森枝幹さん|霞ケ浦で大量に獲れるイサザアミで‟国産のカピ”を作る
シラウオやテナガエビなど多種多様な湖魚が獲れる茨城県の霞ケ浦に「イサザアミ」というエビに似た小さな生き物がいます。
イサザアミはアミ目アミ科の甲殻類で、体長は1㎝ほど。霞ヶ浦が、古代に海から湖に変わった際に生き残った海跡動物です。産卵の盛期は、初夏と秋季で孵化した後は、1カ月で卵を産むようになります。
霞ケ浦で大量に発生する生き物で5月から6月を中心に漁が行われ、昔から食用としては、主に佃煮に加工されますが、それ以外に活用されることはあまりない湖魚でもあります。
エビなど甲殻類で作るタイの発酵調味料「カピ」
霞ケ浦で大量に獲れるイサザアミでタイの発酵調味料「カピ」を作れないかと考えたのが、東京・渋谷のモダンタイ料理店「CHOMPOO(チョンプー)」のプロデューサーである森枝幹シェフです。
タイの調味料といえば日本では「ナンプラー」が広く知られています。カタクチイワシを塩漬けにして発酵させる魚醤のナンプラーと同じく、カピもオキアミやエビ、小魚をつぶして塩漬けにし発酵させたもので、液体のナンプラーとは異なりペースト状の調味料なのが特徴です。
タイ料理では、グリーンカレーや炒めもの、煮込み料理などに幅広く使われています。なかでもカピをメインにしたタイ風チャーハンの「カオクルックカピ」が有名です。
じつはカピに代表されるエビなどの甲殻類を使った調味料は、「シュリンプ・ペースト」として東南アジア全域にある調味料でもあります。たとえば、ベトナムでは「マムトム」、中国では「蝦醬(シアジャン)」、インドネシアの「トラシ」など各国にカピの仲間が存在しています。
森枝シェフが、2020年秋に霞ケ浦を訪れた際に、イサザアミがたくさん獲れるにもかかわらず活用の幅が狭いことを知り、まだ日本にない国産のカピができないかと始まったのがこのプロジェクトです。
森枝シェフが霞ケ浦のイサザアミを使って自家製のカピを試作したところ、お店で利用しているものに負けないくらいうまくできました。
その時のレシピをもとに、霞ケ浦の製造加工業の方たちに依頼してカピの試作が5月下旬から試作がスタート。原料となるイサザアミは、霞ヶ浦の若手漁業者の集まりである「霞ヶ浦水産研究会」から提供されました。
最初の試作が完成すると、森枝シェフは、さっそく試食。初回の感想としては、森枝さんの自家製のカピと比べ「やや水分量が多く、発酵とは違う独特な匂いが気になった」と森枝シェフはいいます。
さらに5月の試作に使用したイサザアミは、森枝シェフが試作した冬季の物に比べてプランクトンの量の影響などで旨味が少ない可能性があることから、時期をずらして再度試作することになりました。
2回目の試作は10月に再開。課題だった「水分量」と「匂い」の解決と、1回目の試作で発生したネガティブな匂いを避けるために、2種類の調味料を試すことにし、それらを加えるタイミングや量などの試行錯誤を繰り返し、ついに2回目の試作品が完成しました。今回の試食会は、その試作品を初めて味わう場になります。
12種類のカピの試作を香り、味わいをもとに試食
試食会に参加したのは発起人の森枝シェフと、ワインとベトナム料理のマリアージュが楽しめるレストラン「An Di(アンディ)」の料理長、内藤千博シェフです。
試食会では、1回目と新たに2種類の調味料AとBを加えて製造された2回目のカピを合わせて計12種類の試作カピが用意されました。試食では、森枝シェフと内藤シェフは、まずカピの匂いと味の違いをみていきます。
「同じものを使っているのに香りが違うのはなぜだろう」(森枝シェフ)
「香りの厚さのレイヤーに違いがありますね」(内藤シェフ)
順番に匂いをみていくなか、2人が共通して選んだのは干す直前、発酵を完了させる前に調味料Aを添加したカピでした。
「口に入れたときの差はそこまで変わらないけど、匂いに着目するとけっこう変わりますね。それがすごく味を変えるというよりかは原料そのものが原因かもしれない。もしかしたら水分の抜き具合の問題かもしれない」(森枝シェフ)
「24時間発酵なしで熟成しているものは、どちらかというと塩辛に近い感覚ですね。」(森枝シェフ)
ほかにも以下のような意見がでました
12種類のうち、3つを選抜して青菜炒めで試食
その後、カピ単体の試食だけでなく、最も出来の良かった3つのサンプルを選び、調理したさらに味をみていきます。
選んだのは発酵が浅めのカピ、そして森枝シェフと内藤シェフが匂いで選んだ発酵前に調味料Aを添加したカピ、そして同じタイミングで調味料Bを添加したカピを青菜炒めにして試食しました。
「高温で火を入れるとネガティブな匂いは気にならないですね」(森枝シェフ)
「火を通すことで、そこまで臭みがなくなってます。不思議なもので、ここまでたくさん試食をしているとむしろもっと匂いが欲しくなってきますね(笑)」(内藤シェフ)
3種類の青菜炒めを食べ比べしていくと、発酵が浅めのタイプよりも調味料を加えたタイプの方がよいのではないかという結論になりました。
また、森枝シェフの自家製カピでも青菜炒めを作って食べ比べをしてみると、森枝シェフのカピと今回の試作のカピは、レシピが同じでも後味や香りに差が出ていることに気づきます。
「干している状況を知りたいですね。森枝さんは天日干しでと言っていましたが、実際の干し方はどうなっていますか?」(内藤シェフ)
「煮干しを干す網に、事前に水分と固形物を分離させたものを網の上にのせて、上から力を加えて何度か裏返して半日ほど。けっこうな時間干しています」と製造加工業の方からZOOMで返答がきました。
「水分の抜き方でだいぶ変わるような気がします。もっと旨みの固まりっていうのを想像してましたけど、そうではないですね。おそらく乾燥具合のニュアンスが違う。僕が自作したのは、1年間熟成しているのでその違いもあるかもしれませんが、1年前に作ったときからすでにおいしかったですから、熟成を抜きにしても何か違いがあると思います」
「べちゃべちゃな状態のイサザアミをカリッとするまでじゃなく、ちょっと湿っているくらい。ふわっと中に水分を持っているっていうくらい。きっとこの塩梅が難しいんでしょうね。水分はあるんだけどカラカラにはしていない状態をつくるのがポイントかもしれません」(森枝さん)
今回の試食会では、上記のような議論がなされ、森枝シェフのレシピに「天日干し」をどれだけ定量化していけるかが課題になりそうです。
「レシピを共有する時点で乾燥させる理想値に相違があるのは試作あるあるです。次回以降はレシピの詳細を見える化するのがいいかもしれません」と小嶋さん。
今後のブラッシュアップに向けては、森枝シェフがカピを作っている様子を動画撮影するなどして、製造に関する細かいニュアンスを共有することで、東京と茨城、キッチンと製造所、異なる環境下でのレシピの再現性を高めることが、大きな課題となりそうです。
2人のシェフの考える所感と今後の展開
CHOMPOO(チョンプー)|森枝幹シェフ
イサザアミでカピを作れないかなと思って自分で調べてまずは自ら試作したんです。そしたら1回目から思った以上においしくできて。2~3回目も試食してもらったら「結構いけるじゃん」と意見をもらっていたので、じゃあいっそのこと販売までいけたらいいよねっていう話だったんです。
今回試食して課題になったのはおそらく原料入手のタイミング。僕の試作で使ったイサザアミにこんな匂いはあったかなぁと、単に乾燥具合だけが原因ではない気がしています。
今後は現地を見て、どういうところでどうやって作業しているのかを見に行くのが大事かもしれないですね。お互いに作る現場を見ることですり合わせをすることが先決かなと思います。
食材自体の原因か、レシピの詳細が共有できていなかったか。いつどのタイミングでとった食材がいいのか、などなど、まだまだ検証の余地があります。
もちろん試作していきなり完成!というわけにはいかないですし、カピはタイカレーのペーストにも使えそうだし、今後も可能性は広がりますね。
An Di(アンディ)|内藤千博シェフ
我々シェフからしたら、あまりスポットの当たっていない食材で本場にひけをとらない国産カピをつくるというストーリーにはひじょうにひかれます。シェフからしたらお客さんに伝えられる「ストーリー」があるのが魅力ですね。
An Diで扱う肉や野菜はほぼ国産ですけど、調味料はどうしても海外のものが多いんです。そういう意味では国産の調味料で、今まで日本にはなかったものが生まれるのは面白いと思います。
今回の試食会で浮き彫りになった問題点がクリアになっていけば、よりよいものが生まれるのではと思います。
茨城県の食材を使った国産の発酵調味料「カピ」のプロジェクトは、まだまだ始まったばかり、一筋縄では行きません。今回の試食会で問題となった点をどう改善していくのか、「シェフと茨城」でも引き続きレポートしていきます。
ーーーーーー
茨城県公式note「シェフと茨城」では、飲食関係者や食のプロに向けた産地ツアーのサポートを無償で行っています。ツアー行程のご提案や、ご希望に合わせた生産者の紹介などを行っておりますので、ご興味のある方は、下記の記事の問い合わせフォームからご連絡ください。
ーーーーーー
次回の更新は、1月5日(水)。茨城食材を交えたディナーイベントを紹介いたします。
ぜひ、アカウントのフォローもお願いいたします!
ーーーーーー
Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Edit by Ichiro Erokumae
Text by Daichi Yoshikawa
Photos by Naoto Shimoda