茨城の育てる人との出会いから生まれた料理18品から見えたクリエイションの瞬間
料理人やパティシエにとってもっともクリエイティブな瞬間のひとつが新しい料理を生みだす時間でしょう。古典的な料理や他ジャンルの料理からインスパイアを受けることもあるなかで、料理の根本になる食材を育てる生産者の話や、実際に産地を訪れたことが発想の源になることもあります。
1月に開催されたサツマイモの勉強会がきっかけで誕生したデザートを筆頭に、「シェフと茨城」の取り組みのなかで生まれた貴重な瞬間をまとめてみました。
「ひめあやか」だけが甘さのキレや余韻が違った
青木繁さん|「As(アス)」オーナーパティシエ
東京・恵比寿にあるアシェットデセールコースのレストラン「As(アス)」のオーナーパティシエの青木繁さんは、1月に開催された「サツマイモ勉強会」に参加しました。
「サツマイモのデザートを作りたいと漠然と考えていたなかで勉強会に参加し、食べ比べや講師の小沼(広太)さんのお話から発想を得て、具体的に一皿にすることができました」と2月のデザートコースの1皿を完成させました。
完成したのは「サツマイモ 番茶 黒ビール」という名のデザートです。8皿から成る2月のアシェットデセールコースの5皿目として提供されました。使われているのは、茨城県産のサツマイモのなかでも「ひめあやか」と「べにあずま」です。
「もともとサツマイモをクリームブリュレのようにしたデザートにしたいと考えていました。小沼さんが用意してくださった6種類のサツマイモのなかで、『ひめあやか』だけが甘さのキレや余韻が違うと感じたんです」
青木さんにヒントを与えたのが、サツマイモに含まれる糖の種類でした。小沼さんの解説でサツマイモは、ブドウ糖、果糖、ショ糖、麦芽糖の4つの糖で構成されていて、なかでも麦芽糖がサツマイモの甘さに影響していることを知ります。加えて「ひめあやか」は、麦芽糖の含有量が多いのが特徴で、それが甘さのキレにつながっているということを聞いたのです。
「もともとお酒の風味をつけたカスタードを使いたいと考えていて、芋焼酎などを考えていたんですが、麦芽糖の話を聞き『これだ』と思いました。同じ麦芽を原料にするビールとあわせたらおもしろいのではないかと考えたんです」
150℃と低温のオーブンでじっくりと焼いた「ひめあやか」を厚めにカット。その上に黒ビールでつくったカスタードクリームを絞り、「ひめあやか」の焼き芋に番茶と栗のハチミツ(茨城県産)を加えたアイスクリームをのせ、細長くスライスして乾燥させた「べにあずま」を飾りつけます。
「飾りに使っている乾燥サツマイモは、たとえば糖度が高い『べにはるか』などでつくると、糖が出すぎるので歯にくっついて口のなかに残ってしまうんです。その点『べにあずま』は、糖度が控えめなのでクリスピーな食感に仕上がってくれます。糖が少ない方が加工に向いている場合もあるというのも小沼さんがお話されていたことですね」
Asのデザートコースでは中盤と後半でその時期にもっとも食べてもらいたい食材のデザートを置くようにしています。今回の「サツマイモ 番茶 黒ビール」はメインの1つ。ゲストからは、「なぜ、収穫を秋にするサツマイモが2月のメインなんですか?」と聞かれることもあるといいます。
「その際はキュアリング処理をしたうえで、糖度を高めるために長期低温熟成しているから今が旬なんです、ということをお伝えしています」と青木さん。昨年まで提供していた「サツマイモのモンブラン」以上に好評だったという。「一番おいしい食べ方だと思う焼き芋を、そのままデザートにしたようなひと皿になって、自分でも満足しています」と笑顔で語ってくれた。
これまでの「シェフと茨城」の取材がきっかけで生まれた料理
これまで「シェフと茨城」で記事に登場したひと皿のなかから、訪問した産地で食べた食材や、そこで見た景色、生産者との対話など、キッチンを飛び出して得た出会いによって生まれた料理を紹介します。
勝俣孝一さん|「Yama」オーナーパティシエ
東京・白金にある「Yama」は、異なる素材や食感のスイーツをひと皿に盛り付けて提供する、皿盛りデザート(アシェットデセール)コースのレストランです。
オーナーパティシエの勝俣孝一さんが2023年5月に茨城県のメロン産地のひとつ鉾田市で3つのメロン農家を訪ねました。そのなかで勝俣さんの心を掴んだのは、市場になかなか出回らないという希少品種の「優香」でした。
勝俣さんは、メロン(優香)を角切りにしカボスの皮や果汁シロップでマリネに。一方ではメロンの印象をクリアにするため、果肉を丁寧に漉し、果汁をスープ仕立てにします。それぞれをよく冷やしたら、山椒の新芽で作ったアイスを添えて、仕上げに、ジューサーでよく攪拌させたメロンのソースをかけます。
「違いを感じていただくため、ソースをかけないものも食べてみてください」と勝俣さんにすすめられ、マリネしたメロンとスープ、山椒のアイスだけを食べてみると、メロンスープのみずみずしさがダイレクトに伝わります。さらに山椒の爽やかな香りが鼻に抜け、すがすがしさも感じます。
ここにメロンのソースをかけるとガラリと変化します。「メロンは、果汁があふれるようなジューシーさ、つまり水分の多さが最大の魅力です。これに生クリームのような油脂を使わず、ジューサーで空気をたっぷり含ませたソースにしました」と勝俣さん。クリーミーで軽やかなソースが、フレッシュなスープのメロンのみずみずしさをふわっと包み込むことで、口のなかでメロンの豊かな余韻が長く続くひと皿に仕上げました。
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「yama」の2023年1月と2月は、茨城県茨城町産の飯沼栗を3カ月間低温熟成させた「熟成栗」を使ったコースでした。
飯沼栗は、1つの栗の毬いがに1つの果が入った一毬一果いっきゅういっかで、大きな実になるのが特徴です。さらに0℃前後の冷温環境で最低2週間熟成させてから出荷。そのため通常、栗の糖度は4.5度程度なところを低温貯蔵によって糖度が8度程度(甘いフルーツトマト並の糖度)まで上がることになります。
コースの序盤に出てくる「栗」は、「僕の記憶にある、子どもの頃に食べた栗の味や香りを思い出して作りました」と勝俣さんが説明するひと品です。飯沼栗の大きさと味わいを存分に生かそうとシンプルに湯だけで炊いた栗に、栗の煮汁にソバの実、砂糖を加えた温かいソースがかかっています。
もう1品は「絹」。飯沼栗のフラン(プリンのような蒸し料理)のうえに、「米をソースのようなニュアンスにしたかった」と勝俣さんは、青森県産の無農薬米「夢ロマン」を炊いてピュレにしたものを重ねています。
絹が折り重なったかのように上に被せているのが裏ごしした飯沼栗です。しかも裏ごし器の裏にくっついていたものだけを被せて蓋をし、蒸籠せいろで一気に蒸しあげます。
「絹」は、栗の季節になると必ずコースに登場するYamaのシグニチャーディッシュのひとつ。瞬間的な栗の香りはもちろん、栗本来の甘味を感じられるように、栗のフランや米のソースの甘味は極限まで控えられているので、栗がもつ繊細なうま味も感じとることができます。
それまで勝俣さんは、兵庫県丹波篠山市の栗を使っていましたが、2021年に新しい産地を求めて栗の食べ比べをしました。その際、熟成した飯沼栗が「最強だった」といいます。
「もともと熟成に向いた栗なんだと思います。木から落ちてすぐの飯沼栗を食べてみたんです。だけどすごく失礼な言い方で申し訳ないのですが、僕はおいしいとは思わなかったんです。フレッシュさが良さではないのだから、熟成にむくかと思い翌年4月頃まで追熟させて食べたら、これがすごくおいしかったんです」
ほかにも産地の異なる栗を熟成させていましたが、段違いにおいしかった飯沼栗を知ったことで、開店当初から試行錯誤してきた熟成栗の可能性を大いに感じたといいます。
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浜本拓晃さん|「FARO(ファロ)」副調理長(当時)
2022年8月初旬に、東京・銀座のイタリアンでミシュランガイド一つ星レストラン「FARO(ファロ)」の副調理長、浜本拓晃さんを中心としたスタッフチームが、収穫後半の最盛期を迎えた「つくばブルーベリー ゆうファーム」を訪れました。
「つくばブルーベリー ゆうファーム」は、つくば市北地区の百塚で1.5haの畑で1500本50種類のブルーベリーを育てています。栽培中に農薬を使わず、有機原料を主体にした肥料を使ってできるだけ自然な農法でブルーベリーを育てる専門農家です。
「茨城県かすみがうら市で『かすみ鴨』という鴨を放し飼いで育てている西崎ファームさんのもとに、6月に伺ったんです。そのときに、ブルーベリーの樹があるのを見つけ、鴨もブルーベリーの実を食べているということを聞きました。それなら鴨の料理にブルーベリーを合わせたらいいのではないかと思ったんです」
さっそくそのことを相談された西崎ファームは、茨城県営業戦略部の県産品販売促進チームにコンタクト。浜本さんからは、オーガニックな栽培をしていることも条件にあり、チームからいくつかの農園が候補にあったなかで、ゆうファームを紹介することになりました。
すぐさま大年さんに連絡を取ると浜本さんは、すぐにかすみ鴨とゆうファームのブルーベリーを使ったメイン料理「かすみ鴨のロースト ゆうファームのブルベリーソース ハーブの香りを添えて」を考案し、FAROのコースで提供を始めました。
発酵させたブルーベリーで香りを強めただけでなく、届くたびに微妙に変わる風味や食感を料理のなかでも感じてもらおうと、フレッシュなブルーベリーも使うなどの工夫もしています。
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続けて読んでもらいたい「シェフと茨城」がきっかけで生まれた料理を紹介した記事をまとめます。
産地訪問がきっかけ
産地訪問で話を聞いたことがきっかけで、食材の本当の旬や、生産者が抱える課題を知り、新しい料理が生まれた瞬間です。
内藤千博さん|「Ăn Đi」シェフ
西崎ファーム(かすみがうら市)のかすみ鴨を使用した一品
大澤康二さん|「Restaurant TOYO」パティシエ(当時)
イリエ産業(笠間市)のマロンペーストを使用した一品
白鳥翔太さん|「ANTCICADA」シェフ(当時)
山野水産(かすみがうら市)のアメリカナマズを使用した一品
湯浅一生さん|「湯浅一生研究所」シェフ(当時)
霞ヶ浦漁協(行方市)のシラウオを使用した一品
柴田秀之さん|「ラ・クレリエール」オーナーシェフ
ごきげんファーム(つくば市)の荒間鶏を使用した一品
「シェフと茨城」がきっかけで生産者訪問
スペイン・バスク地方で独立を目指していた前田哲郎さんは、笠間市の作家Keicondoさんとの出会いがきっかけで、新店舗の器を笠間市の作家の作品で揃えました。
前田哲郎さん|「Txispa」オーナーシェフ
笠間焼の作家Keicondoさんの器を使用した一品
生産者との日々のコミュニケーションによるクリエイション
シェフと生産者の持続的な交流のなかから信頼関係を構築し、より良い食材のやりとりが生まれたことで、特別な料理が生まれました。
naoさん|「JULIA」シェフ
シモタファーム(守谷市)のハーブを使用した一品
坂本健さん|「チェンチ」オーナーシェフ
フジキン(つくば市)のチョウザメから作った自家製キャビアを使用した一品
音羽元さん|「オトワ レストラン」料理長
海鮮問屋やま七(北茨城市)のしらすを使用した一品
岡井巳里さん|「パーレンテッシ」オーナーシェフ
安部農園(牛久市)の小麦を使用した一品
改めて生産者を訪ねた、探しに行った
すでにやり取りがあった生産者のもとを訪れたことで新たな発見や苦労を知り、より強い繋がりが生まれました。
町田智貴さん|「空也」製造主任者
箱田農園(笠間市)のむき栗を使用した一品
豊永裕美さん|「ANTCICADA」食材調達担当(当時)
笠間市農業公社のクリシギゾウムシを使用した一品
長期に渡りお付き合い
シェフにとってなくてはならない食材であり生産者になった背景には、シェフの強い思いや出会い、故郷への思いから生まれることもあります。
小林幸司さん|「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」オーナーシェフ
ジャフラ農場(かすみがうら市)のホロホロ鳥の卵を使用した一品
米澤文雄さん|「The Burn」エグゼクティブシェフ(当時)
久松農園(土浦市)のにんじんを使用した一品
神保佳永さん|「JINBO MINAMI AOYAMA」オーナーシェフ
本田農園(茨城町)のとうもろこしを使用した一品
茨城県は出会いの場であり準備の場でありたい
冒頭の言葉「le hasard ne favorise que les esprits préparés. (チャンスは、準備された心にのみ微笑む。)」は、コレラや結核、天然痘、狂犬病のワクチンを開発した19世紀フランスの細菌学者で、ワイン造りにおいてアルコール発酵が酵母によるものであることを発見したルイ・パスツールが1854年に発した言葉です。
パスツールはリール大学の学長に就任した際、デンマークの物理学者ハンス・クリスティアン・エルステッドが電磁気作用を発見したエピソードに言及し「... par hasard, direz-vous peut-être, mais souvenez-vous que dans les champs de l’observation le hasard ne favorise que les esprits préparés ...(... 偶然だと仰るかもしれませんが、思い出しましょう、観察の分野ではチャンスは準備のできている精神だけを好むのです、...)」と話しました。
「シェフと茨城」では、シェフやパティシエのみなさんと、生産者のみなさんが共創することで価値ある料理が生まれることを目指してきました。これまでおよそ3年間の取材のなかで見た料理が生まれる瞬間は、私たちにとってとても幸福な瞬間といえます。
それはとても幸運な出会いで、見方によっては「ラッキーな出会い」だったり「出会いさえあれば、私にもできる」と思ってしまうかもしれません。
しかし、シェフやパティシエ、生産者のみなさんは、その出会いの瞬間までそれぞれの分野で圧倒的な”準備”をしていました。その準備があったからこそ、チャンスの瞬間を逃さず捉え、ひと皿に昇華したり、トップレストランに商品を卸すことができたといえます。
都心から近い茨城県は、今後もシェフやパティシエのみなさんと生産者のみなさんをつなぎ、幸運な出会いの瞬間を生み出し、さまざまなクリエイションが生まれる準備の時間を支える場所でありたいと思います。
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Supported by 茨城食彩提案会開催事業
Direction by Megumi Fujita
Photos by Naoto Sawada, Masami Ohira, Ichiro Erokumae
Text by Ichiro Erokumae