プロの僕たちでも誤解していた「食材の旬」
茨城県鉾田市は、東は太平洋、北は涸沼、南は北浦に囲まれ、1年を通して温暖な気候から農業環境に恵まれています。関東平野を広く覆う火山灰起源関東ローム層のなかでも標高30mから40mほどの鹿島台地の北端に位置し、「温暖な気候」と「水はけの良い土地」という恵まれた環境もあって、トマトや水菜、カンショ(サツマイモ)などの多種多様な農産物が栽培される全国的に知られる生産地です。
なかでもフルーツ栽培は鉾田市の気候風土と相性がよく、23年連続でメロンの生産量日本一をとりつづけている茨城県の主要産地の一つでもあります。そんな食材の街・鉾田に、都内で活躍する人気パティシエ・パティシエール4人が5月18日に訪問。鉾田市のイチゴ農家で「村田農園」を営む村田和寿さんのアテンドで、フルーツの味はもちろんのこと、栽培技術や事業展開など「鉾田の匠」と呼べる卓越した生産者のもとを訪ねました。
スイカの旬はもう始まっていた|高島農園
最初に訪れたのは、大玉スイカをメインに、小玉スイカも栽培している高島農園です。年間で大玉・小玉をあわせて1.5万個以上を出荷するスイカ一筋の農家です。
熱帯アフリカの原産で、ウリ科の一年草であるスイカは、12月から種を蒔いて苗を作り、3月に苗をビニールハウス内の畑に移してから(定植)、開花・受粉を経て結実。受粉からおよそ55日で完熟して出荷します。
「1つの蔓から、大玉なら1個、小玉なら2個のスイカを生らせます。ちょうど5月中旬から収穫の最盛期が始まるんですよ」というのは、高島農園の髙島修一さんです。
高島農園が栽培する大玉スイカの品種は「貴ひかり」で、締まりのある身質で、シャリシャリとしたスイカらしい食感をもちながら、水分が豊富でジューシーさがあるのが特徴です。小玉スイカは、黄色いスイカの「黄美姫」と赤いスイカの「あんみつ姫」を栽培しています。大玉に比べて完熟して収穫する時期がやや遅く7月頃までおいしく食べられるといいます。
スイカを栽培しているハウスを見学したあと、髙島さんのご厚意で3種類のスイカを試食させてもらいます。
お盆や夏休みのイメージが強い大玉スイカが関東では、5月に旬を迎えていることに4人はとくに驚いた様子。スイカの栽培方法も初めて知ったことが多かったそうだ。
「関東での大玉のスイカのシーズンは5月から7月までというのは、知りませんでした。スイカのデザートをお店で作ったこともあったのですが、思い返してみると出していたのは8月。関東の農家の方から見たら、『旬がずれているよ』と思われていたのかもしれないですね。お店でも旬に合わせて出すようにして、お客さまにも“スイカの旬”についてお伝えしていきたいです」(大澤さん)
知らなかったメロンの魅力を体験|山一ファーム
「ザザー、ザザー」と東から吹く風に運ばれて、冷水海岸に寄せる鹿島灘の波の音が聞こえてきます。茨城県を代表するフルーツであるメロンを栽培する山一ファームでは、アンデスメロンやクインシーメロン、茨城県のオリジナル品種であるイバラキングを育てています。代表の石田和徳さんは。村田さんも尊敬する「メロン名人」です。
農園がある旧旭村地区のJA茨城旭村では、2004年から画期的な光センサー選果によるメロンの糖度測定を行っています。それによって糖度13度以上を優品、14度以上を秀品、16度以上が特秀に分けられるなかで、山一ファームでは、秀品以上になる確率が80%超えを誇る、メロン名人です。
メロンは12月から栽培の準備が始まり、3月頃から苗を作り、春にビニールハウス内に定植させます。品種にもよりますが交配から50日から60日ほどで収穫します。
訪れた時期はちょうどクインシーメロンとアンデスメロンの出荷時期。一番おいしい時期のメロンを試食します。
「メロンは、10日以上追熟するという人もいるけど、私たち農家からすると収穫しても数日で食べるのがいいと思ってるから、今日はそれで食べてみて」と、石田さんの妻かおりさん。実際にメロンを割ってみても、果汁は溢れずしっかりと果肉にとどまっています。「ドリップ(果汁)が出てこない方がいいと思うの、食べてみて」とかおりさんは、4人に勧めます。
「ええ、おいしい。今まで食べていたのってなんだったんだろう。追熟をほとんどさせない食べ方もおいしいから、知らない人も教えてあげたい!」と、堀尾さん。生産者だからこそ知るおいしさを店でも伝えてみたいといいます。
「メロンは実は栽培が難しいからみんな辞めていっちゃう。つまり今残っているのは、栽培がうまい人。そのなかでも石田さんは、とくに作るのがうまい」と村田さんは「匠」の理由を説明してくれます。
村田さんがいうように、メロンは、温度管理とともに水分管理が重要で、フルーツのなかでも栽培するのが難しい作物の一つです。 換気や排水についてもつねに目をかけていなければなりません。
「午前は西から風が吹いてきて、午後になると海から冷たい風が吹いてくる。それによって湿度も気温も変わるから、その度にビニールハウスに行って窓を開閉して温度や湿度を調整しないといけない。3月に定植してから完熟するまで、4カ月くらいはどこにもでかけることができないんですよ」と石田さん。妻のかおりさんも「お昼を食べていても、ちょっと天候が変わったらすぐにハウスに出かけていくから、『たまには映画を観に行こう』なんてこともできません」と、二人はまるで子育てを楽しんでいるかのように笑って話してくれます。
「でも、今年は春先からの長雨でネット(編み目)が、きれいに出にくくなっているです。メロン農家にとっては大変なんです」と高い秀品率で高い技術をもつ石田さんにとっても、今年は苦労の多い年だといいます。
そもそもアンデスメロンに代表されるような外皮の表面にできる網目状の「ネット」を美しく出すのは高い技術がいります。
というのもネットは、メロンの果実が大きくなっていく過程で表面にひび割れができ、それがメロン自身の力で塞ごうとすることで生まれます。これは、実ができてから2週間程度で見られるようになりますが、この時の水の管理がとても重要で、多くなりすぎるとふさがらないほど大きなヒビが入ってしまい市場価値がなくなってしまいます。
「こればっかりは、気候に左右されるんですよ。ネットが出始めたころにすぐに傷がついてしまって売り物にならないとわかっていてもあと40日以上そだてなければいけなかったり、あと数十日で収穫だと思っても、急に大雨が降ってしまったら一気に傷物になってしまう。半年以上かけて苦労してきたことが、たった数日でパアァになってしまうこともあります。見た目だけなんで、味は傷がないものと変わらないんですけどね」と石田さんは寂しそうに話します。
「もちろん、石田さんのメロンは高品質なので贈答品として素晴らしい価値があると思います。一方で私たちのようにレストランで出す場合は、フルーツをそのまま出すのではなくて、手を加えることが多いので傷がついていてもまったく問題ないんですよ。だからもし傷のメロンがたくさんできたら声をかけてください。買いにきますから!」と室岡さん。上妻さんも「今は、大変な職業である農家さんを応援したいという人も多いので、ネーミングをうまくつけたら、価値がきちんとできるかもしれません」と、商品開発者らしい視点でアイディアを出します。
石田さんが昨年から栽培を始めたイバラキングは、じつはとくに栽培が難しい品種でもあります。そのため石田さんほどの名手でもなかなか導入に踏み出せずにいたそうです。初挑戦で比較的うまくできて「何とかできそうだ」と安どしていたといいますが、一転、今年はとくに生育時の天候が悪くて、傷物が多くなってしまったそうです。
もちろん、1つでも多くのメロンが無事に育ち、高い価値で市場に出ることが何よりです。しかし、今年のように天候のせいで石田さんだけでなく、多くのメロン農家が苦しむような年もあります。そんなときに、もしロスになってしまうようなメロンができたとしても、レストランなどで使うことができれば、石田さんたちにとってきっと心強いはずです。
元気なあいさつと整頓された園内|村田農園
「村田さん家のいちご」の愛称で親しまれ、都内の高級フルーツ店「銀座千疋屋」や、都内の高級ホテル、さらには西洋料理店や日本料理店でも取り扱われているイチゴを育てる村田農園は、鉾田市を代表する農家です。
今回産地巡りの案内役として鉾田の匠たちを紹介してくれた村田和寿さんも、間違いなく「鉾田の匠」の一人です。
大澤さんも日比谷の「Restaurant TOYO Tokyo」で村田さんのイチゴをすでに使っていますし、室岡さんは「薫 HIROO」の前に在籍していた系列店の「WAJO」時代から村田さんのイチゴを使っていただけでなく、2021年1月にすでに村田農園を訪れていました。
村田さんのイチゴ栽培の基本は土づくりです。養豚が盛んな鉾田の特徴を活かし、近隣の橋本畜産から豚糞をわけてもらい、キノコ栽培で使う菌床や米糠、籾殻といったものを混ぜて村田農園独自の堆肥をもとに土づくりを行っています。
さらに村田さんが育てるイチゴの品種は「とちおとめ」ですが、そのなかからより原種に近い株を選抜してとちおとめ本来の味わいを残し続けようとしたり、プロパンガスを使ってハウス内の二酸化炭素(CO₂)量の調整を増やして光合成を促すステムや、魚粉や昆布、コラーゲンなどを溶かした栄養分たっぷりの水溶液をかん水チューブを使って散布したりと、鉾田の地で試行錯誤をしながら確立したイチゴの栽培方法を学びます。
「栽培方法なども勉強になりますが、前回来た時と同じように今回も園内がとても整理されていてきれいなことがまず素晴らしいですよね。 スタッフの方々もたくさんいらっしゃいますが、みなさん元気に挨拶もしてくださる。チームとして同じ方向を向いていることは素晴らしいことですよね」と室岡さんは、再訪ならではの良さを教えてくれます。
農家のみなさんから受け取った気持ちを
必ずお客様に伝えたい
今日一日、鉾田をまわってみて、どうでしたか?
茨城県出身なのに、これまで地元の食材をあまり使ってきませんでした。今回、鉾田市だけでもこんなにおいしいものがあることを知って、知らなかったことを恥ずかしく感じました。また、アンデスメロンのおいしさが衝撃でした。パティシエ要らずで、そのまま食べるのが一番おいしいと思うほどで、これをさらにおいしくしなければ、自分たちがいる意味がないわけですからね。どんなことができるのかなと考えていきたいです。
私たちが知っている完熟してトロトロになったメロンは、石田さんたちからしたら「発酵してドリップが出てきている」もので、食べてほしいメロンではなかった!っというのは衝撃的な事実でしたよね。このことは、もっとみんなに伝えるべきだなぁと本当に思いました。それに、60日中の3日で決まる網目模様、その3日は取り返しのつかない大事な3日間ということは直接目で見て聞かないとわからないことでした。メロン一つひとつは愛情の塊なんですよね。
食材の旬を私たちも誤解していたことを知れたのはよかったですよね。今回、高島農園さんは初めてのスイカ農園さんへの訪問でしたが髙島さんの人柄も素敵で、説明もわかりやすくてとても勉強になりました。大玉のスイカは、私たちが思ってたよりおいしい時期が早くて、今まさに旬であることも分かりましたし、1つの実を収穫するのに2カ月から3カ月、苗の育成からも入れると半年以上もかかったり、一番生りが一番おいしいことなど知らなかったことが多く、勉強になりました。
僕がイメージしていた農業よりはるかにテクニカルな目線で生産することに向き合っていらっしゃることを知れてよかったです。とくに村田さんは、今やられていることすべてに理由があって、その解決をしっかり論理的にされていて感動しました。
村田さんの説明はすごくわかりやすかったですよね。農業をしていない、僕たちにも伝わる説明でした。何度も何度も考え続けて、それだけストイックにやってこられたのが感じれました。自分にとっても良いものを人に教えるときの伝え方も勉強になりました。
そういってもらえると、うれしいなぁ。
私にとって茨城県は、どちらかというと海産物のイメージが強かったですが、パティシエである私たちにとって身近なフルーツや野菜を作っている方々ももちろんいらして、その方たちがどんな思いで作っているのかを知れましたし、村田さんを中心に鉾田や茨城をもっと盛り上げていこうという気持ちが伝わってきました。みなさんから受け取った気持ちを、必ずお客様に伝えたいと思いました。
産地を訪れて知った情報をお客様にお話したり、実際に行って感じた農家さんの人柄やどのような風景で作られているかを話して、お客様が想像できるようにすると、お客様にとっての貴重性が高まりますよね。実は昨年、村田農園さんを訪れるまでは、産地を訪れたことがなかったんです。それは、こちらから視察したいと連絡するにも、どの農家さんが私の感覚に近いのか、レストランへも小売してくれるのか、視察されたくない、めんどくさいと思われる農家さんもいるかもしれないなど、いろいろなことを考えてしまって、どうやって探してアプローチをすればいいかもわからなかったんです。ですので、こうやってツアーで回れるのはとてもありがたいですよね。
パティスリーでの仕事は、大量生産になるので商品が安定して長期間入ってくることを重視したりするので、旬に対してレストランのシェフたちほど敏感ではないかもしれないですよね。なのであまり産地をまわったりすることは少ないのかもしれません。今回、1日かけてまわってみて、茨城県に限ったことではないとは思いますが、生産者さんの苦労などがしれてよかったですし、それによって自分自身今後の食材に向き合う意識も変わるので、いい体験ができたと思っています。
ただ村田さんのイチゴは、旬の時期に来て、畑で摘んで食べたかったですよね。
それは僕も思います。
シーズンの終わりとだというのに、香りも甘味もあって、おいしかったですから、一番おいしい時期になるとどうなるんだろう?
すごくおいしいですよ!
ぜひ来シーズンいらしてください。摘みたてを食べるだけでなく、キッチンもありますからデザートを作ってくださってもいいですよ。
それはすごくいいですね! ぜひ4人でイチゴづくしのイベントができたらおもしろそう。
やろう、やろう!
では、来年再びみなさんに会えるのを楽しみにしています!
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たった1日でしたが4人の交流も深まり、来シーズンの村田農園を舞台にしたコラボレーションイベントの予定まで決まってしまった今回の産地訪問。食材をよく知るプロにとっても、初めて知ることも多く、農家がかかえる苦労や課題などを知ることで、その解決方法をデザート作りで解決できないかを考える機会にもなりました。
これからのコラボイベントを含めてこれからの進展を「シェフと茨城」でも注目していきます。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae