豊永裕美さん|栗から出てきても「かわいい虫だな」と思ってもらえたらいい
昆虫食レストランとして話題の東京・浅草橋の「ANTCICADA」で、食材調達担当として昆虫を中心にさまざまな食材を集める豊永裕美さんが、ひときわ気になっていた食材が「クリシギゾウムシ」です。
「栗が大好きなので、それなら栗に寄生するクリシギゾウムシもきっとおいしいに違いないからと、ANTCICADAで出したいと思っていたんです」
クリシギゾウムシとは、ゾウムシ科の昆虫です。その名の通り幼虫の段階で栗に寄生します。いわゆる栗の実の「害虫」として知られますが、豊永さんは「食べようとした栗にクリシギゾウムシが入っていたらびっくりするとは思うのですが、それがまるで不衛生で食べられないように扱うのもどうかなと思うんです。極端な話ですが、クリシギゾウムシをまったく寄りつかないようにたくさん農薬を散布した栗が果たして安全なのかと思うんです」といいます。
人間も虫も、栗を食べて生きている。もちろん人間が食べるために栽培した栗なのだから「害虫」と呼んで排除することは当然かもしれませんが、視点を変えると"栗好きな生き物"に見えるのではないか。そうしたとき、クリシギゾウムシを「害虫」と呼んでいるのは、人間だけではないか。
そんな疑問を投げかけたくて豊永さんは、クリシギゾウムシの料理の提供をANTCICADAのオープン以前から考えていました。
安定して入手できなかったクリシギゾウムシ
クリシギゾウムシ成虫の雌は、栗の実に長い吻を刺し込んで産卵します。栗のなかで孵った幼虫は、実を食べて成長し、育つと栗の実から出て地面に落ち、土の中に潜って蛹 になります。
栗の実栽培の歴史は、クリシギゾウムシ対策の歴史ともいえます。
クリシギゾウムシを防除する代表的な方法としては、成虫が産卵を始める前の8月から9月に薬剤散布を行ったり、栗の表面を見て卵が産卵されていないかの選別をしたり、薬剤を使った燻蒸処理などが行われてきました。
近年では薬剤を使う燻蒸処理にかわる策として、たとえば、産卵前に収穫される早生品種の開発が進められています。
一方の中生から晩生の品種では、仮に卵が産卵されたとしても、孵化しなければ問題ないため、収穫後に湯温保存や氷蔵保存して孵化させない工夫もされています。もちろん、消費者の手に渡ったあとも、孵化しないようにすることも大切で、常温ではなく冷蔵保存することを認知させる取り組みも行われています。
つまり、クリシギゾウムシの栗の実への産卵をゼロにするのではなく、できるだけ発生させない方法を作り出そうとしているのが、栗の実栽培の実情といえます。
「栗を栽培する農家さんに、クリシギゾウムシがいたらくださいませんか?というのは、おかしな話で、なくしたいのが前提なんです。だから食材として調達するのがとても難しい。茨城県の栗農家さんや知り合いで栗を栽培している人に電話をしまくって、ようやく『穴の開いているやつならもってかえっていいよ』というものをたくさん持って帰ってきたりもしました。結果的には5、6匹しか出てこなくて。レストランのコースで出すには、量が足りないので2年間はメニュー化できずにいました」
10月、晩生の栗の収穫時期に大量入手
そんななかANTCICADAチームが、2020年に「シェフと茨城」と出会った縁を頼って豊永さんは、クリシギゾウムシを手に入れたいという話を、「シェフと茨城」のディレクター・藤田愛に相談します。「栗の選別のアルバイトをしている知人がいるので、直接相談してみましょう」という藤田の提案があり、9月に笠間市の農業公社(一般財団法人 笠間市農業公社)でアルバイトをしている森田麗奈さんを訪ねることになったのです。
「森田さんに農業公社の井坂さんをご紹介いただいて、いろいろとお聞きすることができました。でも、クリシギゾウムシを出さない方法は知っていても積極的に出すことは詳しいわけではないため、農業公社の方々も一緒に考えてくださって、 穴が開いていたり生育不良で普段なら破棄してしまう栗を常温で放置してみて、出てくるか見てみようということになりました。私の方は、加工品用のB級品を3袋くらい持ち帰らせていただき、クリシギゾウムシが出てくるのを待つことになりました」
ANTCICADAで放置していましたが、その時の栗の実からはクリシギゾウムシは出てきませんでした。
早生よりも晩生の品種の方が皮がやわらかいので出やすいという説や、晩生でも品種や皮の厚さによってもかわる説、幼虫は9月下旬から10月上旬に孵化するのでそのあたりに多く出てくる説など様々な要因が考えられ、なかなか一筋縄ではいきません。
そんな中、10月に農業公社に再訪すると、なんと森田さんがクリシギゾウムシを集めて待っていてくれたといいます。
「どうやって集めていたかというと、廃棄予定だった栗を、コンテナに入れたまま倉庫内(半屋外)で放置しておいたんです。というのもクリシギゾウムシは、栗のなかでは幼虫で過ごし、孵化するために栗から出て土を目指します。つまり、下に向かって動いていくんです。この習性を利用して、コンテナをふるい替わりにして、地面にクリシギゾウムシが落ちてきやすいようわざわざコンテナを並べておいてくれてたんです」
実際に放置してあったコンテナの下を見ると、たくさんのクリシギゾウムシが落ちていました。それでもクリシギゾウムシの幼虫は3㎜くらいと小さく、それを拾うだけでも大変なこと。繁忙期であれば栗の選別や出荷以外の仕事はしたくないというのが本音のところを、なんと森田さんが1匹1匹拾い集めてくれたといいます。
「森田さんがお休みの日でも、同僚の方から『今日虫出ているよ』という連絡が入れば、取りに向かってくださって、ずっと集めてくださったそうです。森田さんや農業公社のみなさんがいらっしゃらなければ、絶対無理でした。本当に奇跡みたいな出会いでした」と豊永さん。こうして、貴重なクリシギゾウムシ800ℊほどを手に入れることができたのです。
クリシギゾウムシの味をきちんと感じるデザート
そうして手に入れた貴重なクリシギゾウムシは、12月末からANTCICADAのデザートとしてメニュー化されています。料理を考案したのは、シェフの白鳥翔大さんです。
「私は、料理ができないので、食材を調達したら翔大くんに『お願い、なんとかして』って、渡しちゃうんです」と豊永さん。「豊永がずっと探していたのを知っていたので、いつも以上に形にしようと思いましたね」と白鳥さんは、クリシギゾウムシを活かした料理の試作を繰り返します。
そして完成したのが「モミシロップ、クリシギゾウムシ、チョコムース」です。
栗のリキュールに漬けたクリシギゾウムシに、チョコレートのムースと軽井沢・離山の木食ブランドが製造した五種の香木を蒸留ノンアルコール微炭酸飲料「FOREST SODA」のゼリーをあわせた、森の香りがするデザートです。
「クリシギゾウムシなので、『栗を使ったデザートにしようか』、なんて話していたのですが、結局は全部やめて森をテーマにしてみました」と白鳥さん。クリシギゾウムシ自体は、食べていた栗の香りがするものの、体が小さいこともあって、メインで使うには難しかったともいいます。
そこで白鳥さんは、デザートのアクセントとして使おうと考え、チョコレートに合わせるアルコール漬けしたレーズンのようなイメージで、クリシギゾウムシを栗のリキュールに漬けたのです。
「大きな虫は、口にいれて食べ進めると味が均一になりにくくて、食べる部分によっては食感が気になったり、苦味やえぐみを感じてしまうことがあります。そのため形をなくして、味を均一にしてから料理に使うことが多いんです。料理人としては、虫であっても他の食材であっても、おいしく食べてもらうことが大事ですので、もとの形を見せられないのは残念ですが、味を優先するんですね。だけど、クリシギゾウムシのように小さい虫は、食べた時に1度にすべての味を感じるので、虫の味を伝えやすいといえます。虫の味と形をきちんと味わってもらえるいい機会だと思い、できるだけそのままの姿を見てもらおうと思いました」(白鳥さん)
モミやアカマツ、カラマツ、アブラチャン、ヒノキといったFOREST SODAに含まれる木の香りと、チョコレートのムースの香りとやわらかい食感。そのなかにクリシギゾウリムシがプチプチと弾ける食感と、そこからふわりと現れる栗の香りがアクセントになり、まるで踏み入るごとに森の香りが奥深くなっていくような感覚にさせるデザートです。
「このデザートには、秋にまわった『さしま茶ツアー』で出会った長野園さんの『SASHIMA CRAFT TEA H2 Muscatel』を合わせてみたいと思っています」というのは、ANTCICADAのドリンク担当の山口歩夢さんです。
「SASHIMA CRAFT TEA H2 Muscatel」は、国産紅茶品種の茶葉「べにひかり」を使った和紅茶で、なかでもウンカという小さな虫に茶葉を噛ませることで特殊な香りをもつことから、台湾では「蜜香紅茶」と呼ばれるものです。ここでも「虫」が登場します。
虫をたくさん食べてほしいわけではない
自然について考えるきっかけになってほしい
「今回は、森田さんの協力もあって、レストランのコース料理で使い続けていけるだけの量を得られたのは、とても大きな成果だったと思います」と豊永さんはいいます。
一定量を手に入れることができ、試作が可能になったことでレストランで提供できるクオリティの料理を生み出すことができました。今回は100gを2500円で購入したといいます。クリシギゾウムシが2匹から3匹で1ℊ、1匹10円という原価もわかりました。もちろん、森田さんには好意で頼んでいるため仕事として依頼するのであれば金額の再考は必要です。それでも、食材としての価値が生まれれば、年間で一定量購入していくことも可能になるかもしれません。
「デザートを食べてみたら、食感も香りもあるし、使う意味がある食材になっていたと思います。クリシギゾウムシは、味としては、それほど特徴があるわけではなく、ふんわり栗の香りがする程度。シェフの翔大くんも作るのは難しかったと思うんです。それでもお願いしたかったのは、クリシギゾウムシを知ってもらうことで栗農家さんのことや、栗栽培のことを知ってもらいたかったからなんです」と豊永さんはいいます。
「栗農家さんに聞くと、栗のなかにクリシギゾウムシが入っているだけで、クレームの電話が入るそうなんです。だけど、説明したとおり、クリシギゾウムシをゼロにすることはできないんです。それなら、もし入っていたとしてもよけて、食べれる部分を食べたらいいと思うんです。私は、クリシギゾウムシをたくさんの人に食べてもらいたいわけではありません。そういうことを知っている方が増えたら、過度なクレームは少なくなって、農家さんの負担も少し減ると思うんです」
そうした作物と虫の関係は栗だけではなく、たとえば野菜や果物についても同じようなことがいえると豊永さんはいいます。野菜に虫がついていたとしたら、かえって食の安全性が確かだと見方を変えることもできます。
「そういったことを食べる側に感じてもらえるいいきっかけになると思って、クリシギゾウムシの料理を作りたかったんです。できたら、クリシギゾウムシのかわいさを見つけてくれる人がいたらうれしいなと思います。もし、栗を割ってみてクリシギゾウムシが出てきたとしても、かわいいなと思ってよけてもらえたらいいですね」
虫取りが好きで、生き物が好きだという豊永さんが伝えたい思いを、茨城県の"食材”で協力できたことは、「シェフと茨城」として、とてもうれしく光栄なことでした。豊永さんのように「こんなことをしてみたい!」というような思いを遠慮なく問い合わせてもらえるようなメディアであり続けるように、これからも産地・茨城の発信を続けていきます!
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取材の合間に、シェフの白鳥さんが「霞ケ浦のアメリカナマズの料理、ANTCICADAのコースで一番人気なので、紹介させてください」と言って、秋から冬のコースの魚料理として出されている「アメリカナマズに焦がしパプリカのソース」を作ってくれました。
白鳥さんは、2020年秋に開催した「シェフと茨城」の産地ツアーで、霞ケ浦の養殖のアメリカナマズを知り、2021年の秋からメニューに入れ始めました。11月には、再度霞ケ浦を訪れて、アメリカナマズの養殖現場も見学しています。
アメリカナマズをフレッシュチーズなどを作る際にでる牛乳のホエイ(乳清)に2日間漬けたのち、63℃から64℃で20分から25分ほど、やさしくゆっくりと火入れしています。
火入れしたナマズの肉は、パプリカのピュレが下に敷かれ、上にはたっぷりの野菜やハーブがのり、カシューナッツ、スダチの皮が振りかけられています。仕上げにセロリとヴィネガーの土のニュアンスのあるドレッシングがまわしかけられます。
筋肉質なナマズが、ホロホロとほどけるような独特の食感が生まれます。骨のない魚なので食べやすい。魚なのか肉なのかわからない、その中間のような、今までに食べたことのない食材に感じるのがおもしろいところ。
「実際に産地に行けて、養殖している風景を見れたことで、帰ってきてからお客様に、今まで以上に料理の説明がきちんとできるようになったと思います」と、ツアーの成果も教えてくれました。
茨城県でたくさんインプットしたことを、ANTCICADAらしい料理や飲み物になってアウトプットされることは、茨城県の生産者にとってなによりの励みと自信になるはずです。
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次回の更新は、2月9日(水)。東京の人気イタリアン「ラ・ブリアンツァ」のオーナーシェフ、奥野義幸の産地見学を取材。人気シェフが見た産地・茨城についてレポートします。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae,Megumi Fujita