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栗といえば茨城県! 生産量日本一だけではない栗産地としての茨城県をもっと知ってほしい

この記事に登場する人
市ノ澤 創さん|「ショコロンファーム」園主
箱田素子さん|「箱田農園
美留町徹さん|「笠間栗ファクトリー」総務部長
髙橋卓史さん|「笠間栗ファクトリー」営業部長

取材に同行した人
青木 繁さん|「As」オーナーパティシエ
大澤康二さん|「Restaurant TOYO Tokyo」シェフパティシエ
野田美稀さん|「ラ クレリエール」シェフパティシエ

茨城県は、生産量・栽培面積ともに日本一の栗の産地です。農林水産省が発表した2022年の栗の都道府県別収穫量は茨城県が3,670tで今年も第1位。生産量全体の24%を占めています。「栗といえば茨城県」といっても差し支えないでしょう!

しかし栗は、鬼皮と渋皮をむいたり、灰汁抜きをしたりと手間のかかる食材です。そのためむいた栗や加工済みの栗ペーストなどを購入している菓子職人やパティシエ、料理人も多いはず。とくに加工品は、外国産で価格が安定しクオリティの高いものもあり、国産の生栗から加工する機会があまりないという声をよく聞きます。

そこで今回は、栗の生産者から、神業をもつ「笠間の栗」むき子マイスター、最新の加工施設など、日本最大の栗の産地である茨城県だからこそ伝えられる栗産地の姿を前後編で紹介します。

前編では、産地から農家での加工、または工場での加工といった一連の流れを見ていきます。

無農薬・無肥料の畑で育つ昔ながらの品種たち|ショコロンファーム

県中央部に位置する吾国山が源流の恋瀬川沿いにあるかすみがうら市旧千代田町地区では、果樹園が広がり里山の風景を映しだしています。

旧千代田町は、栗・梨・柿を中心にした果樹栽培が盛んで、なかでも高倉地区は、縄文から弥生時代にかけての高倉遺跡や1324年(元亨4)に造立された阿弥陀仏石像が残るなど、県内でも歴史がある地域です。

この高倉地区にあるショコロンファーム(市ノ澤栗園)は、明治大正期に栗栽培を始めたという100年以上の歴史をもつ栗農家です。

さっそく圃場を案内してくれたのは、園主の市ノ澤創さんです。ここで栽培しているのは、早生品種の丹沢、国見、中生品種の大峰、筑波、利平、銀寄、ぽろたん、晩生品種の石槌、岸根といった品種で、農薬や化学肥料などを使わずに育てています。

近年、栗農家は高齢化により、全国的に栽培量が少しずつ減少してきています。ショコロンファームもじつは市ノ澤さんの祖父の代で栗栽培をやめることになりそうでした。

生まれた時から見てきた風景ですし、なにより栗のおいしさを知っていましたから、やめてしまうのはもったいないと思い、18年前、僕が26歳のときに栗畑を受け継いだんです

市ノ澤さんはおいしい栗を育てるための労力は惜しみません。「栗の木と木の間を5mと広くとって、日光をしっかり当てることで糖度がのった栗になるんです」と市ノ澤さん。また、新緑の季節にはクスサンという蛾の幼虫(毛虫)が葉を食べて、栗の木を枯らしてしまいます。それを防ぐために冬場に、枝についた卵をそぎ落として焼却処分するか、幼虫になってしまったら1匹ずつ手で獲るなどして、栗の木を守っています。

もちろん収穫も手作業。最盛期には早朝から始めた収穫作業を、日が沈んだらヘッドライトをつけ、1日12時間も続けることもあるといいます。この気の遠くなるような作業を続けられるのは、代々受け継いできた土地を守る責任と、そこで育った栗のおいしさを伝えていきたいという使命感のなせる業なのです。

ショコロンファームでとくに力を入れている品種は、初代が栗畑を拓いた当時から変わらずある「銀寄」と、栽培で剪定に手間がかかり風にも弱いため、収量が他の栗品種に比べて1/3から1/5と少ない「利平」です。

「ショコロンファーム」の園主、市ノ澤創さん。
ショコロンファームの畑は、高倉地区のほか同じかすみがうら市の牛渡地区や新治地区に畑を持つ。
栗は、自家不和合性という、自己の花粉では受精せず他者の花粉でのみ種子をつける性質をもつため、20m以内に別品種を植えるなど、畑ではさまざまな品種を混植させる。

銀寄は、18世紀半ばに定着した品種で、大阪府が発祥の地とされています。扁平型で比較的大きい粒。粉質な食感で甘味が強く、風味の豊かさが特徴です。

利平は、1940年(昭和15)に岐阜県で日本原産の栗と中国の天津甘栗を交配して完成した交雑種。粉質の果実で甘さがあり、肉質が良い品種です。

ショコロンファームでは、果実が大きく、渋皮が簡単にむける画期的な「ぽろたん」も栽培していますが、あえて伝統的な銀寄や収量が少ない利平を推しているのは、市ノ澤さんが栗のおいしさを重視しているからです。

その姿勢は、収穫した栗の保管方法にも表れています。栗の主要害虫であるクリシギゾウムシは、成虫が栗のなかに産みつけた卵が実のなかで孵化するため、孵化した幼虫が中身を食べてしまいます。

産卵を防ぐため、産卵期に殺虫剤を散布するなどの方法がありますが、農薬を使わないショコロンファームではその方法を採りません。

防除は、栗を数日水やお湯につける方法や、炭酸ガスを使った燻蒸処理など最新の技術もありますが、どうしても栗の味が変ってしまうように感じます。できるだけ味に影響を与えない方法は何かと考えると、単純ですが卵を孵化させないことです。卵は気温が上がると孵化することから、収穫後はすぐにマイナス2℃から2℃の低温の冷蔵庫で保管し、卵を孵化させないようにしています。お客様にも、必ず冷蔵庫で保存していただくようにお願いしています

1年間の販売量は3~4tとわずかであり、保管・管理にも独自のルールがあることから、農協などを通じての出荷はしておらず、ファームの店頭か飲食店への直販、東京・渋谷の「青山ファーマーズマーケット」などのイベントでのみ購入することができます。

冷蔵庫のなかで熟成させてから販売をする。「熟成は3週間から45日ほどでピークを迎えるように感じる」と市ノ澤さん。室温は0℃からマイナス1度、湿度は15~20%を目指し、低温で乾燥させながら熟成させていく。
取材に同行した東京・白金高輪の「ラ クレリエール」のシェフパティシエ、野田美稀さんは「ラ クレリエールの柴田(秀之)シェフの考え方で『おいしいを前提に、安全で健康においても自信を持ってお客様に届けたい食材を使う』ことを掲げていたこともあり、とくに無農薬・無肥料で栽培されていることに共感しました」と話す。
左から「As」オーナーパティシエの青木繁さん、「ラ クレリエール」シェフパティシエの野田美稀さん、市ノ澤さん、「Restaurant TOYO Tokyo」シェフパティシエの大澤康二さん。

むき子歴40年の匠の技におどろき|箱田農園

栗の一大産地といえる茨城県のなかでも「笠間の栗」は全国的に知られるブランドでもあります。

笠間市で三代続く栗農家の「箱田農園」は、生栗だけでなく、むき栗にして卸しています。笠間では古くから農家によるむき加工が行われており、その仕事は「むき子」と呼ばれる主に農家の女性が担っていました。

箱田農園の箱田素子さんは、母からむき加工の技を学んだむき子歴40年のベテランです。「ダイヤモンドカット」と呼ばれるほど美しく精巧なむき技術から、都内の老舗和菓子「空也」で「箱田さんの栗を使いたい」と指名買いされるほど。笠間市の栗農家の女性部で結成された「K.K.T.6(笠間の栗伝えたい6人)」の中心メンバーでもあります。

さっそく箱田さんのむき技術を見せてもらいます。驚かされるのは、流れるようなその手さばきです。栗がまるで包丁に吸いついているかのように刃が渋皮と実の間をスルスルと滑るように動いていきます。

あっという間に美しいダイヤモンドカットが完成。1つの栗をむき終えるのに1分もかかりません。

やってみますか?」と箱田さんの勧めでむき栗に挑戦してみますが、違う栗をむいているのかと思うほど栗が刃に吸いつかずに、表面がデコボコになってしまいます。普段から包丁を使いなれているパティシエたちも、なかなかうまくむくことができず悪戦苦闘。包丁と栗の動かし方や力加減が難しく、箱田さんのようにカットした面が光で反射するような、美しく平らなカットがなかなかできないのです。

「箱田農園」の箱田素子さん。
箱田農園では、皮つきのむき栗も販売している。皮つきのまま水にさらして虫の防除を行ったのち、乾かし、冷蔵庫で熟成させる。栗の時期の週末には焼き栗の販売も行っており、多くの購入者でにぎわう。
「箱田さんのカットの綺麗さに驚きしかありません。栗の断面が輝いて見えて職人技とはこういうことなのだなと思いました」と東京・日比谷の「Restaurant TOYO Tokyo」のシェフパティシエ、大澤康二さん。大澤さんは、昨年栗の皮むきを自分で行ったものの時間がかかりすぎたことで断念。むき栗を利用することにしたという。箱田さんのむきの技を目の当たりにし、買うだけでは見えなかった生産者の苦労がみえ、身が引き締まる思いだったという。
箱田さんのむき技術に食い入るように見つめる青木さん。
使い込まれた栗の皮むきの道具。包丁は、「有次」の栗むき用のものだ。

栗の皮むきは、集中力と時間が必要な作業です。そのため大量につくる和・洋菓子店では、むき栗を仕入れることがほとんどです。1日に使う量が少ない、レストランやアシェットデセール(皿盛りデザート)専門店では、皮つきのまま仕入れてパティシエ自らむくこともありますが、昨今の飲食業界の就労時間を短縮していこうとする動きもあり、むき栗の活用が増えています。

しかし需要に反比例するように笠間では、栗のむき子の数が少なくなってきていると箱田さんはいいます。

じっさい、栗の栽培自体も、2021年と19年前の2003年(平成15)の全国値を比べると、総栽培面積は25,300haから16,800haへ、総出荷量は17,500tから12,800tへ減少しています(農林水産省「作物統計」より)。

一方で、箱田さんのように高いむきの技術があれば、老舗の和菓子店との取り引きも可能にもなり、栗農家の新しい収入源にもなります。

そこで笠間市では、第2次ブランド推進戦略の「儲かる『笠間の栗』産地づくり」に基づき、2022年に「笠間の栗むき子マイスター養成事業」を新設。箱田さんもマイスターの講師役として参加した「『笠間の栗』むき子マイスター養成講座」を7月に募集すると、事前受付で20名の募集定員がいっぱいになり、2022年11月には、追加講座が開講したほどです。

さらに笠間市は、栗の生産者だけでなく、加工事業者や和洋菓子販売事業者、飲食事業者などで構成する「笠間の栗グレードアップ会議」を立ち上げ、笠間の栗に関わるすべての人たちの所得向上と、持続可能な「笠間の栗」産業の実現を目指しているのです。

栗の風味がしっかり残ったペースト|笠間栗ファクトリー

2021年9月にオープンし、カフェや直売所を併設した「道の駅かさま」は、栗の季節になると買い求める人が市内外から訪れるほか、モンブランなどのカフェメニューも人気で、多くの人で賑わうスポットです。

その道を挟んだ向かいに2022年に完成した建物があります。「つくる、つながる、笠間の栗」をコンセプトにした加工施設「笠間栗ファクトリー」です。

約487㎡の建物では、入荷した生栗を冷蔵し、洗浄と蒸し、加工、品質検査、冷凍保管までを一気通貫で行うことができます。作業中の様子は、外からガラス越しに見ることでき、9月からは、蒸した栗から実を取りだし、ペーストにしていく栗ペースト加工の様子を見ることができます。

笠間の栗の発展と普及を目的とした加工場ですので、現在は笠間市内の圃場で採れた栗だけを使っています」というのは笠間栗ファクトリーの総務部長、美留町徹さんです。添加物を加えずに製造するペーストは、加糖と無糖があります。糖度30度の加糖で2㎏6,200円、栗100%の無糖は2㎏8,600円という値段設定になっていますが、笠間の栗の価値を上げ、栗農家の所得向上によって栗栽培の維持・継承を目的としているため、仕入れの価格を高めに設定しており「ご理解のうえ使っていただきたい」と営業部長の髙橋卓史さんはいいます。

糖度30度の加糖ペーストを試食したパティシエの多くは、「加糖なのに栗の風味がしっかりと残っていておいしい」と高評価。一方で「洋菓子をつくるにはやや甘く感じるので、20度程度の商品があると、自分で好みの糖度に調整できるので扱いやすい」という感想もありました。

今後、洋菓子店のニーズにも応えながら、さらに笠間の栗の価値の向上を目指した商品開発をしていきたいと髙橋さんはいいます。

笠間栗ファクトリーの外観。
笠間栗ファクトリーの加糖ペースト。「添加物は使用していませんので、自然の産物であることを理解してお使いいただきたいです」と美留町さんは話す。砂糖はグラニュー糖を使用している。
「栗のペーストの工場を見るのは初めてでしたが、衛生管理が徹底していて、しっかり味のあるペーストでおいかったです」と話すのは、東京・恵比寿のアシェットデザート専門店「As」のオーナーパティシエ、青木繁さん。
「笠間栗ファクトリー」の総務部長、美留町徹さん。
「道の駅かさま」の向かいに建つ笠間栗ファクトリー。大きな窓ガラスから中の様子を覗き見ることができる。

栗ペースト加工室はほぼすべてが機械化されており、稼働初年の2022年で約45tの栗を加工し、そのうち約31tの栗ペーストが製造されました。2年目になる2023年は、さらに多くのペーストを製造する目標だといいます。

さらに施設では、茨城県独自のHACCPの概念に基づいた自主衛生管理の認証制度「いばらきハサップ」の取得に向け、「HACCPの内容をふまえた衛生管理実施施設の認定」を受け、衛生管理も徹底しています。この自主衛生管理を3年間以上継続したのち、「いばらきハサップ」の認証を受けることが可能になります。

手作業の部分が残る従来の加工施設に比べ、機械化・自動化などにより多くの栗を加工できるのは、栗農家からたくさんの栗を購入できるので栗の売り上げ向上につながります。素早い加工処理によって、多くの生栗を豊かな風味を残したまま加工することができます。ちなみに笠間栗ファクトリーでは、JA常陸からの栗の仕入れのほか、周辺の栗農家10軒ほどから仕入れています。

また、廃棄の栗やむいた皮は県内で肥料や豚の飼料として再利用されているほか、鬼皮は染付に使うなど、廃棄物の資源利用化も積極的に行っています。

作業は機械化されているとはいえ、蒸した栗を割って中身を確認するときは、人の目視が必要になります。また、年々減少する栗むき作業の担い手を確保するために行政が開講した「『笠間の栗』むき子マイスター養成講座」の受講者を積極的に雇用するなど「つくる、つながる、笠間の栗」をコンセプトに地域との連携を目指しています。

栗ペースト加工室。来年度以降も生産量を延ばしていきたいという 画像提供:笠間栗ファクトリー
蒸した栗を半割にした後、実の中を確認していく。この作業は、人の目と手によって行われる。画像提供:笠間栗ファクトリー

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栗産地としての茨城県は、たくさんの栗農家がいるのはもちろん、産地のなかに加工場がある点は、生産と加工施設が異なったところにあるのが一般的な他の地域からみると珍しい特色といえます。地域の貴重な産業であり、歴史ある文化でもあることを大切にしている点も広く知ってもらいたいポイントです。

栗農家のみなさんは、品種の多様性を受け継ぎながら、より良い食味を目指した栽培方法をつねに模索しています。

また、栽培にこだわり伝統的な品種を尊重したり、むき子の技術の継承を目指する取り組みがある一方で、機械化して最新の加工技術を導入していくという真逆に見えるような取り組みも、目指すことは、栗農家の所得向上であり、栗の産地としての茨城県の歴史を未来につなげようとしている点で一致します。

こうした生産量日本一なだけでない、未来に向けた栗産地として取り組む茨城県の姿を、もっと知ってもらいたいと「シェフと茨城」は考えています。

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
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Photos by Naoto Sawada
Text by Ichiro Erokumae

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