生産者と料理人の幸運な出会いを生み出すことが茨城県の最大の使命なのかもしれない
東京・清澄白河は、江戸の下町風情が残る街ながらも、近年はサードウェーブコーヒーのカフェや、気鋭のブリュワリー(ビール醸造所)がオープンするなど、新しいフードカルチャーの発信地としても注目を集めています。
モダン・チャイニーズ「O2(オーツー)」は、そんな清澄白河を代表するレストランです。
柑橘類を含む果物の酸味や甘味、ハーブの香りと苦味を大胆に取り入れた独創的なコース料理にナチュラル・ワインを合わせた、オーナーシェフの大津光太郎さんの新しいスタイルの中国料理は、2018年のオープン直後から話題になり、一躍東京を代表する人気レストランになりました。
日本の食材を多用し、季節ごとに変わっていくコース料理がO2の魅力ですが、じつは変わらずに出てくる定番の前菜料理があります。「焼きたてチャーシュー」(トップ画像)です。
文字通り焼きたての香りと、中国料理らしいスパイスの香りに誘われてひと口食べると、肉のやわらかさと溶けでた脂のジューシーさに驚かされます。脂にくどさはなく余韻がスマートなのも、このひと皿の印象をさらに良くしています。
O2のシグニチャーディッシュ(名物料理)と呼ぶにふさわしい「焼きたてチャーシュー」は、うれしいことに茨城県のブランド豚「常陸の輝き」が使われています。
O2のチャーシューには「常陸の輝き」が合う
「冷製で出すチャーシューならロースなど脂の少ない部位を使うと思います。しかし、O2で出すのは焼きたてです。焼きたての焦げた脂のうま味を感じてもらうためにも、脂の多いバラを使っています。その場合、赤身と脂のバランスと、脂のキレが重要で、『常陸の輝き』はそのバランスとキレが調度よかったんです」と、大津さん。2年ほど前から「常陸の輝き」を使いはじめました。
大津さんが「常陸の輝き」に出合ったのは、コロナ禍で茨城県が企画したオンライン企画「CHEF’S MEETING online」でした。東京・銀座にある「マルディグラ」のオーナーシェフで先輩料理人の和知徹さんに、「中国料理人の視点から意見をしてもらいたい」という誘いを受けます。
もともと中国料理で豚肉を多用するため、自分の料理スタイルにあった豚肉を使いたいと思っていたこともあり、二つ返事で承諾します。
イベントでは「常陸の輝き」と黒豚などの純粋種とを食べ比べ、「やわらかさ」「香り」「うま味」を5段階評価しました。その結果大津さんは、3つの項目すべてで「常陸の輝き」に最高点をつけます。とくに脂の香りの良さを高く評価したのと、冷めてもおいしさが続くことを発見したのも収穫でした。
「『常陸の輝き』は脂と赤身のバランスが良いので、どの調理法でも柔軟に対応できるのに、豚肉らしい香りの良さもきちんと残っていると感じました。あとは、名前もさわやかで素敵ですよね」
レストランにおける近年の豚肉のトレンドに「脂身のおいしさ」があると大津さんはいいます。いわゆる獣臭がなくきれいな脂の香りで、焼くだけでもおいしい豚肉が人気です。
一方で「脂の良さ=豚の香りがしない」というわけでもないと大津さんは料理人ならではの視点を話します。
「メディアなどの食レポで『豚の臭いがしない!』というコメントをよく見かけます。飼育環境の良さや新鮮さを表す良い表現だと思うのですが、レストランのシェフの立場からいうと『それなら豚肉を食べる意味がないのではないか』とも思ってしまいます。なのでO2では、『豚の香りがしない』のではなく『良い豚の香りがする』というように豚肉らしい個性があるものを使いたいと思っています。その点で『常陸の輝き』は、多くの人に好まれる、きれいな風味のなかに豚らしい香りが残っていると思います」
なお、食べ比べでは肉の調理法はとくに指定はありませんでした。しかし大津さんは、それぞれの個性を見極めようと独自に「焼き」「茹で」「蒸し」の3つの調理法で食べ比べました。
「勝手に自分でやったことなのですが、これが結果的にすごい学びになりました。前職でもシェフが使っていた豚肉を使っていたり、お肉屋さんの紹介で使ったりしてきて、主体的に選ぶということはあまりありませんでした。それが豚肉を銘柄と調理法を変えて食べ比べることで、何が自分の料理に合うのかを考えるきっかけになったんです」と大津さん。「常陸の輝き」の良さに出会えたことはもちろん、解像度高く豚肉を見ることができるようになったのは大きな収穫だったといいます。
飼育マニュアルを徹底し品質を管理
大津さんが感じる「常陸の輝き」の豚肉らしい香りは、どこからくるのでしょうか。品種や生産方法をみていきましょう。
「常陸の輝き」は、茨城県畜産センターが開発し2018年に販売をスタートしました。ランドレース種と大ヨークシャー種を掛けあわせた母豚(交雑種)に、畜産センター養豚研究所が開発したデュロック種の系統豚「ローズD-1」の雄豚を交配する三元交配方式で生産されています。
「ローズD-1」は、7年間の開発期間を経て2016年に完成した茨城県のオリジナル系統豚です。筋肉内脂肪含量の高い霜降りの肉、つまりやわらかくジューシーな肉質になるのが特徴です。「常陸の輝き」が、ほかの三元豚の味わいや肉質に特徴がでるのは、この「ローズD-1」によるところが多いのです。
また飼育の際は、専用飼料を与えることが決められています。専用飼料は、脂肪の質を良くするために、小麦や大麦などの麦類を10%以上配合しているほか、ドリップロスを低減しジューシーな肉にするためのビタミンEや、腸内環境を改善し肉の臭みを低減するため乳酸菌を添加するなど、大津さんが感じた「きれいな脂」の要因は、専用飼料によると考えられます。
こういった飼料や飼養方法は、2016年に設立された「ブランド豚肉確立検討委員会」で検討を重ね、生産者とともに試験的な飼育を行なったうえで、生産マニュアルに規定しました。
さらに誰もが自由に「常陸の輝き」を育てられるわけではなく、生産が許されるのは「常陸の輝き推進協議会」の会員である必要があります。入会は、ブランドのマニュアルを遵守し、一定以上の品質の豚肉を生産できる技術があることが条件です。さらに年に1度、ロース内の筋肉内脂肪含有量の平均値が、おおむね4.0%以上であることを確認するなどの品質チェックを行います。そのため「常陸の輝き」を生産できるのは、現時点では県内で6者と限られています。
生産者を限定しながらの生産でありつつ、生産頭数は着実に増えており、初年の2018年は500頭でしたが、翌2019年に約7,600頭に増え、2020年に約17,000頭、2021年と2022年にはともに約19,000頭と順調に生産数を増やしてきています。
料理人の成長とともに変わっていく食材選び
もちろんもっとも優先されるのは、食材の味や安全性ですが、価格や流通の安定性もレストランでの食材選びで考えることだと大津さんはいいます。
「ここ数年強く感じるのは、働く僕たちも変わってくということです。というのも僕も料理人として年齢を重ねていくなかで体力の衰えを感じてきていて、今と同じような働き方はあと数年しかできないのではないかと感じるようになったんです」
限られた時間のなかで、ギリギリまでゲストに満足してもらおうと手間をかけてきたことが、いずれ続けられなくなる日がくるかもしれない――。そんな将来がきたときのために今からできることを考えているという大津さんは、選択肢のひとつに価格帯を上げることがあるといいます。
「カジュアルで誰でも楽しめる店をコンセプトにオープンしたO2ですので、今の倍の値段にしたりするつもりはないですが、より良い食材に少しずつ変えていくことで、お客様に理解をしていただきながら価格を上げていくことはできると思います。今回の自分自身が食べ比べて納得できた『常陸の輝き』を使うことにしたのは、その第一歩だと思っています」
産地にもできるだけ多く訪ねたいと大津さん。産地に行かなければわからない生産環境や食材の良さを知ることで、自分自身の言葉としてゲストに伝えながら味わってもらうことは大きな価値になっていくと考えるからです。
一方で、レストランにおけるメイン料理になる肉で何を選択するかは、その店の個性になっていきます。旬の食材を大切にする店であれば、冬の狩猟期にしか入らないジビエ肉を選ぶ料理人も多いでしょう。SDGsなどに関心がある料理人なら、アニマルウェルフェアの観点から放牧牛や放牧豚などを選択することもあります。
そういった料理人たちに対し、「常陸の輝き」のように自治体が取り組むブランド豚を選択してもらおうとするなら、ジビエ肉や放牧豚のような肉とは違った価値を伝える必要があるといえます。
「『常陸の輝き』は、多くの人に好まれる風味や肉質のなかでも個性を残しているのが良さなので、その点はブレない方がいいと思います。多くの料理人に好まれる使いやすさは、十分に食材の魅力になるからです。一方で、コース料理の価格が3万円以上もするようなお店の料理人たちは、『常陸の輝き』に対してもっと個性が欲しいというのが正直なところかなと思います」
「常陸の輝き」は、今ある個性を大切にしていってほしいと力強いエールをくれた大津さん。大津さんと「常陸の輝き」の出会いは、実際に「焼きたてチャーシュー」のクオリティをさらに上げただけでなく、冷めてもおいしい豚肉に出会えたことで、新しくテイクアウトの一品も生まれました。イベントの企画がきっかけとはいえ、食材との幸運な出会いが店を成長させた好事例といえます。
このことからいえるのは、生産者は、自分たちの食材の個性を把握しその個性を探している料理人に出会うことが大切であるということ。さらに料理人は、大津さんのように自分が探している食材の特徴を把握し、出会えた時に感じ取ることができる目利き力を養うことが必要なのかのかもしれません。
これからも茨城県は、その両方の特徴やニーズを理解してマッチングを続けていきたいと考えています。
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Direction by Megumi Fujita
Photos by Masami Ohira
Text by Ichiro Erokumae