熟成栗の可能性に改めて気づかせてくれた飯沼栗
デザートの世界で今注目をされているのが、アシェットデセールコースのレストランです。
アシェットデセールとは、フランス語で皿を意味するアシェット(assiette)と、デザート(dessert)を合わせた言葉で、レストランの最後に出てくるような皿盛りのデザートのことをいいます。
料理のようにひと皿に、複数の素材を組み合わせたり、ソースや付け合わせを加えることもできるアシェットデセールは、パティスリーのように持ち帰って食べるデザートとは異なり、温度帯も幅広く、瞬間的な香りの演出や繊細な盛りつけも可能で、レストランでなければ食べられないデザートといえます。
2010年代中頃には、このアシェットデセールコースのレストランが登場し、現在ではレストランシーンにおけるひとつのジャンルとして確立されつつあります。
2019年に、勝俣孝一さんが開いた「山 Yama」(以下、Yama)は、東京を代表するアシェットデセールコースのレストランです。フランスやオーストラリアのトップレストランで、パティシエとして活躍した経験を活かした勝俣さんのデザートコースは、繊細で緻密。オープン当初からレストランやパティスリーのファンや、スイーツ好きの支持を集めています。
2022年11月には、東京・恵比寿から白金の閑静な住宅街に移転。勝俣さんの世界観が以前にも増して濃密に表現された空間でデザートコースを味わえるようになりました。
3カ月追熟させた飯沼栗が中心のデザートコース
Yamaでは、桃やマンゴーのようにテーマになる食材を決めて2カ月に1度のペースで新しいコースを発表しています。2023年の最初のテーマになる1月と2月のコースは、茨城県茨城町産の飯沼栗を使った「熟成栗」のコースです。
カウンター6席のプレミアムなYamaのコースは、最初にその日に使う食材のプレゼンテーションから始まります。熟成栗のコースでは、飯沼栗はもちろん、北海道産のクルミや栃木県産のイチゴ(とちあいか)、高知県産の土佐文旦、鹿児島県喜界島の「シークー」と呼ばれる柑橘の在来種などがプレートに並んでいます。
熟成栗のコース自体は、2021年のシーズンにもありましたが、今回は茨城県茨城町産の飯沼栗を3カ月間低温熟成させた「熟成栗」を使った新しいコース。2品の熟成栗のデザートを中心に、旬の果物を使った10品のデザートがでてくるほか、それぞれのデザートに合わせてノンアルコールのペアリングドリンクがつきます。
まずは、飯沼栗の大きさを存分に生かし、湯だけで炊いた栗をいただくひと品で、料理名もストレートに「栗」がコースの序盤に出てきます。湯から出したばかりの栗に、栗を炊いた煮汁にソバの実を加えて香りを移し、少しだけ砂糖を加えた温かいソースがかかっています。
「僕の記憶にある、子どもの頃に食べた栗の味や香りを思い出して作りました」というひと品は、冷たいものを想像するデザートは違い、出来たてで温かい。幅広い温度帯を楽しめるアシェットデセールらしいひと品です。
もう1品はコースのメインで出てきた「絹」という名のデザート。飯沼栗のフラン(プリンのような蒸し料理)のうえに、「米をソースのようなニュアンスにしたかった」と勝俣さんは、青森県産の無農薬米「夢ロマン」を炊いてピュレにしたものを重ねています。
絹が折り重なったかのように上に被せているのが裏ごしした飯沼栗です。しかも裏ごし器の裏にくっついていたものだけを被せて蓋をし、蒸籠で一気に蒸しあげます。
「蓋を開けたら、グッと鼻を近づけてすぐに香りをかいでください。恥ずかしがってしまってはダメですよ。鼻がお菓子につくくらい近づいてくださいね(笑)。上から下まで1度にすくって食べてほしいのですが、アツアツなので口の中を火傷しないように注意してくださいね」と、ユーモアを交えながら勝俣さんがデザートの楽しみ方を説明してくれます。
「裏ごし器の裏についたものだけを使うのは、漉した栗同士がくっつかず、隙間ができているからです。下におちてしまうと、裏漉ししたものが重なりあって隙間がなくなってしまいます。これが蒸籠で高温で一気に蒸すことで、栗のフランとお米のソースからあがってきた香りが隙間に溜まってくれる。それが蓋を開けた瞬間にブワっと立ち上がってくるわけです。その香りを逃さず感じとってもらいたくて、最初に説明しています」
「絹」は、栗の季節になると必ずコースに登場するYamaのシグニチャーディッシュのひとつ。瞬間的な栗の香りはもちろん、栗本来の甘味を感じられるように、栗のフランや米のソースの甘味は極限まで控えられているので、栗がもつ繊細なうま味も感じとることができます。
「飯沼栗のデザートは、どれも別の食材を過度に合わせるようなことをせず、できるだけ素材の味が伝わりやすいようなシンプルな仕立てにしています。工程を聞くと『何もしていない』と感じるかもしれませんが、もともとの飯沼栗の良さとともに、調理する前に追熟することでおいしくするために膨大な時間をかけているので、それを消すようなことはしたくないですから。だからこそ、シンプルな仕立てになると思っています」
食べ比べしたなかで「最強だった」熟成の飯沼栗
栗の収穫は、冬の始まりとともに終わるのが一般的。「熟成栗」として、あえて時期をずらし冬のコースにしたのは、飯沼栗にポテンシャルを感じたからだと勝俣さんはいいます。
「2021年の秋に、9月下旬から10月下旬にかけて全国各地の栗を食べ比べたんです。市場に出かけて見かけた栗は全部買ってましたね。そのなかで、愛媛県のなかやま栗(伊予市中山町産)と飯沼栗がおいしいと感じたんです」
それまで勝俣さんは、兵庫県丹波篠山市の栗を使っていましたが、2021年は不作の年だったこともあり、新しい産地を求めて栗の食べ比べをしたといいます。とくに追熟させた飯沼栗は「最強だった」といいます。
飯沼栗は、1つの栗の毬に1つの果が入った一毬一果で、大きな実になるのが特徴です。受精を抑制する特別な栽培方法によるもので、品種は晩生種の「石鎚」です。
さらに0℃前後の冷温環境で最低2週間熟成させてから出荷することが決まっているのも飯沼栗の特徴です。そうすることで通常、栗の糖度は4.5度程度なのですが、低温貯蔵によって糖度が8度程度(甘いフルーツトマト並の糖度)まで上がることになります。
当初は、出荷を遅らせて他の産地との差別化を図る目的で始めたものでしたが、それが結果的に糖度を上げることがわかり、生産者組合が中心になって、本格的な栗の冷蔵貯蔵がはじまりました。
「もともと熟成に向いた栗なんだと思います。じつは、2022年の秋に飯沼栗の生産者さんのところに伺って、木から落ちてすぐの飯沼栗を先に食べてみたんです。だけどすごく失礼な言い方で申し訳ないのですが、僕はおいしいとは思わなかったんです。フレッシュさが良さではないのだから、やはり熟成にむくのかなと思って翌年4月頃まで追熟させて食べたら、これがすごくおいしかった。これまで使っていた丹波市産の栗よりもおいしいと感じました」
ほかにも産地の異なる栗を熟成させていましたが、段違いにおいしかった飯沼栗を知ったことで、開店当初から試行錯誤してきた熟成栗の可能性を大いに感じたといいます。しかし、実際にコースにして出すには量が少なく、季節も大きく外れてしまったので翌シーズンに提供することを決め、ようやく1年越しに「熟成栗」のコースに挑戦したのが、2023年1月だったのです。
栗を栗として扱わず、フルーツのように扱う
熟成栗のコースに向けて、もともと2週間熟成させてから出荷される飯沼栗を、勝俣さんは独自の熟成方法でさらに追熟をかけています。
「尊敬する丹波篠山市の栗生産者の足立義郎さんに『栗を栗として扱わずに、フルーツのように扱うんだ』という話をお聞きしました。いろいろな意味がある言葉だと思うのですが、保湿しながら追熟させる栗の熟成もその一つだと思っています」
水分を保って熟成された飯沼栗は、鬼皮を剥く際に湯などに浸けることもなくスルスルとおもしろいように剥けていきます。鬼皮がしっとりしているため渋皮と癒着せず剥きやすいのではないかと、勝俣さんは分析しています。
さらに、渋皮の渋みが実に移ることも少ないといい、重曹を加えて渋皮の渋みを抜くようなことをする必要もありません。籾殻で保湿する方法は、味わいだけでなく、メリットが多いのです。
「ネットに入れられた栗を、道の駅などの直売所でみかけますが、それだと乾燥してしまって栗にはよくないと思うんです。とくに飯沼栗は高級ブランド栗として売り出されているので、ネットに入れての販売はすごくもったいない。冷蔵庫に温度を管理しながら販売することで、よりおいしくなり、価値もつくのではないかと思っています」
太巻きの真ん中を分けてもらえる信頼関係が重要
勝俣さんは、飯沼栗の産地を訪れたように、できるかぎり産地に行って、生産者に会うようにしているといいます。そこには独自の「太巻き理論」があります。
「太巻きをカットして配るときに、一番きれいなところは真ん中ですよね。一方で、両端は見た目がどうしてもイマイチになる。カットした太巻きがすべて同じにならないんです。それは、食材も同じで、たとえば1本の栗の木から採れた栗は、どれも同じ味というわけではありません。そんななかで、一番良い真ん中の太巻きや栗を誰に渡すかと考えると、やっぱりよく知っている人に良いものを渡すと思うんです」
生産者との密な関係は、もちろん自分自身の勉強のためや生産体制などを見にいくこともあるそうですが、そんなときでも勝俣さんは、他愛もない話をすることも大事にしているそうです。訪ねた日の晩などは、できるかぎり酒席を開いてコミュニケーションをはかっているといいます。
最近では、取り引きしている生産者が多い九州の生産者と、閑散期に福岡・中州に集まって飲み会をしました。
「パティシエもそうですが、他のジャンルの人と会って話すことって少ないんです。生産者さんも同じで、違う作物を作っている生産者さん同士の繋がりがりが少ない。その飲み会では、漁師さんとマンゴー農家さんが隣同士になることもあるんですよ。お互いの仕事に生かせるような話が生まれて刺激になっているんです」
旬の食材を、産地から直接取り寄せて、市場に流通する前に最良の食材を手に入れるルートをもつ。そういったコネクションをもっていることが、じつは勝俣さんの唯一無二といえるデザートを生み出す重要なものでもあるのです。
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次回の更新は、2月22日(水)。東京・渋谷のチーズ専門店「CHEESE STAND」のチーズ職人と熟成師、シェフとともに、茨城県内の5つのチーズ工房をまわってきたツアーのレポートです。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae