることをヒントにイベントを考えてみたんです」とSHEEP FREAKSの関澤さんは、イベントの趣旨を説明します。

斬新でクリエイティブな料理に合わせるのは、関澤さんの故郷である茨城県の酒。こちらも「」のテーマに合わせて、1865年(慶応元)創業の歴史をもつ月の井酒造店からは生酛造りの「和の月」や、この日ホスト側で参加した8代蔵元・坂本直彦さんがイベント当日に搾ってきたばかりという新酒で、純米無濾過生原酒の「月の井」を。

つくば市でイタリアを中心にしたワインや食材を輸入し、都内の飲食店から熱烈な支持を受けるヴィナイオータからは、ナチュール(自然派)ワインがセレクトされて、魚と羊の料理にペアリングされました。

とくに印象的だったのは「羊の炙りレバー 柴沼醤油のあわ漬け 紅芯大根と蓮根」に月の井酒造の純米無濾過生原酒「月の井」を合わせた料理です。

羊の炙りレバー 柴沼醤油のあわ漬け 紅芯大根と蓮根

小野めん羊牧場の月齢9カ月のサフォーク種ラムのレバーに合わせたのは、茨城県土浦市にある1688(元禄元)年創業の柴沼醤油醸造のあわ漬けの素で漬けたあわ漬け。あわ漬けとは、醤油を火入れする際に出る「あわ」をすくい菜などを漬け込んだ漬け物で、千葉県野田市や銚子市と並んで醤油醸造の「関東三大銘柄地」と呼ばれた醤油醸造地・土浦ならではの郷土料理です。

100年以上前の諸味用木桶を使った醤油を造ることで知られる柴沼醤油醸造は、じつは、関澤さんが生まれた家のすぐ近くにあったそう。18代当主である柴沼秀篤さんとも歳が近く、羊SUNRISEのジンギスカンのタレのベースに柴沼さんの醤油を使っています。

土浦市の野口蓮根の蓮根のあわ漬け、醤油らしいきりっとした風味と奥深いうま味が野菜の味わいを引き出しています。これに茨城県唯一の酒米(酒造専用の米)「ひたち錦」を使用している(精米歩合65%)純米無濾過生原酒「月の井」を合わせて食べると、茨城県のテロワールが見事に表現されたかのような、きれいでうま味のある味わいが口の中に広がります。

その後も、ラムラック3本を針金で繋いで王冠のようにして焼き上げるBBQ料理でSHEEP FREAKSのシグニチャーといえる「シープクラウン」などが出され、羊肉と魚介、そして茨城の食材や日本酒をふんだんに使ったイベントは、盛況のうちに閉幕をしました。

「シープクラウン」は、イギリスの謝肉祭料理がモチーフになっている。

羊×サウナ×キャンプ×茨城=?
関澤さんの羊県茨城計画

月の井酒造店や柴沼醤油醸造所とのコラボレーションなど以外にも、羊肉を普及させるには流通の整備をする必要も感じており、茨城県内に羊肉加工場の建設も視野に入れていると関澤さんはいいます。

さらに店のお客様や飲食店仲間を茨城に来てもらってアテンドすることも個人的にやっています。先日は、つくば・土浦ツアーでヴィナイオータさんや柴沼さんのところにお連れして、夜は土浦の『茨城旬菜 イタリア食堂Hisa』さんで食事をしても、列車で都内に帰れます。サウナも大好きなので、筑波山を見ながらテントサウナを楽しんでもらったりするツアーも好評でした

茨城県の人は保守的なところがある」と関澤さん。自分たちで発信することをあまりしてこなかったこともあり、魅力が知られていないのは「もったいない」ともいいます。

まだまだ知られていない場所や人の多い茨城県だからこそ、来た方々はみんな『茨城ってすごいね』といってくださいます。自信をもっていいと思うんです

じつは、茨城県はキャンプ場の数が日本一で、県内に160カ所以上あります。ジンギスカンやキャンプ料理に羊肉はぴったりで、羊SUNRISEとしてのビジネスチャンスを感じていると関澤さん。その逆で、全国的にしられるサウナがないことから「キャンプ×サウナ」という組み合わせで茨城県を盛り上げていこうと計画中。県内に羊SUNRISEのキャンプ場を作ろうと奔走中だといいます。

つくばエクスプレスを使えば、都内から40分もあればつくばに着きます。それがかえって『滞在する県』というイメージが薄く、旅行客を呼び込みづらいという弱点がありました。しかし、逆に言えば都内から40分で自然豊かな場所に来れるということでもあります。コロナ禍で身近な旅の魅力が再発見されたこともあって、近場で非日常を体験できる茨城県はすごく可能性があると思っています

茨城県は食材の宝庫でもあることも、後押しになっていると関澤さん。茨城県は、日本のちょうど中心に位置し、海も山も、里も湖もある多様性のある風土に特徴があり、それによって農作物や畜産物、水産物、すべてが豊富だといいます。

8世紀前半に編纂された日本最古の地誌の一つである『常陸国風土記』にも「それ常陸の国は、堺は是広大く、地も亦緬邈はろかにして、土壌も沃墳え、原野も肥衍えて、墾発く処なり。海山の利ありて、人々自得に、家々足饒へり」と、茨城県の土地の豊かさを大いに讃えています。

温暖な気候と寒冷な気候が交わる場所で、食材がおいしいのはもちろん、『あわ漬け』のようにまだまだ知られていない郷土料理もかなり多いです。羊県茨城計画でそういったものにも光を当てていきたいですね

壮大な関澤さんの「羊県茨城計画」から目が離せません。

関澤さん(中央)、月の井酒造店の坂本さん(左)、柴沼醤油醸造の柴沼さん(右)と。

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次回の更新は、1月26日(水)。栗に寄生するクリシギゾウムシを使ったデザートを考案した浅草橋「ANTCICADA」に、メニュー開発秘話などを聞きました。

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Masaru Sato

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茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チーム
Tel:03-5492-5411(担当:澤幡・大町)

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