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新しい食材との出会いは、料理を変えていくきっかけになる

この記事に登場する人
大澤康二さん|「Restaurant TOYO Tokyo」パティシエ
昆布智成さん|「UN GRAIN」シェフパティシエ

東京・日比谷の「Restaurant TOYO Tokyo」のパティシエ、大澤康二さんは、9月28日から6日間、日本橋・三越本店で開催されていた「三越フランス展2022」に、自身のスフレブランド「Soufflé KOJI OHSAWA」で出店。故郷・茨城の食材を使ったスフレを披露しました。

なかでも10月2日からの3日間、東京・表参道「UN GRAIN」のシェフパティシエで、友人である昆布智成さんとコラボレーションしたアシェットデセール(皿盛りデザート)を作ると、多くのスイーツファンが集まりました。

そして、二人のコラボレーションのテーマも「故郷」でした。

名店「オーボンヴュータン」で出会った二人

大澤さんと昆布さんは、2007年の同じ日に東京・等々力の洋菓子店「オーボンヴュータン」に入店した元同僚です。当時大澤さんは、24歳、昆布さんは26歳。パティシエになる夢を叶えるために、毎日を過ごす若者でした。

オーボンヴュータンでは、店頭での接客を2年してから厨房に入ることになっていました。僕は、他店での経験があったのと人の兼ね合いで1年間接客の仕事をしてから厨房に入ったのですが、昆布は大学卒業後に製菓専門学校に通ってから入社したので未経験。最初の2年はお菓子を作らず接客をしていました」と大澤さんは当時を振り返ります。

2年が過ぎて、ようやく厨房に入った昆布さんと、同僚を通じて仲良くなり、お互い酒が好きなこともあり、仕事終わりや休日に飲みに行くようになったといいます。1年ほどいっしょの厨房で働いた後、昆布さんが先に店を離れ、それぞれ別の道を歩き出すことになりました。

その後は、お互いの仕事が忙しかったですから、会うことはなくなりました。2013年に僕は、フランスに行くことになるのですが、渡仏前に、すでにフランスで修業して戻ってきていた昆布にフランスの話を聞きたくて会ってもらいました。当時は、FacebookなどのSNSが始まった頃で、会わなくても昆布の活躍は知っていました

その後、大澤さんはフランスに渡り、パリ最古のレストランの一つ「ラペルーズ」などで働き、帰国し東京・麻布十番の「リベルテ・ア・ターブル・ド・タケダ」(台湾に移転)でレストランのパティシエとして、昆布さんはUN GRAINで洋菓子店のパティシエとしてキャリアを重ねていきます。

故郷をテーマにした共作のデザート

大澤さん自身のスフレブランド「Soufflé KOJI OHSAWA」でのポップアップ(期間限定)イベントは、今回で5回目で、初のコラボレーションになります。

もともとは、主催の三越さんから『コラボなどどうですか?』というご提案をいただいたことがきっかけでした。たまたまその前に昆布と会って話をしていたこともあって、コラボ相手として彼が思い浮かんだんです

さっそく大澤さんが連絡をしてみると、昆布さんは快諾。その後、大澤さんのスペシャリテであるスフレを中心にしたデザートづくりがはじまります。その後のパティシエ人生に深く影響をあたえたオーボンヴュータンが二人の出会いのきっかけでもあり「伝統」というテーマを中心にしながら、「お互いの地元の食材を使うのもありだよね」という昆布さんのアイディアから、「故郷」がもう一つのテーマになりました。

秋の開催なら日本一の栽培量である茨城県の栗を使いたいというのがまず浮かびました。そのあと、5月に果物ツアーでお世話になった茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チームに相談したところ、結農実WORKSさんのフルーツほおずきを紹介してもらったら、これがとてもおいしくて使わせていただきました

栗のスフレは、笠間市にある農産加工「イリエ」さんのマロンペーストを生地に入れ、シロップ煮を栗の食感がわかる大きさにカットして練り込み焼き上げました。別添のソースは、生クリームにカスタードクリーム風味のアングレーズ・ソースと栗のペーストを重ね、生地に入れた栗のシロップを注ぎいれました。

さらに昆布さんの故郷の福井県の食材をふんだんに使った付け合わせが、梅のソースに、和紅茶のアイスクリーム、黒糖のメレンゲなど、さらに薄いチップス状にした栗のチュイルも添えてあります。

生まれも育ちも違う2人が、オーボンヴュータンで出会い、その後それぞれの道を歩んだ後、15年後にトップパティシエとして再会する。そんな記念碑的なデザートがついに完成したのです。

ville natale(故郷)」と名がついた大澤さんと昆布さんの共作のデザート(2640円)。各日50食限定で販売された。
大澤さんと「UN GRAIN」昆布さん(右)

じつは興味がなかった故郷の食材

今回のポップアップイベントで、ふんだんに茨城県の食材を使った大澤さんですが、これまで故郷の食材を使う機会がほとんどありませんでした。

茨城県から早く出たいと思っていたこともあって、それほど地元愛がなかったんです」と大澤さん、そもそも豊洲の市場で仲買人たちの目利きを信頼し、長年の交流を積んで、安定して良い食材が買える関係があったのも関係しています。「産地にこだわり過ぎず、おいしければ使うということを大切にしていました」ともいいます。

食材の旬は、じつは短いので、1カ月間コースメニューで出していくなら、産地を変えていきながらでないと、旬のおいしさを伝えられないのではないかとも思っています

しかし転機になったのは、5月にパティシエ仲間とともに茨城県の生産者の元をまわった果物ツアーでした。地元ながら茨城県の食材のことを知らなかった大澤さんにとって、こんなにも地元の食材が豊富で味も良いものだったことを知ったのです。

今回使った栗のように生産量全国1位の食材があることも知りました。さらに、すでに豊洲経由で使ったこともある村田農園(鉾田市)さんにいって、イチゴを食べたらがすごくおいしくて。今まで食べていたのは何だったんだろうと思っていたら、村田(和寿)さんが、『最高のイチゴは、僕が選んで直接お店に送っているからね』という話を聞いて、それなら直接産地から買わせてもらうのも、大事なのだなと思うようになりました

5月のツアーの後、「髙島農園」のスイカや「山一ファーム」のメロンを使ったデザートをさっそくコースに取り入れます。するとゲストの反応もよく、たとえばメロンなら「このおいしいメロンは静岡産ですか?」と聞かれるほど好評だったといいます。

そういったお客様には、『じつは、茨城県産なのですよ』、ドヤ顔でご説明するんです(笑)。そこから、産地に行ったことや、自分の故郷のお話しをすることもあれば、茨城県出身だったり関係があるお客様でしたら、お客様の方から『茨城県ということは鉾田ですか?』と反応してくださるんです。じつは、東京には茨城県出身やお住いの方が多いことも、地元の食材を使い始めて感じたことです

北茨城市出身の大澤さんは、地元に近い大子町のリンゴに今は興味があるといい、リンゴに限らず、これからも地元の食材を積極的に使っていきたいといいます。

「髙島農園」のスイカのジュースを凍らしかき氷のようにした大澤さんのデザート

ひとつの出会いがきっかけで
数珠つなぎのように出会いが続く

茨城県の産地を巡ったことがきっかけで、産地としての故郷の魅力を改めて知った大澤さんのように、茨城県出身でも故郷の食材のことを知らない料理人やソムリエ、飲食関係者がいるかもしれません。

もちろん、働く店のコンセプトや目指す方向性、価格帯によって「今は使えない」ということもあるでしょう。ほかにも大澤さんのように、食材のおいしさで判断したいという意見もあります。そのうえで、故郷の食材を使いはじめた大澤さんは、次のようにいいます。

僕は『去年と同じことをやらない』とこころがけています。もちろん、似てきてしまうものはあるのですが、少しでも毎年デザートを変えていきたいんです。そのなかで、新しい食材との出会いは、料理を変えていくきっかけになります。そして、1つの食材、生産者さんとの出会いがきっかけで、次の食材や生産者さんに数珠つなぎのように出会いが続いていきます。それが僕にとって、5月の茨城県の果物ツアーでした。今回は偶然だったのですが、その機会を逃さないようにしたいと思っています

さらに、果物ツアーがきっかけで、同業のパティシエたちと出会えたことも大きな収穫でした。もちろん店で働く人の数や、自分のそのときのポジションなどもあって、休んだり、営業を途中で抜けて産地にいくことは難しいという人も多いでしょう。

Restaurant TOYO Tokyoには、パティシエが大澤さんしかいません。先日のポップアップイベントで、たった一人のパティシエが6日間も店を空けることになったのですが、シェフの丸山さんが営業中に大澤さんのデザートまで作ってバックアップすることで、店を閉めずに乗り切ったといいます。

産地を見ることが大事であることを、チームが理解してくれていることも必要だともいいます」と大澤さんがいうように、店の状況にもよるでしょう。

シェフと茨城」では、産地に必ずいかなければいけないとか、無理に茨城県の食材を使うことを勧めたいわけではありません。

ふだん使っている食材の産地や、大澤さんのように自分の生まれた街の産地を訪れることによって、食材を知ることだけでなく、人と人とのつながりからコミュニケーションが生まれることは、産地を訪ねる大きな意義だと思います。

とくに茨城県は、都心から90分も移動すればほとんどどこにでもたどりつける身近な産地です。茨城県出身のシェフや料理人はもちろん、産地とのつながりを求める人たちの「出会いの場」になるはずです。

大澤康二さん
1983年、茨城県出身。「エコール 辻 東京」卒業後、2003年に東京・西麻布「ル・スフレ」に入り、スフレやレストランデセール、焼き菓子、チョコレートなどを学ぶ。2007年、尾山台「オーボンヴュータン」に入社、さらに菓子作りの基礎や取り組む姿勢などを学ぶ。2013年に渡仏。パリでは、最古のレストランの一つ「ラペルーズ」でシェフパティシエの佐藤亮太郎氏に学び、2014年には佐藤氏が手掛けたパリ郊外のラボのシェフパティシエにも就任。帰国後は、都内のレストラン「リベルテ・ア・ターブル・ド・タケダ」「テストキッチンH」などでパティシエを務めた後、2020年に日比谷ミッドタウン「Restaurant TOYO Tokyo」にパティシエとして入社した。2020年よりフランス展にて自身のブランド「スフレ・コウジオオサワ」を初出店している。

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次回の更新は、11月16日(水)。銀座の老舗和菓子店「空也」の茶巾栗の栗は茨城県産の栗です。その魅力を空也の職人、町田智貴さんに聞くとともに、産地・笠間の栗剥き職人についても取材しました。

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

【問い合わせ先】
茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チーム
Tel:03-5492-5411(担当:澤幡・大町)

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