表現したいことが明確にあってこそ技術に真の価値が生まれる ― 新店「Txispa」と笠間の作家の1年半の物語
海外で活躍する日本人シェフのなかで2023年に大注目なのが、4月にスペイン・バスク地方で自身のレストラン「Txispa(チスパ)」をオープンさせる前田哲郎さんです。
前田さんは、ミシュランガイド一つ星で、バスク地方の名店「Asador Etxebarri(アサドール・エチェバリ)」で、スーシェフ(副料理長)を務めた料理人です。メニュー開発や厨房指揮など、オーナーシェフのBittor Arginzoniz(ビクトル・アルギンソニス)氏の右腕としてレストランを支え、2019年に世界のベストレストラン50で世界3位にまで上りつめる大きな原動力になりました(2021年でも世界3位に)。
Etxebarriのあるバスクの山間の村、Axpe(アシュペ、バスク州ビスカヤ県アチョンド)にオープンさせる新店では、日本の食器を使いたいと考えていた前田さん。2021年8月から、茨城県笠間市に工房を開くKeicondoさんを中心に交流を深めながら、Txispa用の器を笠間市の作家で揃える制作プロジェクトをスタートさせます。
1年半のプロジェクトを経て、笠間市の作家たちが制作した皿や器が完成したのは2023年に入ってから。そしてオープンを2カ月後に控える2月中旬に、次々に前田さんの元に届き始めます。
使うことで見えてきた「西洋料理で使う器」
「自分のテリトリーで器を手にしてみると、作家のみなさんのアトリエで手にしたときと印象が違うっていうのは、すごくあるなと思いました。シチュエーションが現実味を増していくことによって『使う』ことをより意識するようになっているからだと思います。そのうえで、届いたお皿や器はここの場所に合うなと思っています」(前田さん)
さっそく届いた皿や器に、Txispaで実際に出すとした場合の春のコース料理をイメージしながら料理を盛りつけていきます。
「いいイメージで盛りつけていくことができました」と前田さん。厨房に立って食材や調理法を決めていくなかで、たとえば器に合わせて食材の大きさをミリ単位で変えていたり、ソースの濃度を調整して器に合わせて即興的に最後の微調整をしていきます。
一方で、フォークとナイフで食事をする西洋料理に、箸で食事をすることを前提に作られた和食器を導入する難しさも前田さんは感じていました。
とくに「イカとソラマメ」や「鴨南蛮」の料理で使ったような底が深い器は、洋食でも使えるように考えている器でだったとしても、実際にフォークとナイフで料理を食べると、食べづらさを感じるのではないかと前田さんはいいます。
「食べさせ方っていう意味では、考えなければいけないところはあると思っています。こっちの人が食べるというイメージは、日本で器を見ているときには薄かったと思っています。それは、『違った』というのではなく『現在の自分が対応できてない』という感覚です。どれも好きなデザインのお皿や器。今存在しているお皿や器は変わりませんから」
好きだと思うことを共有できるのはすごくいい
2021年夏に初めて笠間市のKeicondoさんのアトリエを訪ねた前田さんは、その後、2022年4月に笠間市の陶芸祭り「陶炎祭」を巡り、市内で活動する作家と交流を続けてきました。
「食器の産地として笠間がおもしろいと感じるのは、たとえば唐津などのように、産地の作風にあまり共通点が見えないところです。近年は笠間の土を使う作家さんも増えてきたそうですが、それでも使う土も自由で、個性豊か。土器のようなプリミティブなものから、シャープで洗練されたものまで揃う、とてもおもしろい場所だと思っています」
さらに2022年8月には、笠間市内の作家のアトリエを巡って見学し、Txispaで使う皿や器の注文をしています。
「今回は、Keiさんにテレフォンショッキングみたいに、作家のみなさんを紹介していただきました。友だちの友だちはみんな友だちみたいな、好きだと思っている部分を共有できている感じは、すごくいいなと思っているんです。とてもありがたいなぁと。とくにkeiさんとは、『この部分がいいと思っているんですよ』と話をしてるわけじゃないです。こうやって面倒見てもらえたのはラッキーなことだと思っています」
一方で、笠間市という限られたコミュニティが、デメリットにもなる可能性もあるのではないかと前田さんに質問すると「コミュニティを形成するというのは、自分の好きな枠を作っていることだと考えると、その枠の外は、目がいきにくくなるのはその通りだと思います。だけど、メリットやデメリットって表裏一体で同じものでもあると思うんです。ものの捉え方だと思っていて、たとえばKeiさんたちと『九州にこんな作家さんがいるんで一緒に行きませんか?』というように、枠を広げていくこともできると思っています」と答えます。
そのなかで前田さんが大事にしているのは「餅は餅屋」であるということ。Txispaの開業プロジェクトでは、もちろん前田さんが中心になって決定をしていくことで進んでいきますが、皿や器を作る笠間市の作家がいれば、外装や内装のデザインをするデザイナーがいれば、実際に現場で工事をする職人たちもいます。
関わる人が委託職員のように、自分自身は単独の存在として社会とかかわりながらも、プロジェクト単位では自分事の仕事として深くコミットするような、専門性を活かしたプロジェクトの運営が理想的で好きだといいます。
「陶芸家としてTxispa以外の仕事としてギャラリーや個展などをやっていて、忙しいそうだなと思うと同時に、当然なんですが、僕が知らなくてまったく関係がないKeiさんのコミュニティもあるわけじゃないですか。そういうのを考えると、なんなら、ちょっと寂しくなる(笑)。でも人っていうのは、そこに単独でいるのに、さまざまなものを繋ぐハブ(結節点)でもいられるということなんですよね」
人と人の繋がりから、また次の繋がりが生まれる。それは、料理人同士の繋がりや、食材を育てる生産者との繋がりも同じように前田さんは考えており、「信頼できる人を作る」というのが人生のスタンスだといいます。
「人のことは信じたいタイプですね、すごく。裏切られることもありますけど、あまりよく覚えてなくて。いい思い出でも覚えてないこともいっぱいあるんですけど(笑)。でも基本的に気にしないようにしている。『信じたオレが馬鹿だったんだ』で済めばいいなと思っているところもあります」
技術は手段であって目的ではない
Keicondoさんが紹介されている記事を読んだことがきっかけで交流が始まった笠間市の作家と前田さんの交流は、偶然やラッキーといえばそれまで。ほかの人が同じようなことをしても、今回のような出会いが生まれるとはいいきれません。
もちろんここ数年、Etxebarriの評価の急上昇も含めて、前田さんを見る目や周りの環境の変化に、本人でも追いつけてないというほど、前田さん自身の注目度の高さもあります。
そのうえで、前田さんは、「ベスト・エフォート(best effort、最善努力)型」という言葉を例に使って、今回の出会いを説明します。
「たとえば料理人であれば、『スパゲッティを作るのが上手なんです』ということを一生懸命に伝えていくことではないと感じています。それはベスト・エフォート型といわれるものなのですが、それよりも僕自身は、何のために料理をするのかとか、料理とはどういうものなのか、おいしい料理って自分にとって何なのか、みたいなことを考え続けることが大事だと思っています。そうすると自分がやりたいことが人に伝わりやすくなると思うんです」
自分が感動した何かがあり、そのことが世の中にたくさんあったらいいという動機をもとに、それをどう現実の世界に現わしていくのか。そのプロセスが伝わったことで、Keicondoさんとの出会いが生まれ、その後の笠間市の作家との交流につながっていきました。
「僕個人の考え方ですが、料理を含めて表現する人は、上手か下手かは、それほど重要ではないと思っています。もちろん僕も料理人の最初の頃は、何のためなんてわからずとりあえず仕事に追いつきたくて技術を磨いてきました。だけど、食器屋をしていた僕の親父ともよく話していたことなのですが、『何のためにその技術を磨くのか』というのがすごく大事なのではないかと思うんです。それに僕たちは伝えることが仕事なので『伝え下手』では意味がありません。言葉にできないというのは自分の頭の中で整理できていないということ。頭でわかっていないことを手がやるっていうのも不可能だと思うのです。技術は手段であって、目的ではない。自分が何を好きなのかを理解した先に、修練した手作業によって、それを現実の世界に出していくのが僕たちの仕事だと思うからです」
仕事をしていると往々に「こんなに良いものを作っているのになぜ評価されないんだろう」「なぜ売れないんだろう」と悶々と満たされない思いをため込むことがあります。もちろん運や縁というものが、ひとつの突破口になることもありますが、前田さんは「良いものを作っている」ということを誇るのではなく、「何をつくろうとしているのか」を伝え続けることが、本質的な共感を生み、人と人とのつながりを生むと考えています。
「今回、最初に届いたお皿と器に盛りつけてみて、さまざまなことを感じました。ここから実際にTxispaの営業も始まってみると、見えてくるものもまた違ってくると思います。そのうえでふたたびKeiさんを中心に、笠間の作家のみなさんと試行錯誤しながら、Txispaらしいお皿や器を作っていけたらいいと思っています」
笠間市からバスク地方の距離は、1万㎞。遠く離れた2つの土地ながら、世界に発信するレストランに向けて、これからも共同作業が続いていきます。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae