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100年先も栗の名産地でありつづけるために栗の生産量日本一の茨城県だからこそできること

この記事に登場する人
石田啓一さん|「小田喜商店」代表取締役
西野 歩さん|「あいきマロン」代表取締役

取材に同行した人
堀尾美穂さん|「あずきとこおり」店主
室岡春香さん|「薫 HIROO」シェフパティシエ
上妻正治さん|「unis(ユニ)」シェフパティシエ

栗の生産量・栽培面積ともに日本一の茨城県だからこそ伝えられる、栽培の最新技術や栗農家の高齢化・跡継ぎ不足による減少という課題への取り組みなどを前後編で紹介しています。

後編では、創業63年の老舗栗専門店である「小田喜商店」と、新しい栽培方法「矮化栽培」を採り入れた「あいきマロン」の取り組みを見ていきます。

創業63年目の新しい挑戦で地域の文化を継承する|小田喜商店

茨城県中央部に位置する笠間市は、栗の生産量日本一の茨城県のなかでも生産の中心地です。温暖な気候や保水性・通気性のよい火山灰土壌が栗の栽培に適しているため良質な栗が育つ環境でもあります。

笠間市でもとくに栗畑が密集しているのが、旧岩間町と旧友部町です。旧岩間町で1960年(昭和35)に創業し、63年の歴史をもつ「小田喜商店」は、生栗・むき栗のほか栗ペーストや栗甘露煮、栗渋皮煮・栗菓子などの加工品を販売する栗専門店です。

小田喜商店では、周辺の栗農家300~400軒から栗を購入しているほか、仲買人から購入する分を合わせると、年間100トンを超える栗を受け入れています。

受け入れた栗は、すぐ冷蔵庫に保管し、栗の鮮度を維持するように管理しています」というのは、小田喜商店代表取締役の石田啓一さんです。加工品に使われる栗は、近隣の栗農家がその日に収穫した新鮮な栗です。獲れたての栗は香りの豊かさが特徴で、むき栗にしてそのまま販売したり、甘露煮や採れたての栗の香りを活かしたペーストに加工します。

じつは、獲れたての栗は甘くありません。デンプンが主成分であり、香りは豊かですが甘味はなく、パサパサしています。一方で、栗の甘味を引き出すためには低温で熟成する必要があります。1カ月ほど低温熟成した栗は甘みが3~4倍になるともいわれており、皮つきのまま生栗で店頭や通信販売しているほか、焼き栗やおこわ等の加工品に使用したりしています。

栗の専門店「小田喜商店」。JR岩間駅から車で5分ほど。店頭では焼き栗や生栗、栗の加工品を販売している。
焼きあがったばかりの焼き栗。
「小田喜商店」代表取締役の石田啓一さん。
工場内では、むき栗の選別をしていた。むき栗はこの地域にいる多数いる「むき子さん」と呼ばれるむき栗職人が手掛けたもの。毎日獲れた栗を「むき子さん」へ届け、むき栗を回収し、新鮮な状態で加工を行っている。
品質や形状チェックを目視したあと、機械でサイズごとに選別する。
熟成した栗の内部障害をチェックする工程を撮影する「unis(ユニ)」シェフパティシエの上妻正治さん。「栗の加工工程を見学したのは初めてで、改めて和栗の加工品が手に入ることのありがたみであったり、こだわりを持って加工されていることを知り、ものすごく勉強になりました」と話した。
機械でのチェックが終わった生栗。
熟成した皮栗も機械でのチェックだけでなく、最終的な選別は人の手で一つひとつ丁寧に行う。
丁寧にむかれた新鮮な栗を炊いた甘露煮。
取材に同行した「薫 HIROO」シェフパティシエ、室岡春香さん(写真中央)は「私たちがふだんやっている栗むきや渋皮煮、栗の実を掘りだしてペーストを作るときの工程が、大きな規模になるとこうなるのかということが、自分で辻褄を合わせながら理解することができました。 とはいえ機械を使いながらもしっかり人の目で見て作業しているところは、やはり栗は手間がかかるものなのだと思いながらも手間をかけても食べたいものだし、手間がかかるからおいしくなるものなのかなとも感じました」と話してくれた。

小田喜商店が栗を受け入れている農家は、専業農家ばかりではありません。たとえば栗農家だった先代が高齢になり、ほかの仕事をしながら畑の管理を受け継いだ兼業農家や、庭先等で収穫された栗をもってくる小さな農家も含まれているといいます。栗の収穫は大変ですが、果樹のなかでも比較的栽培に手間がかからないこともあり、さまざまな栗農家が多く混在しているのが笠間市の栗産地としての特徴でもあります。

そのため、品種ごとに分けて持ってくる農家もいれば、さまざまな品種をまとめて持ってくる農家もいます。農家にも協力してもらいながら、獲れたてで鮮度がいい状態のものを受け入れて、栗の味が損なわれないよう丁寧に扱い、加工を行うようにしていると石田さんはいいます。

栗農家が減ってきているなかで、高齢化で跡継ぎがいないことや、体力的にも継続が難しいことで栗農家を辞める人も増えてきています。小田喜商店として、栗の生産量縮小を食い止めることや、困っている農家さんや地域の助けにつながることができないか、常に考えています

小田喜商店は、2023年から谷中にある栗専門店「和栗や」と農場管理を行う「(株)いわまの栗」と共に「いわまの栗・サポーター倶楽部」をスタートさせました。栗収穫や栗加工体験のほか、収穫した栗を低温熟成して届けるなどの特典がついた栗好きのための体験ツアー型のファンクラブです。

今年の9月に実施し、延べ約100人のお客様に参加していただきました。栗のことを好きだからもっと深くまで知りたいというお客様が多いんですね。とてもマニアックなお客様もいらっしゃいました。今回のような取り組みで、まず栗の栽培から加工までを楽しんで体験していただき、より深く興味がある方には、農業のサポートなどでもご一緒させていただけたらと思ってます。将来的にはファンの輪が広がり、この地域がもっと盛りあがるようになればと思っております

笠間市岩間地区は日本一と言ってもよい栗産地です。また、農家さん、むき栗職人、加工を行う我々のような栗屋が一丸となって育んできた栗文化が残る『日本一の栗の郷』といってもよい街だと思っています。『笠間市・いわま』の栗文化を未来に残したいですね」石田さんは、2022年に小田喜商店の代表取締役になったばかり。「栗の奥深さに毎日驚いており、本当にドップリ栗のことにのめり込んでいます」と楽しそうな笑顔で取材班を見送ってくれました。

栗の熟成を行う氷温庫を見学する。マイナス1度で湿度は99%。「栗は実はデリケート。乾燥に弱いので、保湿する必要があります」と石田さんはいう。
熟成中の栗。しっとりとしている。
ゆでたばかりの栗。品種は「丹沢」で1カ月半熟成させたもの。
あまりのおいしさに笑顔がこぼれる上妻さん。
室岡さんも驚きの表情。
「あずきとこおり」店主の堀尾美穂さんは、「どれだけの労力がかかっているのか、何となくしかわかっていない状態での訪問だったので、改めていろいろな方の仕事があってこその栗なんだなという実感を得られました。 しっかりお客様にも伝えていきたいと思います」と視察の感想を話した。
ぽろたんを使った栗しゅうまいに、栗おこわなどの商品も試食した。
最後に栗のポーズで記念写真を撮って視察を終えた。

世界初の栗の矮化栽培で栗農家の課題解決へ|あいきマロン

笠間市岩間地区にある「あいきマロン株式会社」はオリジナル栗ブランド「愛樹マロン」を中心に焼栗や生栗のほか、栗が入ったレトルトカレーや冷凍の栗おこわなどを販売しています。古くからの産地である笠間市にあって、2014年に設立された比較的新しい栗専門店です。

栗では初めての矮化栽培を採用した栗が『愛樹マロン』です」と話すのは、代表取締役の西野歩さんです。

矮化とは、植物などを人為的に標準より小さく育てることを意味します。小型に育てることで摘果や収穫の効率化を図る栽培技法で、リンゴなどですでに導入され実績をあげています。

栗の矮化栽培では、木の高さを約2mになるように結果母枝や結果枝低く剪定して、幹から出る枝を7~8本程度に押さえるなどします。あいきマロンは、おそらく前例のない栗の矮化栽培を成功させ、「栗の矮化と結果母枝更新化方法」で国際特許を取得しました。結果母枝とは、前年に花芽から伸びた枝のことで、この結果母枝の剪定が果実の実りに影響をあたえます。

「矮化栽培で収穫した栗は、一般的な栗に比べて大粒で甘いんです。収穫直後の『ぽろたん』の新栗で糖度(果実糖含有率)は11%ほどですが、1カ月間低温保存すると23%ほどまであがるんです。これは幹から直接実を成らせる枝をつくり、その枝数を限定することで可能になったのです

あいきマロン株式会社の代表取締役の西野歩さん
真剣に西野さんの話に耳を傾ける堀尾さんと上妻さん。

矮化栽培は、栗の実が大きくなり糖度も上がるなど食味の良さの向上につながるとともに、農家の作業負担を減らすことにもなります。また、慣行栽培では10a当たり40~50本程度の栽培本数でしたが、矮化栽培では83本と密植栽培することで収量があがり、慣行栽培と比べて2倍程度の250㎏を収穫することができます。

あいきマロンでは現在、「丹沢」や「筑波」、「石鎚」といった品種で矮化栽培が行われブランド栗「愛樹マロン」として販売されています。近年人気の「ぽろたん」は、愛樹マロンとは別に販売されています。

低木で風の影響も受けにくいので、台風が来ても被害を最小に抑えられます

年々変わる温暖化による気象変動にも対応しやすい栽培方法といえます。また、栗農家の高齢化・後継者不足は西野さんたちにとっても課題だといい、矮化栽培による栗栽培は、その課題解決になるはずだといいます。

低木にすることで作業がしやすくなれば、高齢者でも女性でも管理がしやすくなります。単位面積当たりの収量が多いだけでなく、実も大きく糖度が高ければ高値で売ることができます。大きな栗畑があるけど、栽培が大変で続けられないという農家さんがいれば、矮化栽培に転向して栗農家を続けるという選択肢になると思います

現在、自社の矮化栽培の畑が8.8haあるほか、委託栽培の畑が1.0haあり、収穫した栗は愛樹マロンとして販売しています。そのほか周辺の栗農家20軒ほどをまわって収穫した栗を回収し「愛宕山」のブランド名でも店頭に並んでいます。

将来的には、矮化栽培を多くの農家さんに採り入れていただき、愛樹マロンだけを取り扱いしていきたい」と西野さん。新しい栽培方法が、100年後の笠間の栗の未来にどんな影響を与えるのか。愛樹マロンの新しい取り組みから目が離せません。

「栗に矮化栽培があることは知らなかった」と、パティシエたちは口をそろえる。「低樹矮化密植栽培が、栗生産の課題である農家さんの減少や高齢化に手助けになっていることをお聞きし、販売業だけでなく、栗農家さんへの課題解決の取り組みをされていることを知れてとても勉強になりました」(上妻さん)、「大きい栗の粒はマロングラッセにしたらすごく迫力あるでしょうし、パティシエとしてつくりがいがあります。マロングラッセでなくても大きい栗は私たちパティシエにとっては作業しやすいのでよいと思います」(室岡さん)とエールを送った。

100年、200年後も地域の資源として継承していく

前後編にわたり、栗の生産量・日本一の茨城県の栗の現状をみてきました。
無農薬・無肥料で栽培する「ショコロンファーム」(前編で紹介)では、樹幹を大きくとってたっぷりと日を浴びせたなかで育てることで食味を良くしようとしています。

一方で、「あいきマロン」のブランド栗「愛樹マロン」を育てる矮化栽培のように、木を小型化し密植しながら栗の糖度を維持し収量をあげる技術を導入するなど、栗農家のなかでもよりよい栗を生みだそうと試行錯誤を重ねる姿をみることができました。

栗のむき加工の「箱田農園」(前編で紹介)では、伝説的なむき技をもつ箱田素子さんの技に見惚れながらも、栗むきの技術が地域の無形財産であると捉えて、笠間市が次世代に残そうとする取り組みを知ることができました。

また栗の加工では、歴史ある栗加工専門店の「小田喜商店」の品質向上への探求心はもちろん、「いわまの栗・サポーター倶楽部」結成など、地域の文化として栗の栽培から加工・販売までを残していこうという強い意志を感じることができました。今後この倶楽部が、どのように市外・県外の人たちを巻き込んで成長していくのか楽しみです。

さらに2022年に創業したばかりの「笠間栗ファクトリー」(前編で紹介)では、地域の雇用創出も意識しながら、最新の加工場で栗ペーストを中心にした加工の取り組みがはじまっています。

栗の保存や加工方法にそれぞれ違いはありますが、栗は熟成するほど糖度が上り食味が向上することは、すべての栗関係者が口をそろえていました。同行したパティシエのみなさんがこぞって「やはり栗は熟成だね」というように、これまであまり注目されてこなかった「熟成栗」に、プロの視線が集まりそうです。今後はレストランやパティシエの間で「〇度で日熟成させた〇〇という栗です」というような言葉が行き交うことになるかもしれません。

じっさいに以前の「シェフと茨城」で取材したアシェットデセール(皿盛りデザート)専門レストランの「yama」のオーナーシェフパティシエ、勝俣孝一さんは、自身で長期熟成させた茨城県産飯沼栗を使い、独創性高いひと皿を生みだしています。

笠間市を中心とした栗産地としての茨城県の特徴は、生産から加工までが1つのエリアに集中していることで、鮮度がよいまま出荷・加工できることです。

日本一の栗の産地であるからこそ、生産者の所得向上や栽培環境の改善、栗栽培の歴史や文化を継承していくことで、地域の資源として100年、200年先までしっかり残していこうという姿勢があることを知ることができました。

こうした取り組みは、日本を代表する栗の産地であることから生まれる誇りと、責任から生まれてくるものでもあります。そして多くの方々からの注目や応援がその責任を後押ししてくれるはずです。

今後とも、日本一の栗産地・茨城県にご注目ください。

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Photos by Naoto Sawada, Ichiro Erokumae
Text by Ichiro Erokumae

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