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坂本 健さん|僕たちは、稀少であることに重きを置いていないんです

世界が注目するレストラン・アワードのひとつに「アジアのベストレストラン50」があります。食のジャーナリストや食通、シェフたちが投票員になって”今最も旬のアジアのレストラン”を決めるもので、2021年版の最新リストでは日本のレストランでは東京・外苑前にある「傳」が3位に入り話題になりました。

さらに今年からは惜しくも50位にランクインしなかった100位までのレストランも発表されました。そのなかに、名店ひしめく京都で唯一100位以内に入ったのが平安神宮の近くにあるイタリアン・レストラン「チェンチ」です。

茨城からおよそ500㎞も離れ、そもそも京野菜に代表されるように良質で伝統的な食材を古くから抱える食の都の京都のレストランを「シェフと茨城」がなぜ紹介するのか。その理由は、シェフの坂本健さんの「外産地消」の考えに秘められた思いが関係しています。

国際都市・京都だからこそ「外産地消」を

京都の市街地から少し外れ、平安神宮や京都市京セラ美術館(旧・京都市美術館)、京都大学といった文化施設が並ぶ静かな文教地区にチェンチはあります。オーナーシェフの坂本健さんは、京都の食材とイタリア料理を掛け合わせ、いち早く「京都発のイタリアン」を打ち出した地産地消のレストラン「イルギオットーネ」の出身。

シェフの笹島保弘さんに師事し料理長として系列店のオープンや海外フェアに”シェフの右腕”として活躍した後、2014年に「チェンチ」で独立しました。

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京都生まれ、京都育ち。そして京都の食材を使って料理をし続けてきた坂本さんにとって地元の食材は、もっとも大切な、アイデンティティとも呼べるものです。

さらに2018年には、南米・ペルーを訪れ世界的シェフのヴィルヒリオ・マルティネスさんに会い、アンデスの山中、海抜3500mにあるレストラン兼研究所「MIL ミル」を訪れたことで、「土地の食材」を強く意識し始め、持続可能な食への関心も高まったといいます。

2019年にはこうした取り組みが評価され、農林水産省による料理人顕彰制度「料理マスターズ」でブロンズ賞を受賞するなど、現在の食の主流である「地産地消」を重要視するシェフのイメージが強い坂本さんが、今掲げているテーマが意外にも「外産地消」です。

今、京都は、新型コロナウイルスのパンデミックの影響もあって観光客が減っていますが、本来は国内外から人が集まる国際的な街です。そういった場所でレストランをしてきた中で、もちろん京都の食材を使うことで京都の文化を知ってもらうこともありますが、もっと広く『日本』を知ってもらうこともできるんじゃないかと思うんです

日本各地から良い食材を集め、それを料理して日本の食材の素晴らしさを知ってもらう。京都が「日本の文化が集積する場所」であるからこそ「外産地消」ができるのではないかと、坂本さんは考えています。そのため京都以外の食材も、京都の食材と同じように使っています。

富山の名店「レヴォ」で出会った
茨城県産のキャビア・フィッシュ

外産地消」の食材のひとつとして、2020-2021年の冬シーズンからコースメニューに加わったのが、茨城県つくば市でフジキンが養殖しているチョウザメ「キャビア・フィッシュ」です。

本来、バルブメーカーであるフジキンは、宇宙ロケットや海洋潜水調査艦にその製品が使われるほどの世界をリードする会社。つくば万博跡地に筑波フジキン研究工場(現:万博記念つくば先端事業所)を建てる際、近隣への振動を吸収するため水槽を設置する必要があり、その水槽を資源として利用する方法として「チョウザメ養殖」の挑戦を始めました。

チョウザメ養殖自体は、1980年代後半に、水産庁がチョウザメのふ化を成功させたことで国内で始まっています。フジキンは1992年、民間企業として日本で初めてチョウザメのふ化に成功し、1998年には世界で初めて水槽での完全養殖を実現させた、国内でのリーディングカンパニーといえます。

坂本さんは、日本の先進的な地方レストランのひとつで、現在は富山県南砺市にあるレストラン「レヴォ」のシェフの谷口英司さんのSNSで、フジキンのキャビア・フィッシュの存在を知りました。谷口さんとは友人だったこともあり「自分でキャビアをどうやって作っているんですか?」と、メッセージを送ったといいます。その後、実際にレヴォに食事に行った際には、塩分濃度の違うキャビアを食べ比べさせてもらうなど、谷口さんから自家製キャビアについて丁寧に教えてもらいます。

しかし、当時のチェンチのコースの価格ではなかなか採用しにくかったこともあってすぐには挑戦できずにいました。それから近年になってようやく、価格を変えて良い食材を使えるようにもなり、2020年から「自家製キャビア」(下の写真)を作り始めます。

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谷口シェフからフジキンさんを紹介してもらい、卵をもったチョウザメを送ってもらいました。届いたら自分たちでさばいて、自分たちの料理にあった味付けでキャビアを作っています。実は、チョウザメの卵は、1週間でずいぶんと状態が変わったり、個体差によっても卵がもつ脂の量や卵の硬さなどが違い、変化していく状態も違うのですが、フジキンさんは、そのあたりも熟知されていて、『卵の脂をもう少し減らしたい』とか『食感を出したい』といった要望にあったチョウザメを送ってくださるので、とてもありがたかったです

チェンチにとってキャビア、とくに「輸入キャビア」は、あまり使ってこなかった食材のひとつだと坂本さんはいいます。

たとえば、いくらの醤油漬けを自家製しているように国産の食材を自分たちに合う味にして使いたいと思っているなかで、保存のために強い塩を加えている輸入キャビアをわざわざ使う意義が薄れてきていたんです

世界三大珍味といわれるキャビアは、その稀少性もあって、トリュフなどと同じように最上級のコース料理に使われるような食材です。一方で、「稀少である」ということは、資源が少ないということを意味しているともいえます。食の持続可能性が課題になっている状況で、稀少性ばかりを追うことに「なんとなく違うかな」と矛盾を感じ、距離をおくようになったといいます。

今の僕たちは、仕入れ値が高かったり、稀少性があるということに重きを置いていないんです。それよりも、時間をかけて土を育てて野菜を作っているような農家さんに対してきちんと対価を払うようにしたい。そうやって、きちんとした経済的な循環を作ることができれば、後継者不足などの課題を解決することにも繋がるのではないかと思っているし、それは僕たち高価格帯のレストランができることなんじゃないかとも思っています高価なものを仕入れて、高い値段で売るというのは、僕たちじゃなくてもできること。それよりも、店の個性や料理人の個性を出したり、タマネギ1個をいかに料理するかということで価値を作っていきたいんです

もちろん、外国産の素晴らしい食材はあり、同じように時間をかけてきちんと育てている生産者もいると坂本さんはいいます。しかし、今は自分たちのまわりにいる人たちが育てている食材を応援するという意味でも、優先して選んでいきたいと考えています。

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キャビアをあくまで料理を作る
ひとつの素材として考えています

自家製キャビアは、状態がいい11月から3月の冬の時期のチョウザメを使います。フジキンからは、神経締めと血抜きされたチョウザメが店に届きます。到着したらすばやく腹を開いて卵巣を取り出し、ふるいなどを使って卵膜や筋を取り除いて卵だけにして、流水で洗い流します。「すばやく丁寧に掃除をするのがポイントです」と坂本さん。その後は、卵に水を含ませないように管理します。この一連の作業は、チェンチで「自家製いくら」を作ってきた経験が活きているそうです。

そして酒などは加えず塩だけを卵に加えて3日ほど漬け込み、4日目頃から使い始めます。卵らしい食感を残したいという坂本さんは、2.9%程度の塩が現在は最適だと考えています。「自分たちの好みの塩分で国産のキャビアを作っているというのは、お客様に対しての説得力にもなりますよね。納得した味にできたと思っています」と坂本さんはいいます。ちなみに、卵をとった身は、まかないなどにしてスタッフで食べているそうです。

この日、紹介してくれたのは「冷製タヤリン」。イタリア・ピエモンテ州の細切りパスタのタヤリンを、トマトの乳酸発酵出汁で和え、アマエビと新生姜やラッキョウ、フェンネルの花を合わせる中にキャビアを加えています。乳酸発酵させたトマト出汁と、ラッキョウや新生姜のピクルスの酸味がどこか水キムチのようなニュアンスを感じさせます。

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キャビアはあくまで料理のひとつの素材として考えています」と坂本さんがいうように、キャビアはそれぞれの素材を繋ぎ、皿の中をより自然な塩味、自然な香りにする役目を担っています。キャビアを稀少な食材ではなく、パスタやトマト、アマエビ、新生姜、ラッキョウ、フェンネルの花と同じ食材として捉えていこうとする坂本さんらしい食材へのまなざしが料理の中に見えてきます。

輸入キャビアと食べ比べてみれば、「国産のキャビアは塩味もうま味も足りない」と評価することもできますが、両者を比較するのではなく、双方を認めて個性を活かすように視点を変えれば、坂本さんのように輸入キャビアでは表現できないような料理を生むこともできます。

コロナ禍を経て、『ラグジュアリー』の持つ意味が変わってきていると感じています。過去の価値観にとらわれず、僕たち料理人も意識を変えていく必要があると思います

いずれ「しんどくなる」のはコミュニケーション

実は、チェンチではもうひとつ、茨城県の食材を使っています。土浦市の「武井れんこん農園」です。京都からであれば石川県の「加賀れんこん」などの産地が近いにも関わらず、毎年シーズンになれば直送してもらいメニューに加えているといいます。

薄くスライスして付け合わせのピクルスにしたり、角切りにして食感を活かしてリゾットの具材にしたり。すり流しやペーストにして蒸しあげてレンコンのうま味や風味を伝えるような料理にしたりと、多様な調理を施します。

距離は離れていますが、採った日の翌日には京都に届くので、鮮度は申し分ありません。さらにありがたいのは、レンコンは1節目と2節目で味が変わるので、武井(利明)さんに『こんなふうにレンコンを料理したいんです』というイメージをお伝えして、それに合う部分を僕たちのために送っていただいているんです

武井れんこん農園のレンコンを使用した
「ハーブ香るサルシッチャと蓮根、原木椎茸のリゾット」

実は武井れんこん農園を知るきっかけになったのは、料理人向けの専門誌『月刊 専門料理』(柴田書店)だったといいます。

雑誌で知って使い始めることはあります。ただ、雑誌の記事だけを見て注文することはなくて、一度生産者さんのサイトや発信している内容を見てその方と『波長が合うか』というのをとても大事にしています」と坂本さんは、食材との出会いに対する意外な姿勢を明かしてくれました。

もちろん食材の味や価格は、考える要素ではあるのですが、今までの経験上、食材の味が良いかどうかということで苦労したことはなくて、どちらかというとやりとりを続けていく中でしんどくなることがあったんです。そういった経験から、僕自身コミュニケーションの取り方や外に向けての発信を丁寧にしたいと思っていることもあり、同じように丁寧な発信をされている方とお付き合いしたいなと思っています

Farm to Table」という言葉が知られるようになり、さまざまな飲食店が向き合うテーマになりました。消費者が産地を意識して食べるようになったことで、実際の距離を超えて、産地と食卓の距離は近づいたといえるでしょう。この素晴らしいテーマを、さらに文化として成熟させていくためには、持続可能な「Farm to Table」の姿を作り上げていく必要があります。

それには、料理人と生産者との持続可能な関係性の構築がより重要になってくるはずです。坂本さんが大事にする「お互いの価値観をともにしながら直接コミュニケーションを取り続ける」ということは、料理人と産地、生産者の新しい関係を考える私たち「シェフと茨城」にとっても、大切な視点になるはずです。

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次回の更新は、6/30(水)。「霧筑波」で知られるつくば市の「浦里酒造店」の6代目で、「南部杜氏自醸清酒鑑評会」で、吟醸酒の部の首席に輝いた浦里知可良さんに、茨城の日本酒の未来についてお話を聞きました。どうぞお楽しみに!

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Edit & Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

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茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チーム
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