レストランは農家と店のチーム戦。薄利多売を越えて茨城県産メロンの価値を高めることができる
東京・白金にある「Yama」は、異なる素材や食感のスイーツをひと皿に盛り付けて提供する、皿盛りデザート(アシェットデセール)コースのレストランです。
オーナーシェフでパティシエの勝俣孝一さんは、これまでにフランスやオーストラリアの有名レストランでパティシエとして腕を磨いてきました。Yamaでは、ゲストに出すタイミングや温度までをも緻密に計算し、パティスリーなどのケーキや焼き菓子とは違った、出来立てならではのレストランらしいデザートのおいしさを目指しています。
その可憐で繊細なひと皿を求め、全6席のカウンター席はいつも満席で、数カ月先まで予約が埋まる人気ぶりです。
「メロン×山椒」で新緑の爽やかさを表現
Yamaでは2カ月に一度、コース内容が変わります。2023年5月から6月は「マンゴーと季節のフルーツ」。全9品のうち、3品目に登場するのは茨城県産のメロンを使ったデザートです。
5月の爽やかな新緑をイメージしたというひと品は「メロンのスープと山椒のアイス」。美しいグリーンのグラデーションに目を奪われます。
角切りにしたメロンは、カボスの皮や果汁シロップでマリネに。一方ではメロンの印象をクリアにするため、果肉を丁寧に漉し、果汁をスープ仕立てにします。それぞれをよく冷やしたら、山椒の新芽で作ったアイスを添えて、仕上げに、ジューサーでよく攪拌させたメロンのソースをかけます。
「違いを感じていただくため、ソースをかけないものも食べてみてください」と勝俣さんにすすめられ、マリネしたメロンとスープ、山椒のアイスだけを食べてみると、メロンスープのみずみずしさがダイレクトに伝わります。さらに山椒の爽やかな香りが鼻に抜け、すがすがしさも感じます。
ここにメロンのソースをかけるとガラリと変化します。「メロンは、果汁があふれるようなジューシーさ、つまり水分の多さが最大の魅力です。これには、生クリームのような油脂は合いません。水と油の関係ですから。そのため、生クリームなどを使わず、ジューサーで空気をたっぷり含ませたクリーミーなソースの方が相性がいいんです」と勝俣さん。クリーミーで軽やかなソースが、フレッシュなスープのメロンのみずみずしさをふわっと包み込むことで、口のなかでメロンの豊かな余韻が長く続いていきます。
マリネ液に加えたカボスは、メロンがもつウリ特有の香りをやわらげるため。同じ柑橘類でもスダチでは、コショウのような風味がわずかに感じられるため「メロンの繊細な香りにはカボスの方が合います」と勝俣さんは説明します。
意外に思えるメロンと山椒の相性ですが、たとえばメロンとハーブを組み合わせるのは、勝俣さんが修業してきたフランスではポピュラーなことだと勝俣さんはいいます。
「新芽の山椒を和のハーブととらえれば、組み合わせはぐっと広がります。以前訪ねた和食店でスイカと山椒の和え物が出てきたのも面白く、影響を受けました。シンプルなのにすごくおいしかったので、きっと同じウリ科のメロンでも合うだろうと思ったんです」
メロンの甘みやみずみずしさを生かしつつ、ウリ類の青臭さをやわらげたデザート。「メロンは苦手だけどこのデザートなら食べられる」というゲストもいるといいます。
「メロンスープがクリアだからこそ、ソースのクリーミーさが引き立つんです。山椒をアクセントに、メロンの魅力を最大限に活かして作っています」
圧倒的な香り、たっぷりの果汁量
シェフも驚いた茨城県産のメロン
このデザート、以前は市場で購入した別の産地のメロンを使用していました。それが茨城県産のメロンに変わったのは、勝俣さんが2023年5月に訪れたメロン農家への視察がきっかけでした。
あまり知られていませんが、実は茨城県はメロン生産量日本一。さまざまな品種を育てているため、出荷時期は4月から10月頃までと比較的長く、品種リレーによってさまざまなメロンを楽しむことができます。
なかでも鉾田市は産出額全国1位。水かけや温度管理が難しいメロンですが、品質の高さでも評価されています。
近年、茨城県が特に力を入れているのが新品種の開発です。オリジナル品種の「イバラキング」は味や香りが良い高級アールス系メロンを片親に、10年以上をかけて開発に取り組んできました。上品な香りと甘さ、なめらかな口あたり、きめ細かくジューシーな果肉が魅力です。
勝俣さんは以前から全国各地を巡り、農家さんと直接契約をすることも多いそう。茨城県のメロン産地は、パティシエの目にどう映ったのでしょうか。
「鉾田市内の3つのメロン農家さんを訪ねましたが、皆さんからメロンへの愛を感じましたね。まるで我が子のように話をするんです(笑)。今まで訪ねた農家さんも、そういう方は熱量が高くて研究熱心。いい果物を作るんですよね」
今回、勝俣さんが試食した品種は「クインシー」「イバラキング」「優香」の3種類。なかでも勝俣さんの心を掴んだのは、ファームナガスで視察した市場になかなか出回らないという希少品種の「優香」でした。
「長洲(陽介)さんの優香は、香りに深みがあるように思いました。子どものころに好きだったメロンソーダのあの香り。それが化学的でなく自然の香りとしてあるようなイメージです」
視察では、赤肉のクインシーも佐伯さんからもらいました。水分量がたっぷりで、「まるで決壊寸前のダムを皮がギリギリのところで抑えているような印象」と勝俣さん。食べた時のインパクトも、後の余韻も良かったそうですが、新緑のイメージのデザートとしてはやや合わず、残念ながら赤肉のクインシーの使用は、見送っています。
畑からひらめきを得ることも
歓声が上がるおいしいひと皿を求めて
勝俣さんがメロンのデザートを考案したのは約2年ぶり。「新たに茨城メロンの魅力を知ったので、時期に合わせて今後積極的に取り入れていきたい」と意欲的です。実際に畑からインスピレーションを受け、コースに組み込むことも多いといいます。
「以前、沖縄でピーチパインを育てている農家さんに行ったんです。畑で食べさせてもらったら、Tシャツがびっしょりになるほど果汁が出てきて (笑)。これだ!って。口のなかでジュワーっと出ちゃうほどの果汁をお店でも再現したい、お客様にも驚いてもらえるようなデザートを作らなきゃなって。自分が実際に訪ねて感じたことが一番反映されるし、デザートを考える重要な源になっています」。そうして完成したのが、ピーチパインのブリュレ。表面をパリパリにカラメリゼすることで、あふれる果汁感を実現しています。
さらに勝俣さんは「僕の基準点はただおいしいか、おいしくないかじゃないんです。お客様から『わあっ』と歓声が上がるようなおいしいものを提供したい。そうじゃなければコースのなかに入れたくないんです」とも話します。
農家と店はチーム戦。視察では
「長い付き合いができるかどうか」を見る
そうした熱い想いをもっている勝俣さんが、農家さんを訪ねる際に見ているポイントは3つあるといいます。
「まずはスケール感。Yamaでは2カ月間コースを続けるので、規模が小さい農家さんだと対応しきれない場合があります。2つ目は清潔感ですね。畑まわりでも身なりでも、場をきれいにしている人は納品時に差が出ます。気にしていない人は虫食いが入っていることもありますから。そうした意識の違いは今後の取引にも影響が出ると思っています。最後は、僕の面倒くささを面白がってくれるかどうか(笑)。大きさの不揃いについては、あまり言いませんが、『先週送ってもらったのはちょっとしんどいっす』みたいに、物の良し悪しについてはズバズバ言ってしまう方なので、そこを理解して、面白いと思ってもらえるかということです」
一方で、本音が言い合える関係になれるよう、普段から農家さんとのコミュニケーションも大切にしています。店に招待して、その農家さんのフルーツで作ったデザートをふるまったり、それぞれ違う作物を育てる農家さんを一同に集めて酒席を開いたり。仲良くなれれば、これまで地元の人たちだけで消費してきたおいしい食材の情報にもたどり着けるかもしれません。2カ月間の取り引きだけにせず、長い付き合いをする。勝俣さんは、それを“農家と店はチーム戦”と例えます。
「熱量の高い農家さんなら、実際にどんな風に提供されるかを知ることで、例えば『もっと香りを出そう』『甘くなるように育ててみよう』などの気づきがあると思うんです。桃農家さんがマンゴー農家さんと話をすることで、新しい剪定方法を思いつくことがあるかもしれません。つながりを作ることで、結果的に僕のもとにおいしい食材が届くようになりますから」
最後に、茨城県産メロンの今後について率直な意見を聞いてみます。今後どのようにすれば、料理人の皆さんに茨城メロンの良さを知ってもらえるでしょうか。
「あくまで僕の立場から言わせてもらえば、必ずしも日本一を目指さなくていいのではないかと思います。本当はすごいメロンなのに、薄利多売ではもったいない気がするのです。たとえば野球界の大谷選手のような最高峰のスターを目指すのではなく、『打率3割・30本塁打・30盗塁』のトリプルスリーを毎年達成するような選手でも目立てます。それぞれのメロンの良さを見極めて、見合った売り先を絞り込む。茨城県産メロンの魅力が買い手の料理人に正しく伝われば、生産量日本一だけでなく、価値でも選ばれる高級ブランドへと成長していけるのではないでしょうか」
「例えば、手で皮がむけるようなメロンがあったら面白いですよね」など、その後も食材談義に華が咲いた取材でした。食への飽くなき探求心をもつ勝俣さんに、今後にも注目です。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Aya Takubo
Edit by Ichiro Erokumae
Photos by Masami Ohira,Megumi Fujita