捕獲した天然マガモの命を有効に活用したい。シェフの要望を受けてエトフェにも挑戦
12月中旬のある日の夕暮れ。茨城県小美玉市のとある谷間にある水田を奥に進むと小学校のプールのように四角い池が現れました。これは、茨城県猟友会南部支部がカモ捕獲のために網を仕掛けた池です。
この捕獲池では収穫残渣のレンコンを撒き餌として有効利用しています。「廃棄処分するものを地域のレンコン農家さんから分けてもらったものだよ」と猟友会のみなさんが教えてくれます。
カモは用心深い生き物、小屋の中で息をひそめて待つ
この日は、11月30日にブランド名が発表されたばかりの「常陸国天然まがも」の網猟が行われていました。常陸国天然まがもは、茨城県内で狩猟期間(11月15日~翌年2月15日)に「むそう網」を使用して捕獲したマガモを、県内で加工し食肉としたものです。
「むそう網」は伝統的な猟法で、池から離れた小屋などに隠れて操作し、地面に伏せておいた網を被せて獲る網猟のことです。今回取材した池では、下記の図のように池の一方向から大きな網を被せる仕掛けでマガモを狙いました。
網を被せる動力は人力やバネの力を利用するものもありますが、今回の仕掛けでは強力なゴムの力を利用していました。離れた小屋にあるトリガーを引くと張ってあったゴムの留め具が外れ、ゴムが戻る力で網が起きあがり池に被さります。
周囲が一層暗くなってくると「そろそろ時間だ」といって、池から30mほど離れた小屋のなかに移動します。
「カモは用心深い生き物だから、ちょっとでも音や光があると逃げてしまうんだ。だから咳ばらいもしないように。電話の音もならないように」と注意を受けると、静かに息をひそめながら小屋のなかでマガモが飛来するのを待ちます。
寒い小屋のなかで20分ほど息をひそめていると、バサバサと複数の羽の音が聞こえて池に降り立っただろうか水が跳ねる音が聞こえてきます。しばらくすると「グワァグワァ」という鳴き声も聞こえてきました。何羽ものカモが池に集まっている気配を感じます。
さらに20分ほど待機を続け、カモの動きが落ち着いた頃を見計らって小屋の中からトリガーを引くと、「ワサァ」と大きな弧を描いて網が池に被さるのをのぞき窓から見ることができました。
小屋から出て池に近寄ってみると、網に掛かっていたのは9羽のカルガモでした。
マガモが1羽もかかっていなかったのは残念でしたが、カルガモも農作物を食べ荒らすので、農作物被害対策としての目的は果たしたといえます。
「地域のレンコン農家のためになればいい。今までは、獲るのも自分たちの仲間内で食べられる分だけ。駆除目的でたくさん獲ったからって捨てちゃうなんてことは絶対にしない。命をいただいているのだから」と猟友会のみなさんはいいます。
茨城県のカモ類による農作物被害額は1億6500万円
マガモは、北半球の中緯度地方以北で繁殖するが、冬になると南へ移動し、波が静かな海や河口、湖沼、河川などに生息します。茨城県の南部はマガモの全国有数の飛来地です。
水面を移動するマガモの姿はかわいらしく見えますが、霞ケ浦周辺では名産品のレンコンを食べてしまい問題になっています。カモ類による農作物の県内被害額は、鳥獣(他の鳥類やイノシシなども含む)の農作物被害額のほぼ半分(46.2%)を占めており、およそ1億6500万円になります(2022年度)。
茨城県は生息数が同程度の他県と比べ捕獲数が少なく、捕獲したカモは自家消費されることが多いため、飲食店向けに販売されるのはごく一部でした。
マガモは和洋を問わず冬を代表する食材で、とくに西洋料理ではジビエ好きな食通に愛されています。これを鳥獣被害対策と併せて地域資源として有効活用し、県の新しい名産品として販売を目指す取り組みが2022年度からスタートしました。
そして2023年11月に「常陸国天然まがも」としてブランド化し、県内の飲食店を中心に提供が開始されました。
ブランド化は、県内の狩猟者や食肉処理施設だけでなく、飲食店も連携して行われました。常陸国天然まがもは、散弾銃などを使った銃猟ではなく、傷がつきにくくきれいな肉がとれる網猟での捕獲に限定しています。シェフの要望を受けて、血抜きをしない「エトフェ(etouffer)」といわれる処理方法でも提供しています。
エトフェにすることで、肉に鉄分を含んだ風味が生まれます。フランス料理では、この野生の肉らしい力強い味わいに濃厚なソースを合わせるのが伝統的です。なお、オスのマガモはコルヴェール(colvert、青い首)と呼ばれ、高級食材として扱われています。
自然の生き物を扱うからこそ安全を重視する
捕獲されたマガモは、茨城県北部の高萩市にある食肉処理施設「茨城クラフトミート工房」に集められます。施設を運営するのは株式会社K&Kです。2017年3月に閉校した旧高萩市立君田中学校の一部を改装し、2022年12月に食肉処理施設として営業を開始しました。
「カモ猟が解禁になってから2週間ほどで約300羽が搬入されています。去年よりもかなり早いペースですね。2023年度の目標である1000羽の出荷も達成できるのではないかと考えています」というのは、ジビエ事業部責任者の櫻井太一さんです。
2022年の開設直後からマガモの受け入れをはじめ、試験的に食肉処理を開始しました。初年度は、処理した肉を茨城県内のほか、都内を中心にした県外の高級レストランにサンプルとして提供。実際に店に赴いて感想をヒアリングするなどシェフや料理人の声を集めたといいます。
「昨年度は通常の食鳥の処理、つまり血抜きをした肉でした。味わいの深み、コク、脂の量など、一定の評価をいただくことができましたが、天然ならではの力強さが足りないという声が多くあり、フレンチのシェフからは『エトフェでほしい』というご要望もありました」
そういった声を受け、常陸国天然まがもはエトフェでも出荷することを決めました。さらに味わいへの評価はもちろん、「フィレでほしい」「内臓はつけてほしい」など処理方法についても多くの要望があったといいます。
「今はまだ始まったばかり。どのようなニーズがあるのかを知るためにも料理人やシェフのみなさんの声には、できるだけ対応したいと思っています」と櫻井さんはいいます。
県南部で捕獲されたマガモは、捕獲地で止め刺しされて工房に搬入されるほか、生きたままでの搬入にも対応しています。止め刺し後、60℃の温水をかけて羽を取り除き、腸抜きにしたのちに電解水をかけて殺菌処理を行います。ここまでが一次処理です。
二次処理では、羽を剥いたマガモを10℃の冷蔵庫で熟成します。その後、注文ごとに(場合によっては部位ごとに)カットして、真空包装したものを出荷します。
茨城クラフトミート工房では、一般社団法人日本ジビエ振興協会が承認する「国産ジビエ認証制度」の認証を受けた宮崎県の食肉処理施設で研修を行い、衛生管理やカッティングの技術を学んできたそうです。
さらに2023年度からは、マガモのほかに野生イノシシの食肉処理も開始しました。茨城クラフトミート工房では、放射性物質の基準値(100Bq/kg)以下かつ豚熱検査で陰性が確認されたイノシシに限り出荷しています。
「『常陸国天然まがも』は網猟で捕獲されたものであることがブランドの条件なので、基本的に傷のない状態で届き搬入されます。しかし天然のものですので、何かを飲み込んだり、散弾銃の破片を体内に残したまま網にかかってしまうこともあるかもしれません。そのため必ず検査機に通して、異物が混入していないかをチェックしています」と櫻井さん。家畜とは異なり、人間がすべてを管理できない自然の生き物を扱うからこそ、安全を目指して処理施設を整備し、できる限りの検査をしているのです。
2023年11月から販売を開始した常陸国天然まがもは、現在茨城県内のレストラン・飲食店を中心に提供が始まっています。冬を代表する食材ということもあり、とくに12月のクリスマスから年末にかけては、注文が増えており、捕獲数と出荷が追いつかないと櫻井さんはいいます。
狩猟者、処理業者、飲食店が連携して
生まれたからこそ3者が連携して育てていく
「常陸国天然まがも」の取り組みは、まだ始まったばかり。まずは食材としての価値が高まっていくことが第一歩です。そのうえで捕獲数が増えると、本来の目的である農作物被害の減少が進んでいきます。
今年度は飲食店から要望のあった1,000羽の提供を目標にしています。しかし、これはあくまで目標。自然のものなのでどうなるかわかりません。
安定した流通を目指すうえでの課題のひとつに、狩猟者の確保があげられます。狩猟者は高齢化しており狩猟を辞める人も年々増えています。成り手不足も深刻です。「常陸国天然まがも」を高級食材として売り出し狩猟者の収入が増えることで、新しい狩猟者の創出につながる可能性があります。
一方で、食肉として加工する処理施設の苦労もあります。茨城クラフトミート工房では、年間1,000羽の処理をすることは可能ですが、天然ゆえに突然数カ所から100羽のマガモが同時に届くこともあれば、まったく届かないときもあります。そのなかで注文数や在庫数を管理していくことは、とても難しいことです。また、加工処理をする人材も足りていないといいます。
さらに天候や飛来地の環境の変化によってもマガモの捕獲数は変わってきます。それは、自然を相手にしているから当たり前のことです。
しかし「安定しない食材は使いにくい」というのが本音というシェフも多くいることでしょう。そのため畜産とは違い天然を扱っているからこそ「入ってこないときもある」という飲食店側の理解も必要になってきます。
常陸国天然まがもは、もちろん食材ではありますが、人間がすべてを管理することはできない自然の産物といえます。自然に任せて、その恩恵をいただく。冒頭で紹介した猟友会のみなさんの言葉が思い返されます。
「地域のレンコン農家のためになればいい。今までは、獲るのも自分たちの仲間内で食べられる分だけ。駆除目的でたくさん獲ったからって捨てちゃうなんてことは絶対にしない。命をいただいているのだから」
茨城県内の狩猟者や食肉処理施設、飲食店が連携して始まった常陸国天然まがもは、これからも3者が協力することで育っていくのです。
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Direction by Megumi Fujita
Photos by Yuki Murata
Text by Ichiro Erokumae