ツアー|アメリカナマズをおいしく食べるために【後編】
11月中頃「霞ケ浦アドベンチャーツアー」と題した産地訪問に参加したのは、浅草橋の昆虫食でも知られる「ANTCICADA」の篠原祐太さんとシェフの白鳥翔大さん、表参道「Sincere BLUE」の料理長、吉原誠人さん、「IL TEATRINO DA SALONE」の料理人、山本一貴さんの4人。料理業界で注目の20代の若者たちです。
前編では、早朝4時からシラウオ漁に出航した4人は、午後からかすみがうら市で、コイやナマズなどの淡水魚を養殖する山野水産の山野英明さんを訪ねます。
外来種「アメリカナマズ」をなぜ養殖するのか
ANTCICADAの秋のメニューで山野さんが育てるナマズが使われています。
2020年10月末に、「シェフと茨城」の最初の産地ツアーに参加した際に、山野さんのナマズと出会ってはいましたが、1年を経てようやく産地見学が実現したことになります。
「まずは養殖場まで船で行きましょう」
霞ケ浦大橋近くの漁港、沖ノ内漁港から4人は船に乗り込みます。沖合へ5分ほどいくと、湖の上に浮かぶ小屋と桟橋のような建造物が見えてきます。船を横付けして、小屋から桟橋に上がっていくと、縦横5m、深さ2.5mの網いけすを54面置いた小割式の巨大な養殖場が目の前に現れます。
この場所で、霞ケ浦で盛んにおこなわれているコイと、山野さんたちが近年力を入れているナマズの養殖を行っています。
一つの網いけすで1.5トンほどの魚を養殖しています。年齢や大きさによって分けてあり、1~2kgのコイなら1000匹程度、300~400gのコイならおよそ2300匹、陸の稚魚生け簀から移したばかりのコイならおよそ2万匹が育てられています。
54面の網いけすのうち51面でコイの養殖場、3面でナマズの養殖を行っています。
「コイは、体重の3%ほどのエサを1日に食べるんです。ここの養殖場は平均して2㎏から3㎏くらいのコイがいますから、1匹60g。1つの網いけすに2300匹ですから1日で78㎏、51面で1日4tものエサが必要になります。これを毎日私たちはやり続けなければならず、養殖といってもなかなか大変な作業なのです」
ここ以外にも2カ所の養殖場を持っているという話を聞くと、コイの飼料代だけで毎日いくらかかるのだろう?と考えてしまいます。「飼料代だけで毎日数十万円かかっていますよ。3年間毎日与え続けてようやく出荷するんです。そのころには3㎏くらいになりますね。コイは比較的強い魚ですから全滅するようなことはあまりないのですが、それでも3割くらいは死んでしまうリスクはあるんです」と山野さん。
さらに養殖は湖の中だけでなく、たとえば幼魚のうちは陸の生簀で育てられたり、擦れなどに弱いうちは、霞ケ浦の中でも比較的おだやかな北部で養殖したり、出荷前の5日から7日は、冷たい地下水をはった「締めいけす」で泥臭みを抜いてから出荷するなど、いけす間の移動も多くあります。
「その都度、専用の水槽付きのトラックを使ったり、出荷も活魚で各地方に発送したりするので、非常に手間のかかかる生き物なのです」
一方のナマズは、日本の在来種である二ホンナマズではなく、アメリカナマズ(チャネルキャットフィッシュ)を養殖しています。雑食でなんでも食べるアメリカナマズは、日本では生態系のバランスを崩すとして外来生物法で特定外来生物に指定されています。食用養殖魚として1971年に日本に入ってきたものが逃げ出し霞ケ浦に棲みつき、2000年代にその数が急激に増えてきており、問題視されています。
このことを知っていた篠原さんは、「なぜ特定外来生物の養殖をしているのか」が疑問だったといい、さっそく山野さんに問いかけます。
「このナマズは、霞ケ浦に増えているナマズをふ化させ育てているわけではないのです。この網いけすに仕掛けを作って、ナマズの稚魚を網のなかにおびきよせて捕獲したものを、国から特別な許可を得たうえで1年間かけて配合飼料を与えて肉質改善をして、2㎏から3㎏くらまで育ててから出荷しています」
アメリカナマズ自体は、霞ケ浦では駆除対象の魚種に指定されており、捕獲されたら廃棄されてきました。
山野さんは、廃棄するくらいなら、養殖で育てて少しでもおいしく食べてあげられたらと考えてナマズの養殖を始めました。
もともと食べておいしいのがアメリカナマズの特徴です。ただし、霞ケ浦から直接獲った天然ものは、泥臭いだけでなく、身が固く脂ものっていません。そこでコイの養殖技術を応用して、食用になるように配合飼料を与えたのちに、コイと同じように出荷前に締めいけすで泥抜きをするなどして付加価値をつけてから販売しようというのが、山野さんの考えです。
「コイは年間で400tの出荷量に対して、ナマズは30tから40tほど。ここ数年で始まったナマズの養殖は、コロナ禍の影響をそれほど受けずに増加し続けています。人間の都合で駆除対象になったナマズを食べて消費できるのは、価値あることだと思っています」
ナマズ自体は、淡白な白身で骨もなく食べやすいのが特徴。油で揚げたり、刺身で食べると美味で、加工品としても向いている。山野さんは、ナマズを活けで出荷するほか、調理用にフィレに加工して飲食店向けに出荷をしており、白鳥さんがANTCICADAでメニューにしているのも、このナマズのフィレです。
「ANTCICADAでは、秋メニューとして今年の8月末くらいから山野さんのナマズを使わせてもらっています。ナマズは"マッチョ"な身質なので、ボコボコと沸騰したお湯だと身が縮んで、うま味も抜けてしまうんですよね。なので、63℃から64℃で20分から25分くらい、やさしくゆっくりとゆでるのがいいかなと思っています。パプリカのピューレとスダチなどをあわせてシンプルな料理に仕立てています」(白鳥さん)
ANTCICADAでは、オーナーとしてサービスもする篠原さんは、ゲストの反応は良いといいます。
「『ナマズってこんなにおいしいんですね』という反応はすごく多いです。ポイントは、いくつかあって、泥臭いイメージがあるナマズと実際のクリアな味とのギャップにおどろかれたり、味わいがタンパクだけどしみじみおいしいという反応だったり。独特の弾力がある食感が魚っぽくなく肉料理みたいなど。いろいろなところで食事をされてきた人により刺さっているイメージがあります」(篠原さん)
「料理人やシェフの方々の意見を聞きながら、ナマズやコイの新しい食べ方を提案していきたい」と山野さん。日本では忘れられようとしている淡水魚の新しい価値の提供を目指しています。
取材を終えて~アフタートーク
白鳥翔大さん|ANTCICADA シェフ
早朝のシラウオ漁は、霞ケ浦の特徴がしっかりあるものだし、ナマズも今使わせてもらっている食材ということもあって、どちらも楽しみにしてきました。漁船に乗せてもらったり、網いけすの上に載せてもらったりと、漁師さんに会いにいくだけではなかなかできない、ワクワクするような体験でした。
じつは、シラウオ漁もナマズの養殖も、実際にどうやっているのか、あまり想像できなかったものでもあります。それが、今回のツアーで最初から最後まで見ることができて、理解することができました。
獲れたてシラウオの味わいや湖面を泳いでいるシラウオが見られたのは、感動的で、テンション上がりました。
篠原祐太|ANTCICADA オーナー
シラウオもナマズも、1年前の「シェフと茨城」のツアーで知ってから、ずっと産地を見たいと思っていたので、その念願がようやく叶ったと思っています。ありがとうございました。
ツアーを通して、たとえば「湖面を泳ぐ透明なシラウオが神秘的だった」とか「エサに群がるコイの大迫力」「大きなナマズの姿」など印象に残っているんですが、もっと長い目で自分自身が得たこととは何だろうと考えてみると、霞ケ浦の営みというか、良い部分も悪い部分も含めて受け入れながら暮らしている方々の姿なのかなと思っています。
コイの網いけすの中に2300匹が養殖されていて、ギュウギュウにひしめきあうように泳いでいるのを見ると「かわいそう」と感じるかもしれない。ですが、そのために毎日エサを一つの網いけすで70㎏もあげて、人が食べるために、苦労だけでなくお金もかけて育てている様子を見ると、そういう事実を僕たちは受け入れなければいけないわけですよね。
野生のシラウオも養殖のナマズも、それぞれ課題をもちながらもおいしくするための努力をみなさんやってこられていて、それをギュッと詰め込んだツアーでまわることで、いろいろな面から向き合うことができました。
とくにナマズの養殖については、アメリカナマズが増えて問題になっているのに、孵化させてて養殖しているのおかしいと思っていたのですが、実はそうではなくて、養殖することで食材としておいしくしていることが知れたのはよかったです。
今までは、「霞ケ浦で問題になっている外来魚のアメリカナマズをおいしく食べてもらう」ことしかお客様に伝えられていなかったのですが、より深い問いかけが、もちろんおいしい料理を含めて、お店のなかでできるのではないかと思っています。
養殖は、突き詰めると「より食材としておいしくて意味のあるものにする」ことだと思うんです。そこに倫理的なものもかかわってくるけど、そこをひっくるめて育てている現場の方々を見ることで、自分事として考えたり感じたりすることができるのは産地に来る意味だと思っています。
コロナも少しずつ落ち着いてきています。ANTCICADAのお客様を霞ケ浦にお連れして、僕たちが感じたことを感じてもらえるような企画をしたいと思っています。
山本一貴|IL TEATRINO DA SALONE 料理人
ツアーに参加する前は「シラウオを獲った瞬間口にほりこめるかな」とか、いろいろと楽しみなことが多くありました。
でも実際に漁船に乗って、獲れたてだったり、氷で冷やし途中だったり、完全に冷えたものだったりと、時間経過ごとにシラウオを食べてみて、それぞれで味が違うのが興味深かったです。
料理でもさまざまな工程がありますが、それは最終的に出来あがったときに最高のおいしさになるようにしています。シラウオもそれと似ていて、ひじょうに考え抜かれた漁法と揚がったあとに氷で冷やしたりする処理などを経たピンと固まったシラウオの方が、僕はおいしく感じました。
むやみやたらに、獲れたてとか踊り食いをすることではないんだなと考えを改めました(笑)。
ナマズは今まで一度も使ったことなくて、ANTCICADAのSNSの投稿を見て、「ナマズを料理に使うのか」と驚いていたほどでした。しかし、実際に養殖をしている山野さんのお話を聞いて、山野さんの熱量をたくさんの人に伝えたいという気持ちになりました。現場に行ったことで、使ったことある人よりも、使ってない僕の方が伝えたい気持ちは強いはずだと思います。
産地にくると、生産者さんの想いがダイレクトに聞けて、すごく当たり前のことなんですが、ものすごくしっかり考えて生き物を育てていらっしゃる。ガチな想いを僕らの手でよりおいしくしないといけないなと改めて実感しました。
僕にとっては、2021年の春から「IL TEATRINO DA SALONE」のシェフになったばかりのこのタイミングでめぐれたのは、とてもいい体験になりました。
吉原誠人|Sincere BLUE 料理長
Sincere BLUEは、MSCやASCなど国際認証を取得した持続可能な水産食材、サステナブルシーフードを使う店ということもあり、今回のツアーで出会った食材を使えるかどうかはわからないながらも、湖の資源を勉強したいと思い参加しました。
海外ではMSC認証を受けていた方が、消費者のニーズが高いという状況があるのですが、日本ではまだまだサステナブルシーフード自体の認知が広まっておらず、漁師さんたちにとってみれば、正直なところ「利益になりにくい」という理由で、認証を取ることに対して積極的ではないという状況だと思っています。
霞ケ浦の漁業についても認証が取れるものもあると思うんです。たとえば、シラウオ漁は、漁師さんたちが資源を残すために漁期や漁法を自分たちで決めて管理していますよね。
さらに、サステナビリティの面だけでなくクオリティとしても、船上で氷で冷やしたり、選別をできるだけ早くしたりと、商品としての付加価値をつけるためのことを、自分たちで決めてやっています。
氷ですぐに冷やしたりなんていうのは、神経締めして冷やして管理するような魚の仲買さんのやっているようなことでもあると思います。しかもそんなレベルの高い管理を全体のなかの少数がやっているのではなくて、組合全体に浸透しているわけですから、さらにすごい。
それは簡単なことではなくて、おそらく4、5年とかではなく、10年、20年かけてようやくできることだと思うんです。地域全体で付加価値をつけていこうとする取り組みを実現させるには、乗船させてもらった伊藤さんのような指導する人の存在も大きいはずです。
そうすることで漁師さんたちも、いつまでも漁で生活ができるし、僕たち料理人も料理ができて、消費者もおいしいシラウオなどが食べられるわけです。
ですので、霞ケ浦の漁業レベルはすごい。日本のほかの地域でも参考になる事例なのではないでしょうか。
やっぱり、一方的に漁師さんたちに「持続可能な漁業をしてください」とだけお願いするのは無理があると思うんです。持続可能な漁業をするとどんな得があるのかということまであったうえで、お互いにウィン・ウィンでないと進まないと思うんです。
僕たちSincere BLUEでは、レストランを通じてその価値を消費者に伝えていって、認知を広げていく、母体を増やしていく。そうすることで、漁師さんたちが「認証を獲ったほうがいいな」と思ってもらえるようにすることが、一つの役目だと思っています。
そういった意味では、霞ケ浦の漁師さんたちの真摯な姿をみて、自分たちがやっていくことを再び強く実感したツアーになりました。
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こうして1日半の「霞ケ浦アドベンチャーツアー」は終了しました。4人の若いシェフや飲食人たちがこれからどんなことを表現してくれるのか楽しみです。引き続き、「シェフと茨城」でも4人の活躍を追いかけていきたいと思います。
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「シェフと茨城」では、都内の飲食業従事者の方々が希望するような産地ツアーのお手伝いをしています。「野菜の農家さんをめぐりたい」「霞ヶ浦周辺で湖の魚とレンコン畑を見学したい」などの希望をいただければ、行程のご提案や生産者をご紹介いたします。
ぜひ、ご相談くださいませ!
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Edit & Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae, Megumi Fujita