「それは無理」といわない懐の深さがパートナーとしての信頼感につながる
東京・表参道にある「バルバッコア」は、串刺しにした牛肉をじっくりと焼きあげたブラジルのバーベキュー「シュラスコ」の専門店です。1994年にブラジルから専門の焼き職人を招いてオープンして以来、ブラジルの伝統料理をラグジュアリーな空間で楽しめるレストランとして、長年にわたり人気を得ています。
現在、日本に9店舗を展開するバルバッコアでは、ステーキなどに使われる品種として世界的に評価の高いブラックアンガス牛など約10種類以上のシュラスコを楽しむことができます。一方で、来店するお客様のもう一つの楽しみとして人気が高いのが、巨大なサラダバー。季節の野菜を中心におよそ40種類のアイテムがそろっており、自由に自分好みのサラダをアレンジすることができるのです。
なかでも日ごと変わる野菜の旬を追いかけながら、お客様のニーズを満たす食材選びを可能にするのは、バルバッコアを運営する「ワンダーテーブル」と、茨城県筑西市の有機野菜農場「レインボーフューチャー」との20年以上にわたる取り組みによるもの。バルバッコアのサラダバーの半分以上は、大和田忠さんが代表を務めるレインボーフューチャーが育てた有機栽培野菜や厳選した野菜なのです。
20年の歴史が完成させた発注システム
「シェフたちにとっては当たり前になっているので気付きにくと思うのですが、じつはすごくやりやすい仕組みができていると思うんです」
そう話すのは、食材の仕入れを担当する眞行寺賢一さんです。バルバッコアだけでなく、すき焼き・しゃぶしゃぶの「Mo-Mo-Paradise」(モーパラの愛称でおなじみ)や「鍋ぞう」などのワンダーテーブルが運営する外食チェーン店では、詳細な年間の野菜カレンダーが共有されています。このカレンダーを念頭に、バルバッコアであればサラダバーの野菜を手配したり、他の系列のブランドなどでは新しい商品の開発をすることができるといいます。
「年間の野菜カレンダーを作ってくださったのが、レインボーフューチャー代表の大和田さんです。カレンダーには、大和田さんの農場で栽培されれている野菜のほか、大和田さんのネットワークのなかから安心・安全で安定して供給ができる茨城県を中心に、時には県外の農家さんの食材も入っています」
各店のシェフや開発担当者は、発注システムのプラットフォームを使って大和田さんに発注。その注文を受けて大和田さんが各地の農家から食材を集めてまとめて各店に発送するという、ある種の食材商社のような役割を果たしているのです。
さらに、スポットで使いたい季節の食材があった場合は、直接大和田さんに相談すると、各店舗にあった農家の提案もしてくれます。もちろん、万が一食材の状態が良くなかった場合の問い合わせ対応も大和田さんが窓口になっています。
「ワンダーテーブルの国内の系列店のおよそ40店。それぞれの生産者様と直接やり取りした場合、取り引き先が100軒以上、200軒くらいになるかもしれません。それをすることはとてもではありませんが、現実的ではありません。しかし大和田さんにお願いすることでそれが可能になるのです。また、有機栽培の先駆的な存在である大和田さんからご紹介いただいた信頼ある生産者様でもありますので、自信をもってお客様にご紹介することもできます」
大事なのは相談のしやすさ、意見のいいやすさ
ワンダーテーブルと大和田さんの取り組みは、今から20年ほど前に遡るといいます。海運業をルーツにもつ同社は、1990年代にレストラン・ホテル事業に乗り出し、2000年には社名を現在のワンダーテーブルに変更し、外食一本に舵をきります。
大和田さんとの出会いは、その頃。当時はMo-Mo-Paradiseなどのしゃぶしゃぶ店舗が主要な店舗だったため、しゃぶしゃぶで使う葉物野菜の契約農家として、大和田さんが独立して設立したレインボーフューチャーとの取り引きがはじまりました(大和田さんは、2000年に筑西市で新規就農)。
「当時、私もワンダーテーブルの社員でしたが、キッチンのスタッフでしたので詳しくはわからないんです、すみません。聞くところによると、外食業を展開していく責任として食材の明確な安全基準を求めるかの議論があったそうです。やはり、有機栽培で農薬を使わずに栽培された食材は会社として共感できるものであるということになり、ご縁があった大和田さんとの取り組みが始ったといいます」
眞行寺さんが店舗勤務から、バックオフィスを担当するため本社勤務になった6年ほど前には、すでに現在のようなシステムが完成していたそうです。
実際に、やりとりを始めてみて眞行寺さんは、大和田さんのレスポンスの速さに驚かされたといいます。
「ほかの農家さんに直接連絡をとることがあるのですが、たとえば日中に電話をした場合、畑などに出られていると電話がつながらないことが多く、まれに夜になってようやく連絡がつくようなことがあります。大和田さんは、日中でもたいてい電話に出られますし、繋がらなくてもすぐに折り返しがくるんです。メールの返信も早くて、私たちとしても返事をすぐにいただけると物事の進みも早くなるのでとても助かっています」
また、大和田さんは「安いものを仕入れるのではなく、いいものを仕入れましょう」というように、ワンダーテーブルが提供したい価値をよく理解したうえでの提案してくれるのも魅力だと眞行寺さんはいいます。先日は、野菜農家以外にも、投薬をせず放し飼いで鴨を育てる「西崎ファーム」の紹介を受けたそうです。
「大事なのは、相談のしやすさ、意見のいいやすさのような気がします。大和田さんはこだわりの強い『頑固おやじ』のように見えるかもしれないですが、まったくそんなことはないんです。なにしろ、大和田さんに相談すると『それは無理』ということは、おっしゃらない。この前は、スタッフがススキが欲しいといったら、近くの山に入って採ってきてくださったんですよ(笑)。必ず一度受けて止めてくださって、何かしらの方法を考えてくださる。そこが信頼感につながると思います。それに、実現するための情報や繋がりをもっていらっしゃる。頻繁に東京の商談会に出てこられているのは、そういった関係作りもあるのではないでしょうか」
一方的にワンダーテーブルから食材の問い合わせをするだけでなく、大和田さんの方から、今のトレンドやニーズの教えを受けることも多いといいます。それは、大和田さんがさまざまなネットワークを通じて、情報を常にキャッチしようとしする姿勢があるからではないかと、眞行寺さんは感じています。
食材の安全性が高くなった現代で
次に気にするのは生産環境
ワンダーテーブルでは、毎年ゴールデンウィーク明けから初夏の間に、その年に入った新入社員を中心に20名ほどでレインボーフューチャーに行くことが恒例になっています。
畑に入って収穫を手伝い、採ったばかりの野菜をその後のバーベキューで食べるというような経験を会社の研修として行っているのです。
「自分たちが普段扱っている野菜は、どうやって作られているのかを知ることはとても大切なことだと思います。それは、知識としてプラスになるだけでなく、実際にお店でお客様にご説明するときに、熱意をもっておすすめすることができるようにもなると思っています」
ワンダーテーブルでは、レインボーフューチャーのほかにも、福島県の伊達鶏や、岩手県の短角牛、高知県の七面鳥の畜産農家を訪ねたり、系列店内の高単価なレストランのシェフたちは、埼玉県の「さいたまヨーロッパ野菜研究会」の畑に行ったりと、産地に行くことを勧め、会社としてもフォローをしています。
「先ほども申し上げた通り、ワンダーテーブルとして食の安全を大事にしているのは変わりません。一方で、有機栽培の農家さんも増え、昔のように大量に農薬を使うこともなくなり、全体として食材の安全性が高くなってきました。そんななかで私たちが次に気にするのは、働く方々も含めた生産現場の本当の姿です。そのことは、やはり現地にいかないとわかりません」
畑の環境のみならず、レインボーフューチャーに行くと気付かされるは、整理整頓された事務所や「こんにちは」という働くスタッフの心地よい挨拶です。会社と会社が持続的な取り組みをしていくためにも、そうした現場の環境を見ることは大切だと眞行寺さんはいいます。
「とくに茨城県は、東京からも近いので見に行きやすいというのはあります。東京の店舗のシェフたちは、北海道や九州など遠い産地に良い食材があることは知っているとは思うのですが、食材がすぐに届く鮮度の良さなどを含めて、近いからこそのメリットもあると思います。個人的にも、茨城県は土地が広くて東京に近いことからこらから注目のエリアになるのではないでしょうか」
専門性のある商品から取り引きがはじまる
ブランドの数は10種類以上、アジアを中心に世界10のエリアで約130店舗のレストランを展開しているワンダーテーブルですから、食材の売り込みも多くあるのではないでしょうか。大きな外食企業に食材を卸したいと考えている農家に向けて、アドバイスを最後に聞いてみました。
「私たちのブランドなかでも、個店の高級店は別ですが、チェーン展開しているブランドでは、店舗数が多いので良い食材であっても欠品してしまうのは、申し訳ないのですが取り扱いが難しいと思います。野菜は、とくに旬が短いのでとくに難しいところです。たとえば、バルバッコアで出しているトマトは、大和田さんにお願いして南から北へ産地をリレーしながら常時出せるように工夫しているくらいです」
そのうえで、直接取り引きするメリットが自社にあるか、高くても付加価値つけて売れるものであるかは、取り引きをはじまるきっかけになりうると眞行寺さんはいいます
「『気合はあります!根性では負けません!』という農家さんもいらっしゃるのですが、たとえば東京の大田市場(東京都中央卸売市場)に出入りしている八百屋さんは、いっぱいあります。そのなかでも、新しく取り引きするメリット、ほかと違うポイントが明確である、つまり専門性がある食材を扱っている農家さんであれば、スポットからになると思いますが取り引きすることはできると思います」
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20年間かけて培われたワンダーテーブルとレインボーフューチャーの取り組みは、一朝一夕でできることではありません。事業規模にもよるので、普遍化することはとても難しいことではあります。
一方で、眞行寺さんから聞いた話のなかから、コミュニケーションの力と、提案を実現させる繋がりの広さ、そして独自の情報網といったことが大和田さんとの信頼関係の根幹にあることが伝わってきました。
それは、畑を離れたところに鍵があるのではないでしょうか。
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次回の更新は、1月11日(水)。茨城県の主要県産品のひとつ常陸秋そばを取り扱う東京・巣鴨の人気店「手打そば菊谷」を取材しました。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Text by Ichiro Erokumae
Photos by Ichiro Erokumae