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本橋健一郎さん、naoさん|茨城県の生産者たちと「温度感のある語れる作品」を作りたい

茨城県守谷市出身の本橋健一郎さんがオーナーソムリエを務める東京・外苑前のイノベーティブレストラン「JULIA」のルーツは、2012年につくば市で創業した「本橋ワイン食堂」です。

本橋さんの妻であるnaoさんがシェフを務めた店は、2017年に東京・恵比寿に移って「JULIA」として生まれ変わると、2019年に現在地に移転しました。

JULIAにとって2022年は創業10年の年。そしてそれは、次の10年に向けてのスタートを切る年でもあります。そんな大切な時期に本橋さんとnaoさんは自分たちのルーツである「茨城県」に目を向けるようになったといいます。

二人は2021年3月に茨城県内の産地を飲食仲間と巡るツアーを初めて開催すると、7月には第2弾を開催。そして2022年3月には、第3弾を実現させました。

1年で3度の産地巡り。本橋さんとnaoさんにとって、3回の産地ツアーによって、どんな変化が生まれたのでしょうか。JULIAが茨城県の生産者たちとともに歩んだ1年を振り返りながら、JULIAの未来についても語り合ってもらいました。

2021年3月、第1回の茨城県産地ツアー。シモタファームにて。
2021年7月、第2回の茨城県産地ツアー。石岡鈴木牧場にて。
2022年3月、第3回の産地ツアー。大洗漁港にて。
2022年3月、第3回の産地ツアー。大津漁港にて。

料理の写真を送ると「こうなるんだ!」と
生産者さんが喜んでくれる

――初めてのJULIAの茨城県産地ツアーが2021年3月でしたから、今回の3回目のツアーで、ちょうど1年経ったことになります。改めて茨城県に目がいくようになったきっかけから聞かせてください。

つくば市で開いた「本橋ワイン食堂」から、今年で創業10年。ソムリエがオーナーでシェフは女性、料理はイノベーティブという存在が、東京のレストランシーンのなかでうまく受け入れてもらえたと思うんです。

だけど、どんどんと料理やジャンル、他の業種との垣根がなくなってきた食の世界では、JULIAのような店が珍しい存在ではなくなってきたように感じていました。

僕たちがつくば市でやっていた頃は、地元の人たちに全国の良質な食材を紹介するつもりで、「魚は長崎県から、野菜は高原野菜を取り寄せて」みたいなことをやっていたんですよ。だけど今は、時代もかわって、地産地消の意識も高くなって、食材だけでなく、どこで誰が作っているかにまでこだわることが当たり前の世の中になってきました。

また、地元を離れてみたからこそ「そういえば、茨城県には食材がなんでもあったな」と思い出すようになったのもあります。

そういったいろいろな要因があるなかで、シェフのnaoと「もう少しJULIAの特徴を出していきたいよね」と話していたときに、「自分たちのルーツである茨城県の食材でやったら面白いかもね」と言いあうようになったんです。

JULIA オーナーソムリエ、本橋健一郎さん。

茨城県は独立して4年7カ月住んだ地で、本橋さんの生誕の土地でもある。福岡県出身の私にとっては、第二の故郷だと思っています。

最初のツアーの計画のときに、茨城県の生産者さんのリストを本橋さんが持っていて、それをみてびっくりしたんですよ。「こんなにあるの~」って。

それは、私たちがつくばでお店をやっていた時には気づかなかったこと。自分の未熟さを感じて残念にも思いましたが、離れてみて良さもわかると思うし、あの頃よりは多少影響力のある料理人になれていると思うので、JULIAで使っていくことで恩返しもできたらなと思いました。

JULIA シェフ、naoさん。

ーーJULIAとしてはどんなお店を目指していますか?

僕は「温度感のある料理」をお出ししたいとずっと思っています。

というのも僕自身は、サービスマンとして料理を出すときに「この食材は、どこどこ産で」と説明するのは、あまり好きじゃないんです。

それよりも、お客様が「おいしい」といってくださったときに、「そのお野菜を作っているおじちゃんはね」という雑談のなかで生産者さんや産地の話ができるようなサービスをしたいと思うんです。

そういう温度感のある接客だったり店づくりをしていくためには、産地を知ることは大事。自分にとって関係が深い茨城県がやっぱりいいなぁと思ったんです。

――そういった思いをもっての産地ツアー、実際にまわってみてどうでしたか?

本当に、行って良かったですよ。

初回に訪れた取手市の「シモタファーム」さんの野菜や、かすみがうら市の「西崎ファーム」さんの鴨とか、今も使わせてもらっています。

私はコンスタントに連絡をとって情報交換するのを心がけていて、私たちが作った作品の写真を送って「こんなお皿作ったよ」とか「今月はこんなふうにしているよ」って伝えたりしています。

そうすると生産者さんからも「いま、こんな野菜が出ていますよ」とか「欲しい野菜があれば作付けしますよ」、ときには、「こんなの作ったんで食べてみてください」って送ってくれることもあって。めっちゃいい関係が、たった1年で作れたんですよ! 

Farmer's Artworks (5月のOMAKASEより)
シモタファームのハーブを存分に使っている。
2021年3月、シモタファームにて。
2021年3月、西崎ファームにて。

――生産者さんに、料理の写真を送るのはすごくいいですね!

JULIAでは、毎月のおまかせコースの全皿をフォトグラファーさんに撮ってもらっているんです。その写真をメールで送ったり、雑誌に掲載されたら誌面の料理写真を送ったり。そうするとすごく喜んでもらえるんです。

Farmer's Artworks (9月のOMAKASEより)
JULIAのコースは、毎月写真に収められている。

――それをシェフが自らやるというのは素晴らしいことだと思います。生産者さんと一緒に作っているという気持ちの表れなんでしょうね。

そうですね。産地に行ったことで、生産者さんを含めたTeam JULIAができるきっかけになったと思いますね。

「Team JULIA」みんなで生き残っていこう

――産地ツアーの第2回は、7月でした。

季節の移ろいのなかで茨城県の食材がどう変っていくのかというのを見てみたいと思ったのと、初回で幸運にも良い出会いができたので、今まで知らないようなところに行ってみたいと思いましたね。

初回からずっとそうなのですが、8席の小さな店のJULIAだけでは使える量が少ないですから、周りの飲食仲間にも一緒にきてもらって使ってもらえたらいいなという思いもあります。

ですので、僕たちだけでなく彼らにとっても魅力的なもの、家禽やジビエ、茨城県といえば連想する笠間の栗やレンコンなどを見に行きました。

ツアーが終わってしばらくすると、参加したみんなのInstagramとかの投稿で茨城県の食材を使ってたりするんですよ。「あれ、これって、あのときの食材だよね」って。そういうのは、すごくうれしいんですよ。「あ~、興味をもって使ってくれている」って。

マ・キュイジーヌ、店主・池尻綾介さん。
炭火割烹 白坂、オーナー料理長、井伊秀樹さん。
selsalsaleのオーナーシェフ、濱口昌大さん(右)。
株式会社Dish of Lifeの須山雄太さん。
第3回ツアー、大洗漁港にて。

2回目は、ホロホロ鳥や鳩などを扱っている「ジャフラトレーディング」さんや、土浦市の「武井れんこん農場」さんや、霞ヶ浦のアユやシラウオ、あとは石岡市の「石岡鈴木牧場」さんのチーズやヨーグルトなど、すごいバラエティに富んだ内容だったよね。

2021年7月に訪れたジャフラトレーディング、写真はホロホロ鳥。
2021年7月に訪れた武井れんこん農場。
2021年7月に訪れた石岡鈴木牧場。

秋には、「七会きのこセンター」さんとの出会いがありました。実際に産地でお会いしたのは今回の3回目のツアーが初めてだったのですが、秋のコースでは七会きのこセンターさんのキノコだけを使って、メインディッシュの「Farmer's Artworks」を作ったのはよく覚えているな。

秋くらいからなんとなく「JULIAさんて茨城県の食材を使うんでしょう?」と声をかけてもらえるようにもなってきたよね。

七会きのこセンターの中川幸雄さん。
七会きのこセンターは、少量多品目の珍しいキノコ栽培所。
JULIAで秋から使っていたが、第3回のツアーで初めて
七会きのこセンターを訪れることができた。
Farmer's Artworks (10月のOMAKASEより)。
七会きのこセンターのキノコにさまざまな調理を施したひと皿。

――秋は、「東京オリンピック2020」を挟んで続いた新型コロナウイルスの感染拡大第5波があって、10月1日に緊急事態宣言が解除されるまでは飲食店にとっては厳しい時期ではなかったですか?

もちろん大変でしたけど、そんなに悲観するほどではなかったというのが正直な気持ちです。茨城県の人たちには会えないけど、シェフがきちんとコミュニケーションをとり続けてくれていたし、心配はなかったかな。

どこの産地も大変という話を聞いていましたし、食材が出荷できないという話も聞いていました。「飲食店の私たちが負けちゃいけない」と思っていたので、茨城の生産者のみなさんには「一緒にがんばろうね」と声をかけていました。「Team JULIA」ですから、みんなで生き残っていこうと思っていました。

そうだよね、この頃から店と生産者さんを含めたチームになれてきた印象はあるよね。

たぶん、最初に産地に行ってから半年くらい経って、「こいつらちゃんと使うんだな」って、見る目が変わってきたとも思うんです。だから「こんな食材もあるけどどう?」っていってもらえるようになったんじゃないかな。

最近では、産地からのSOSをもらうようにもなってきて。シモタファームさんと同じくらいの頻度で野菜を使わせてもらっているつくば市の「ごきげんファーム」さんからは、卵を産み終えた廃鶏を活用できませんかというような相談もいただくようになりました。

JULIAでは、コースの初めにサステナブルなひと皿を出しているんです。それまでは、コースの中で出た野菜の端材や肉、魚の捨てる部分を使ってたんですが、そういったSOSを受けた食材をそこで使えそうだなと、引き取ることもでてきました。もとのテーマの方向性は少しかわってきているけど、いいことだと思っています。

秋から冬にかけて、野菜や肉も茨城県の食材が揃ってきた。だから「あとは魚だね」っていっていたんです。今回の3回目でようやく念願が叶って茨城県の港にいくつか行けたのは嬉しかったですね。

「最後のピース」だった
茨城県の魚介にようやく出会えた

――シェフのnaoさんは、魚料理が得意ですから、茨城県の港に行きたかったわけですね。

そうなんです。今年の冬以降は、コースに茨城県の食材がだいぶ増えてきたなかで、シェフの得意料理の魚が茨城県産ではないというのがくやしかったんですよ。でも今回、大洗漁港や北茨城市の大津漁港を見学できたのはよかったです。これならいけるなと思えたのはうれしいです。

――5月には、姉妹店として青山に「W aoyama The Cellar & Grill」をオープンさせますね。

Wのメインは、肉や魚、野菜を炭火焼でグリルして食べるレストラン。そこでも茨城県の食材を積極的に使っていきたいなと思っているんです。

とくに魚は、スペイン・バスクの港町ゲタリアの名物として知られる魚の網焼きを出したいと思っているんです。それは、ヒラメやカレイなどを焼く料理なんですが、今回の大洗漁港で見ることができて、いいメニューになりそうだと感じました。

南青山に2022年5月にオープン予定の「W aoyama The Cellar & Grill」。

――Wでは、料理監修をnaoさんがやられるんですね。

そうですね。私たちのJULIAは、カウンターの8席しかなくて、使える食材の種類も量も限られてしまうんです。その反面、Wはアラカルトのお店になる予定。たとえば今日お会いできた大洗「魚忠」の今関雅好さんや、大津「海鮮問屋やま七」の前田賢一さんに「おまかせでお魚を1ケース送ってください」ということもできるし、JULIAでも使っていけると思いました。

今回初めて港を見ただけですが、それでもどんな魚種が揚がっているのかを見れてイメージをつかむことができたのはすごく良かったです。

大洗「魚忠」の今関雅好さん。
大津「海鮮問屋やま七」の前田賢一さんは、「食彩 太信」で料理も振る舞う。
船曳や底引きといった漁法が主流の大洗漁港。
ほとんどが5t程度の小型船で漁にでかける。
比較的大~中型船が停泊する大津漁港。

茨城県をまわって以来、料理が
完成するまでの時間が短くなった

――3回目にして茨城県の魚との出会いも果たし、いよいよ、JULIAとして理想的なコースになってきたといえそうですね。そういうなかで、さらにどんなレストランにしていきたいと思いますか?

茨城県の食材をメインにしていくなかで、より「温度感のある料理」をnaoに作ってもらいたいなと思っています。

あとは、2021年の10月くらいからペアリングのワインをすべて日本産にしているんです。茨城県をメインにしつつ「JULIA=国産」というのを感じてもらえたらと。

そういう意味では、今回のツアーで試飲させてもらった常陸太田市に新しく誕生した「武龍ワイナリー」のシャルドネとマスカットベリーAは両方ともクオリティが高いと感じました。県内のワイナリーやブルワリー、酒蔵なども、次回はまわってみたいですね。

「武龍ワイナリー」の代表・山口景司さん(右)とブランド・マネージャーの成田楓さん。
武龍ワイナリーでは、ブドウ栽培を自社で行い、
醸造は、牛久醸造場に委託している。

1年間、茨城県の生産者さんに直接お会いして、頻繁にコミュニケーションをとっていくなかで、私としては「語れる料理になってきた」と思っています。料理のおいしさだけでなく、「こんな畑で採れるんだよ」とか、裏側にあるストーリーを話せるようになってきてるかなと思っています。それが本橋さんがいう「温度感のある料理」ということなのかな。

JULIAは、毎月コースの内容を変えていて、だからといって今月のコースはこれで決まっているということではなくて、今この食材が旬だからこう変えていきたいみたいな、畑が1カ月で変わるわけですから、1カ月間まったく同じではなくていいんですよね。そこに固執しなくなったというのは、自分でも感じています。

僕は、毎月試食をしてはいるけど、メニューを考えることに関しては何もいわないんです。シェフに任せています。

それでも横から見ていて、昔は、メニューを考えるのにむちゃくちゃ悩んでいたように感じます。それはたぶん、たくさんの選択肢があるから。

それがここ1年、生産者さんと話しているなかで、「来月はこれしかないから」とか「この後は、こんなのが採れる」みたいな話になると、食材の選択がどんどん狭まっていって、そこから調理法やソースを決めてワインに合わせていくという、とても作業としてシンプルになってきているからだと思います。

料理を考え始めてから「これおいしいじゃん!」に到達するまでのプロセスが短くなった。横で見ていて「はやっ」と思うようになりましたもん。

そうなのかなぁ。私的には、ずっと悩みながら作っているのであまり感じないかも(笑)。でも、悩むポイントが変わっているのかもしれないな。

いま、JULIAでは、肉料理のあとに「Farmer's Artworks」とう名前で、野菜をメインにしたひと皿をお出ししているんです。私たちにとって、肉や魚も大事にしているのと同じようにお野菜も大事なんですよというメッセージからなのですが、その「Farmer's Artworks」は、1カ月の最初と最後でけっこうかわったりしています。

基本的には本橋さんが選んだワインに対して合わせていくということは変わらないですし、食材が変わってきたからペアリングするお酒を変えるということはしないので、食材が変われば調理法や味のバランスを少しずつ変えていくようにしています。

でも、1カ月のなかで食材に合わせて変えていくというのは、1年前にはほとんどなかったことだからね。小さいお店ならではのスピード感が出せるようになったことを含めて、産地に行って、生産者さんと日々コミュニケーションをとりながら料理を作ってきた1年間は、とても意味あるものだったと思うな。

チームを大きくしてnaoの時間の多くを
クリエイティブに充ててあげたい

――生産者さんとのつながりも増えて、使いたい食材もたくさんありますよね。さらに生産者さんからのSOSもくるようになって、今のJULIAの枠だけでは足りなくなってきてるんじゃないかと思ったりもします。

そうですね、もうちょっと大きな店舗でやりたいというのは、ずっと思っています。良い物件が見つけられたらいいなと探しているんですよ。

今naoは、料理を考えて作るということを一人でしているのですが、きちんとチームを作ることができれば作業の部分が減って、naoの考える時間が増えると思うんです。そうすれば、産地とのコミュニケーションも増え、より「温度感があって語れる料理」が生まれると思うんです。

姉妹店になるWがチームを大きくする一つのきっかになればいいですよね。

――最後に、4回目のツアーを企画するとして、どのあたりをまわりましょうか?

まだまだ行き足りていないですし、行きたかったところもたくさんあります。

フルーツは、ほとんど行けていないからぜひまわってみたいですね。あとは、先ほどもいった飲み物関係、酒蔵やブルワリー、ワイナリーですね。

食材だけでなく器、グラス、お箸といったカトラリー関係や、制服にできるような服飾デザイナーさんとかにも会えたらおもしろいよね。

あとは、「茨城県といえばココ!」という場所にもいきたい。たとえば、袋田の滝にみんなでいったり、今日北茨城市の「食彩 太信」さんで食べた「どぶ汁」のように、飲食人みんなで地元の郷土料理を食べたりするのもいいなと。

「食彩 太信」さんで食べた地元の漁師料理「どぶ汁」。

京都や北海道、鎌倉といった地域の食材に魅力を感じるのは、そこに地域の魅力が含まれているからだと思うんです。北海道だったら大草原、京都や鎌倉だったら歴史ある街並みのイメージがブランドにある。茨城にもそういうブランドイメージにプラスになる場所があるので、そういうところもみなさんに知ってほしいですね。

茨城県は東京から近いから、私たちも産地に行けるように生産者さんにも食べてもらいたいと思っています。今は、コロナ禍で移動が難しいですが、社会が落ち着いたら、ぜひ来てもらいたいです。

そうだよね。まだまだ行きたいところもいっぱいだし、会いたい・会いに来てほしい人たちもいっぱいいる。これからも茨城県の生産者さんたちとコミュニケーションをとりながら、いいレストランを目指していきたいよね。

――ありがとうございました。これからも「シェフと茨城」でJULIAのお二人を追いかけさせてもらいます。よろしくお願いいたします!

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次回の更新は、3月23日(水)。つくば市のワイナリーを前後編で紹介するシリーズの第1回。市内に集まっている5つのワイナリーを紹介します。

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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae

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