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荒間瑛さん|100羽のヒナを全滅させて向き合った「命を扱う」こと

つくば市で有機野菜の栽培や、米作り、養鶏などを行う「ごきげんファーム」は、さまざまな障がいのある人たちが一緒に働く農場です。

代表の伊藤文弥さんが2011年に、当時の市議会議員で、現在のつくば市長である五十嵐立青氏とともに設立したNPO法人つくばアグリチャレンジが運営しており、つくば市内の3つの事業所で、障がいのある方々を含め、およそ100人のスタッフが働いています。

今回訪れたのは、2018年に開設された上郷事業所。平飼い鶏の飼育や卵の収穫、卵のパック詰めなどの鶏卵事業を行っています。「ごきげんファーム」の3事業所の中でもっとも新しい事業所です。

養鶏担当の荒間 ようさんに養鶏場の様子を案内してもらいました。

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元気な鶏が産んだ卵が一番おいしい

取材チームが到着すると「こんにちは」「どこから来たんですか?」と、上郷事業所のスタッフのみなさんが、元気な声で迎えてくれます。

敷地内には鶏舎が9棟と1棟の作業用ハウスが立ち並んでいます。この中で、養鶏の全般、たとえば鶏の飼料をつくったり、鶏糞の処理をするだけでなく、卵を採取してパック詰めにして出荷するまで行っています。

およそ50㎡ほどの1棟の鶏舎の中には100羽の雌鶏と5羽の雄鶏が飼育されています。元気に中を走り回ったり、水を飲んだり、ひなたぼっこをしたりと、鶏たちは、思いおもいに自由に過ごしているのが印象的です。

というのも、一般的に大量に鶏の卵を採取する場合、マンションのように階層になった小さな部屋に分けられて鶏を育てる方法をとられることが多いです。ゲージ飼いと呼ばれるもので、当然飼育できる鶏の数が増えるため1日に採取できる卵の数も増え、効率的ではあります。

一方、地面の上を自由に動き回れるごきげんファームの飼育方法は、「ケージ・フリー」や「平飼い」、または「放し飼い養鶏」などと呼ばれており、世界的なアニマルウェルフェア(家畜福祉)の観点から、積極的に選ばれるようにもなってきています。

卵を産むための受精も、このハウス内で自然に行われ、生後5、6カ月を過ぎた雌鶏は、1日1個の卵を1週間から十数日間かけて毎日産み(1日2個産むことはありません)、数日休んだのち、また1週間から十数日間かけて毎日卵を産み続けます。

ごきげんファームでの平飼い卵は、そのまま孵化させることができるため「有精卵」と呼ばれます(一般的な卵は孵化しない無精卵であることが多いです)。

卵の味わいを決めるのは、元気な鶏が産んだ卵であることだと思います。そのために鶏たちが過ごしやすい環境をつくったり、健康に過ごせるように栄養のある食事を与えることだと思っています」と荒間さんはいいます。

実際、ごきげんファームでは、鶏に与える飼料は、試行錯誤した上での自家配合飼料で、蒸した大豆や小麦、牡蠣の貝殻、米ぬかなどを発酵させたものです。ちなみに、米ぬかの一部は、ごきげんファームで栽培している米の米ぬかを使用。養鶏で出た鶏糞などは畑の肥料にまわすなど、ごきげんファーム内での資源循環のシステムも出来上がっています。

鶏たちが過ごす環境整備も進めていて、現在ある鶏舎の9棟すべてに屋根のない屋外部分があります。日光を浴びるのも鶏には重要なのです

鶏舎内の産卵箱に産まれた卵は、午前中のうちにファームのスタッフたちの手によって採取されます。一つひとつ丁寧に大きさごとにわけ、きれいに拭きあげたのちに*、パック詰めして出荷されます。

この平飼い卵は、ごきげんファームのオンラインショップで販売されている野菜と卵の定期便「ごきげん野菜便」で購入できるほか、つくば市周辺の産直販売店などでも購入することができます。

* ごきげんファームの卵は無洗卵ですので、衛生面から卵の殻の表面に他の物が付着しないようにするために注意が必要です。

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養鶏家になって半年、飼っていたヒナ100羽が全滅

一般的な鶏卵に比べて手間がかかり、生産量も多くはないごきげんファームの卵は、6個入り300円、つまり1個50円。スーパーマーケットなどで購入できる卵に比べて割高になっています。

それでも「ごきげんファームの卵がいい」と言って購入する地元の方々に支えられているのは、やはり愛情を込めて育てたからこそのおいしさに他なりません。

ひよこのうちにごきげんファームに来て卵を産めるようになるまで5カ月から6カ月間かかります。それから1年ほど卵を産み続けます。その間、良い食事をさせて、こまめに掃除をして良い環境をつくって、体調が悪そうだったら隔離させたりして本当に丁寧に大事に育ているんです

まるで自分の子どもを見ているかのようなやさしいまなざしを荒間さんが鶏たちに向けるのには、養鶏家としての責任とともにある思いがあります。それは、2021年1月に起きたある経験がきっかけでした。

入社半年ほどたって、養鶏の仕事に慣れてきたころに、鶏舎1棟分のヒナが次々に死んで、ほぼ全滅してしまったんです。最初は、鶏インフルエンザにかかったのかもしれないと思ったのですが、どうやら違う。その後、病性鑑定をしてみると『クル病』というカルシウムやリンが不足することで発生するヒナに見られる病気など、さまざまな生理障害が起きているのではないかということがわかったのです

100羽の命を奪ってしまった人としての罪悪感に強いショックを受けたという荒間さん。

私たちが作った環境でしか生きられない存在の鶏を飼っているということを痛感しました。周りの人たちとも話したのですが、これまでのやり方を踏襲するだけで、なんとなくやってしまっていた部分があったんじゃないかと。完全に私たちの育て方に問題があったんだと思います。それから、飼料の計算や飼育環境など養鶏の土台をもう一度を見直して、鶏たちが本当に健康に卵を産んでくれることを改めて真剣に考えるようになりました

日光量を確保するために鶏舎の屋外スペースを設けたのも、飼料にさまざまな種類を混ぜていくのも、この辛い経験によって考え直したものだといいます。

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大切に育てた鶏を廃鶏に送る時の辛さ

100羽のヒナの命を奪ってしまったことによって、かえって深まっていったのが鶏への愛情でした。より元気に卵を産んでもらいたいと思いながら毎日、丁寧に鶏を育てていく。そんな荒間さんにとって、卵を産めなくなった鶏を廃棄に出す瞬間は、以前にも増して辛く悲しい瞬間になったといいます。

雌鶏たちは1年半ほどすると排卵率が下がる、つまり卵を産みづらくなるんですね。ごきげんファームでは、排卵率が下がる18カ月くらいになると、廃鶏といってさっ処分に出して、鶏舎に新しいヒナを受け入れるために清掃して準備をします。もちろん、廃鶏に出す時は悲しい気持ちになりますよ。鶏たちは私たちや周りに何も迷惑をかけるようなことをしていないのに、ただ卵を産む率が低くなったというだけでさっ処分になる。誰かが引き取ってもらえないかな、と思うのですが、年に4回は廃鶏を出していることを考えると、ずっと引き取り手がい続けるわけではないですから、それは非現実的なことです。それでも、さっ処分のために1羽10円くらいで引き取られていくのは、やはり残念な気持ちになります

同時に、ごきげんファームでは、養鶏で出た鶏糞を堆肥にしたり、稲作で出たもみ殻を鶏の飼料にしたりとモノの流れをスムーズにしてきたように、鶏も「いらなくなったら捨てる」のではなく、自分たちでおいしく料理をしたり、価値をつけて購入してもらえるように循環していけないかと荒間さんは考えるようになります。

1月にヒナを全滅させてしまった後に初めて訪れた廃鶏のときに、まずは地域の飲食関係者に廃鶏をおいしく食べる取り組みへの意見を聞こうと、つくば市にあるワイン卸で、全国の飲食店やワイン通にファンが多い「ヴィナイオータ」に、荒間さんはコンタクトをとります。

夫の前の職場だったことと、飲食業に対しての知見が素晴らしいヴィナイオータさんに『どうやって売っていったらいいか』という相談をさせていただいたんです。そうしたらお渡ししていた廃鶏をヴィナイオータさんがお取り引きされているレストランに送ってくださって。味がしっかりしているので『参鶏湯《サムゲタン》』にするといいなど、貴重な意見をたくさんいただけて、とても勉強になりました

さらに8月末に今年2度目の廃鶏があった際には、茨城県の食材視察中だった東京・北参道「コンヴィヴィオ」の辻大輔シェフ、外苑前「|慈華《いつか》」の田村亮介シェフ、西麻布「ルブトン」の杉山将章シェフ、茨城・水戸「ジーノ」の先﨑高弘シェフ、つくば「ラ・スタッラ」佐藤誠之シェフに現状を伝え、意見交換をする機会を得ました。

そうした経験や交流が、少しずつ前に向かう原動力になっているといいます。たとえば、お産を終えた雌牛を追加肥育して食肉にしようとする「経産牛」の取り組みを参考に、卵を取り終えた雌鶏を食用として育てなおすようなことも今後は考えていきたいとも荒間さんはいいます。

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小規模養鶏家にやさしいモノの流れをつくりたい

さらにごきげんファームでは、食鳥処理場の許可を取得して、自分たちで産卵を終えた鶏を処理できるようにしたいといいます。そして、そこで処理された肉と、ごきげんファームで育てた野菜やお米、つくば周辺の産物を利用したキッチンを2022年夏に設立することを目指して動き出しています。

廃鶏自体は、たとえばミンチ肉になったり、缶詰用になったりと行き先があるものでもあります。しかしその多くは大規模養鶏場に対して最適化されたもの。もちろん、鶏の命に大規模も小規模もありませんが、私たちのような小規模の養鶏家にとっては、食鳥処理場への廃鶏の出荷に制限があったり、どんなに手間をかけても大規模養鶏場の廃鶏と同じ価格で引き取られたりと、合っていない部分も多くあると思っています。今、計画しているような廃鶏も含めたスムーズな流れが出来たら、自分たちだけでなく地域で同じような規模でやられている養鶏家さんや、畜産にとどまらずに、すべての小規模農家さんと一緒になって地域内での産品の流れがつくれるのではないでしょうか

食肉としての価値は、まだないと思います」という荒間さんですが、茨城県内の料理人だけでなく、距離的に近い東京都内の料理人の意見も聞いて、どんなおいしさを生み出して、価値にしていけるかの意見交換をしていきたいといいます。

しかし一方で、廃鶏に付加価値をつけて商品化しようとしている例は、ごきげんファーム以外でもさまざまな養鶏家がすでに始めていることで、それほど珍しい取り組みではありません。さらに荒間さんが指摘しているように「廃鶏」といっても肉を食べずにただ廃棄しているわけではなく、食品として加工されている道筋が整備されています。つまり、社会全体としてモノの流れだけを見れば最適化されているともいえるのです。

そう考えると無理に廃鶏の再利用だけを推し進めるよりも、むしろ「どれだけ、ごきげんファームの理念に寄り添い続けていけるか」という覚悟をもった料理人との出会いが大切になってくるような気がしてなりません。

つくば学園都市や東京都内といった飲食店が集まる地域をひかえる場所で農業をするごきげんファームだからこそ、”一生続くシェフとの出会い”の可能性は高いといえるのではないでしょうか。

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Edit & Text by Ichiro Erokumae
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