森枝 幹さん|湖食文化が途絶える寸前の今、霞ケ浦で料理人ができること
食のメディア「料理通信」の企画で、2020年秋に茨城県の産地を巡ったモダンタイ料理店「チョンプー」(東京・渋谷)のプロデューサー、シェフの森枝幹さん。歴史や文化を大切にし、つねに現代の視点をもって手法を見直して、食文化をアップデートし続ける気鋭のシェフには、メディアや自治体、企業からのオファーが殺到しています。
時代をリードするシェフに産地としての茨城県は、どう映ったのか? シェフと生産者、そして茨城県を含めた地方自治体の理想的な関係とはどんなことか? 料理通信が主催する茨城県のオンライン料理教室の現場に「シェフと茨城」のディレクター、藤田愛がお邪魔し森枝さんに聞きました。
霞ケ浦のアミエビに”ぞっこん”
――茨城県と森枝シェフって、イメージがあまり繋がらないように思うのですが、なぜ今回の茨城県の産地視察のお仕事をお受けになったんですか?(藤田、以下同)
そうなんですよ。茨城県とは縁がなさすぎて、自分でいいんですか?という話をしたくらいなんです(笑)。
茨城県の近隣で言えば、福島県は今ホテルのプロデュースをしていたり、群馬県には仲のいい農家さんがいたり、それなりに繋がっているんですけどね。ロック・イン・ジャパン・フェスティバル(ひたちなか市)に行くくらいで。
もちろん、霞ケ浦はあるなとか、大洗にアンコウがあることくらいは知っていますよ。けど、それくらいしか茨城県に対する前情報をほとんどもっていなかったというのも事実です。
それでも、縁がなかったからこそ、お誘いいただく機会がないとこの先も行かないだろうな、と思ったのでお受けしました。
photograph by Hemi Cho, Kosuke Kanno/
Web料理通信「The Cuisine Press」
――実際に行かれてみて、どう感じましたか?
いい生産者さんをまわらせていただいた、というのが正直な感想です。特に、連れて行っていただいた霞ケ浦に、今”ぞっこん”なんです(笑)。
歴史上、ほとんどの文明は、川や湖の近くに栄えてますよね。そこには文明が起こる理由がある。そう思うと、都内で一番近くにある霞ケ浦やそれを含む利根川水系って、湖魚や川魚など自然なものが豊富だなぁと思います。レンコンなんかもそうですよね、どこの地域にも真似できない場所だと思います。
でも今は、外来種の増加による生態系の変化や、都市化・湖岸開発の影響で、湖魚や川魚が獲れなくなってきています。
産地視察から帰ってからも霞ケ浦のシラウオ漁を見させてもらいに行ったんです。そのときに、シラウオと一緒に小さい生き物が網のなかにたくさん揚がってきていたんです。「これは何?」と聞いたら、アミエビだって教えてくれて。
これをどうするのか聞いたら、佃煮くらいにしか有効活用できていないようだったんですね。
タイには、カピというエビを塩漬けにした発酵調味料があるんですけど、そういえば日本にありそうでなかったなぁと思って。台湾には沙茶醤(中国では沙茶)という干しエビを使った調味料もあるし。日本にも伝来してよかったものなのに何でだろう、って考えていたら、それならアミエビで発酵調味料作っちゃおうと思ったんです。
日本にもカピは食材屋さんで売っているんですけど、それって大量生産されたもので、味に個性がなかったりするので、国産の素材で個性があるものを作って売り先を見つけられたら、広がっていくんじゃないか。
漁師さんと最低の値段を決めて、売り上げを守る仕組みを作っておいて、PRは自分たちでやって、みたいなことを考えていると、結構いけるんじゃないかなって思っています。
――すでにエビ味噌の試作もされているそうですね。
「チョンプー」では、もう新しくメニューにもなってますよ。「カピごはん」っていって、エビ味噌でチャーハンみたいのを作って、サイドに添えたキュウリとタマネギ、卵焼きなどを混ぜて食べるんです。
それこそ、霞ケ浦のまわりで獲れた野菜とかを適当に切って使って、霞ケ浦名物になってもおもしろいですよね。霞ケ浦自体が、僕たちの食材の基地になりそうで、今からワクワクしています。
――私も、多くのシェフを茨城県にお連れするんですけど、霞ケ浦に興味をもつシェフが多いんですよ。茨城県出身の私としても発見でした。
唐澤さんを案内してくださった茨城県はすごい
――森枝シェフは、自治体や企業との仕事を多くされていますが、茨城県とのお仕事ではどんなことを感じましたか?
茨城県のご案内だというのに、唐澤(秀)さん(「鹿島パラダイス」代表)が入っていたのは驚きましたよ。自然農法を実践するなかで、きれいな水を求めて鹿嶋の土地を選んでこられた方。かなり尖った方なので、一番自治体らしくないというか(笑)。
県という大きな単位では、いろいろなバランスを考えなければいけないですし、まだまだ村社会みたいなところもありますよね。「なんであそこは紹介して、うちには来ないんだ」みたいなことが起きるから、どうしても「なよっとしている」ものを紹介されることが多いです。
やっぱり料理人が使いたいものと、一般の流通にのせて売っていくものとは、根本的に視座が違うので、シェフがおもしろいと思うものを紹介してもらえたのは嬉しかったですよね。料理人はマスにのっかって、たくさん売れる食材を使いたいわけではないですからね。
たとえば、一般的に高級とされているサシが多い肉とか、いまの人々が好むものではあるとは思いますが、10年後もその価値のままかと思うと、それは違うかなと個人的には思っています。少なくとも、10年後もサシの入ったお肉が嗜好されているような未来に僕はいない。だから、僕がそういうものを奨励するのとはちょっと違うかなと思っています。
あ、そうだ、唐澤さんのところ(鹿嶋市)には、以前紹介していただいて行ったこともあったから、この前の産地視察が茨城に食材を見に行った初めてではなかったですね。それくらい僕は、人に会いに行っていて、あまりエリアを目指して食材を見に行くことはないわけです(笑)。
そういう意味では、茨城県は水なイメージかもしれないですよね。唐澤さんも水だし、霞ケ浦も水、お酒も日本酒もそういえば、水だったなぁ。
――産地に行くこと自体は、プラスになりますか?
その場所のことをより深く見れたのは良かったですね。季節の変化を聞いたり、これからのビジネスのことを聞けるので、僕なんかは、そこに関わることができたらいいなという思いは生まれました。
得意な食材ではなくて、困ってる食材を知りたい
――森枝シェフが出会って霞ケ浦のアミエビのようなものって、実際のところはツアーとかでは見つからなくって、その後になって生産者さんとシェフの間でやり取りをしているなかから見つかるものが多いですよね。そう考えると、シェフと生産者さんとの関係性がすごく大事なように思います。
そうですね。生産者さんと料理人は友だちでいいんじゃないかな。使わせてくださいとか、使ってくださいというのも、なんか気持ち悪い。ため口でいいんですよ。「この前おいしくなかったよ」とか「今回の超おいしかったよ」といえるような間柄がいい。
――シェフが自治体主導の企画で産地を巡る企画に参加するとして、どんなことを求めますか?
「これたくさん獲れるんだけど、うまく使えてないな」みたいなもの。そういうのって、牛豚のモツみたいのがよくあがって、再利用されることが多いけど、けっきょく地方の定番B級グルメになるだけで、僕としてはそうじゃないものをうまく作り上げていかないといけないと思いますね。
そういう意味では、弱いとこ見せるというか、困っていることをシェフに相談してくれたらいいんじゃないですか。
これたくさん獲れるんですけど、地元の人もめんどくさがって何もしてくれないから、「困ったプロジェクト」やろうよみたいな感じでいいんじゃないでしょうか。そういう方が、みんながうれしくなりますよね。
得意なもの、自信のあるものを見せてもらっても、すでに充分知っているから、以前より良いことがわかった、という心の変化しかうまれないんです。
もちろん、コロナ禍で売り先がなくなったメロンとかどうすればいいかとかは考えますけど、それととはちょっと意味が違いますよね。解決するのに必要なのは短期的なプロジェクトですからね。
―――その気持ちって好奇心ですか、使命感ですか?
おもしろそうだからじゃないですか。それと、歴史的に見ても必然性がある。アミエビみたいにあまり利用されていないものがあったら、自分ならおいしいものを作れるという、閃きがあってやる方が必然性が高いですよね。
あとは、「さぁやろう!」っていって始まるのはなかなか続かないんですよね。1回キリになるのは僕は嫌なんです。
その場しのぎでカルチャーにならないようなことを、人気取りだけが目的でいろんなところに負荷をかけてやるようなことは、僕は続かないと思っている。それを続けるためにどうするか、未来に体系づくるためにどうするかということを僕は考えていきたい。
体系づけられないものを、アートというような実体のないものに仕立てて一瞬だけ輝かせて消費していくようなことに僕は、もう辟易しているので、残る意味あるものを何個か残すことだけでいい。僕は思っています。
その中に自分の名前が残らなくたっていいんです、意味があることをしたいって思ってます。
実力がいくらあっても傲慢な人と仕事をしたくない
――生産者さんと継続してコミュニケーションとれるかどうかって、どこの差になると思いますか?
作っている人、届けようとしている人、純粋にその食材を広げたいと思っているかだと思いますよ。”そう思っているように見せている人”ってのは、みんな見抜いているものなんですよ。そういう人には、人がついてこない。
プロダクトを売るために、利益やハウツーはいいけど、それってたいていは大したものではないんです。その方法を横にずらして同じようなものが作れるんだったら、それはブランドにならないですよね。
今の時代だったらオープンソース化した方が、たくさんの人に利用してもらえる価値あるものになるのに、それもしないで守っているというのは、自分で自分の首を絞めていよなことだよな、と僕は思うんです。
それって、僕だけじゃないと思いますよ。だって、実力がいくらあっても傲慢な人と仕事をしたいかどうかってことじゃないですか。この人とだったらお願いしたいなという方と一緒にやりたいですよね。結局は、人同士の繋がりだと思います。もちろん自分自身もそうならないように気をつけています。
――食材を日々探し続けているシェフにとって、自治体に求めることって何でしょうか? それともいらないなんてこともありますか?
6次産業のチャレンジを応援してくださることですかね。必要とされるものをしっかりつくる。これがブランドが本質的にやろうとしていることだと思うのですが、それをしっかり理解した上で、応援してほしいですよね。
あとは、料理人や企業と生産者さんの繋がりをデータベースで管理してほしいですね。この地域なら変な生産者さんいるよとか、どこで、誰が、何を、どう作っているのかを把握していてくれたら、食材を探す際に「森枝が行っている農家さんなら、行ってみよう」みたいに参考になると思います。しかもクローズドな感じがいいな。オープンにしていると、すぐに荒れちゃうので(笑)。
――実は、データベース化は茨城県が進めている部分なんですよ。ぜひ森枝シェフに使っていただけるようなものになるようにしますね。今日はお忙しい中ありがとうございました!
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2月14日に開催され、森枝さんが講師を務めた茨城県オンライン料理教室「森枝幹シェフのオンライン料理教室”茨城の冬の味覚で愉しむ、ごちそうレシピ”」では、県の食材をふんだんに使った料理を披露しました。
ハマグリとシラウオ、白菜のタイ風蒸し煮
photograph by Kouichi Takizawa/Web料理通信「The Cuisine Press」
低温調理の豚肉とワカサギのペースト
photograph by Kouichi Takizawa/Web料理通信「The Cuisine Press」
干し豚肉
photograph by Kouichi Takizawa/Web料理通信「The Cuisine Press」
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CHOMPOO(チョンプー)
東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷PARCO4F
☎03-6455-0396
営業時間:11:30~20:00
※都の要請により営業時間が変更になる可能性があります。
定休日:月曜日
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次回の更新は、3月上旬。モダンアメリカン料理「The Burn」のシェフで、ヴィーガン料理を得意とする米澤文雄シェフに、茨城県の野菜の魅力を語っていただきます。どうぞお楽しみに!
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Edit & Text by Ichiro Erokumae
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