日本初の人工栽培トリュフの発生確認で、2033年、シェフは新しい日本の食材を手にする!?
「日本初、トリュフの人工的な発生を確認!」
2023年2月9日に発表されたニュースを目にし、驚きと同時に期待を膨らませた飲食関係者も多いのではないでしょうか。
茨城県つくば市にある森林総合研究所(正式名称:国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、以下、森林総研)が日本に自生する白トリュフ「ホンセイヨウショウロ(学名:Tuber japonicum)」の人工的な発生を確認したことを発表したというニュースです。
国内で初めて人工栽培によるトリュフの発生の発見事例ということもあり、さっそく、研究を担当した森林総研の山中高史さんに「国産トリュフは、外国産とどう違う?」や「じっさいに使えるのはいつ?」など、気になる話を聞きいてきました。
ホンセイヨウショウロは日本在来の白トリュフ
日本には20種以上のトリュフが自生していることがわかっています。しかし、野生のトリュフは希少なため流通していません。人工栽培のトリュフについても、海外での成功例はあるものの、日本では、ながく取り組みが行われていませんでした。
しかし森林総研が、2015年から国産トリュフの栽培化を目指した研究に取り組み始めると、2022年11月に初めて、茨城県内と京都府内の試験地で「子実体」の発生に成功したことが確認されました。発見された数は、2カ所で合計22個になります。
子実体とはキノコのことであり、トリュフでは球状から塊状をしています。その中に胞子ができます。
今回発見されたホンセイヨウショウロは、日本に自生する白トリュフのうちの一つで、岩手県南部から岡山県にかけて、比較的広範囲にわたって自生しています。
「ホンセイヨウショウロは、比較的大きなトリュフです。食材としての可能性が高く、かつ将来的に安定して栽培から流通まで行うことが重要でしたのでホンセイヨウショウロが選ばれました」というのは、森林総研の山中高史さんです。
研究では、ドングリの実がなるコナラの苗木に、ホンセイヨウショウロの菌を植え付け、2017年に茨城県、2019年に茨城県と京都府、奈良県の試験地に植栽しました。そのうち2017年10月に植栽した茨城県の試験地と、2019年4月に植栽した京都府の試験地でホンセイヨウショウロの発生が確認されたのです。
じつは、白トリュフのホンセイヨウショウロのほか、日本に自生する黒トリュフのアジアクロセイヨウショウロでも試験を行っていました。アジアクロセイヨウショウロは、ホンセイヨウショウロと同じく幅広い範囲で自然発生が確認されているトリュフです。しかし残念ながら、まだ発生は確認されていません。
「海外では、黒トリュフの人工栽培が1700年代に成功しています。一方白トリュフは、2019年にフランスで栽培がようやく成功したばかり。そのため黒トリュフの方が先に発生するかと考えていたので、結果は意外でした」
アルバの白トリュフとは従兄弟の関係
発生が確認されたホンセイヨウショウロとは、どのようなトリュフなのでしょうか。
「ホンセイヨウショウロは、それまで未分類だった天然のトリュフが研究・解析の結果、2016年に新種と確認されたもので、球塊状の子実体をつくる点で、マツ属の木の根に顔を出す『ショウロ』の名前がついていますが、分類学上では別物です。ヨーロッパ産の白トリュフとは、香りの質は違いますが独特の風味があるのは共通していて、ニンニクのような香りがするのが特徴です」
世界では、トリュフは180種以上が存在するといわれています。日本にも古くから在来のトリュフがあったと考えられますが、食材としての価値が見いだされておらず、"見過ごされてきた"存在でした。
日本では1976年に鳥取県で初めてトリュフの存在が、アメリカの菌類学者ジェームス・トラッぺ(James Trappe)氏によって発見されて以降、新種が発見され続けました。ちなみに、トラッぺ氏が報告したのは黒トリュフで、アメリカにも自生するアミメノシロセイヨウショウロ(学名:Tuber californicum)でした。
さらに、2011年には、現・東京大学大学院新領域創成科学研究科の奈良一秀教授らの研究グループが、遺伝情報に基づいた解析により、日本に20種以上のトリュフが自生している可能性があることを発表しました。
分類上の位置づけでホンセイヨウショウロは、世界でも有名なトリュフの産地イタリア・アルバなどに自生する白トリュフ(学名:Tuber magnatum)に比べると、少し離れた位置にあります。
一方の黒トリュフのアジアクロセイヨウショウロは、フランス・ペリゴールなど有名産地に自生する冬の黒トリュフ(和名なし、学名:Tuber melanosporum)と近い位置にあります。
「黒トリュフは、アジアの品種を含めて近いので兄弟のような関係といえそうです。一方、白トリュフは、黒に比べて離れているように見えますが、180種類以上あるといわれている世界のトリュフのなかで見れば、ヨーロッパの白トリュフとの距離は中間程度に位置していますから、従兄弟や又従兄弟の関係といってもいいと思います」
ヨーロッパと同じトリュフを求めるとすれば、とうぜん違いがあり、"見劣りする"と感じることもあるかもしれません。しかし、その違いをヨーロッパにはない国産食材の個性ととらえて、新しい食材としてシェフや料理人の創造力を刺激するような武器にすることができれば、日本人だけでなく、トリュフに関して長い歴史をもつ外国人たちにも、これまで以上に日本における新鮮な食体験を提供できるのではないかと山中さんはいいます。
「食材としての安全性については、研究が進んで問題ないことがわかりました。あとは、食材として通用する香りを生み出すことができるか。それについては、採れたトリュフを実際に使われるシェフや料理人のみなさんに使っていただき、ご意見も積極的に聞かせてもらいたいと思っています」
また、国産の人工栽培トリュフが流通するようになれば、これまで輸入品に頼っていたトリュフ塩やトリュフオイル、トリュフ風味のスナックなど、国産の食材だけで製造することもできると、山中さんは期待を寄せています。
森林の総合研究所が
なぜキノコの人工栽培をするのか
森林総研は、1905年(明治38)に、 農商務省山林局林業試験所として東京府目黒村(現・目黒区と品川区の一部)に発足しました。1978年(昭和53)に、より広い試験場があり、関東北部や東北地方といった林野部に近く、さらには都心にも近い筑波研究学園都市に移転します。なお、それまであった試験場は現在、都立林試の森公園として、地域の人たちの憩いの場になっています。
農林水産省の外局・林野庁の所管から2001年(平成13)に独立し、独立行政法人(現在は国立研究開発法人)になりましたが、林業試験場というルーツの通り、木材を扱う産業(林業)の研究を行う研究所で、その規模はいまだ国内最大です。
「キノコ類は、樹木に関係する微生物なので、私たちの研究対象になっています。まだ成功できていないマツタケの人工栽培も森林総研でやっています。トリュフの人工栽培についても、ここで得た知見が、マツタケの人工栽培に活かせたり、その逆のこともあるのではないかと期待しています」
トリュフの人工栽培の取り組みでも、トリュフの菌を植えた苗木を植える前に、自然発生している関東から中部、近畿地方の数カ所で、発生時期や土壌、自然環境の調査を行いました。
それによって自然発生地の土壌pHは、5.6から8.0の広い範囲にわたっていること、さらに樹種も、クリやナラ、カシ、シデ、マツなど、さまざまな樹種が生息している林で発生していたことなどがわかりました。
「今回、茨城県で2カ所、京都府、奈良県を人工栽培の試験地に決めたのは、こうした事前の研究成果を受けたものでした。なぜ奈良県ともう一方の茨城県の試験地で発生しなかったのかについては、まだまだ解明ができていません。というのもヨーロッパでは、植栽してから発生まで7年ほどかかるといいますから、来年の秋には、今回発見されなかった試験地で発生する可能性もあります。もう少し調査・観察をしていく必要があると思います」
実用化はあと10年。それでも時間は足りない
気になるレストランなどでの実用化は、どれくらい先になるでしょうか。
「先ほどもお話ししましたが、食材として流通させることを目標にしています。今回の発生では、最大で9cm(60g)のトリュフもありましたが、サイズは不揃いで、食材として流通できるまでではないと考えています。そのため、『人工栽培に成功した』とは言えず、『人工的な発生』という表現で発表をしています。実用化はあと10年ほどかかるのではないかと考えています」
10年と聞くと、都市部で暮らす私たちは、とても時間がかかるように感じます。しかし新しく植栽テスト地を探すほか、現状の植栽テスト地を拡大していったうえで、苗木を植栽し、発生するまでに3~5年かかるとすれば、「10年でも時間が足りない」というのが山中さんの本音です。林業は、とても時間のかかる産業であることを、私たちは理解しておく必要があります。
そのうえで山中さんは、確立されたトリュフの人工栽培技術が農山村の地域の活性化につながっていけばいいと考えています。
それは、アメリカのトリュフ産地で、同じようにトリュフの人工栽培を目指すオレゴン州で見た地域の姿が印象に残っているからです。
「トリュフ犬がトリュフを探しだした数を競うレースや、トリュフ料理コンテストなどを開催して、まちおこし、地域おこしに繋げていました。こういった取り組みが、私たちが思い描いている姿です」
10年後の2033年の秋、日本のどこかでトリュフ祭りが行われ、街や地域が賑わい、和食店やレストランでは、旬の国産食材とともに、人工栽培されたトリュフを使ったひと皿が、日本のみならず世界中の人々の心を動かす――。そんな未来を信じて、山中さんをはじめ森林総研の研究者たちの研究が続きます。
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写真・イラスト提供:森林総合研究所
Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae